4-9
こんにちは。
飛鳥視点に戻ります。
未留山の頂の、廃れた遺跡の瓦礫が立ち並ぶ雪原。
私と空くんがここに辿り着いた時には真白で飽和していたこの広間は、今は鉄のような生臭い臭いを醸す赤い模様が散見される場所へと変貌している。ただ、その血……智見さんが生きていた証でさえ、深々と降る雪が覆い尽くしてしまいそうだった。
その中の一際大きい血溜まりに沈む青年……智見さんの亡骸から一向に離れようとしない調さんは、手の銃創など気にも留めず、ただただ静かに、身体中の水分が出ていきそうな程に泣いている。
私には、何の言葉もかけられない。
慰め?励まし?
それが調さんの救いになることは絶対ない。
調さんのジュグジュグ腐った傷痕は私の言葉なんかで埋まらないし、募った痛みも私の行動で癒せない。
智見さんにしかできない事だけど、もう智見さんはこの世にいない。
だから、ただ漠然と眺めるしかなかった。
ふと、空くんの様子が気になって、隣を見た。
空くんは、さっきまでの殺意が嘘のように晴れていて、ただ調さんの様子を静かに見つめている。
「空くん……もう、大丈夫なの?」
「大丈夫、とは?」
空くんが首を傾げた。
「ほら、その……調さんを、殺したがってたじゃん」
直接的な物言いは調さんの手前、あまりしたくなかった。
けれど、ちゃんと意図を明確にしないと、彼ははぐらかしてしまうから、小声でそう尋ねた。
空くんは「ああ、」と理解したように頷く。
「それはそうだけど、そんな気じゃなくなったんだ」
「……」
「智見くんにはしてやられたよ。勝ち逃げされちゃった」
そう言ったきり、空くんは黙り込んでしまった。
『勝ち逃げ』かぁ。
空くんの言葉の意味について考えてみた。
空くんは無勝常敗の『負け戦なら百戦錬磨』と噂される人だ。
舞月さんは『敗北の少年』と呼んだし、彼自身も『はぁ、また勝てなかった』なんて呟くくらいには『負け続けている』と思っているらしい。
傍から見れば空くんは戦闘に勝っているように見えるけど、空くんなりに『勝利』というものに対して何か拘りがある。私はそう解釈していた。
そもそも。
空くんは基本、『勝つ』という言葉を使わない。
使ってもせいぜい『君は勝って立派に死ねばいい。僕は負けてみっともなく生きるから』とか、相手を煽る言葉くらいで、どんな戦況でも最後は『また負けた』と呟く。
調さんたちとの戦いでは『まただ。いつも、僕は勝てない』とまで言っていた。
そんな空くんが、初めて、他人に対して『勝ち』と言いきった。
つまりそれは、智見さんの在り方は、空くんにとっての『勝ち』の定義そのものだったということ。
「……」
長考に長考を重ねて、うん、と私は頷いた。
うん、分かんない!
だって、空くんはここまで来ても全然『ようさん』が何とか、空くんの過去がどうだったとか話してくれないし。
空くんが不運少年だったのを調さんから初めて聞いたくらいだよ?調さんがお姉さんとか、薄々察してたけど確信までいってなかったよ?
どない???
……いや、まあ。
それが空くんなりの私の守り方なのは分かるけど。
はぁ。拗ねたって仕方ない。空くんが私には話せるって思えるように、もっと精進しないと。
さて、空くんが調さんに『殺す』とまで言った理由は迷宮入りしてしまった。
だけど、『過負荷』所有者の調さんが今隙だらけなのに、空くんが釘を刺さない理由はなんとなくわかったような気がする。
彼なりに、智見さんへ敬意を示しているんだ。
智見さんが既に調さんに『釘を刺していた』から。『矢で射止めていた』の方が正確かもしれないけど。
空くんも、調さんが『預言』に踊らされてるから、『ようさん』の手先だと思って『殺す』なんて言ったのかな。
もしくは、調さんに『ようさん』を重ねていたけど、今の有様がとても『ようさん』に見えないとか。
うーん、そっちの方がありそう。
「……飛鳥ちゃん」
「うひゃい!?」
思索にふけっていたところで、調さんの声に思わず肩を揺らした。
調さんの方を見ると、目元が赤く腫れているけれど、私の方をしっかり見つめている。
泣いて、色んな何かを吐き出して、少しは落ち着いたのかな。でもなんで私?空くんじゃなくて?
頭の中がハテナだらけになる中、調さんは口を開いた。
「前、言ってたよね。『後悔なんて、あるはずない』って」
「え、……あー」
確かに言った。
新央市から桜坂市に帰ることになった時、調さんから『恩人』について、『再会の刻は近い。けれど、後悔まみれの再会になるよ。再会が果たされた時、君は『知らなければよかった』って思うだろう』みたいなことを言われたから。
この二年弱で様々な人や物事と出会い、別れ、色んなことを知って……私の世界が拡がった。
無意味だったなんて思わない。そしてその結末がどうなったとしても、『後悔なんてあるはずない』と答えたんだった。
懐かしいなぁ。その時はまだ、護衛をしていた空くんが『恩人』なんて思いもしなかった。
空くんが『恩人』だとやっと気づけたのにすぐ空くんが私を守るために命を投げ出しちゃったから、泣いてひたすら『回復』連打して……よく分からないけど蘇生できたことを喜んだっけ。
調さんは、再度問う。
「それは、今も変わらない?」
「……」
私は自身の心に問いかける、
「はい」
ことなく、即答した。
そんなにすぐ返事されると思ってなかったのか、調さんが目を白黒させる。
なんなら空くんもキョトンとしていた。
空くんには『地獄の果までついて行く』とか、『記憶を消されてもついていく』とか言ったんだけどなあ。
私を信じてもらえていないのか、そもそも空くんが自身の『価値』を信じられないのか、どっちなんだろう。
ああ、でも。
「少しだけ訂正があります」
「うん?」
どっちにしたって、『後悔なんて、あるはずない』なんて弱い言い方じゃ駄目だ。全然足りない。届かない。
「私は、」
もう迷わない。
この世に確かなものを見つけたから。
「何も願わない。何にも縋らない。私は私らしく、愚直に、空くんと一緒に、最高の未来を掴みます」
そう言い切った瞬間、沈黙が流れた。
空くんはキョトンとしたままだし、調さんもポカンとしている。
……変なこと言ったかな?思った通りを口にしただけなんだけど。
上手く伝わらなかったかも。補足しよう。
そう考えて口を開いた瞬間、「は、はは」と調さんの笑い声がした。
私のことが酷く眩しそうに、羨ましそうに、枯れたはずの涙を浮かべて笑っていた。
でも作ったような笑みじゃない。くしゃくしゃなのに自然な笑顔。随分と不器用な笑い方だと思うほどに。
「ど、どうしたんですか?私、なんか酷いこと言っちゃいました?え、えっと、ごめんなさい?!」
泣かせちゃった、どうしよう!
慌てふためく私に、「いや、いや、」と調さんは手を振って否定した。
「謝らなくていいよ。むしろありがとう」
「は、はぁ……どういたしまして?」
何に感謝されてるのかよく分からないけれど、『貰えるもんは貰っとけ』ということで受け取っておく。
調さんは涙を拭ってから、私の肩に手を置いた。
「君なら大丈夫。だから、空のこと、任せるね」
「……はい、任されました!」
私がビシッと敬礼を決めると、調さんは微笑ましそうにそれを見ていた。
「さて、次は……っ、」
調さんがそう呟くと同時、急に目を鋭くして「飛鳥!」と私の腕を引いた。
「えっ!?」
あまりに急に引かれてバランスを崩す中、空くんが釘を取り出して私の背後へ回り、瞬間、何かを釘で弾いた音がする。
えっ、後ろから攻撃来てたの!?
なんとか体勢を直して後ろを向けば、いつの間にかそこに一人佇んでいた。
華奢で静かな雰囲気。露出の少ない未来的な服。浮世離れしていて、まるで女の周囲だけ空間を切り取られているような、そういうどこか神秘的な雰囲気を醸し出す女。
調さんは私と空くんを背に庇うようにして、額に冷や汗を滲ませながら笑う。
「……お出ましだね」
空くんが憎々しげに、憎悪を全面に押し出して、「ようさん……っ、」とその女を睨む。
その言葉に、女は。
「よっ。久しぶりだね、志瑞空。ぼくだよ」
なんて、旧知の仲のように、軽く返した。
ラスボス、満を持して登場。




