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キラーハート The Killer In Smiling MAN S  作者: 曇天紫苑
The Killer In Smiling MAN S 一笑編
12/77

8話



 そんな事が起きているなどとは知らず、リドリーは落ちていく女の姿を呆然とした表情で見ている。それは銃声が彼の物ではない事を表していた。

 ならば、とジェーンは『爆破された部屋から現れた男』に目を向ける。唐突に現れた男は拳銃を構え、カナエの方へ向けていたのだ。

 カナエの挙動に集中していたジェーンは全くその存在に気づく事が出来ず、今になってその存在を認識する事が出来た。


「……ボス、俺が撃とうと思ってたんですよ」

「……俺は今、この上の階で起きた事に苛ついてるんだ。お前の事など知らん」


 構えていた銃を降ろしたリドリーは男と親しげに話し始める。

 特に怪しい所の無い普段着を着た男だ。両手に持った拳銃も、この状況では特に変わった物ではない。だが、全身から溢れ出る『カタギ』ではない雰囲気が全てを表していた。


「へ? ボスが苛つく……どうしてまた?」

「ああ、それがなぁ……エドワースが、な」


 その姿は落ち着き払っていて、互いに慣れた様子で会話を続けている。何故か、『ボス』と呼ばれた男に対して、リドリーは尊敬や敬意の籠もった視線を向けていた。

 今まで抱いていたリドリーの印象とはかなり異なる姿に、どちらかの顔は演技なのではないかと言う疑念を覚えて、ジェーンが眉を顰める。

 そうしている間にも、リドリーは男と小声で話し合っている。

 ジェーンの耳には声は届いていないが、それを聴いているリドリーは今までに見た事が無い程真剣そうで、だが愉快な目をしていた。


「へぇ……そりゃ楽しい事になってきましたねぇ」

「俺は全く楽しくないぞ。お前がおかしいだけだ」

「ははっ、ボスだってその銃一本で此処を突破してきてるでしょうが、十分おかしい」

「別の話だろう、それは」


 からかう様なリドリーの声に対して、男の声はかなり深刻な物だ。だが、それは分かっているのかリドリーの態度に馬鹿にする様な色は一切無い。

 むしろ、何を思ったのか満面の笑みを浮かべて男を元気付けようとしていた。


「ほらほら、ボス? 笑顔だ笑顔! エィストの奴に無理やり笑わせられたくなかったら、さあ笑う!」

「……ハァ。いや、良いけどな。だが……勘弁して欲しい時もあるぞ」


 話を続ける度に、男の声はリドリーに対して面倒そうな、疲れた様な溜息を吐いている。

 全面的に同意したいその姿を、ジェーンは心の中にやってきた疑問と共に受け止めている。男は、少女の姿を視界に入れる事も無く話していた。

----……? どうしてだろう。どこかで、会ったような……?

 ジェーンの心には、男の姿に対する疑問が渦巻いていた。彼女の頭は、男の姿をどこかで見た事があったのだ。それが最近なのか、遠い昔なのかは分からなかったが、とにかく見覚えがあるのだ。

 首を傾げて、ジェーンはただ男の姿を見つめる。やはり、記憶の中にその男は存在している気がした。


「……? おい、リドリー。この子は誰だ?」


 そこで男はようやくジェーンの存在に気づいた様に声を上げる。最初から気づいているのは明らかだったが、気になったのは今なのだろう。


「ああ、ヒロインです」


 軽い調子で答えたリドリーの声に、ジェーンは微かに嫌そうな顔をする。表情に出たのは本当に微かな部分で、内心は吐く真似がしたくなる程に腹立たしい気持ちになっていた。


「なあ、止めてやれよ。お前の妄想と人間性に他人を巻き込むのはな。この子、吐きたくなりそうなくらいキてるぞ」


 ほんの微かにしか顔に出なかったにも関わらず、男はその表情の理由に気づいたのだろう。リドリーに注意を促している。

 驚いて、ジェーンがほんの少しの間だけ目を見開く。どうやら男はジェーンの感情の変化に気づいているらしい。

 迂闊に感情を表に出す訳には行かないと、ジェーンは心の中で決めた。


「ああ、嬢ちゃん。こいつの戯言は聞かなかった事にしてくれ。何せ、映画で人格を形成してるんだ。後な、そんなに警戒しなくても良いぞ」


 軽い口調で告げられた言葉に、ジェーンは今度こそ目を見開く。言葉の最後にあった物は、まさしくジェーン自身がこの瞬間に考えていた事なのだ。

 それも表には微かにも出さず、ジェーンは『組織の幹部』としての意識で内心を隠したにも関わらず、あっさりと見破られてしまったのだ。

 男の容姿に対する見覚えと共に、ジェーンの心には動揺が走った。


「……成る程な」

「ボス、何か?」

「いや、何でもない」


 男はジェーンを数秒眺めたかと思うと、何やら納得した様な表情で一度だけ頷く。それを理解できなかったリドリーが首を傾げるも、確かな答えが返る事はない。

 そして、その姿を捉えたジェーンも同じ様に首を傾げる。だが、男の考えている事を読む事は出来なかった。


「まあ、気にするな。それより、リドリーはどうするんだ? 俺は、エドワースを探そうと思ってるんだが……」


 二人が首を傾げた事に気づきながら、男は周囲を見回しつつも話題を変える。

 真剣な意志を感じさせる声だ。それを聴いたリドリーは楽しそうな顔をして、シンプルな笑顔で口を開く。


「ははっ」

「成る程な、それが答えか」


 ただ笑っただけだというのに、それ以上の言葉は不用だと言わんばかりの声で男が頷き、リドリーの続く言葉を封殺する。

 そして、その判断は正しいのだろう。リドリーは嬉しそうな顔で男へ一礼をしていた。


「じゃあ、俺は先に行くぞ。お前もやりたい事が終わったら、集合場所に来い」


 そんな姿を見る事無く男はジェーンを眺め、懐かしそうに微笑んでいる。もちろん、ジェーンにはその意味が理解する事は無い。


「君、リドリーはおかしな奴だが……腕は確かだ、頼るだけ頼ってやれ。何せ----」


 男は苦笑混じりに歩きだし、ついでとばかりにジェーンの肩を何度か叩いて、足早に去っていく。最後に何かを呟いた気がしたが、ジェーンの耳にまでは届かなかった。


「……何だろう、あの人。リドリーさん? あの人って」

「決めた」


 去り行く男の背中を眺めながら、ジェーンはどうにも拭えない『見覚え』に戸惑いの声を上げていた。だが、その声は何やら決意を秘めたリドリーの声によって遮られ、途中で消える事になってしまう。

 ジェーンがリドリーの顔を覗き込むと、そこには真剣そうな顔に『見える』物が有る。何故か、今までよりもずっと不気味に見える姿だ。


「決めた。俺は君を守りながら、この船に乗る俺の敵を全部『やっつけて』やる」


 慣れ慣れしく両手で肩を掴んで、リドリーが笑みを浮かべてくる。

 何の脈略も無いその宣言を聞いたジェーンの顔が困惑一色に染まるのも構わず、リドリーはただ頼もし『そうな』顔をして見せた。


「ははっ、期待して欲しいねぇ」


 嬉しそうな、どこか演技めいた言葉で話したリドリーは、まくし立てるだけまくし立てると満足そうに笑い、先ほどの男と同じ様に背を向けて歩く。

 一瞬、ジェーンはそのまま追わないという選択肢を思い浮かべた。

 だが、危険で恐ろしかった不気味な女の姿が頭をよぎり、怖くなったジェーンはリドリーに付いていく、という選択肢を維持する事に決める。


 少女は忘れていた。あの危険な女が居た時に隣に立っていた『ただのチンピラ』と呼べる男が、いつの間にか居なくなっていた事に。

 そして想像もしなかった、その男が今、少女が買う筈だった薬の置き場に居る、という事を。


 少女の前を歩くリドリーは、口笛混じりに考えていた。彼が考えているのは、先程の『ボス』の言葉についてだ。その声をかけられたジェーンにすらも聞き取れない小さな呟きを、彼は捉えていたのだ。

 そして、その部分だけをリドリーは呟いた。



「『----奴の娘だしな』、か。まったく、随分……複雑になってきたねぇ」



+


 数人の人間達が体に返り血を浴びて歩いている。

 彼らは何も喋らず、その瞳は感情を認識する事が出来ない虚ろな色をしている。手には仰々しい銃が握られていて、体に巻き付けられた爆薬が怪しげに光っていた。

 プランク達が見れば、彼らは『機械』と呼ばれる存在だ。だがジェーン達が見れば、彼らは『兵隊』と呼ばれるだろう。

 プランク達が売る、最も強い薬によって作り上げられた彼ら。彼らにはもはや感情など『殆ど』残っていない。その視界には物があるという事実のみが有り、持っている銃は命令を遂行する為の物という認識程度の物しか無い。

 自分の認識する物に対して何の感情も伺えない、それは『兵隊』というよりは、『機械』に近い姿だった。


「……」


 黙り込んだまま、彼らは進む。体に巻き付けられた爆弾は彼らに設定された命令を遂行する為の物で、彼らが歩みを止めるのはそれを爆破する場所である。

 彼らは、その場所を破壊しろと命令されていた。その場所に何が有り、何が無いのかなど彼らの意志には入っていない、気にもしない。ただ動くだけだ。

 進んでいく内に、視界は薄暗くなっていく。そこは乗客の立ち入れない場所なのだという強烈な雰囲気を放っているが彼らは気にもしない、いや、気にする事が出来ない。


「……」


 薄暗い視界の先に、一つの扉があった。目的地だ、彼らが爆破する場所だ。だが、到着したにも関わらず、彼らは何の感情も無く扉へ近づくのみだ。

 目的地の目の前に来た彼らはドアノブに触れる前に、扉を銃撃する。向かい側に何者かが居れば、これで倒れるだろう。中にある荷物がどれだけ破損しようと、関係無いのだ。

 銃弾に対し、扉は何の抵抗も出来ずに幾つもの風穴を作り上げる。それが大穴にまで広がると、ようやく銃撃を止めた。


「……」


 その中の一人が、大穴に近づいて内側を覗き込む。

 中で生きている敵が居た場合、彼はあっさりと殺されてしまうだろう。にも関わらず、彼は顔を大穴の中に入ってしまう程近づけたのだ。

 自らの死を厭う事が一切無いその姿こそ、彼らが人間としての感情を失っているという証拠だろう。

 しばらくすると、内部に誰も居ない事を確認した者が大穴から顔を離し、他の者達が居る場所まで戻る。すると全員が同じ列に並ぶ様に横並びになって、少しずつ扉へ近づいて行く。

 そして、彼ら全員が扉の前に立ったその瞬間----『内側』から扉は蹴破られ、彼ら全員が扉に吹き飛ばされる事になった。


「……」

「やあ、ジェーンの駒諸君」


 無言のまま彼らが立ち上がろうとすると、そこには一人の男が立って、彼らを見下す様な目で見つめていた。船員の服を来た男だ。目深に被った帽子が明確な顔つきを隠していて、何やら怪しい雰囲気を放っている。

 内部を確認したというのに現れたその男の姿は、見る者に困惑を与えるだろう。だが、急に姿を表した男に対しても彼らは動揺せず、銃を構えて引き金を引く。

 そこには警告も何もない、彼らには警告するという頭は無く、告げられた命令は『皆殺し』なのだから。

 人体の動きとは思えない程無茶苦茶な動きで、彼らは銃弾を放った。しかし、その銃弾の大半が男の方へ飛ぶ事は無く、代わりに近くの壁に穴が開く結果をもたらす。

 引き金が引かれる寸前に、その男は銃を蹴り飛ばして射線を変えたのだ。余りに見事なその動きは、彼らに反応する隙を与えなかった。


「……クソッ」


 凄まじい技を見せたというのに、男の表情は優れない。どうやら、流れ弾に当たったのか数発の銃弾が男の服に穴を開けている事が分かる。

 但し、そこからの出血は見られない。防弾チョッキを着ていた様だ。眉を顰めて、男は銃弾の当たった場所をさすっていた。


「骨折はしていないみたいだが、痛かったぞ。というか今も痛い」


 時折痛みを堪える呻き声をあげながらも、その男が体に力を抜く気配は無い。痛みに耐えながら彼らに強烈な殺気を漂わせて居るその姿、それは大した胆力と言い表せるだろう。

 そんな事は一切考えていない彼らは再度銃を構え、男を撃ち殺そうとする。男は痛みを覚えているのか、先程よりも動きが鈍い。次に撃てば、確実に当たるだろう。

 彼らにとってはかなり有利な状況だ。勿論、彼らにそれを思考させる機能は備わっていないのだが、それでも有利だ。

 そんな彼らは、何かを考える事もなく引き金を引こうとして----動きを、止めた。

 引き金を引く手を寸前で止めた彼らは、ある一点、男がいつの間にか手に持っていた物を凝視していた。

 白い粉が入った、四角い袋だ。柔そうな外見の割には素材が丈夫なのだろう、粉はかなり詰め込まれているが、破裂する様子は無い。

 まるで、いや、本当に何かの薬の様だ。それを男はただ手に乗せて、侮蔑する様な笑みを浮かべて彼らを見下し続けている。

 だが、当事者である彼らはその男の存在を忘れたかのように袋を見つめ続けている。


「……分かるんだな? この袋の中身は……お前達が想像している通りの物だ」


 ニヤリと笑って、男が袋を天高く掲げる。掲げている物が物だけに、全く神々しさは感じられない。

 しかし、その瞬間----機械の様な彼らの表情に光が戻った。

 理性の光、ではない。相変わらず目は虚ろだったが、その奥に強烈な欲求の光が有ったのだ。恐らくは、『依存』『中毒』と呼ばれる光が。

 その時、彼らは確かに袋の中にある粉の正体を理解していた。

 船員の格好をした男は苦笑しながらも袋を軽く振り回し、彼らは釣られてどんどんと目の奥の光を輝かせながらも視線で追い始める。

 目から本当に光が出ていれば、袋が焼け焦げてもおかしく無い程に彼らの欲求の輝きは強い。

 もう、彼らの手に銃は握られていなかった。袋に夢中になりすぎて、手の力を抜いてしまったのだ。そんな様子を見た男は、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 それは計画がうまく行った笑みにも見えたが、同時に賭に勝った男の笑みにも見える物だった。

 そして男は袋をまた自分の胸元まで持っていき、口を開く。


「これが欲しければ、言う事を聞くべきだな」



 彼らが雷に撃たれた様な顔をしていたその時、倉庫に置かれたルービックキューブがその光景を目撃していた。




+


「……あれ?」


 それが起こってから数分後、幾つかある画面の一つをぼんやりと眺めていたスコットが唐突に首を傾げ、疑問を表す声を上げた。


「どうしました、スコット」


 少し間が抜けた声音を聞いたプランクはスコットに声をかけ、彼が見ていた画面を捜し当てる。通路の一つを写したそこには、『機械』達が写っていた。

 特に変わった様子はない。『機械』達は怪しい動作で扉を開けて中に何者かが居ないかを確認しているが、それは元々で、スコットも見慣れている筈なのだ。

 だが、スコットは画面をじっと見つめ、その中で動く『機械』達を観察する様な視線を送っている。


「スコット?」

「……何が? いや、でも……どうして……」


 プランクが声をかけたというのに、スコットはただ何事かを呟くだけで答えを返そうとはしない。いや、画面を観察するのに夢中で声自体が聞こえていなかったのだろう。

 余程の事がある、そう感じたプランクは同じ様に画面の中の彼らを観察してみる事を決める。

 それを少し続けていると、画面の中に見知った顔が写った。部下の一人だ、『機械』達が開けた扉の向こうの部屋に居たのだろう。

 プランクの部下は部屋から引きずり出され、殴りつけられて気絶している。それをプランクは特に何も思わず観察し続けた。

 頭の中に、小さな違和感がある。プランクはそう感じ、部下が殴られた事への怒りを放って違和感の追究を優先したのだ。

 画面の中では気絶したプランクの部下がどこかへ運ばれている。乱暴だが、殺す気は無いらしい。


「……なるほど」


 そこで、プランクは違和感の正体を察知した。その声が今度は耳に届いたのか、スコットが画面から顔を逸らし、プランクを見る。


「気づきましたか、ボス」

「ええ、連中の動きですね。皆殺しでは無くなっています」


 言葉にしながら、プランクはその違和感がどんどんと疑念に変わっていく感覚を覚えていた。そう、『機械』達の動きは先程までとは明らかに違っていたのだ。

 先程まで『機械』達は見つけた者を船員やプランクの部下という所属を問わず皆殺しにしてここまで来たのだ。虚ろな目で人を撃つ様は不気味で、プランク自身も自分が作った薬の想像以上の凶悪さに溜息を吐く程だった。

 そんな彼らの動きが、明らかに変わっている。


「……いえ、しかし。まだ動きの変わっていない奴も居ますね」


 言葉の通り、まだ動きの変わらない、見つけた者を皆殺しにしている者は居る。どうやら全員に波及する物ではないらしいとプランクは考えたが----即座に、それは否定される。


「ボスっ! あれっ!」

「……見えていますよ、驚きました」


 何故なら、画面の一つでまた変化があったのだ。恐らくはカメラの存在に気づいていないのか、『機械』の数人は一カ所に集まって何事かを行っている。

 つい今しがた、見つけたプランクの部下を撃ち殺した者達だ。そこに写っていた彼らはカメラの写らない場所で何者かに指示を受けているのか、小さく頷いた様子が見て取れる。

 すぐに、彼らはその場から動き始める。恐らく指示を受け取り終えたのだろう。結局、カメラには写らないまま、何者かは姿を消した様だ。

 そして、彼らは先程と同じ様に扉を開け、中の様子を窺っている。その中には同じ様に見つかり、同じ様に殴られる者の姿も確認出来た。

 そう、つい先程撃ち殺した時とは違い、ただ殴るだけだ。

 何者かからの指示を受けた為である事は明らかだった。


「……これは……?」


 疑問の声を上げながら、スコットが他の画面を見る。まだ生きている画面の半数には『機械』達が写りこんでいたが、相変わらず銃撃を行っている者は半数以上に減っている。

 明らかに様子が変わった。スコットは画面を見つめて、動きが変化した者達の姿に何か変わった点が無いかを探し始める。だが、それはもうプランクがやっていた事だった様だ。


「……見なさい、彼らの腰に付けられている物を」


 プランクから飛んできた言葉のまま、スコットは彼らの腰を見つめる。細かい物を見る事が出来る程解像度の良い映像ではなかったが、そこに何かがある事だけは伝わって来る。

 腰にある物の正体を何とか突き止めようと、スコットがその一点に視線を集中させた。


「あの、薬じゃないんですか?」


 背後から声が響いてきて、スコットは驚いた様に振り向いた。画面に集中しすぎて、その場に船員達が居る事を忘れていた様だ。

 そして、その船員の言葉の中には決して聞き逃せない単語がある事をスコットは認識する事が出来ていた。


「……薬だと?」

「は、はい。いや、そ、その……俺が倉庫に荷物を運んだんですが、その時にちょっとだけ、袋に入った薬を見たので、それで、よく似てるな、と……」


 思わず冷たい声で聞き返してしまったスコットの言葉は、本人が思った以上に恐ろしい物だった様で、瞬く間に船員の顔色は悪くなって行くのが分かる。

 その程度の事で人を怯えさせられる点は、一応、スコットも幹部の一人であるという雰囲気を見せつけていた。

 だが、そのスコットには船員に対して詫びる余裕が無かった。言葉を聞いた瞬間から、画面の中で『機械』達が腰に付けている物を凝視していたのだ。 


「……」

「間違えようも無く『薬』ですね、あれは」


 腰に下げられた袋に彼らが売った薬が入っているのだとスコットが気づいた時には、プランクが代わりとばかりに独り言を呟いていた。

 そこでやっと状況を判断する余裕が生まれたのか、スコットは船員の方を向いて少し申し訳なさそうな表情になる。


「ああ、悪い。緊急事態で反応する余裕が無かったんだ」

「い、いえ……」


 一言だけ詫びを入れたかと思うと、スコットはまた画面の方に視線を戻す。既に『機械』達の大半が違和感のある動作をしていた。


「あの『薬』を使って、連中に指示を出している様ですね。しかし、それだけの量の薬があるとすれば……」


 スコットが画面に集中し始めたかと思うと、今度はプランクが船員達の方を見て口を開いていた。

 意味有りげな視線を向けられたこの船の船長は静かに頷いた。何を言わんとするかは、彼らにもよく伝わってくる。


「……倉庫、ですか」

「ええ船長。質問ですが、この中に倉庫のカメラの映像を映している物は?」

「……すいません。壊れています」


 船長の答えに、プランクは分かっていたという風に頷いて見せる。この画面の中には薄暗い場所が無いのだから、当然と言えば当然なのだが。

 その間にも、スコットが見ている画面の中で『機械』達はカメラの死角になる場所で何かを受け取り、小さく頷いている。

 恐ろしい程の早さだ。一人で動き、全員に薬を渡して指示を渡しているには明らかに無理があるだろう。

 それが分かったスコットは、同時に二つの場所で動きが変化しないかと画面の中を同時に観察する。そこで、気づいた。


「……ボス」


 声をかけられたプランクが顔を見ると、スコットは驚いた様な表情のまま、ある画面の一点へ視線を向けている。今度は何を見つけたのかとプランクがそこを見て、少し驚いた様な顔になった。


「コルム、ですね」


 画面の中に、彼らのよく知る顔をしたコルムが居た。

 彼は何やら緊張している様な表情を浮かべていて、どこかへ向かって歩いている。何故か隣には誰かが居る様だったが、器用にカメラから隠れて見えなくなっている。

 顔色から何かを感じ取ったプランクが、少し首を傾げる。


「船長、あの先には何が?」

「船の外です」

「成る程、では……ああ、これは貰っておきましょう」


 すぐさま答えが返ってきて、プランクは納得した様に頷き、素早く身を翻す。その際に何かを机から取って懐に入れたが、誰も気づかない。余りに早い動きに、船員達は反応するのが遅れてしまう。

 しかしスコットの反応はプランクの行動を予想していた程に早い。プランクの隣を歩き、堂々とした態度で付いていく。


「……行きましょう、スコット」

「分かっています、ボス。でもカナエやあのガキの事は? それに、コイツ等を連れていった方が安全じゃないですか?」


 船員達を指さして、スコットは少しばかり心配そうな顔をする。

 どちらも尤もな話だ。二人はカナエが海へ落ちた事を知っていて、まだジェーンがこの船の中に居る事をカメラを通して知っている。スコットは一番の戦力を失った気分だ。

 そして、この部屋の外にはまだ『機械』達が存在するのだ。二人だけではスコットが不安になるのも無理は無い。だがプランクは苦笑して、軽く手を振って気軽そうな声で答えた。


「だから、ですよ。それに……恐らく、あの中毒者達に指示をしているのは……」



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