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中央分離帯 『完全版』  作者: usk
半年目 秋
8/31

聡美 Ⅴ



 頭が痛い。昨日飲みすぎたようだ。マスターの言ってくれたことが嬉しかったのと、作ってくれるお酒がおいしかったのもあって、昨日のうちは酔いは感じなかったのだけど、今日になってしっかり二日酔いだった。

仕事が手につかないほどではないけど、さすがに頭痛と吐き気が同時に襲ってくると、気が滅入る。



「ああ? 飲みすぎた? バカかお前は」

 拓実は下のコンビニで買ってきたとろろそばを寄こしながら、安堵と苛立ちを等しく含んだ声を荒げた。

 というのも、午前中ずっと具合悪そうにしていたあたしを心配して、お昼になって拓実が声をかけてくれたので、動く気のしなかったあたしが「動けないからとろろそば買ってきて」と言ったからだった。


「大きい声出さないでよ。頭痛いんだから」

「お前が悪いんだよ。なんだ、ただの二日酔いかよ、心配して損した」

「ただの二日酔いも久しぶりだと辛いね」

「だから昨日言っただろ。飲みすぎるなよって。お前同じカクテル何回頼んだ?」

「だって、おいしかったんだもん」


「啓輔にあんまり仕事入れんなよ」

 拓実はボリューム焼き肉弁当を頬張りながら箸を向けた。あまりに突然そんなことを言うので、とろろそばを口に運ぶのを一瞬忘れてしまう。

「何? 突然」と目を丸くすると

「あいつは真面目だからな。仕事は一切、手を抜かねぇし、お前の頼みはどんなに忙しくても聞いちまうんだよ」とそっけなく言う。

 啓輔の真面目さはあたしもよく知っているけど、どうして急にそんなことを言い出したのかがわからない。

「あいつ、ここ最近全然休んでねぇぞ」

「それはあたしも同じだよ。啓輔が休まない分、あたしも休まないことにしてるから」

 啓輔に依頼が集中して、ほとんど休みが取れていないことは知っていた。だから、せめてあたしも付き合うことで、少なくとも帳尻合わせはしてるつもりだ。

「バカ、お前ホントに解らないのか? あいつは仕事があるうちはお前を誘ったりできねぇんだよ」

「え? そうなの?」それは考えたこともなかった。

「やっぱりか、啓輔の事を考えればすぐにわかるだろ、あの不器用が二つのことを同時にできるタイプじゃねぇことくらい。あいつのことだ、『聡美さんとの時間を作るのは仕事がひと段落してから』とか考えてるに違いない」


 盲点だった。最近啓輔との時間が取れないのは、実はあたしのせいって事?

いや、そうじゃない、と思うんだけど。

「そんなの啓輔が悪いんじゃん」仕事とか関係なく誘ってくれればいいのに。

「そうだよ。あいつも悪い」拓実は一旦首肯した後、すぐさま「でもお前も悪い」と付け加える。

「あいつと付き合うなら、些細なことで落ち込んでちゃダメだ。もっと大きく構えて、もっと自分から行け」


 その言葉に妙に納得したのは、啓輔と長年一緒に居た拓実だからこその説得力みたいなものを感じたからで、つまりあたしは「うぅ」と唸ったきり、何も言えなくなった。



 ようやく二日酔いが抜けてきたのは午後3時を過ぎた頃で、その頃になると、来週に控えた大手企業が開催するイベントの打ち合わせの準備で大忙しで二日酔いを感じている暇もなかった。

 なにせ、オフィス立ち上げ以来、これほど大きな仕事は初めてだった。もともと個人向けのコーディネートを中心でやってきたのだけど、オフィスの名前が売れてくるにつれて、企業からの依頼も徐々に増え、ようやく掴んだ仕事だ。これが成功すれば他の大手へのアピールにもなる。絶対に成功させなきゃいけない仕事だった。


 打ち合わせを終えて、応接室を出た頃には空はすっかり夜を迎え、窓の外を丸い月が浮かんでいた。イベント担当者を出口まで送って室内に戻ると、すでに打ち合わせをしていたあたしと拓実以外のメンバーは、自分の仕事を終え、オフィスを後にしていた。それほど広くないオフィスも二人だけになると、妙に広く感じる。

「ったく。どうして企業の連中は細かいんだろうな。俺ぁ肩凝っちまったよ」

 うん、と伸びをして拓実は確かめるように腕をまわした。

「確かにね。ここまで細かく注文が入ると、正直大変だね」

あたしはイベント担当が持ってきたイメージ注文を見ながら、頭の中で構図を組み立てる。

「俺らも帰ろうぜ。後は明日だ。明日」

「そうだねぇ。あ、先帰っていいよ。あたしはもう少しやってくから」

 せめて今日受けた注文くらいはまとめておかないと、明日にはイメージが消えてしまう恐れがあった為、パソコンの前に座る。

「んじゃ、遠慮なく。お前もあんまり無理すんなよ。いざって時啓輔とセックスできなくなるぞ」

「うるさい、バカ」


 あはは、と笑いながら拓実はドアの外へと消えて行った。どうしてあいつはそっちの方しか考えないのか、と頭を抱えるも、それを悩んだところで拓実の性格が変わるわけでもないので、すぐに思いなおす。あれが拓実の良い所でもある、と。



 パソコンの電源を落としたのは結局21時を回った頃だった。二人でも広く感じるオフィスに一人だけなんだと、今さらながらに気付くと、途端に寂しさに襲われ、あたしは急いで帰る支度をした。

 ドアを出る前に、戸締りを確認する。特に貴重品があるわけでもないし、ましてやパレットは3階にあるので、泥棒が入るとは思えないけど、みんなの作品のイメージなどもある為、念のため戸締り確認だけは欠かさない。


「聡美さん」と声をかけられたのは、このビル特有のレトロなエレベーターで一階ロビーに降りた時だった。いるはずのない啓輔に突然声をかけられたあたしは「へ?」と素っ頓狂な声を上げ、その場に固まってしまった。


 どうして啓輔がいるの?





今回から聡美と啓輔をなるべく一日置きに更新できるようにします

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