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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
二部四章『預言者と選択者』
95/110

4-7

こんにちは。

智見識の視点から始まります。

☆以降は飛鳥視点に戻りますが。

彼女の『特別』な何かに、ずっとなりたかった。


モノクロだった自分の世界は、彼女との出会いで鮮やかに色付いた。

けれど、自分は彼女の世界を彩ることが出来なかった。


理由など分かりきっている。

自分が『選ばれし者』じゃないから。

彼女の弟のように、世界の理不尽を受けいれ、奇跡など唾棄して現実を謳歌できる者ではないから。


……などというのは、ただの逃避だ。

実際は、『選ばれし者』ではなくても、彼女の琴線に触れる者はいた。


たとえば、魔術師にとって不利な体質を抱えながらも、努力と才能で茨の道を切り開く、『史上最速』の識名佳糸。

たとえば、『英雄』の家系で落ちこぼれと酷評されながら、誰よりも真摯に『城月一族』としての在り方と向き合ってみせた、城月霧乃。

たとえば、どんなに世界の闇を見ていたとしても、その闇を少しでも照らせたら、マシにできたらという崇高な志をずっと心で燃やしている、現海悠。


それに比べれば、自分は何もできていない。示せていない。

そう考え、どんなに自分の無能を、無個性を恨んだか。


……彼女が親友に『裏切り者』だと後ろ指を刺されても、金科玉条だった『最適な温度』を見失ってしまっても、自分に出来たことは傍にいることだけ。

親友の誤解を解いてやることも、『最適な温度』を再定義してやることも、


『『選ばれし者』となった弟を、私自身を踏み台にして、なんとか『神』を、『過負荷』をぶっ壊して貰おう』


そんなふざけた作戦を提示されて、止めることも、代役になることさえ、自分は出来なかった。


そして、ついにその『踏み台』になる日は来てしまう。

彼女が翌日の天気を尋ねる……、翌日の天気すら分からなくなるとは、そういうことだ。

『預言』で『どうやっても死ぬ』未来しか見えなくなってしまったのだ。

自分には覆せない。

賽子で七を出せる『選ばれし者』ではないから。

『神』が決めた悪趣味な『未来』を変えられない。

自分は無力だ。


……それでも。

それでも、何もせずにはいられなかった。

彼女の『特別』でなくても、彼女の傍に自分の居場所が無かったとしても。


俺は、俺がここに居る意味が欲しい。


☆☆☆


無情にも、空くんが振り下ろした釘は、たしかに心臓を貫いた。


ーーー智見さんの心臓を。


「かは……」


大量に血を吐く智見さんに、空くんは「え、」と小さく声を漏らしつつも釘を引き抜いてしまった。

ただでさえボロ雑巾のように全身傷だらけだった智見さんは、胸に大穴を空けて、ぐしゃりと嫌な音を立てて倒れる。

血が流れ、血の池がすぐ出来上がった。

私はそれをただ呆然と眺めていた。


智見さん、どうして……。


「あ、あ、あ……」


調さんが、よろ、よろ、と頼りない、覚束無い足取りで、智見さんのところへ歩を進め、智見さんのすぐ傍で膝をついた。

そして、彼の上半身を優しく抱き起こす。


「なんで……?なんで、庇ったの……?」

「なんで……って、愚問、だな」


智見さんは苦笑を、力なく浮かべた。


「俺、は……きょうだい、なんか、居ない。だが、調。お前が、志瑞空を、どんなに、大事に想っているか。俺は、ずっと隣で見てきた、つもりだ。弟に、嫌われるだけ、嫌われて、殺される、なんて。そんな最期、悲しすぎるだろ?」


ひゅうひゅうと、息をするのも精一杯な様子で智見さんが話す。


「ちがう、そうじゃない、」


調さんは、かぶりを振った。


「なんで、庇ったの?識のことだからもう分かってるんでしょ?私はどうせ今日死ぬって」

「……そうだな」

「昔から覚悟してたよ?『預言』なんて結局『ババ抜き』だって。ババを避けてるだけ、根本的な解決なんかしてない。だからババがずっと残って、ババを引く羽目になるんだよ。それがたまたま今日なだけ……庇ってもこの後に別の理由で死ぬだろうし、無駄死にだよ?アンタはそんな終わりでいいの?」

「……っ、調さん、あの!」

「いいんだ……」


あまりにも酷い言い分に、まだ頭の中が真っ白だけど、思わず口を挟みかけた。

そんな私を制止するように、それでいて調さんにただ答えを返すように、智見さんはそう言った。


「俺は、この終わりで、満足だ」

「バカ、バカバカバカ!私みたいな薄情者、さっさと捨てたら良かったのにずっと付きまとって、本当馬鹿!弟に殺されるなら、それでいいからほっといてくれたら良かったのに!弟も両親も、親友まで見殺しにして、アンタを突き放して。そんな私にはお似合いの末路じゃん……」


ついに調さんは大粒の涙を零して、泣きじゃくり始めた。

それは最早、号哭だった。

ずっと調さんが抱えていた罪悪感、背徳感。

その他諸々、きっと長年押し込めて、隠し続けてきただろう感情が、悲鳴をあげていた。


智見さんは、力を振り絞って腕を挙げる。

調さんが優しく腕を取ると、智見さんはそっと調さんの涙を拭って微笑んだ。


「雨、降ったな。こんな大雨とは、なかなか嬉しいじゃないか」

「……っ、」


智見さんのその言葉に、どういう意味が、どういう積み重ねがあったのか、私は知らない。

けれど、調さんには何かしら思うことがあったらしい。さらに泣き出し、『回復』魔術を展開しようと指をクルクル回す。

魔弾のせいで、上手く構築できない。


「俺は、選ばれなかった。だが、選ばれないのなら、選べばいい」

「識、」

「たとえ今日死ぬとしても、俺は選び続ける。賽子で七を出せずとも、出す目は選べるはずだから。明日の誰かに、何かを遺せるはずだから。その遺した何かが、明日の誰かの背中を押すかもしれないから」

「分かったから、やめてよ、静かにしてよ、死んじゃうじゃない」


それでも調さんは、諦めようとしない。

否、諦められないのかもしれない。

本当に今更ながら気づいた、最初から調さんの身近にいた『最適な温度』。

何があっても隣で、喜びは喜び、悲しみは悲しみ、命を生きてくれる人。

そんな存在が、永遠に喪われようとしているから。


無情にも、その魔術は失敗し続けた。


「待ってて、識。寝ないでね、起きててね、私、頑張って、」

「……調、もうやめよう」


クルクルし続ける調さんの指を、智見さんがそっと握って止めた。

調さんは、力なく項垂れて、「ううう」とただただ涙を流していた。


「調……今度は、きっとお前の番だ。お前は何と言って、死ぬかな」

「……、……」


調さんは何かを言いかけて、言い淀んだ。

でも、何を言い淀んだのか智見さんには分かったらしい。


「最後くらい、素直になれ。それが、遺して逝く者の、責務だ」


と調さんを諭した。


「……そろ、そろ、だな、」


智見さんの瞳は、白く濁ってきていた。

言葉もたどたどしい。

焦点も合わない。体温が下がってきたのか、調さんが必死に温めようと襟巻きを彼に巻いている。


「いや、やだ、まだ言いたいことが沢山、逝かないで……っ」


調さんの悲痛な叫びも、もう聞こえていないのか、智見さんはうっすらと微笑んだ。

まるで、この世の春のように。


「じゃあ、な、しらべ。おかげで、いいじんせい、だった」

「識?しき?……しき……?」


調さんの必死の呼びかけも虚しく。

解けた指から、温度が消えた。

間章の下は智見識の視点でした。

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