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中央分離帯 『完全版』  作者: usk
半年目 秋
13/31

啓輔 Ⅶ




 電話がかかってきた。濡れた頭をタオルで拭いていると、ガラステーブルの上で携帯が音を響かせながら震えだした。デジタルの置時計は携帯の横で21:40と表示している。この時間は、聡美さんからじゃないなと、風呂から上がったばかりで服も着ていない状態だったので、どうしようかと悩んだが、とりあえず携帯を開いてみると、着信画面には三浦さんの名前が点滅していた。


 気がついた以上でないのも失礼だと思い、受話ボタンを押して携帯を耳に当てる。

「もしもし」日本人の電話における第一声を発しながら、急いでパンツだけは履いた。

「ああ、山田さん。お久しぶりです」

 久しぶりの三浦さんの声は明るかった。元々人当たりの良い人だが、それとは別に何かが彼の声を明るくしている。といった感じだ。


「どうかしました? 三浦さんから連絡なんて珍しいですね」

「ええ、実は山田さんに折り入ってお願いしたいことがありまして」

 そう言うと、三浦さんはさっきの明るい声から一転、ほんの少し声のトーンを落として、誰に聞かれるわけでもないのに、秘密を話すときのようにひっそりときりだした。

「実は今度篠原と出かけることになったんですけど」

「ああ、聞きましたよ。篠原さん喜んでましたね」

「そうですか……」

 三浦さんはなぜか寂しげだった。

「僕が篠原を誘ったのは、ただ遊ぶ為だけじゃないんです」


 三浦さんが篠原さんを誘ったもう一つの理由は、篠原さんから相談を受けてから2週間以上姿すら現さない元彼をおびき出す為だった。ドアの一件以降、危機感を強くした三浦さんはこの事態をなるべく早く解決したいのだそうだ。

そこで、待っているだけじゃなく、こっちから動くことにした。篠原さんが動けば、元彼は後をつけてくるのではないかと考えたらしい。

 俺は三浦さんの話をただ黙って聞いていた。肌寒さを覚え体が震える。10月の秋口に風呂上がりで服も着ないでいた為、湯冷めしたのかもしれないと思った。それとも三浦さんの決意が伝わっての武者震いだろうか。

三浦さんは最後に、このことは篠原には言ってないんです。結果的に篠原を騙しているような気がして気が引けるんですけど。と罪悪感を滲ませた。


「篠原さん、楽しみにしてます。三浦さんも楽しんでくればいいじゃないですか。それなら騙したことにはならないでしょ」

「そうですね。そう言ってもらえると少し楽になります」

「それで、頼みたいことってなんですか?」と訊ねると、三浦さんはそれが本題であるにも関わらず忘れていたようで、あ、そうそう。と声を高くした。


「たぶん元彼は僕達を追ってくるとは思うんですけど、もう一つの可能性として、篠原がいない間に部屋に侵入することも考えられるんです。それで申し訳ないんですけどその日、篠原の部屋を山田さんに見張っていていただけないかな、と」


 無茶なお願いなのは解ってるんですが、と三浦さんは申し訳なさそうに言葉をつないだ。確かに、三浦さんの言いたいことは俺にも解る。部屋に誰もいなくなればストーカーにとっては好都合だろうし。それを見張る人物がいないと何をされるか気が気ではないだろう。


「ええ、それは構いませんが――」

この頼みは聞いてあげるべきだ。ただ気がかりなことが一つだけあった。

「それは、いつですか?」うちのオフィスの基本的な休みは土日だ。そして久しぶりに約束した聡美さんとのデートは土曜日。その日じゃなければいいのだが。


「土曜日なんです。もちろん山田さんの都合がよければでいいんですが」


 嫌な予感は当たるものだ。


「もし、もしですよ、俺がその日都合が悪かったらどうします?」

「その時はしょうがないですね。僕のせいで篠原の部屋に何かされる訳にいかないので、キャンセルします」


『ようやくって感じでかね。三浦くんと出会って4年目でようやく』


 篠原さんの嬉しそうな顔が浮かぶ。4年も想い続けて、自分の想いを貫く為に彼氏と別れて、そのせいでストーカー行為まで受けている彼女が、ようやく掴んだチャンスだ。出来れば叶えさせてあげたい。

 この頼みは聞いてあげるべきだ。



 電話がかかってきた。ガラステーブルの上で携帯が音を響かせながら震えだした。デジタルの置時計は携帯の横で22:21と表示している。

 すっかり湯冷めした体は服を着た後も肌寒さが消えず、手足の先が冷たくなっていた。携帯を掴む手に力が入らなくて、掴み損ねた携帯が絨毯の上で跳ねた。


「もしもし」

「もう、かかってこないからこっちからかけちゃったよ」

 携帯の向こうの聡美さんの声は弾んでいた。

「ああ、ごめんね。友達からかかってきちゃってさ」

「そう? ねぇ今度の土曜日どこ行く?」

 その言葉に心臓がズキンと痛んだ。聡美さんも楽しみにしてくれていたんだ。もちろん俺だって楽しみだった。なにせ2カ月ぶりの二人の時間なのだから。


 口を開くのが重い。なるべく明るい声を出さなくちゃ。

「聡美さん、その日なんだけどさ――」





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