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中央分離帯 『完全版』  作者: usk
半年目 秋
11/31

啓輔 Ⅵ



 今日は朝から聡美さんの姿はオフィスにはなかった。

大手企業のイベントで今日から一週間は現場だ。それが終わったら、ようやく休みが取れる。


 一週間なんてあっという間だ。聡美さんの顔が見られない寂しさも、こないだのキスの余韻が軽くしてくれる。あれから3日が経っているが、目を閉じればまだ思いだすことができた。


「先輩。なにニヤついてるんですか」

 目を開けると篠原さんがあきれ顔で見下ろしていた。顔に出ていたらしい。

「あ、いや別に何も」と口ごもりながら急激に顔が熱くなるのを感じる。

「何かいいことあったんでしょ?」

 篠原さんが好奇の眼差しを向けると、それに気付いた林さんが、何? と興味を示す。

「そう言えば聡美もこの2日くらい機嫌良かったよね。山田くん何かしたの?」

「何でもないって」慌てて手を振る。

「何かあったことは、明白ですよね」

「こんなにわかりやすい二人は珍しいよ」

 俺の否定もそっちのけで篠原さんと林さんは独自な盛り上がりを見せ始めた。


「もしかして、とうとう?」と篠原さんが言えば

「いや、山田くんのことだからまだそこまでは行ってないと思う」と林さんが思案する。

「わかんないですよ、もしかしたら聡美さんの方からってことも」

「あり得なくはないわね。岩崎くん辺りに吹き込まれて、焦りを感じてってところかしら」

「そう言えば、今聡美さんのパートナー岩崎さんですもんね」

「聡美ももう三十三だからね。焦る気持ちはよくわかる」

「じゃあ、やっぱり……?」


 二人の妄想は止まることなく勝手に膨らんで、今や俺の及ばないところまで成長しつつある。


「山田くんまだ若いから……」

「えぇ~じゃあ何回も?」

「それで聡美も満足して……」

「いいなぁ……」


 もはや口を挟む余地もなく、おろおろと二人の妄想の行方を追っていると、林さんの隣でいつものように仏頂面をしていた大島さんが大げさにため息をついた。

「山田にそこまでできるわけないでしょ。おおかた『気持ちが通じ合って嬉しい』とか『手を繋げて嬉しい』とか、そのくらいのレベルですよ」


 彼のその言葉には俺も納得してしまうほどの説得力があり、二人は「そうだよね」と安易に納得した。でもなんだかバカにされた気がするのはなぜだろう。



「わたしもいいことあったんですよ」

 いつものようにアパートへの帰り道を一緒に歩いていると、篠原さんは報告するでもなく呟くように言った。

「三浦くんにデートに誘われたんです」

「へぇ……」意外だった。

「ようやくって感じですかね。三浦くんと出会って4年目でようやく」

「篠原さんは三浦さんのことが好きなの?」

 そう訊くと、篠原さんは前を向いたまま頷いた。「もうずっと前から。まだ三浦くんのこと三浦先輩って呼んでた頃から好きでした」


 不思議だと思った。篠原さんは一年付き合った元彼からストーカー被害を受けている。元彼ってことは付き合っていたんだろうし、付き合っていたって事は好きだったんだろう。それなのに三浦さんのことはずっと前から好きだったと言う。


「今、先輩が何考えてるか解りますよ」

 長い沈黙の後、必死に考えていた俺の顔を読み取ったのか、篠原さんは弱弱しい笑顔を浮かべた。

「ごめん」

「いえ、先輩は一途だから。きっとわかんなくていいんだと思います。あたしは三浦くんが好きなくせに、他の男と付き合っちゃうような女ですから」と篠原さんは自嘲気味に笑った。


「こんなだから恨まれちゃうんでしょうね」

「三浦さんに想いを伝えようとは思わなかったの?」

「思いましたよ、真っ先に。でもその頃三浦くんには彼女がいたから。諦めるしかなくて、そのうちにわたしの事好きだって言ってくれる人と」

 遠いものでも見るように、篠原さんの視線はぼんやりと道の先に投げられている。無表情に近い顔をしていたが、俺にはそれが強い後悔の顔のように見えた。

「もしかして、三浦さんの事が忘れられなくて?」

 その質問には答えが返ってこなかった。答えたくないのか、とも思ったがたぶん無言が答えなのだろう。

「バカなんです、わたし」

「なんで? それって、結局篠原さんも一途に三浦さんの事思ってただけでしょ」

 そう言うと篠原さんは一瞬驚きの表情を浮かべ、そしてすぐに笑いだした。

「なんか先輩に言われると恥ずかしいです」

「なにそれ」

「別に」と言って白い歯を見せる篠原さんは、俺から見てもすごく可愛かった。


「良かったね、篠原さん」

「はい」





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