4-10
こんにちは。
今日で四章終わりです。
「よっ。久しぶりだね、志瑞空。ぼくだよ」
『ようさん』の軽い挨拶に、空くんは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
それを見て『ようさん』は態とらしく眉を下げる。
「えー、つれないなぁ。久々の再会だからもうちょっと喜んでくれたっていいじゃん」
「僕は君に会いたくなかったよ」
「えっ、うちら『親友』じゃねーの?だって『ようさん』なんて呼んでくれるもん」
「……親友になんかなった試しは無いよ」
「酷いにゃあ!」
空くんの辛辣な態度に『ようさん』はメソメソと泣き真似、嘘泣きを始めた。
……何こいつ。一人称も語尾も何もかも支離滅裂で、話を聞いてるだけで気持ち悪い!
『ようさん』は暫く嘘泣きをしたかと思うと、ケロッとした表情に戻った。
「ま、いいけどねん。アテクシも別に志瑞空なんか親友と思ってないし?なんなら邪魔されたから嫌いだし?」
「奇遇だね。僕も君のことは大嫌いだ。そんなことより、何の用?」
「えー、オレの大事な『聖杯』を預けていたんだよぃ?なら、理由なんて分かるっしょ。『聖杯』が成ったから、返してもらいに来たんでゲスよ。この泥棒野郎め」
「……だと思った」
空くんがそう言いながら、さらに一歩前に出て釘を構える。調さんも私を背に庇いながら杖を構えた。
『ようさん』も空くん達が攻撃を仕掛けようとしているのを察したか、術式をいくつも展開する。それを見て、私は思わず息を飲む。
『歪み』の奥で識名さんたちと戦った敵と同じだ。術式が見たことない構造をしてる。
そして、この一触即発の雰囲気の中、私が唯一話についていけてない。
これじゃ、私、何も出来ない……!
「ちょっ、ちょっと待って!」
焦燥感に駆られるまま声をあげると、『ようさん』が眉を顰めて、嘲笑を浮かべた。
「いいよ?永い間、待ち続けてきたッス。他でもない君が思考を整理する為の時間くらい待ってあげますわ。そして、何か聞きたいことがあるなら、なんでも聞くがいいぜ」
「え、えっと……」
そんなあっさり受け入れて貰えるとは思ってなかった。
拍子抜けだけど、それなら、まあ、お言葉に甘えようかな。
「『ようさん』って空くんが呼んでた人なのは知ってるけど名前くらい名乗ってほしい。空くんとはどういう関係なのかも分かんないし、あと、『聖杯』って何?」
とりあえず今気になる質問だけに絞って質問すると、『ようさん』は益々、人を嘲笑うような笑みを深くした。
「あれぇ?志瑞空、まさかとは思うけど、なぁんも説明してないの?」
「……」
空くんを指差しながら嗤う『ようさん』に空くんは何も返すことなく、ただ『ようさん』を、全て感情が抜け落ちたような顔で見つめる。
『ようさん』はそれに機嫌を損ねることもなく、「ふーん。まっいっかー!」と視線を私の方へ移した。
「1個ずつ教えて差し上げましょう。吾輩は古白曜。『こはくひかり』なんだけど、志瑞空からは『ようさん』と呼ばれてるでござる」
「古白曜……」
『史上最優』として『国際魔術連合』全権代行を務めていた偉人、御厨愛知。
その前任者の名前だ。
霧乃ちゃんが、執務の合間に私に教えてくれたことでもある。
ただ、霧乃ちゃんは私に古白曜の名前を話した直後に「あっ」と声を漏らし、その後は決して、古白曜の話をすることは無かったけれど。
霧乃ちゃんも、古白曜こそ『ようさん』だと知ってたのかも。
……というか、100年以上生きてるのに、同年代にしか見えないんだけど。
何これ、不老不死なの?
古白は続けた。
「前は『評議会』全権代行を務めてたんやで。志瑞空を少年兵として運用したのも、『研究室』に移籍させたのも、拙者なのであるよ」
「はあ、」
「因みに、キミを『造った』のも儂じゃよ」
「……っ!?」
私の作製者……人間の『私』が死んでから、『ダークマター』で私の肉体を造った『親』がこの人……?!
衝撃の新事実に心がざらつく。
そんな内心などどうでもいいのか、古白は目を輝かせる。
「だから、ミーのことも『ママ』って呼んでくれて良いんですヨ!そういや会うの久々やなぁ、元気してた?イメチェンした?てかチャットやってるぅ!?」
「……」
血の繋がりも絆もない人を『ママ』と呼べるほど私は器が大きくないし、イメチェンも何も私も『ダークマター』で出来た人外なんだから変わるわけないし、チャットはしてるけど交換する気はさらさらない。
ああ。
ただでさえ気持ち悪い話し方してる人から情報取らなきゃいけないとか、頭が痛い。
ゲンナリと古白を黙って見ていると、古白はまた唐突に、スンっと真顔になって「興味ない?あら、そう」と呟いた。
「えー、そんでなんだっけ。『聖杯』が何か?二つ目の質問とちょっと被るんだけど……」
今度は私を指した。
「俺に造られたのに、志瑞空が連れ去っちゃった『ダークマター』製の……えっと、今は『七世飛鳥』って名乗ってる貴女のことさ」
「……は?私が?」
「そう。全ての願いを『実現』する。『天秤』……ワタクシの主に勝る干渉力で現実を書き換える、謂わば『神』。その器としてキミを造ったのさ」
「え、いやいやいやいや」
そんな私大層なもんじゃないよ!?
確かに腕力とか脚力はゴリラ以上だし、結構遠くまでハッキリ見えたり聞こえたりするけど!
でも、だからって全能とかじゃないし……!
古白は話し続ける。
「アンタが適当にパチンコを打っても簡単に勝てるのも。たかが『回復』魔術で志瑞空を蘇生できたのも、『回復』魔術で識名佳糸の低血糖を治療できたのも、何の計算もしなくても跳弾で志瑞調に魔弾を的中させたのも。全ては其方の『聖杯』の性質故のことよ」
「え、」
……だから、桜乃さんとの戦いの後、空くんは理由を知ってそうな感じで私の事見てたの!?
思い出すは一年と少し前。
桜乃さんと空くんの戦いの後、駆けつけた識名さんから『通報やと結構大規模な魔術を使っとるらしいから』と言われた時のこと。
そんな大袈裟な魔術を使った記憶は皆無だったけど、空くんが私のことを注視していた。
私が無自覚だったから、空くんは何も言わないって決めて識名さんに視線を戻したってことか。
空くんも調さんもさっきから何も言わないし、全部知ってたんだね……。
否定もしない辺り、今のところ、古白が言ってることは本当らしかった。
「……大体はわかりましたけど、なんで『聖杯』を造ろうって思ったんですか?」
「よろしい。答えてしんぜよう」
私を穏便に手に入れる為ならここで情報を落とすくらいどうでもいいのか、古白はこれもあっさり答えた。
「遡ること100年前。世界は『実現の魔女』により終焉を迎え、それに納得ができなかった『城月怜』が結末を変えるべく世界を『再編成』するループに囚われていた」
「記憶の限り『再編成』するにも限界があった。記憶が朧気なものから収束して、桜坂市しか残っていなかった」
「そんな時、城月怜の『スワンプマン』……君たちの知る偉人の城月怜が『決意』をさらに超えた『異常性』……否、『ダークマター』に芽生えた人格システム『アイ』によって、世界を自分の理想通りに『書き換える』ことで、世界は元の姿を取り戻した」
「『現実改変』。それこそが、ワタシが『天秤』……主の為に求めたモノ」
「だから、『ダークマター』を使って『聖杯』を造ろうと考えた」
「迷えるニンゲンにお望み通り、実験のついでで『聖杯』のサンプルを与えた。だが、それは『過負荷』でしかなく、我の企図を満たすようなモノでは無かった」
「純真無垢な人格が必要と判断し、ボクは『プランA』を設計し、行動に移した。……紆余曲折はあれど、漸く『聖杯』は成った」
「純真無垢なまま、『聖杯』の可能性を保持している」
「さあ、『聖杯』。自分についてくるんだ。そして、キミの思うがままに世界を蹂躙しろ」
古白は、私に手を差し出した。
次章、最終章。




