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キラーハート The Killer In Smiling MAN S  作者: 曇天紫苑
The Killer In Smiling MAN S 一笑編
10/77

6話


「……エドワース、クソッ!」


 壊れた監視カメラが廊下の端に設置されている場所で、ケビンは悪態を吐いて壁を殴っていた。

 何やら苛立ちと怒りが見える。声と共に放たれた拳は力が入りすぎたのか、強烈な勢いで壁にへこみを作り、ケビンの拳に大きな痛みを与えてくる。

 が、ケビンはそれを気にした様子も無く持っていた拳銃を握りしめ、大きく息を吐いた。

 彼が殴りつけ、今は身をよりかからせている壁の隣には、一つの扉がある。それが客室の一つだと言う事は明らかだ。そして、その部屋がケビンの部屋である事も。


「いや、リドリーの奴もか。あいつはまあ、大丈夫だろうな」


 掌を額に置いて、ケビンは嫌そうな顔をする。肉体的な物ではない。その目が見ている扉の、その中に存在する

物を見てしまった事への嫌悪感だ。

 彼は『それ』を見たくらいでは動揺しない。だが、大抵の人間はそれを見て、吐き気の一つも思えるだろう。ケビンは嫌そうな顔をするだけで留めていられるだけ、凄まじい精神力の持ち主だろう。

 部屋の中の光景は、そういう状態だった。


「リドリーの野郎、どこへ行きやがった」


 何故か、現実逃避でもする様な調子でケビンは呟いている。勿論、その独り言の内容も彼にとっては重要な筈なのだが、どこか二の次に考える様にも思えた。

 それはリドリーという男の実力や人格を知っているからこその信頼なのだが、同時にケビンの顔には面倒極まり無いと言いたげな色も含まれている。


「派手にやりすぎてなければ、まあ。いいんだがな……やりすぎて、船の持ち主に賠償でも要求されたら面倒だ」


 リドリーは全力で大暴れしていて調度品や壁を穴だらけにしているのだが、それをケビンは知らない。

 顔にこそ面倒そうな色が含まれていたが、声の中にはそんな要素は微塵も無く、その姿はどこか上の空で、ただ適当な独り言を喋っているだけの様にも見える。

 ケビンは溜息を一つ吐き、もう一度扉を開けて、中を見た。が、それを視界に入れたと同時に扉を閉め、また溜息を吐いてみせる。


「畜生、嘘だろ……本当に、どうしてこうなるんだ!」


 どうやら余程の物がその中にはある様だ。そしてそれは、ケビンにとって心に不快な物を残す状態になっているのだろう。

 いかにも憂鬱そうなケビンはもう一度壁を叩き、銃を懐にしまおうとして----


----誰かが、すぐ近くに居る。


 自分の知覚出来るかどうかの距離で感じられた気配に、一瞬で意識を切り替えた。


+


「ジェーン様、ジェーン様……畜生」


 ケビンが壁を叩いていたすぐ側の通路では、パトリックが悪態を吐きながら周囲を見回し、苛立たしそうな顔で壁を叩いていた。

 壁に傷が出来るほど彼の腕力は強くなく、また壁を思い切り叩いて無事な程彼の腕は頑丈ではない。一瞬で腕は赤くなり、微かな傷から血が少しばかり溢れている。

 だが、腕から感じられる鈍い痛みなど意に介した様子も無く、パトリックは舌打ちをする。

 偶然にもケビンとパトリックの壁を殴るタイミングは同じで、すぐ側に居る両者はまだ壁から響いた音が相手の物だとは気づいていない。


「折角、折角……ボスが生きてるかもしれないってのに……」


 パトリックは悪態を吐きながらも、ジェーンがどこかに居ないかと目に留まった全ての部屋の扉を開けて、その度に重い溜息を吐いている。

 幾つかの部屋の中には死体が転がっていたが、パトリックは道端のゴミでも見る様な目でそれを一瞥したかと思うと、やはり重い溜息を吐いていた。

 その死体が何であるか、パトリックは知っている。何せ、これはジェーンが計画したのだ。転がる死体が『売人集団』の一員である事など、彼はすぐに分かった。

 どうやら計画自体はとりあえず進むだけ進んでいるのは確かだ。それを分かっていても、パトリックは嬉しそうな顔一つ見せる事はない。


「ジェーン様、本当に何処に行ったんだよ……勘弁してくれぇ……」


 ついに弱音まで吐いて、パトリックが歩きながら肩を落とす。

 彼らのボスの生存に感づいた彼はすぐにシアタールームに向かい、ジェーンに『兵隊達がボスを攻撃しない様に』指示する様に言おうと考えていた。

 だが、実際にその場へ行くとジェーンは居なかったのだ。

 代わりに、そこには同時に現れた二人の人間が居た。片方は『とても知っている』、もう片方は『間違いなく知っている』存在だった。それも、後者に関しては強烈な物だ。彼が今現在、最も憎んでいる存在として知っているのだから。

 ジェーンの行方ばかり考えている頭の片隅で、パトリックは先程の戦闘で銃弾が掠った腕を軽く触り、思い出す。魂から湧き出る灼熱の源泉である、忌々しい存在を。

----Mr.スマイルの奴、サイモンさんが言ってた通りの外見だったな。

 そう、パトリックが先程の、恐らく映画でもやっていた部屋で出会ったのはMr.スマイルと呼ばれる存在と、『もう一人』だった。

 格好は新聞や『信頼できない幹部から』聞いた通りの物だ。すぐにそれだと理解する事が出来た。認識した瞬間からパトリックは心の激情が現れて正気を失いかけたが、ジェーンの事を思い出して体を無理矢理止めたのだ。

----サイモンさん、信頼できない奴だが……本当の事を言ってたみたいだなぁ。

 頭の中に、ホルムス・ファミリーの幹部で『最も信頼されていない男』の姿を思い浮かべる。ジェーンを除けば、五体満足で生き残った唯一の幹部だ。

 だが、パトリックは彼を信じていない。むしろ、Mr.スマイル自体サイモンの作り上げた出鱈目なのではないかとすら考えていた程だ。

 その癖、ボスが死んだ。という事は信じてしまったのだから、情けない。パトリックは頭の片隅でそんな事を考えていた。

 首にかかったネックレスが、怪しく光っている。それがボスの形見として渡された物だ。確かに、それは彼がボスと慕う男の持ち物だ。そして確かに、血で塗れている。

 しかし、それがボスの血だとは限らないのだ。そして、それを確認する術を今の彼は持っていない。

 再びネックレスを握りしめ、パトリックは先へ進んでいく。警戒心を込めて周辺を見回してはいるが、ジェーンを見つけられる予感はどこにも無い。

 パトリックはそんな事をしつつ、たまに悪態を吐きながらも通路をある程度まで歩き----


----誰かが、居る。それもすぐ近くに。


 すぐ近くに人間の気配を感じて、腰に引っかけていた小銃を手に取った。


 そして、すぐ近くに居るパトリックとケビンは互いの存在を認識し、互いに警戒心を隠しながらも、人の気配を鋭敏に感じ取れる様に集中し----


+


 彼らが居る場所の一つ下の階で、三人の男が息を荒くしながら走っていた。

 男達が何者なのかは、この場所と、水夫の様な格好を考慮すれば明らかだろう。そう、彼らはこの船の船員だ。一人の片手には丁寧に折られた紙が握られていて、持っている男は紙を宝石でも扱うかの様に運んでいる。

 残りの二人が持っている物は簡単だ。この船に備え付けられている、暴徒鎮圧用のショットガンである。勿論、それは本来の用途で使う為に持っている訳ではないのだが。

 二人が銃を持ちながらも周囲を警戒しながら走っている。彼らの目的は一つだ。持っている紙を、頼まれた通りの人物へ渡す事である。


「急げ! もし移動したら、見つけられなくなる!」

「そんなのは分かってるんだよ! こっちは銃持ってあのゴミ共が居ないか確認してるんだ! 文句を言うんじゃねえ!」


 罵声混じりの声が飛び交っている。そう、彼らはプランクの部下にして、この船の下っ端船員として乗り込んだ三人だった。

 持っている紙は、プランクが最近連れてきた女へ渡す物だ。

 この緊急事態に置いて、渡さなければならない紙が今、彼らの手元にあるのだ。もしも渡せなければ、プランクから相応の罰を与えられるのは確実だろう。

 それを想像して顔を青くし、壮絶な焦りと追い込まれる気分から男達は足の動きを更に早くして、飛ぶ様な勢いで走っていく。

 だが、この船に乗る人知を越えた体力の持ち主達とは異なり、平均的な身体能力しか持たない彼らの足はそこまで早くはない。

 追いつけない可能性の方が、高い。あまり想像したくない結果を考えたが、足はそれ以上に速くなる事は無かった。


「クソッ! この際、気にせず走るしか!」

「おい、待て! 危険だろうが!」


 心の緊張が限界に来たのか、その中の一人が周囲の警戒を止めて、走り出す。その姿に不吉な物を感じた残りの二人が慌てて制止するが、もう遅かった。


「うおっ!?」


 先に走り出した男が、通路の角で何かにぶつかって倒れる。独断で走って、勝手に自爆したからだ。そう考えた二人は呆れた表情を浮かべる。

 倒れた男は自分の失敗に恥を覚えた顔で溜息を吐き、立ち上がろうとする。だが、倒れる時に足を捻ったのか、何やら立ち辛そうな動きと共に、眉を顰めた。


「おお、大丈夫か? 随分、派手に転んだな」


 彼らを尻目に、ぶつかられた者は心配そうに手を差し伸べ、そこに倒れる男を助け起こす。

 男は、そこで自分がぶつかった相手の姿を初めて目にした。

 船員の服装をしていて、目深に被った帽子が顔を半分くらい隠している男だ。手にはルービックキューブがあり、延々と揃わないまま動かし続けられている。


「あ、ありがとよ……」

「まったく、今度からは気を付けて欲しいな」


 明らかに怪しいとしか言えない男だが、一応は船員の格好をしているのだ。相手の怪しさが気になりつつも、船員は男へ礼を言う。それは男にも聞こえたのか、軽く手を振ってそれに答えていた。

 その様子を見ていた二人は、男を不審そうに見つめている。確かにその男は彼らと同じ服装をしていて、殺気の類を発しているのでもない。

 怪しさを除けば危険性は無い様に見える。だが、彼らは言い様のない不安に包まれていた。


「ああ、ところで……」


 彼らの反応を知ってか知らでか、その男は柔らかい口調で話題を振ってくる。敵意の感じられないそれに、船員たちは少し安心して男の顔を覗き込む。

----あれ?

 数秒の後、男の顔を見た三人の船員は頭から沸いて出た違和感を覚え、この船に乗っている船員の顔を思い浮かべる。

 そして、すぐに思い至った。

----こんな奴、居たっけ?

 そう、彼らの中にはルービックキューブが好きな者も、帽子を目深に被った者も居ないのだ。

 相手が同じ船員ではない事に気づいた三人の船員は、一斉に銃を構える。だが、その時には男は視界から消えていた。


「何処へ……っ!!」


 一瞬の戸惑いを覚えた時には、腹部に強烈な衝撃が走る。

 激痛と吐き気を覚えさせるその衝撃を受け、それが『船員の格好をした何者か』の拳による一撃だと理解した時には三人の内二人の船員達の意識は刈り取られていた。


「な、おまえ、お前は……誰だ!? 何なんだ!」


 残った一人は鮮やかに二人を気絶させた男の姿を見て、恐怖の余り叫ぶ。

 男は腰を限りなく低くした姿勢で、二人の腹部に拳を叩き込んでいた。視界から一瞬消えたのは、男が瞬く間に腰を落とした事で目が騙されたからだ。

 それを理解した船員は相手が遙かに『格上』なのだと察し、恐れた。

 だが、何より恐ろしいのは男の実力ではない。男は二人を一瞬で気絶させたというのに、何の感情の変化も見せなかったのだ。

 船員の目が恐怖を帯びた事は男にも伝わっただろう。が、男はただ顔を隠したまま、無機質だが恐ろしい声で『質問』した。



「ところで、その紙には……何が書かれているのかな?」





+





 美しくも無く、大して巧くもない歌声が響いている。愛する人の心に火を灯したいと言う、随分と古い歌だ。

 歌声が響くその通路には、幾つかの死体が転がっている。

 頭に穴が開いている者、頭の骨が潰れた様にへこんでいる者。腕も目も無くしてしまった者。

 欠損した部分は様々だが、共通しているのはそれらが息を止め、二度と意識を取り戻す事は無いという事、そして、同じ男に攻撃を仕掛けたという事だった。


「~~♪」


 歌声の主は、自らが作り上げた死体の横を眉一つ動かさず、むしろ楽しそうに歌声を響かせている。

 今度は、雨の中の歌だ。明るい曲を歌いながら死体の隣を闊歩する姿は不自然で残酷で、不気味ですらあった。


「……なんで、歌ってるの?」


 そんな姿を晒す者を、隣を歩く少女が不思議そうに、異様な物を見るような目で見つめ、声をかけていた。

 声音の中には、多量の嫌悪感が含まれている様に聞こえる。状況から考えれば当然の事だ。誰が、死体に囲まれて幸せそうに歌い出すのか。


「ん? ああ、そうだな。そういう気分、だからとしか言い様が無いねぇ」


 少女、ジェーンの声を聞いたリドリーは歌声を止め、軽い口調でその質問への答えを返している。やはり、自分が殺した者達へ気を払う様子は一切見られず、立ちこめる死臭を不快に思っている様子すら感じられない。

 この時、ジェーンは心の底からリドリーを不気味に思い、それ以上に『近寄りたくない存在だ』と考えていた。

 ホルムス・ファミリーの幹部であるジェーンは人を楽しそうに撃つだけの者であれば見慣れた、とまでは行かなくとも、『その手』の人間ならそれなりに慣れた分類だ。

 勿論、ジェーン自身も人の命など毛ほどにも考慮していない。考えていれば、彼女はこんな計画を作らず、麻薬中毒者達を洗脳する様な事もしないだろう。

 だが、そのジェーンを持ってしてもリドリーは『異常』に思えた。最初に見た時から思い続けていたが、今は余計にそうだ。


「ああ、気分を悪くしたか? そりゃ悪いねぇ」


 ようやく、ジェーンに死体の隣を歩かせているのだと気づいたのか、リドリーはほんの少し苦笑して見せる。

 恐らく、リドリーは自分の異常性にジェーンが嫌悪感を抱いている事など予想もしていないし、知っていても気にしていないのだろう。


----パトリック君と、合流したいなぁ……今なら結婚しても良いくらい、コイツが気持ち悪いよぉ……


 頭の中で部下の姿を思い浮かべながら、ジェーンは出来るだけ飛び散った血で服や靴が汚れない様に歩く。

 全身赤色に拘った服装の為に目立つ事はないが、それでも赤黒い血で汚れるのは避けたかった。

 隣ではまた気が乗ったのか、それとも歌声を止めた事を忘れたのか、歌声は再度響きはじめている。今度は、ベッドの上で恋人に話しかける者の歌だ。

 状況にもリドリーの風貌にも似合っていないが、それとは関係ないと言わんばかりにリドリーは歌い続けている。それが余計に不気味なのだが、本人はやはり気づかない。

 歌声が響く度にジェーンの表情は面倒そうな物に変わっていく。

 そんな事が、もしかすると永遠に続いてしまうのではないかとジェーンが心配し始めた時、リドリーが唐突に足を止めた。


「……あ」


 何事かに気づいた様な声で呟き、リドリーは目を細めて通路の向かい側を見つめる。

 そこに何かが居るのかと釣られてジェーンは同じ場所を見るが、特に変わった様子は無い。だが、リドリーの目は真剣そのもので、何かがあると思わせるには十分な物だ。


「リドリーさん、何かあるの?」

「……そうだよねぇ、やっぱり、こういう『ストーリー』にはライバルが、殺し合いになる相手が居ないと、成り立たない」


 瞳の奥を覗き込んでみると、悦楽と幸福感だけがそこにはある。リドリーはその調子のまま、ジェーンの言葉にまともな答えを返す事も無く、独り言を呟いていた。

 しかし、その中にある不穏な単語に反応し、ジェーンは身を堅くしながら通路の先を見つめる。

 リドリーの言葉一つで、それは恐ろしい魔境が広がっている様にすら思えた。

 だが、何かが起きる気配は無い。相変わらず周囲の死体は転がっているし、リドリーは楽しそうだが、何かが起きる雰囲気にはならない。

 妄想か何かなのだろうか。ジェーンはそう考え、心の底からの溜息を吐こうと口を開く。


「え?」


 だが、その口から漏れたのは息ではなく、声だった。

 溜息を吐こうとしたその瞬間、通路の向こう側に『二人』の人間が現れたのだ。何故か、もう一人居る様な気がしたのだが、ジェーンはそれを気のせいと判断する。


「ん?」


 周囲を見回して声を上げた一人は、あまり変わった所の無い、ただの『チンピラ』と呼ぶのにふさわしい男だ。

 この場の面子はこちらには何の危険も感じられなかったし、ジェーンもその男が現れただけなら何の驚きも見せず、そのまま溜息を吐いていただろう。

 少女がその姿を見て驚いた相手は、その隣に立っている女だった。

 抜き身の刀を持った、現実離れした程に美しい女だ。

 見栄えを良くしようとしている訳でもないとすぐに分かるというのに絶句してしまう程の美貌はジェーンをして呆れてしまう程だ。

 見栄えを良くしようと考えていない、そうジェーンに考えさせた理由は簡単である。そして、ジェーンが最も注目したのはその一点----目だ。

 虚ろで何も写していないにも関わらず、まるで世の中を嘲笑する様な雰囲気を感じさせる瞳。それに、ジェーンは見覚えがあったのだ。

 そう、他ならぬ彼女自身が作り上げた、『兵隊』達の目として。


「……ヒひっ」


 女が、笑い声を上げる。

 それは聞く者の耳を塞がせてしまうおぞましさを含んでいたが、同時に聞き惚れてしまう程に美しい声だ。まるで、人を誘い込む罠の様に。


「はははっ」


 その罠に、自ら望んで飛び込もうとする男が、リドリーが居た。鮮烈な程に素晴らしい笑みを浮かべて一歩前に進んだリドリーは、まるで蟻地獄に自分から飛び込んでいく様に見える。

 ジェーンはそれを止めない。何を考えているのかは分からなかったが、リドリーが女に向かっていく事は分かる。それが、剣呑な理由から来る行動だという事も。

 状況を静観しようと考えたのか、向かい側の男も近づいてくるリドリーを見つめて動かない。


「くひっ、くくくヒヒヒヒヒヒ」


 おぞましい事この上ない笑い声をあげて、女もまたリドリーへ近づいていく。それを見たリドリーはより一層楽しそうに笑みを浮かべ、歩幅を早くして、最後には鼻歌交じりでスキップまでし始める。

 何故か女も嬉しそうに微笑み、同じ様にスキップを始める。ぴったりと息が合っている姿は恋人同士の様であり、同時に『宿敵』という単語を思い浮かばせる者だった。

 そして、二人は互いに笑みを浮かべながら近づいていき----ついに、目の前まで近寄った。

 二人の顔は、唇が付いてしまいかねない程に近づいている。まるで、睨み合っている様にも見えた。


「よう。酷く辛そうな面をしてるじゃないか」


 軽く片手を上げて、リドリーは高めの声でよく分からない挨拶を述べる。

 意味の分からない言葉だ。ジェーンから見ても、向かい側の男----コルムから見ても、女、カナエは満面の歪んだ笑みを浮かべている様にしか見えないだろう。

 何を言っているのだろうか、その疑問は、ジェーンにもコルムにも共通の事だった。


 だが、カナエには意味が分かった様だ。


 風が吹き荒れる様な音が外野二人の耳に届いたかと思うと、カナエは無言のまま、リドリーを叩き斬ろうと刀を振りかざしていた。

 余りにも早すぎるその動きは想像できる人体の限界を遙かに越えていて、ジェーン達はそれを認識する事すら出来ない。

 相手の破滅を想起させる、超人的な超高速。恐ろしい速度で刀はリドリーに向かい、彼の体を両断するかと思われた。


「おっと、はは、今のは全く見えなかったな。凄いぞ、お前」


 しかし、鉄と鉄がぶつかる様な音が響いたかと思うと、リドリーが余裕の笑みを浮かべてその言葉を発していた。

 リドリーは、無事だったのだ。

 外から見ても認識が遅れるほど素早い動きから生き残れる筈がない。コルムは信じられない物を見る様な目を向けている。だが、ジェーンはある程度想像出来ていたのか、落ち着き払って状況を観察している様だ。

 リドリーはいつの間にか取り出した二丁拳銃で、器用に刀の側面と側面を挟み込んで、動きを止めていたのだ。それは俗に白刃取りと呼ばれる技だが、ジェーンとコルムはそれを知らない。

 凄まじい技量で銃を受け止めて見せたリドリーは何ら気負いする事もなく銃を刀ごと動かして、銃口をカナエの頭へ向ける。


「一回、くたばって見るか? あの世って奴の感想を、聞かせてくれよ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、リドリーは必殺の意志を放つ。それを認識したのかカナエは持っている刀を動かして、リドリーを振り払おうとするが、それは最早、遅く----





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