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1月 逃げられない

 小走りで階段に向かっていると、真紀の携帯が鳴った。


「!」


 周平のメロディだ。階段のホールに思いの外高らかに響き渡る。何の気なしに設定したけれど、今思えば恋愛映画の相手を恋う甘い挿入歌だ。

 ああ、どうしよう。切ない旋律の中で、いろいろな場面が蘇る。入社当初、理不尽な事に怒る真紀を諭して一緒に上司に謝ってくれた彼。寝ぼけ眼で彼女のおにぎりを美味しそうに頬張る姿。カフェで見る柔らかな笑顔、そしてさっきの、挑むような熱い眼差し。真紀ははっきりと自覚してしまった。


 思っていたよりずっと前から、ずっと深く、私は、彼を。


 その時携帯の曲が切れ、代わってかつかつと早足で階段を上がってくる靴音が響いた。足音は徐々に大きくなる。

 覗いたふわっとした髪、紫とターコイズブルーの縞のマフラーに、だくん、と胸が鳴った。  

 彼だ!


 真紀はとっさに後ろを向いて息を潜めた。服が違うのだから、バタバタ慌てるよりばれないはずだ。周平は立ち止まって辺りを見回している。

 早く、早く行って!焦れた真紀の背後でやっと彼が動き始めたその時、また彼女の携帯がなった。思わずびくっと肩が震えてしまう。

「んっ」

 周平の反応は早かった。携帯が乱暴にぱちんと閉じられる音がして、真紀の肩をぐっと掴んて振り向かせる。乱れた前髪越しの燃えるような瞳が真紀を捕えた。


 「…お前なあ」

 そんな呼び方をされたのは初めてだ。彼は真紀の肩から手首まで手を滑らせ、ぎゅっと掴みなおす。そして少し身体を離すようにして彼女の全身を見た。時間にすれば10秒にもならない。しかしそのゆっくりと撫でるように動いてゆく視線に、真紀は身体から火が出そうだった。

「なに着替えてんの」

 大きく息をつき周平は言った。怒っているのか呆れているのか、おそらく両方に違いない。

「ごめん、なさい」

 素直に出た謝罪なのに、その言葉で何故か周平の眉がぴくりと上がる。

「何に、ごめん?」

 真紀は問い詰められた子どものように肩を縮めた。

「えっと、・・・逃げたこと」

 彼は、はあっ、とため息をつく。

「・・・変装してでも逃げたかった?」

 周平は下から覗き込むように真紀を見上げた。

「・・・そんな。ただ、店員さんに誘導されて、気がついたら試着して買っちゃってて。変装なんて・・・」

 言っていて自分でも支離滅裂だと思う。

「・・・俺を無視しようとしたね」

 周平の顔が近づいた。

「だって」

 真紀はまた沸騰する自分を抑えるのに必死だった。

「混乱するよ、こんな・・・」

 大きく息を逃がして肩を揺らした。周平は触れる程近くに顔を寄せて言った。

「こんな、何?」

 何って。はっきり言われてないのに、言える訳がない。真紀は目を伏せて闇雲に首を振った。泣きそうだ。逃げたい、でももう逃げられない。どうしたら。いつもパニックに陥ったとき助けてくれるのは、他ならぬ周平だったのに!

 言葉も見つからないまま、しばらくしておずおず目を開けると、周平も怯える少年のような目をしていた。

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