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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
二部四章『預言者と選択者』
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4-8

こんにちは。

調視点です。

隠し事をしていた。

傷つくのが嫌だった。


弟があまりに出来が悪くて、不運で虐げられるのも、両親から自分が過剰な期待を寄せられるのも、これ以上見たくもなければ聞きたくもない。

だから、ちゃんと傷つく前に見限った。


そうやって築いた私だけの『お城』。

そこはあまりに空虚で満ちていた。

まるで弟の名前のように、空々しかった。

この青空のように澄んだ心を持って欲しい、という願いを込めて名付けたはずの弟の名前が、いつしか『空々しい』という蔑称へと変わり果てていたように。

歪でもどこか温かく感じていたはずの空間は、何も間取りとか変わっていないのに、寒々しく変貌していた。


それを誤魔化したくて、識が近くに住めるよう手配した。

そんな本音にすら蓋をして、人が紡ぎあげた絆を、どこか他人事のように、閉じた心で眺め続けた。

幼い私の、独りよがりなプライドでしかなかった。


そんな私の隣には、いつも識がいた。


どんなに心を閉ざしても、壁を高く築いても、彼は容易く飛び越えてしまう。

そして、私の心に触れる。

『寂しい』なんて一言も言ってない。そんな素振りもしていないはずなのに、その本音を看破したかのように、ずっとついてくる。

それが怖くて、怯えて、私はそっけなく突き放した。

『強い自分』で飾って、人のことを測って、それでも識に距離を詰められてしまって、焦って心にもないことで貶して逃げ出すのが常だった。


ーーー心の中では、ずっと、誰かと絆を育みたかった。

その癖、『預言』なんて代物があるから、私は独りで何でもできると傲慢になっていた。


隠し事をしていた。

失うのが嫌だった。


高校生になっても識はずっと隣にいる。

それに、親友もできた。三人も。

正直、戸惑った。打算と興味本位で近づいたら、想定していたより慕われてしまったから。

傷つくのは嫌だから、ちょうどよく来た『預言』に良かれと従ってまた見限った。

けれど、余計に苦しくなった。

過去に家族を見限った罪、咎まで私を追い詰めた。


それでも、識だけは隣にいた。


同情なんかしないで。

アンタに私の気持ちなんか分かるわけない。


そう言ってまた突き放した。

それでも識は離れなかった。


そんなある日、噂を聞いた。


『這いよる混沌』『負け戦なら百戦錬磨』『魔術師殺し』の志瑞空。

間違いなく弟だった。あの日、私が切り捨てた弟。

当時はわからなかったけれど、彼は『異常性』所有者だ。不出来だったのは、全てその強力すぎる『異常性』の副作用が原因。


それを理解してあげられていたら、庇ってあげられたら、ごく普通の人生を祈ってあげられたら、また違う未来があったかな?

一緒に、同じ澄んだ青空の下で姉弟として笑いあえていたかな?


そんなありもしない未来に心を寄せながら、必死に考えた。


現実を虚構にする『異常性』。『過負荷』とは違う、歷とした自分自身の力。『過負荷』に甘えた者を『呵責』する力。

なら、その力で『神』を『無かったこと』に出来るはず。

勿論、今は彼にその実力はない。だが彼に刺客を放ち、試練を与え続けたら?

いつか、その刃は神に届く。賽子で『七』だって出せるはず。


だから、『神を殺そう』。


そんな結論に至った私は、さらに識を遠ざけた。

意地でも識は、離れてくれなかった。

私も意固地になって、彼を拒絶し続けた。


私は『一番大切』を作っちゃいけない。

陽だまりで溶けるなんて許されない。

陽だまりに戻れないのは私だけでいいから。

そう思うからこそ、尚の事、『他人が必要』だと感じ始めている私自身が許せなかった。


それでも識を完全に突き放すことはついぞ出来なかった。

識と出会ってから今まで、あまりに幸福な時間だった。


『神』を殺すための手段を探って辿り着いた未留山、山頂にて。

予知が降りた。

最後の通達。嫌に明瞭で憎らしげに『神』は告げる。


『明日、どう頑張っても死ぬ』


まあ、それはそうか。ババ抜きでババを避け続けただけだから、最後の最後でババを引くのも当たり前のこと。

すんなりと腑に落ちた。やっと終われると安堵した。

賽子で七を出す才能は私にも識にも無いから、その運命は覆らない。

ああ、狂おしいほどの不安が愛しい。


また、いつの間にか隣に来ていた識に、思わず呟く。


「明日、雨は降るかな」


その言葉に、識は答えてくれた。


「降るさ。必ず」


ーーー


隠し事をしていた。

識から向けられる好意が『愛』だと、私が何より求めていた『最適な温度』だと知っていた。


「雨、降ったな。こんな大雨とは、なかなか嬉しいじゃないか」


違う、違うよ。

私はただ、私が死ぬ時に、こんな私のために誰か泣いてくれる人がいたらいいなって思っただけで。

こんなつもりじゃ。


「たとえ今日死ぬとしても、俺は選び続ける。賽子で七を出せずとも、出す目は選べるはずだから。明日の誰かに、何かを遺せるはずだから。その遺した何かが、明日の誰かの背中を押すかもしれないから」


私、そんなに強くなれないよ。

識がいたから、私はずっと強がっていられただけなんだよ。

私は聡明なんかじゃない。聡明だったとしてもそれだけじゃ前は向けない。理由がないと腐るだけ。

そうでしょ、私をずっと見てきたんだから分かってるでしょ。

ねえ、識ってば……。


「じゃあ、な、しらべ。おかげで、いいじんせい、だった」


昔、初めて会った頃のように私の名前を呼んだ識の温度は、そっと消えてしまった。

瞬間、恐れた感情が込み上げた。


隠し事をしていた。

識がずっと隣にいてくれると信じていた。


けれど、それはもう、叶わない。

初めて、声が枯れるほど、涙が枯れるほどに泣いた。


心を開いて、縋って、手を取って、抱き締めて、笑って、思い出を紡いで、愛せばよかった。

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