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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
二部五章『聖杯と呵責』
99/110

5-1

こんにちは。

今日からラストスパートです。

「さあ、『聖杯』。自分についてくるんだ。そして、キミの思うがままに世界を蹂躙しろ」


そう言って手を差し伸べる古白。

固唾を呑んで見守る空くんと調さんに囲まれて、私は。

私はーーー


「え、嫌だ」


あっさり、断った。

古白は豆鉄砲を食らったような顔だった。

よっぽど意外だったらしいけど、この人?は人間を舐めすぎだと思う。


「……それは、何故?」

「現実を塗り替えるとか何とか、私のやりたいことじゃないもん。私が今まで生きて、今も空気を吸ってる『この世界』のこの『今』が最高だよ」

「……君の選択で、不幸な人が増えたとしても?幸福な人が減ったとしても?」

「関係ないね。私は『大いなる善』のためじゃ動かない」


毅然とした態度で、古白を真っ直ぐ見据える。

古白は茫然としていたが、やがて。

口を三日月のように歪めて笑った。

途端に、おどろおどろしい殺意、害意、悪意、敵意、憎悪、嫉妬、その他様々な悪感情を煮詰めたようなオーラが放たれる。


「ふーん、ふーん。ふーん?そういうこと、言っちゃう也かー」


粘り気のある、濁った沼のような声を絞り出すようにそう呟いて、くつくつと嗤う。哂う。嘲笑う。


そして、光の点っていない瞳をこちらへジロリと向けた。


「折角、人が下手で、交渉してあげてんのに。この下等生物は、物分りが悪いなぁ……」

「ははは。下等生物で上等。私を『聖杯』なんてモノ扱いされるより100倍マシだよ」


けれど、決して怯まない。

売り言葉に買い言葉をぶつける。


「仕方ねーなぁ。こうなれば力ずくだ」


その言葉と共に、術式が展開される。

アレは『魔力撃』みたいな効果だったはず。『歪み』での戦闘を思い出して、身構えた。

魔術は魔弾の影響がまだ残ってるせいで使えないけど、果たして通じるのか……。


「そうだねー。確か、志瑞空と右腕を交換してるんだっけ?じゃあ、達磨にしてみようかね」


その言葉と共に、私の予想した通りの斬撃が飛んでくる。

これなら、左に動けば簡単に避けられる。

そう思った瞬間。


「バカっ!」

「えっ、あっ、痛っ!?」


声とともに左から突き飛ばされ、全く予想外のことに対応できずに雪の上を滑って転んでしまった。

凄い痛い。というか奇跡的に攻撃に当たらなかったから良いけど、見た限り右は直撃コースだったよ!?


「何すんの!?……って、え……?」


堪らず元いた方向にいるはずの犯人を振り返って、私は思わず言葉を失った。

……調さんが、左肩から大量に血を流している。

そして、本当は左肩から先についているはずの左腕が、雪の上にただ横たわっていた。


「ふぅ。飛鳥ちゃん、無事?」

「大丈夫、ですけど……え、なんで……?」

「アイツ、本当に性格悪いんだ。あのまま左に避けたら、空と交換した大事な右腕が無くなっちゃうところだったよ?飛鳥ちゃんにとっても、空にとっても大事な思い出、絆の象徴だから。大切にしなきゃ、でしょ」

「え、あ、」


それは、そうだけど。


「見た通りの軌道なんて信じちゃダメ。いい?覚えといてね?」

「はい……」

「うん、よろしい」


そう言ってる間にも血がダバダバと出ている。

どんどん、調さんの体温が冷えていく。

それなのに、調さんは笑いを崩さず、私を撫でた。

あまりに不器用。多分、誰かを撫でたことなんて久しく無かったんじゃないか。

でも、不思議と温かかった。

だから、頷くことしか出来なかった。


調さんは「さてと」と古白さんを見て、小馬鹿にしたような、揶揄うような笑みを浮かべた。


「やーい。振られてやんの。ざまあみろ」

「……モルモットの分際で、よく言うでザマス」


古白は悪態をつく。

けれど、調さんは静かに頷いた。


「そうだね。確かに。私みたいに『預言』に踊らされて人生を台無しにする人もいるくらいだし、人の意思は脆いよ」

「そうでしょう、そうでしょうとも。だから、小生は」

「けど、人の希望は強い。だからこそ、人は予想を越えるの」


段々顔色が青くなる。

立っているのもやっとのはずなのに、調さんはずっと私を庇うように、足を踏ん張り続けている。

古白は、哂う。


「プププ。カッコつけちゃって、ダッサイなぁ。お前さん、今日死ぬんだぜ?馬鹿らしいじゃん」

「たしかに私は今日死ぬ。そして、今更私にそれは覆せない」

「分かってんじゃん。じゃあ『聖杯』を差し出せよな。お前の、智見識とかいう奴の死の運命も変わる」

「遠慮するよ。そんなことしたら、今度こそ識を『無意味』にしてしまう。それは嫌だ」

「うーん?ニンゲンは等しく死ぬから『バッドエンド』しかないんですけども。何を言ってるんでしょうか?」


古白は心底わけが分からないという顔。

調さんは古白に理解なんてきっと求めてないんだろう。どちらかというと私たちに宣言するような、そんな様子で語り続ける。


「『死』にだって意味はある。せっかく識が少しだけ時間をくれたから。私も有意義に死のうと思う。そして明日の誰かの背中を押してみせる。明日の誰かの選択を支えてみせる。それこそが私の『死』だ」

「……まあ、この物語はここでおしまいなんだけど」


古白はそう言って大量の術式を構築し始めた。

かなり大規模だ。


え、どうしよう。戦わなきゃ。

でもどうやったら勝てるのか、皆目見当もつかない。

ぶん殴ればいいのかな?


空くんは何か有効打が浮かんでるかもしれない。

そう思って空くんを見ると、……絶望に打ち拉がれたような様子で、釘をただ握りしめているだけだった。


「空くん?」


名前を呼びかけると、彼は虚ろな目でこちらを見た。


「……飛鳥ちゃん、ごめん」

「えっ、何で謝るの?」

「ごめん……」

「謝ることなんかないじゃん」

「……本当、ごめん」

「だから、謝らないでよ、ねぇ……」


空くんがどうして謝るかも分かってあげられない。

それが悲しくて悔しくて、目元に涙が滲む。

泣いてる場合じゃないのに……っ。


「飛鳥ちゃん」


調さんの声に、はっとして、出かかった涙が引っ込んだ。

調さんは、覚悟を決めたような表情で、普通の釘を何本も懐から取り出す。

そして彼女は、最善で最悪な提案をした。


「一分、一分だ」

「一分……?」

「一分、何とか時間を稼ぐ。だからーーー空を連れて、逃げて欲しい」

「えっ、でも、」


出かかった言葉は抑えた。

だって、それは。

空くんと一緒に逃げて、調さんを見殺しに、囮にしろということだ。


「いいから、いいから。どうせここで三人で戦ったって、空はなんか諦めてるし、私も飛鳥ちゃんも魔術が使えない。君の素の身体能力も限界がある。つまり三人仲良く犬死だ。それよりは、体勢を立て直して二人で挑んでほしい」

「……それは、そうかもしれませんけど……」

「一分しか稼げない。下手したら一分も持たないかもしれない。はは、姉としては全然格好がつかないね。けれど……飛鳥ちゃんの身体能力なら、一分どころか数秒もあれば、ここから桜坂市に吹っ飛ぶくらい、余裕でしょ?」


その言葉に、私は頷いた。

事実、私が全力で立ち幅跳びをすれば、人を1人抱えていても帰還できるから。

それに、空くんと話す時間を作れるのも良い。

調さんを連れて帰れないことだけが悔いだけれど。


「本当に……良いんですか?」

「うん。……あ、ちょっと待った」


調さんは空くんへと歩み寄る。

空くんは調さんが犠牲になると話の流れで決まってから、よりビクついてしまっている。

というか、私には、空くんが、調さんに犠牲になって欲しく無さそうに見えた。

……空くん、調さんのこと、心の底から嫌いではなかったんだね。


「空」


調さんは、片腕だけで空くんを抱き締めた。

空くんの服がぐっしょりと調さんの血で濡れる。

調さんは片腕しかないことに寂しそうに、でも笑みを浮かべた。


「ごめんね。せめて古白を打破する戦力にくらいなれるかと思ったけど、無理だったや。君の求める『人材』になれなかった。最期まで姉らしいことは何一つしてやれなかったなぁ。不甲斐ない」

「……」

「でもね、空。一つだけ、言わせて欲しい。聞いてくれるかな。いや、聞くつもりがなくても、今は心に響かずとも、後から絶対心に届かせるから。脳髄にまで私の言葉を刻んでね?」

「……」


空くんは黙りだけど、調さんは構わず、自然に微笑みながら言葉を紡いだ。


「絶望を知る人にとっては、君は充分希望なんだよ。君の勝利は、弱者に勇気を与えられる」


古白が牽制のつもりか斬撃を飛ばす。

調さんの背中に当たって、更に血が出る。


「さよなら、空。愛し方がわからない『人間失格』の女だった私を、姉にしてくれてありがとう」


さらに斬撃が飛ぶ。

調さんが庇おうとして、でも斬撃が大きすぎて、空くんの肩に深い切り傷ができた。

でも、千切れる程じゃない。『呵責』の影響力よりも古白の術式のそれが大きいのか、傷は全然回復しないけれど。


「『勝ちたい』と『勝てる』は、きっと一緒だよ」


今、大規模な術式の構築が、終わった。

同時に調さんが空くんを突き飛ばし、私がキャッチしてしっかり抱き締めた。


「ごめんね、空くん!全力で行くよっ!」

「待ってよ飛鳥ちゃん、調ちゃんがーーー」


空くんの言葉を待たず、私は全力で跳んだ。


あまりのGに空くんが一瞬で意識を失う。決して離さないように抱きながら、攻撃が飛んできても対処できるようにと、飛び立った地上を確認する。


調さんが釘に魔力を込めて古白の『影縫』をして、追いかけるのを阻止していた。

更に、魔弾をまだ隠し持っていたらしい。指で弾いて、術式を破壊している。

十五秒必死に抗戦した調さんは、最期は古白に全身切り刻まれて、全身バラバラになってしまった。

首と胴だけになった調さんは、最期など興味無いからと私を追跡すべくその場を去った古白に構わず、ズルズルと智見さんの遺体へ近づいて行った。


……最期、ちゃんと隣で逝くことができたのか、確かめる前に高度が落ちてしまい、桜坂市に着陸した。

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