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後日談〜1月 ラテの冷めない距離(2)

 バーナードカフェの脇に伸びる路地を進んで、公園の角を折れると真紀の部屋のある白い三階立ての建物が見えた。

「近くていいねえ」

 子どもたちがベルを鳴らして自転車で通りすぎる。どこかから聞こえる掃除機の音。植木に水をやっている近所のおじさん。まごう事なきいつもの日曜。なのに隣にいるのは。真紀は周平の嬉々とした横顔を見つめた。何だか信じられない。本当にうちに来るんだ。促されるように部屋に続く階段を上がると、真紀の部屋にたどりついた。

「ん?」

 鍵を開けようとしたところで、ため息をついている真紀に気づき、周平は顔をのぞき込む。

「少し外で待ってた方がいい?」

「・・・そうしてくれると助かる」

 ほっとして真紀が鍵を開けると、

「でも5分」

 ときっぱり言って腕時計を指す。

「それ以上はだめだよ」

 いそいでドアを閉め、そのまま玄関に座り込む。ああ、もう!私の性格を知りながらどうしてこんなにも追い詰めるのか。泣きそうだ。とにかく、落ち着かなければ。そうだ、まずブーツを脱がなきゃ。今日に限ってなんでこんなものをはいたのか。ジッパーを下げてうんうんと引っ張っていると、がちゃっと音がしてドアが開いた。

「えっ!?」

 なぜ鍵が?

「時間切れ〜」

 周平が鍵をぷらぷらさせてドアから顔を覗かせた。

「ドアに刺さったままだったけど?」

 周平は座り込んでいる真紀のブーツを簡単にすぽっすぽっと引っ張って脱がすと、両手を引いて立たせた。

「なんでブーツ脱がすの慣れてんの?!」

 憤慨しながら真紀が言えば、

「いつもお袋に引っ張ってーって言われるんで。何、もしかして妬いてくれてる?」

 無邪気に喜んでいる。もう、やだ。恥ずかしくて顔が上げられない。壊れた人形のように闇雲に首をふった。周平はそのまま真紀の両手を引っ張って自分の腰に回すようにすると、真紀の頬を自分の両手で包む。

「・・・やっと、ふたりきりだ」

 甘いキスが降ってきた。額に、頬に、角度を変えて唇に、何度も、何度も。俺はここだよ、と歌うように。最後にぎゅっと抱きしめて、

「ずっと、こうしたかった。」 

と吐息混じりに呟いた。抱きしめたまま部屋の中に移動すると、絨毯の上においたクッションの上に真紀ごと腰を下ろした。後ろから足の間にすっぽりと抱き込まれて身動きがとれない。しかも周平の唇は真紀の耳のそばにあった。

「ねえ」

 甘えるような声にぞくっと震えた。

「俺のこと、好き?」

「そんなの、」

 わかってるくせに。

「言ってよ」

 促すように身体を揺らした。真紀は望まれる幸せに酔いながら、口を開いた。

「・・・好きだよ」

 周平はぶるっと震えてから、真紀をきつく抱きしめた。

「いつから?」

「・・・自覚したのは、二人でカフェに行くようになってからだけど、」

 自分の気持ちを相手に伝えるのは、なんて照れくさく難しい作業なのか。

「きっと、もっと前からだと思う」

 うれしい、という言葉の代わりに後ろからぎゅっと強く抱きしめられた。

「・・・周平君は?私だって好きって言われてないよ?」 

 周平は肩をつかんで向き直らせた。拗ねた目をしている。

「まだ、わかんない?」

 分からない訳じゃないけど。聞きたい。あなたのその唇から、紡ぐ言葉で。

「・・・愛してる。ずっと、真紀だけだ」

 その目。どこまでも自分を欲する視線の熱さ。

「真紀・・・真紀、真紀。」

 口づけの合間に幾度となく囁かれその度に体温が上がる。身じろいで、傍らにあるサンドイッチの袋に身体が当たり、かさっと音がした。

「あ、朝ご飯」

 思わず真紀が言うと、たしなめるように耳元にキスされる。

「マグだからコーヒーは冷めないよ」

 吐息混じりに囁く。

「俺に集中して」

 するのが怖いから、気をそらしてるのに。さらに周平は追い詰める。

「・・・今日、泊まってもいい?」

 真紀の頭の中で激しい爆発音が鳴り響いた。

「何言ってんの!明日会社でしょ!?」

「離したくない。うちまで一緒に着替え取りに行って」

「・・・自宅でしょ!二人で行ってお母さんになんていうのよ!」

「離れたくない」

 肩口でうめく。

「うちの犬見たいって言ってたじゃん」

 言うに事欠いて、犬で釣るなんて。何なの、この大きい小学生みたいな生き物は!思わず吹き出した。ちょっと照れくさそうに周平も笑う。


 結局、犬のトムは可愛かった。月曜日の朝、休憩室で一緒の朝ご飯を食べているのを美砂に見つかったのは、ちょっと痛かったけれど。



Fin


お読みいただきありがとうございました。ここでひとまず完結です。

この後周平サイド、スピンオフなどを予定しております。良かったらお立ち寄りくださいませ。

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