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中央分離帯 『完全版』  作者: usk
誕生日 そして
25/31

3日前 聡美




 無意識に窓の外を見る回数が増える。

オフィス内を重苦しい雰囲気が包んでいるせいだ。それは知美のせいでもあり、啓輔のせいでもあり、そしてあたしのせいでもあった。


 啓輔が怪我をした3日後、知美が初めて無断で休んだ。啓輔は『どうか怒らないでやって欲しい』と言ったきり、理由は教えてくれなかった。『そのうち篠原さんからきっと話してくれるから』と。自分自身もひどい怪我をしているにも関わらず、知美の事を心配した。


 次の日出勤してきた知美は、別人のように塞ぎこんでいた。さすがのあたしもただ事じゃないとは思ったけど、本人が何も話してくれないので、何も手の打ちようがなかった。

 それ以来、啓輔は妙に知美に優しい。何か理由を知っているからなのだとわかってはいるものの、やっぱりどこか腑に落ちない。


塞ぎこんだ知美。

怪我をしてる啓輔。

そして、機嫌の悪いあたし。

この3つが原因で陰鬱で、不穏で、暗黒な空気がオフィスに充満していた。


 視線を机の上に戻すと、卓上カレンダーが目に入る。それを見てあたしの気分はさらに落ち込んだ。あと3日であたしはまた一つ歳を取る。三十四だ。

 時間っていうものは待ってはくれない。どんなに懇願しても絶対にペースを崩さない。残酷で、正確だ。あたしがどんなにため息をつこうが、どんなに抗おうが、あと80時間ちょっとで、誕生日を迎える。

唯一、啓輔がプレゼントを用意してくれているということだけが救いだった。


やっぱり啓輔は変わっていない。

けど、今はあたしよりも知美の方にばかり気を寄せている。


「はぁ……寂しいんだなぁ」

「何が?」

 無意識に出てしまった独り言を、よりによって真理に聞かれた。

さっきまでおとなしくデスクに座ってたくせに、何で独り言を呟いた時に限っているのよ。

「な、なんでも、なんでもない」

慌てて手を振る。あからさまに動揺しているな、あたしは。


「まぁ、わからなくもないけど」と真理は横目で啓輔をちらりと見る。見た後でニヤリと笑った。

「何よ、その目は」

「あたしちゃんと聞いてたんだよ。あの時病院で山田くんが言ってた事」

「な、何だっけ?」とぼけてみる。

「とぼけるなよ、あんたちゃんと愛されてるじゃん。良かったね」

そう言われると、まんざらでもなくて、あたしは自然と顔がほころんでしまう。


「そうそう、そういう顔してなさいよ。それでなくても何か雰囲気悪いんだから。このままじゃそのうち部屋の隅にキノコ生えてくるよ」

「そう言えば、あんた達に考えてもらった『企画書』無駄になっちゃったね」

「ああ、あれ。あれはいいの」真理はそう言って、悪びれもなく「ただの遊びだから」と言った。


「山田くんのプレゼントって、なんだろね」

「何よ、急に」

「だって気になるじゃん。あの山田くんが愛する聡美にどんなプレゼントをするのか」

「声がでかいって」

啓輔に聞かれてるんじゃないかと恐る恐る覗くが、当の啓輔は気が付く様子もなく、黙々とキーボードを叩いている。ただ、あたしの焦りはピークだった。


「楽しみだよね? さ・と・み」

楽しんでいるのはお前だと、言ってやりたかったが、口には出さずに、手で追い払う。少なからず楽しみにしているのは、間違いではない。


これで、啓輔がちゃんと今もあたしの事を見ていてくれれば、文句はないんだけど。

そう思うのはわがままなんだろうか?



 明かりを消して、ドアに鍵を閉める。室内と違い、外はそろそろ上着が必要なほど寒く、あたしは少しだけ身を震わせた。

 乗りなれたレトロなエレベーターは例えるなら紳士的な老人だなと、いつも思う。古めかしい操作盤の割に、音もなく閉まるドアに、多少の億劫さも見せるがゆっくりと人を運ぶ仕草。到着と共になる小さなベル音なんかは控えめで好感が持てた。


 ロビーを出て、駅へと向かう途中でふと、啓輔の家に行こうかな、と思った。啓輔が帰ってからまだ間もないし、あの怪我ではご飯を作るのも、お風呂に入るのも一苦労だろうし、行ってご飯を作ってあげようかなと、唐突に思い立った。時計を見る。まだ20時だ。今からすぐに行けば20分くらいで着けるはずだし、たまにはあたしの方から行動しても罰は当たらないはずだ。

せっかくだからこっそり行って驚かせてやろう。

ちょっとしたいたずら心から、連絡はしないで黙って行くことにした。


 それがいけなかった。思い立ったのがというよりは、ちゃんと来る前に連絡していれば、まだ良かったのかもしれない。

 アパートを遠巻きに眺めながらあたしは茫然自失としていた。


 アパートの前に啓輔がいる。

あの松葉杖姿は間違えようがない。その啓輔の胸に顔をうずめるようにして立っているのは、知美だ。


 あたしはどこか、テレビを観覧する視聴者のような感覚で、立ちすくんだままその光景をボーっと見ていた。


 アパートの前にある明かりがぼんやりと二人の姿を照らしている。

啓輔は全く動かなかった。

知美は小刻みに方を震わせている。泣いているのだろうか?


なぜ泣いているのだろう?

なぜ啓輔の胸の中で泣いているのだろう?

なぜ啓輔は知美に胸を貸しているのだろう?


 見てはいけない、と頭の中で声がしたような気がしてあたしは目をそらした。

そのまま歩いてきた道を引き返す。なぜだか自然と早足になった。


こんなのって、ドラマとか小説とかの話で、何か現実的じゃない。

あれは、何だったのかな?





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