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中央分離帯 『完全版』  作者: usk
半年目 秋
6/31

聡美 Ⅳ



「で?」

「で? って、何」

「何? じゃねぇよ。どうしたんだって訊いてんだろうが」


 やっぱり気付かれてた。

 帰り際、ビルを出たところで待ち構えていた拓実に捕まったあたしは、拓実の行きつけのバーに半ば無理やり連れてこられて、至近距離で鋭い眼光を受けている。そんなに見られると目のやり場に困るんですけど、と視線をそらすと、カウンターの奥でグラスを拭いていたマスターと目が合って余計に気まずくなった。


「あんなに解りやすくため息ついて、気付かない訳ないだろうが」

「いや、それは……」

 言葉に詰まる。拓実は啓輔の親友と言っても過言じゃないし、子供の頃からの付き合いなので距離が近すぎる。啓輔のことで悩んでる。なんて言ったらどうなる事やら。


「大体お前らしくねぇンだよ」

拓実はグラスに残ったウィスキーを一気に流し込んで指を向けた。

「お前が何で悩んでんのか、おおよその予想はつく」

 グイグイと近づけられる指先にドキリと心臓が鳴った。男にしては嫌に感の良い奴だ、と指を払って「なんの事?」と白を切る。

「啓輔だけじゃなくて、まさかお前も恋愛下手だとは思わなかったよ。お前歳いくつだよ」

 三十三。と素直に答えそうになって言葉を濁す。人が気にしてることを堂々と訊くな。

「お前も知ってるだろうけど、啓輔は恋愛経験が一切ないんだよ。お前がリードしてやらなくちゃあいつと付き合うなんて無理だぞ」


 拓実の言葉に、不意に啓輔が自分の過去を打ち明けてくれた時のことを思い出す。


『俺、子供の頃から女の子が怖くて、高校出るまで女の子と喋ったことなんて数えるほどしかないんです』


 蒸し暑い夏の夜に、そう言って自嘲気味に笑った顔はあたしの頭に張り付いて、何とかしてあげたいと思った。

今にして思えばあの頃から好きだったんだよなぁ。街灯に照らされた啓輔の顔は少し影がかかって、少し見惚れてしまった。だってすごく可愛かったんだもん。


「……なに急にニヤついてやがる。気持ちわりぃな」

おっと、考えが顔に出ていたらしい。

「そんなこと拓実には関係ないでしょ」と睨み返してみる。啓輔のことを思い出してニヤついていたとは口が裂けても言えるわけがない。

「お前ら見てるともどかしいんだよな。お互いもっと言いたいこととか、やりたいこととか、あるんだろ? もっと自分からガッと行けばいいんだよ」

「何よ。ガッて」

「男と女でやることと言えば一つしかねえだろ」と真面目な顔でその先を言おうとする拓実を殴って止める。「何しやがる」と口をとがらせる拓実を今度は本気で鋭く睨んで「啓輔をお前と一緒にするな」と釘を刺した。


「お前ら付き合いだしてもう半年以上経つだろ?」と殴られた頭をさすりながら拓実はなおも続ける。

「それでやってないなんて、あり得ねぇだろ。中学生か」

「ゆっくり行きたいんだよ。あたしたちは」

「言っとくけどな、待っててもあいつからは絶対来ねえからな。やりたかったら自分から行け」

 それはあたしとしても考える部分でもあった。この半年間で何度か、良い雰囲気になったこともあったし、その都度あたしはいつでも求められてもいいように心に決めていたのだけど、啓輔は一度としてあたしの体を求めてはこなかった。

あたしに魅力がないのかな、と思うこともあったけど、啓輔と重ねる唇からは強い愛情をいつも感じていたし、まだきっと時期じゃないんだと思うことにしていた。


「お前はいつまでも待っていられる歳じゃねぇだろ」とあごを手で支えながら吐き捨てるように呟いた拓実のすねを思い切り蹴ってやる。「一言多いんだよ」と、すねを押さえて悶える拓実を冷たく一瞥して「何か作ってください」とマスターに笑顔で注文する。


「かしこまりました」と渋い声を出すマスターは歳の頃は四十代半ばくらいだろうか。

精錬された立ち居振る舞いが醸し出す大人の雰囲気に、さっきまで子供みたいな会話をしていたことが恥ずかしくなってしまった。


 慣れた手つきで数種類のお酒を入れたシェーカーをリズム良く振りながらマスターは「いいですね」と父親のような、暖かな眼差しを向けた。

「失礼だとは思ったんですが、先ほどのお話聞こえてしまいまして」と白い歯を見せる。


「純粋な恋愛なんて子供の頃に忘れてきてしまって、大人の付き合いと称して体だけの関係を潔しとする方も多いなか、あなたの彼氏さんはあなたのことを本当に大事に想ってらっしゃるんでしょう」

 小さめのカクテルグラスを棚から取り出し、シェーカーの蓋を開けると、淡いピンク色の液体をゆっくりと注ぐ。

「今時珍しいくらい純粋な心の持ち主なんでしょうね……お話を聞いて、私も久しぶりにほっこりしました。これはそのお礼です」

最後にチェリーを乗せて、スッとグラスを差し出した。

「これは?」

受け取ったグラスを明かりに透かして見ると、キレイなピンク色が光を反射してグラス全体が輝いて見えた。

 マスターは「ウォッカベースのオリジナルです」とにこやかに答えた後「名前をつけるなら……」と少しばかり逡巡して

「そうですね『デスティニー』とでもつけましょうか。きっとあなたと彼氏さんの出会いは偶然なんかじゃなく、運命でしょうから」とほほ笑んだ。


 顔が熱くなったのは一気に飲んだカクテルが思いのほか強かったせいで、マスターの言葉が嬉しかったせいじゃない。とあたしは誰に言い訳してるんだろう。





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