啓輔 Ⅳ
「で?」
「で? って、何」
「聡美さんを誘うって話ですよ」
終わってなかった。
アパートへ帰る途中、昨日と同じファミレスへと半ば強引に連れてこられた俺は、至近距離でまっすぐに見つめられている。さすがにこの距離で女の子に見られると、目のやり場に困る。と視線を宙に舞わせる。
「いや、そりゃ一緒に居たいと思うよ」
「だったら誘えばいいじゃないですか」
「いや、だから休みがね……取れないって言うか」
「それは言い訳です」と篠原さんは自分の事のように頬を膨らませる。
「別に、休みの日じゃなくてもいいんですよ。仕事の後『少しだけお酒飲んで帰ろうか?』とか、誘えばいいんですよ」
「いや、仕事の後は篠原さんを家まで護衛しないと」
「あ、そっか。じゃあお昼とかは? 『一緒に食べようか?』って」
「そ、そうだね」
俺は篠原さんの勢いに気おされて、しどろもどろだった。まるで尋問されてるような感じだ。尋問された事はないけど。
「先輩は奥手すぎます」
注文した料理が届き、攻勢も止んだかと思いきや、篠原さんはパスタに手をつけながら、なおも続けた。
「そ、そうかな」奥手、というか初めてで解らないんですけど。と心で呟く。さすがにそれは言えない。
「もうエッチはしました?」
篠原さんはファミレスという開けた場所であるにも関わらず、あっけらかんと訊ねる。フォークに巻いたパスタを口に運びながら、だ。
「え、え? え……」さすがに言葉に詰まる。それが俺にとって最大ともいえる大きな壁だからだ。
今までに何度か聡美さんと良い雰囲気になったことはある。でも付き合って半年、キス以上に発展したことはなかった。先に進んでもいいものなのか、それ以前にどう進んだらいいのかが解らないのだ。聡美さんと交わす口づけは、それだけで幸せに満たされるほどの暖かさがあって、満足している自分もいる。その先は、まさに未知の世界だ。
「なんとなくわかってましたけど。まだなんですね?」
篠原さんは落胆気味にそう言うと「いいですか?」と語調を強めた。
「女の子にだって性欲はあるんですからね。あんまり待たせ過ぎると聡美さんにも失礼ですよ」
いつから恋愛相談になったんだろう? と真剣な眼差しで話す篠原さんを見ながら、年下の女の子に諭されてる俺って、どうなんだ? と思った。思いながら、なるほどそういうモノなのか、と感心させられる部分もあることが、何か情けない。
「飯塚さんの仕事はゆっくりでいいんで、休み取って聡美さんを誘うこと。いいですね?」
最終的には今後の方針まで篠原さんに決められている。押しが強い、というか何と言うか。これは、そう。女版岩さんだ。と思った。
「仕事は早く、が鉄則だよ」仕事に関しては強めに言ってあげないといけないと、俺も攻勢に出てみたのだが、篠原さんは臆することもなく
「いいんですよ。あんなやつの仕事なんて」と顔をしかめた。
でも、と言いかけると「いいから」と遮られる。
「先輩の為なんです」
「は、はい」
これはかなわないなと、まっすぐ見つめる篠原さんの大きい瞳に押し負けて、俺は素直に返事をするしかなかった。
ファミレスを出た後、後で報告聞かせてくださいね。と言った篠原さんの目は好奇の輝きを浮かべていて、してやられた。と思った。
女の子は恐い。