聡美 Ⅲ
仕事中。啓輔のデスクに目がとまる。そこに啓輔の姿はない。向かい合うように置いてある知美のデスクにも主の姿はなかった。
知美に入った大口の依頼にサポートして啓輔をつけたからだ。オフィスの為、何より依頼人の為、個人的な感情を挟むことはできない。経験の浅い知美のサポートには啓輔が適任だった。
「俺でよければ」と啓輔は快く引き受けた。
室長としては正しい判断をしたつもり。でも本音を言えば、少しくらいは躊躇して欲しかった。
「ホントに俺でいいの?」と言ってくれればこんなに気に病むこともなかったのかな、と少し思う。まぁ、言ったら言ったで怒っただろうけど。「室長命令!」と。
「おい、聡美。聞いてんのか?」
急に呼ばれて我に帰る。どうやらボーっとしてたらしい。顔を上げると拓実が怪訝な顔であたしを睨んでいた。
「ん? どした?」
「どうしたじゃねぇよ。ボーっとしやがって。今度のイベントのレイアウト。イメージ作ったって言ってんの」
「ああ、あれね」
「お前、最近おかしいぞ。何かあったのか?」
拓実はあたしの顔を覗き込むように、顔を近づけた。あわてて取り繕う。拓実は人のちょっとした変化によく気付く。それに助けられることもあるけど、今は気付かれたくはない。
「何でもないよ。そんなことより、出来たんでしょ? 見せて」
ダメだ。しっかりしないと。
依頼人との打ち合わせを終えて啓輔が帰ってきた。当然のことながら、知美と一緒だ。知美はすぐにあたしの所へ来て、報告をした。
彼女は去年一人抜けた為に、今年の春採用した新人だった。仕事を覚えるのは早いし、センスあるし、お客さんの受けもいい。人材としてはとても優秀で、申し分ない。何より可愛くて性格もいい。男がこんな子を放っておくわけがないと、女のあたしでも思う。
きっと嫉妬してるんだ。啓輔の気がホントに知美に向いてしまうんじゃないかと、そればかりが心配だった。
最近啓輔と二人で過ごす時間が全然とれないのも原因の一つだと思う。
「じゃあ、今日はもう帰るね」
啓輔はまた、笑顔だけ見せて帰ってしまう。知美が申し訳なさそうな顔でコチラを見てるのが妙に目についた。
はぁ、と深いため息をつくと、じっと見つめる拓実と目があった。
慌てて仕事に取り掛かる。気付かれたかな、と書類に目を通すふりをしてちらりと伺うと、拓実は何事もなくパソコンに向かっていた。危ない、危ない。
みんな啓輔が悪いんだ。と責任を押し付ける。
全然デートに誘ってくれないのが悪い。
全然話しかけてくれないのが悪い。
たとえ5分でも10分でも一緒に居られれば少しは落ち着くのに。
そう考えると腹が立ってきた。バカケースケ。電話だけで満足できるわけねーだろ。