何色が好き?
「何色が好き?」
「青」
「やっぱり青かー。私はこれ!」
そう言って桃ジュースの缶を持っている手を空に向けて突き上げる。
「桃色ってこと?」
「そうだよ、私は桃色が好き!」
台風が過ぎ去った後、風にあたりたい! と突然言い出した彼女に付き合って僕たちは家の近くを散歩している。僕はブラックコーヒーを、彼女は桃の缶ジュースを片手に。昼過ぎの平和な街をただひたすら
に歩く。彼女を台風の名残風にあてるために。
「もう少し行ったところに小学校あったよね」
「ああ、あそこね。この前運動会やってたよ」
「うわあ、見たかったな。惜しいことだ」
「保護者でもないのに」
何にでも興味を示す彼女は、見ず知らずの小学生が走ったり転げたりする運動会を見られなかったことを本気で悔しがっている。変な人だ。
――もし僕たちに子供ができたら、きっとすごく楽しいだろうな――ときどき僕はそんな妄想をする。付き合ってまだ半年の僕らには、ずっとずっと先の話だけれど。でもきっと間違いなく楽しいと思う。だって大人になってもまるで子供みたいな彼女と、そんな彼女を見守ることが生きがいの僕と、そして僕たち
の子供。幸福ってこういうことを言うんだよなあ。
「なんで笑ってるの」
いつの間にか僕の顔は笑顔になっていたらしい。目を細め怪しげな顔を向けてくる彼女の頭にそっと右手をのせる。まあでもさ、今はこの関係が幸せなんだよ。
「あ、今幸せだって思ったでしょう」
「なんで?」
「だってそういう顔してたもん」
なんでもお見通しだな。
「運動会といえばさ」
「え?」
「運動会。今話してたじゃん」
僕の頭の中はもうずっと前に進んでいたのに、彼女の頭はまだ運動会の地点にいたようだ。十五メートルくらい後ろ歩きで彼女の地点に戻る。
「昔ね、小学校の運動会でダンスをやったの。それでね、衣装がふわふわのスカートで」
桃の缶ジュースを一口。
「それでね、スカートが二種類あってね」
また一口。
「あじさいみたいな白黄色のスカートと、カーネーションみたいな赤ピンクのスカート」
「なんだその例え」
僕の突っ込みを無視して彼女は続ける。桃の缶ジュースはさっきの一口で飲み干したらしい。
「それでね、スカートのサイズ合わせがあって、職員室に集まって。順番にサイズを合わせていくの。それでね」
僕は彼女の口癖を知っている。
「私の順番が来て先生がどっちの色ですか? って聞くから私は赤! って答えたの」
「それは赤組と白組ってことかな」
「そう! よくわかったね。やっぱりすごいんだなあ」
何がすごいのか分からないが彼女の目はまん丸で可愛い。
「赤ピンクのスカートを履かせてもらって私すごく上機嫌だったのにね、後ろの子が違うよ白だよって」
「どういうこと? だって赤組だったんでしょう」
「ううん、私は白組。ちなみに小学校六年間で五回白組だったよ。五回負けた、くそー」
話がずれている。
「白組なのに赤って言ったの?」
「うん、だって赤い方が可愛かったんだもん」
「なんじゃそりゃ」
「ほら見て!」
彼女の謎の昔話を聞いているうちに、どうやら小学校まで辿り着いたようだ。小学校のグラウンドでは、子供たちが元気にサッカーをしている。
「あの子達、Tシャツはみんな青色だけど下はチームごとに違う色なんだね。青のTシャツに赤のズボンと靴下って変じゃない?」
「相変わらず失礼なことをおっしゃる」
彼女は僕の言葉を無視して道路を渡り、グラウンドのすぐ近くまで駆けていく。僕も同じように駆け足で追いかける。
「やっぱりさ、あの子達もサイズ合わせる時にチームの色じゃなくて自分の好きな色を履いてみたりしたのかな」
「そんなことする人、あなたの他にいないって」
「そうかなあ。じゃあさ、君なら何色のズボンにする?」
「青」
「ほらね」
彼女の声と重なるように、グラウンドから小学生たちの掛け声が聞こえてきた。
今日も僕らの街は平和でとてもいい。僕はこの街と彼女が大好きだ。