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中央分離帯 『完全版』  作者: usk
誕生日 そして
29/31

前日 啓輔




「作戦名『誕生日』だよ」

 岩さんは喫茶店のテーブルに乗り上げるように顔を近づけて力強く言った。

「え?」


 朝出勤すると同時に外に連れていかれて、何も解らないままビラを配らされて、休憩に寄った喫茶店でさらにわけのわからない事を言われて俺の頭には『?』マークが並んでいた。


 お昼を少し過ぎた店内は、ついさっきまで忙しかった事を示すように、片付けが間に合わない空いたお皿があちこちのテーブルに乗ったままで、店員がせわしなく片付けに追われている以外はほとんど客の姿もなく、だから岩さんの声が大きくても誰も見向きもしない。


「お前ら最近おかしいだろ。何かあったんだろ?」

 椅子に座り直してコーヒーを飲みながら、岩さんの声はどうしても大きい。

「別に、何もないよ」

「そういうの、いいから。お前らはわかりやす過ぎんの」


 そう言われてしまってはぐうの音の出ない。なんか悔しいけど。


「具体的に何があったか、なんて訊かねぇよ。そんなことはどうでもいいしな。お前が困ってるんじゃないかと思っただけだ。どうなんだ?」

「困ってると言えば……」困ってるけど、それを言ってどうなるんだ?


 俺自身どうして聡美さんの様子がおかしいのか解らないのに、それを岩さんに話したところでどうにもならないだろう。


「明日、聡美の誕生日だろ?」

「うん」

「そこで、作戦名『誕生日』だ」

「さっきからそれ、なんなの?」

「お前、当然プレゼントは用意してるよな?」

 当然と言われてドキリとした。用意している事はしてるけど、受け取ってくれるかどうか解らないのに。


「一応、用意は、してる、よ?」不自然にしどろもどろになってしまう。

 岩さんは、よし、と言うと一層身を乗り出して「お前に良い事を教えてやる」と不敵な笑みを浮かべた。


「一つはっきりしてる事は、お前は浮気はしないと言うことだ。だよな?」

「するわけないじゃん」

「そうだ。するわけないんだ。でもたぶん聡美は疑ってる」

「ええ?」寝耳に水だ。どうしてそうなるんだ?


「お前は自覚がないかもしれないけどな、はたから見てれば一目瞭然だ。お前はいつもトモちゃんと一緒にいるし、聡美としては面白くないよな」

「それは……しかたないよ。最近まで仕事で一緒だったんだし」


 その後も、あれじゃほっとけないし……


「まぁ、俺も大体の事は聞いてるよ。でも聡美は知らない。だろ? 考えても見ろよ、自分の彼氏が他の女の事ばかり気にかけてるんだぞ? 気にならない方がおかしいだろ。『啓輔はどうして知美の事をそんなに気にするんだろう』『もしかして知美の事が好きなんじゃないかな』と、そうなるわけだ」


 そうなのか? 聡美さんの様子がおかしかったのは、俺が篠原さんと一緒にいたせいなのか? 俺はずっと自分が何かしたせいだと思ってた。俺と篠原さんがどうにかなってるんだと疑ってるんだとしたら――


「俺、もしかして聡美さんの事、すごく傷つけたんじゃ――」

 血の気が引く思いがして、手が震えた。知らず知らずに大好きな人を傷つけていたかもしれないという事実が目の前を暗くする。

ドクンと心臓が強く動いた。バカか俺は。少し考えれば分かる事だったじゃないか。


「かもしれねえな。聡美は少なからず、山田の事を疑っては、いる」

 真面目な顔の岩さんを直視できない。その目の向こうに聡美さんの思いがあるような気がした。

「でも、お前は浮気なんかしない。それは聡美も十分解ってる。だから何も言えなくてため込んでるんだと思うんだ。あいつ、何も言わなかっただろ?」

「たぶん。何も言われては、いないと思う」

 気を落ち着かせようとコーヒーカップを取るが、手が震えてカチャカチャとうるさい。一口飲んだコーヒーはとても苦く感じた。


「落ち着けよ。お前は気が小せえな。大丈夫だって、まだ間に合う。それどころか――」

 そこで岩さんは声をひそめて顔を近づけると「一気にセックスまでいける作戦だ」と耳打ちした。


 セッ?

 突然何を言い出すのだと、長年の親友の顔をまじまじと見つめるが、岩さんはいたって本気の顔をしている。からかっているわけでも、冗談を言っているわけでもなさそうだ。


「お前ら、まだしてねぇンだろ? ああ、言わなくていい。見れば解るから」

「あう……」声が出ない。情けない。


「お前は、まぁその歳で初めて女と付き合うんだから仕方ねぇかもしれねぇけどな。聡美は、もういい歳だ。解ってはいるだろうが、それなりに色々経験もしてきてるだろうよ」


 それは、解ってるつもりだ。聡美さんは俺と違ってちゃんとした恋愛をしてきてるんだし、一通りの経験はあって当然だろうとは思っていた。


「普通に付き合い始めて、半年以上も待たされてみろ、焦れるだろ普通」

「……そういうものなの?」

「……そういうものなのだ」


 こういう時、恋愛経験のない自分が嫌になる。それが当然だと言わんばかりの岩さんを肯定することも否定することもできない。


「そこで、だ。今度の聡美の誕生日にお前から聡美を誘え『セックスしよう』ってな」

「はぁ?」

「大丈夫だ、自然な流れで持っていけるように、俺が今日一日レクチャーしてやる。大船に乗ったつもりでいいぞ」

「それが、作戦名『誕生日』?」

「これが、作戦名『誕生日』だ」



 いいのか? これで。

 親友と言うか悪友と言うか、つまり岩さんの言葉を真に受けて、勝手に作戦名『誕生日』を決行させられようとしている。残念なことに、断るだけの言い分も正義もない俺には断る事も出来ない。



 明日の聡美さんの誕生日が、少しだけ待ち遠しくて、少しだけ気が重くなった。



 その夜、22時になると同時に聡美さんから電話がかかってきた。

熱心にネットを見ていた俺は、まさかかかってくるとは思っていなかったので、慌てて携帯を取った拍子に痛めた右足を思い切りぶつけてしまい、痛みでしばらく動けなかったほどだ。


「……もしもし」痛みを堪えて、電話にでる。

「えへへ、今日はあたしからかけちゃった」

不思議な事に、聡美さんは機嫌が良いようだった。これなら、あの事も言えるかもしれない。

「啓輔、明日が何の日か忘れてないでしょうね?」

「もちろん。聡美さんの誕生日を忘れるわけがないよ」

「よろしい」聡美さんは、ふふんと嬉しそうに鼻を鳴らした。

「で? 明日はどこに行く?」

「そのことなんだけどさ――」





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