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中央分離帯 『完全版』  作者: usk
幕間 Ⅱ
24/31

拓実と祥子

いつものバーで

拓実と飲み仲間の吉田祥子が喋ってます





「んで? 結局どうなったんだよ」

岩崎拓実は、いつものバーで、いつものマスターが作る、いつものお酒を飲みながら、いつもの相手の吉田祥子にストレートな質問をぶつけた。

 祥子はと言うと、いつものバーに、いつものようにいる岩崎拓実が、いつものお酒を飲みながら、いつものように訳のわからない事を言っている、くらいにしか思っていない。


「何のこと?」と祥子は質問の意味は理解していたが、白々しく訊き返してみる。

相変わらず、マスターが作る『ドライマティーニ』はうまい。と本日二杯目のカクテルを飲みながら、そう言えば『マティーニ』の由来は、バーテンの名前だっけ? などと意味のない事を考えていた。


「篠原知美の事件だよ。お前もいたんだろ? その現場に」

「ああ、それね」

あの事件を思い出して、祥子は眉根を寄せた。そして可愛い後輩の身に降りかかった悪夢のような光景が眼前に広がって、さらに顔をしかめる。出来れば夢であって欲しいと、あれから何度思ったことだろう。と今は会社に姿を現すことのない可愛い後輩を思う。


「一応、解決したよ」と具体的な話をはぐらかす。

「一応とはなんだ、一応とは」

岩崎は納得いかない様子で祥子に詰め寄った。まるでくだを巻く酔っ払いだなと、鬱陶しくなる。人が言いたくない事をむやみに訊き出すな、と祥子は鋭く睨みを利かせた。

「な、なんだよその眼は」

祥子に睨まれて岩崎はわかりやすく狼狽する。どうやら自分は人を怯ませる眼光を持っているらしい。それに気付いたのはいつ頃だったか、と記憶をたどってみると幼少の頃にはすでに友達だった男の子に『祥子ちゃん目が怖いよ』と泣かれていたなと思いだした。初恋の男の子に泣かれて、自分はきっと恋はできないと達観するに至った、あれは確か5歳の頃だ。


「最近トモちゃんがあからさまに気落ちしてる」

「へぇ」

祥子は平らかな声を出しつつ、岩崎がトモちゃんと呼ぶ篠原が気落ちするのもわかると思った。なにせ、自分のせいで大事な人物が今や意識不明の重体なわけだから。

「あの事件が関係してるんだろ? 俺も多少の事情は聞いてる。お前は解決したって言ったよな。ホントに解決してんのか? だったらなんでトモちゃんは元気がなくて、山田はトモちゃんにつきっきりなんだよ」


 そこまで聞いて、祥子はなるほど、と思った。岩崎が本当に訊きたいのは事件の真相ではなくて、後輩であり、大事な親友でもある山田の事が気がかりなのだろう。

そこで祥子はさらに推察する。前に岩崎がこのバーに山田を連れてきたときに、恋人ができた記念と言って祝っていた事を思い出す。そこでさっきの言葉だ『山田がトモちゃんにつきっきり』だと岩崎は言った。つまりあの事件のせいで気落ちした篠原を山田がなぐさめていて、それによって山田の彼女が不快を被っていると言いたいわけだ。



「事件は解決してる」と祥子はわざとぶっきらぼうに言う。

岩崎は、一瞬掴みかかってくるのではないかと思うほどの激昂を見せたが、すぐに表情を曇らせて「そうか」と一言だけ呟いた。


「ただ、あの事件のせいで三浦が怪我をした」

祥子はそう言って苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。言いたくはない。自分でさえ出来れば夢であってほしいと思っているのに、口に出してしまうと認めざるを得なくなってしまう。三浦が帰ってこないかもしれないという事を。

 だが、岩崎の山田を心配する気持ちを無駄にしたくはなかった。祥子にとって岩崎は親友と言ってもいい大事な飲み仲間だ。決して多くはない友達の思いに答えてあげたいと、祥子は話す事を決意した。


「やったのは篠原をストーカーしていた男であり、山田くんを襲った犯人でもある。確か飯塚と言ったか。三浦はあれで空手をやっているから、捕まえるのは簡単だとあたしも高をくくっていたんだ。それがいけなかったのか、最後の最後でへまをした。三浦が刺されたんだ。今は病院で意識不明だ」


「そ、」岩崎は口を開きかけて一旦言葉を止め、「……そうか」と目をそらした。


「――で? お前はそれを聞いてどうするの?」

真相を聞いてどうするのだ?と祥子は訊ねる。知りたかったのだ。岩崎が今後どうするのかを。祥子には聞く権利がある。それは岩崎にもわかっていた。


「わからねぇ」

岩崎は重い岩戸をこじ開けるように重々しく口を開いた。

「ただ、漠然と何とかしてやりてぇとは、思ってる。あいつらはホントに似会いのカップルなんだ。出来れば、幸せになってもらいたい」

岩崎は伏せ気味にグラスに注がれたウィスキーを見つめる。グラスの中で氷がからからと高い音を出して、揺れた。


 祥子にはその姿が全てを物語っていると思えた。

祥子がなぜ岩崎と気が合うのか、それは岩崎が自分と同じ境遇だからに他ならなかった。

つまり、二人とも『恋が出来ない』のだ。


恋をしないわけじゃない。人を好きになれないわけじゃない。ただ『恋が出来ない』

同じ葛藤を持つ人間だからこそ、祥子には岩崎の想いも理解できた。

せめて自分の大事な人には幸せになって欲しい。

それは祥子も同じだからだった。


「好きにすればいい。ただ、間違うなよ。お前の思いは時に人を傷つけることも、ある」

 祥子はぶっきらぼうに言うと、ドライマティーニをのどの奥に押し込んだ。その時ばかりは飲み慣れたカクテルが妙に辛く感じた。


「ああ、わかってる」

 そう言ってウィスキーを飲みこんだ岩崎も、苦々しく顔をしかめた。





次から、また聡美と啓輔に戻ります

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