1月 ふたりの冬を閉じ込めて
二人は手を繋いだまま、笠倉駅にたどり着いた。明日の日曜会う約束をして駅の改札で別れるつもりだったが、何も言わず一緒に改札を潜ってくる。
「電車が来るまで」
彼はそう言うと一緒にホームに立った。真紀は、彼が当たり前のような顔をして畳み掛ける執着心に慣れる気がしない。こんなにぎっちり指を絡めて手を握られて。コートを着ることも出来ない。思わずくしゃみが出た。
「ああ、ごめん」
さすがの周平も手を離す。柱の陰で真紀はショップの袋とバッグを下ろしてコートを羽織った。しかしボタンをかけようとした彼女の手を、周平は片手で制する。
「なに?」
周平は鞄の中からごそごそと小さな包みを出した。銀色のリボンがついた手のひらサイズの青い袋。まさか。
「今日誕生日だろ」
「・・・知ってたの」
イベントの準備で毎日徹夜に近い状態だったと聞いている。クリスマスも年末もなく、正月休みも1日位だったとぼやいていた。それなのに。
「知ってるさ」
周平はさらっと言うと、開けて?と真紀を促す。真紀の手のひらに乗せられた袋は、見かけより重かった。青い紙袋の中には黒いベルベットの袋が入っている。傾けると、中身がするりと彼女の手に滑り落ちた。黒い革紐にきらきらした雪の結晶のペンダントヘッドのついたチョーカーだった。
「・・・綺麗」
「安物で悪いけど」
彼はそれを奪い取るとさっさと留め金を外して彼女の首にくるりと回した。暖かな彼の指がうなじに触れる。彼は真紀の肩をくるっと回して自分に向き直らせた。
「今の服にぴったりだ」
周平は満足そうに微笑んだ。
「ありがとう・・・嬉しい。」
向かい側に止まる電車の窓ガラスに自分を映して見る。自分にしては大きく空いた胸元に、きらきらと雪の結晶が輝く。二人の過ごした冬の証の様に。真紀は胸が一杯になった。
そんな彼女を周平はしばらく見つめていたが、突然自分の紫とターコイズのマフラーを外すと、真紀の頭にばさっと被せる。はっとして見上げた真紀の頭をそのマフラーごと引き寄せて、口付けた。仄かなアイリッシュウイスキーの深い森のような香り。唇を舌でノックして素早く中へ入ってくると、マドラーのように吐息がかき回されて身体がぶるりと震えた。
「!」
唇が離れた瞬間、ざーっと風が舞い起こりホームに電車が入ってきた。ボタンを留めないコートが翻る。
公衆の面前でなんてことを!真紀が口を押さえて真っ赤になっていると、
「ほら、乗れよ」
なんて、にっこり微笑む。人畜無害みたいな顔して。真紀はよろよろと電車に乗り込みドア近くの手すりにしがみついた。
「信じられない!」
真紀の叫びは発車のベルに紛れて他の乗客には聞こえなかったかも知れない。しかし、ホームの彼には届いたようだった。
「後悔した?」
周平はにやりと笑った。
「・・・でももう逃がさない、絶対に」
黒い魔法使いの呪文のように、その言葉とともにドアが閉まった。動き始めた電車は真紀の気持ちを置き去りに走り出す。待って!待ってよ!マフラーに残った彼の香りも唇の感触も、一瞬たりとも周平を忘れさせてくれない。
逃げるなよ、俺から。未だ柔らかく抱きしめられているような錯覚に、真紀は甘いため息をつき静かに目を閉じた。
Fin
読んで下さってありがとうございました。
この後後日談を挟み、周平サイド、スピンオフなどを予定しています。
もう少しおつきあいいただけたらうれしいです。
読んで下さった後、あなたが少しでも幸せになれますように。