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こんにちは。
今日は夜にアニメバーに行ってくる予定です。
アニソン歌いまくるぞー。
では、続きです。どうぞ。
『異常性』とは。
魔力をエネルギーとして、魔術式で詳細を指定して物理法則に干渉する魔術とは異なり、魔力、魔術式を要さずに物理法則を塗り替える特殊な力のことである。
先天的なもの且つ所有している人は限りなく少なく、その所有者も二種類以上の『異常性』を持つことはない。
有名なのは、『JoHN』創設者の城月怜の『決意』ー強く望んだことが現実になる、魔術や『異常性』の効果を上書きしたりより強力にしたりできる効果ーや、同じ頃に『軍』全権代行となった城月育の『否定』ー全てを打ち消す効果ーなどだろうか。
希少だし、所有者が自覚できるかどうかも分からない。しかしその分、当人がそれを自覚して制御できた時、効果が世界を揺るがすほど強力なものなのだ。
それを前知識として霧乃や現海から教わっていた飛鳥だが、そう聞いていたからこその疑問が浮かんでいた。
「現海さん。つまりそれって、透明人間みたいになる『異常性』ってことですよね?あの『異常性』にそんなしょぼいものがあるんですか?」
飛鳥の率直な疑問に、現海は若干呆れたように彼女を見た。
「しょぼいって……まあ確かに『隠蔽』使ったほうが使い勝手良いから、たしかにそのとおりなんだけど」
「そうですよね……」
「でも、そうとしか考えられないんだよ」
どうも、現海も消去法に近い理屈で『異常性』だと判断したらしい。
飛鳥は静かに、現海に続きを促した。
「魔術式は、あの店主が展開していた『身体強化』以外はどこにもなかった。事前に『隠蔽』をしてたとしても、持っているものがそのまま見えているのは可笑しい。手に持った瞬間から『隠蔽』の効果は適用される筈なのに」
「……たしかに?」
「では、『風来』とかでチケットを吹き飛ばしたか。それもありえない。等速直線運動に等しい動き方をするわけがないんだ。透明人間がチケットを持って動いているとすれば、辻褄が合う動きだ」
「ほおほお」
「結論。『異常性』所有者が悪事を働いているとオレは推測する」
「おー!なんかそれっぽい理論になった!」
「……七世さんェ……」
飛鳥は純粋に現海が凄いと思って称えたのだが、彼は心做しか脱力していた。
まるで、大の大人が『1+1は?』と問われて『2』と答えたら『よくできたね、天才!』と褒められたかのようなそれである。
特に気にした様子もない飛鳥が、「まあ、答え合わせは本人にするとして。どう追っかけましょうか」と聞く。
志瑞が未だに合流していないが、現海と一緒であれば万が一もないだろう。
そう思っての提案だったし、現海もそれで問題ないと判断したのか「索敵魔術で探ろうか」と答えては魔術式を展開した。
少しの時間は集中していた現海は小さく頷いて、飛鳥の手を引いた。
「……うん。魔術で気配を探ることは可能みたいで良かった。こっちだよ」
手を引かれるまま、飛鳥も素直についていく。
そして暫く歩くこと十数分。壁にスプレーで落書きされていたり、ポイ捨てが所々に散見されたりと少し治安の悪そうな通りに出た。
その一角に、誰かが生活していたと思しき空間があった。
クタクタ、ボロボロの毛布が敷かれ、養生テープで固定されているビニール傘はどこか頼りなく、微かな風で揺れている。
段ボール箱の中にはカップ麺やエネルギーバーが雑に積まれていて、賞味期限切れのものもあった。
他にも皺だらけの、八遠町にある高校の制服、ジャージや体操服がくしゃくしゃに丸められていたり、空っぽの財布が散乱していたり。
極めつけは、バキバキに割れた状態で雑に捨て置かれたITレンズ。
ストリートチルドレンの住処のようだった。
『軍』本拠地の近くでこんな光景を見ると思わなかった飛鳥が絶句する中、現海は苦々しげに口を開く。
「八遠町も『軍』の巡視がある範囲だ。こんなの見つけたら、放置なんてされない筈だけど……」
「……しかし、肝心の本人がいませんね」
「たしかに魔力反応はここにあったけど、これは逃げられたかな。反応が遠ざかってる」
「じゃあそれを追跡します?」
「そうだね……っ!?」
瞬間、現海が飛鳥の前に出て『障壁』を展開する。直後に貼られた『障壁』が粉々に砕けて、鋏がからんと地面に落ちた。
「……え、」
頭が真っ白になる飛鳥を置いて、現海は殺気を出して『身体強化』や『魔装』など多くの魔術式を展開していた。
「七世さん」
それは感情が全て抜け落ちたような声だった。
飛鳥がハッとして現海の方を見れば、鋭い目で虚空を見つめていた。
否、そこにいる『何者か』を注視していた。
「ごめん、守りきれる保証がない。なんせ、透明人間の相手なんて初めてで。表情や筋肉の動きを見れないから、次の手を読むことすら難しい」
「……」
「それに、どうも手練のようでさ。『索敵』に対して、『魔装』で囮を作って錯乱してくるとは想定外だった」
「……どうしたらいい?」
「自分の身を守ることに専念してほしい。逃げる隙を覗うんだ」
「了解です……!」
『恩人』に外の世界に連れ出されて初めて、殺意をその身に受けた。
正直足が竦むほど恐怖が頭を支配していた飛鳥だが、現海を困らせない為になんとか返事をした。
その会話が終わるのを待っていたかのように、謎の魔術式が複数展開された。黒い稲妻が天から飛鳥めがけて複数降ってきたのを、飛鳥は見て回避する。
「『稲光』じゃなく中級の攻性魔術……プロの魔術師ではなく学生?しかし展開速度は早い。略式は知らないようだが……知識が追いついていないだけで経験だけで言えば、オレと同年代くらいの実力か」
現海は冷静に分析しながら、稲妻が降ってきた方向へ『魔力撃』ー魔力でできた衝撃波を飛ばすが、手応えが無かったのか小さく舌打ちした。
次に、どこからともなく触手のようなものが飛び出した。現海が『魔装』である程度弾くが、狙いは飛鳥らしい。しゃがんだり飛び退いたりしてなんとか躱す。
「『魔装』の形を弄ったのか。ならば高校生相当の可能性がやはり高いか。そして、狙いは七世さん。……なぜ彼女を狙う……?」
困惑した様子でブツブツと考え事を続ける現海だが、ふと身動きが取れないことに気がついた。
足元を確認すれば、影に鋏が刺さっている。いつの間に、と目を瞠る。全く気配を感じなかったから分からなかった。
『影縫い』。今も昔も魔術師が相手の拘束目的でよく利用する常套手段。魔力を武器に纏わせ、相手の影に武器を刺すことで敵が移動できないよう制限をする基本技術だ。
『発光』で解除を試みたが、そもそも魔術が正常に起動されない。
「まずい」と呟く。魔術が使えない原理が全く不明である以上、現海は無力化されたに等しい状況だ。
「現海さん!」
魔術が使えないし身動きも取れない。そんな現海の様子に更に焦っていた飛鳥は、彼を心配して脇目も振らずに駆け寄った。
そして、それは致命的な隙だった。
「七世さん!今は寄っちゃ駄目だ!!!」
現海の必死の制止も虚しく、飛鳥が現海の前に庇うように出てきてしまったのを狙いすましたように、鋏が目にも追えない速度で飛んでくる。
軌道は、間違いなく飛鳥の脳天であった。
「ひぅっ」
飛鳥の人外じみた五感で、このままでは死ぬとは理解できていたが、ここで当初から抱いていた恐怖心が邪魔をして上手く躱せない。
いやだ、こんなとこで死にたくなんてない!
飛鳥は思わず、ぎゅ、と目を瞑った。
……が、いつまで経っても想定していた痛みが来ない。
不思議に思って、飛鳥が恐る恐る目を開けると。
志瑞が、飛鳥の前に背を向けて立っている。そして、彼女を庇うように上げていた腕に深々と鋏が突き刺さっていた。
「志瑞……!?」
本当に、何の気配も足音もなく現れた彼にぎょっと目を剥く飛鳥だが、現海はすぐに平静を取り戻す。
「助かった。透明人間になると思しき『異常性』所有者に襲撃を受けているんだ。しかも、どうも魔術を封じることもできるらしくて今はオレは何もできない。すまないが援護を頼めるか」
その言葉に志瑞は何か物言いたげに現海を一瞥だけして、視線を戻した。
そして、鋏が飛んできたほうとは全く関係ない、あさっての方向をじっと見る。
どこ見てるんだろうか。
飛鳥が首を傾げたその瞬間。
ひゅん、と何かが空を切る音がした。
飛鳥が音の方向を見れば、大量の鋏が、志瑞が見ていた方向から飛んできていた。
志瑞はそれを避けるでも防ぐでもなく、ただ無抵抗で直撃を受けていた。まるで針山のようにザクザクと鋏が刺さっていって、彼の身体は力なく倒れる。
ひゅ、と目の前で人が死ぬ光景を見せられた飛鳥が息を呑んで彼の方を見て、また目を剥いた。
「おいおい、駄目じゃないか。さっきはちゃんとしてたのに……」
ぐ、ぐぐ、と、志瑞の身体が不自然に起き上がる。
「刺さればいいってもんじゃない。こうやって、ちゃんと、」
そう言いながら彼は、胸に刺さっていた鋏を一つとって、切っ先を額に向けて、そのまま、
振り下ろした。
明らかに前頭葉に鋏が刺さっている状態のまま口角を歪に上げて、「急所を狙わないと。そうだろう?」なんて、志瑞は誰へと言うわけでもなく語りかけていた。
瞬きした瞬間には志瑞は何事もなかったように笑顔で、無傷でそこに佇んでいる。
先程見たのは白昼夢かと混乱する飛鳥を他所に、志瑞は現海の方を向いた。
「ところで現海クン。君は勘違いをしているよ」
「勘違い?」
「そう。二つほどね」
「……聞かせてもらえるのかな?」
「君たちにはよくわからないと思うから、耳の穴かっぽじってよく聞いてね!」
無意味な煽りも入れながら、志瑞は答えた。
「一つ。透明人間に対する協力者がいるよ。魔術が使えないのはその協力者のせいだね。まあ誰かは知らないけど」
「協力して何の得が?」
「さあ?」
飛鳥の問いにどうでも良さそうに返され、思わず額に青筋がたった。
意に介することもなく、志瑞は続けた。
「二つ。この透明人間は『異常性』所有者じゃないよ」
「『異常性』以外にどう説明するというんだ?」
「まず、単純に『異常性』はこんな局所的なものじゃない。言葉遊び一つで色々適用できる代物だ」
『異常性』そのものを詳しく知っているように彼は語る。
そう。まるで志瑞が『異常性』所有者だと言わんばかりに。
「そしてコレはもっとタチが悪い。なんせ、『異常性』とは違って所有者の願いを『間違った』方向で叶えるからね。誰も幸せにならないってことだ。取り返しがつかないのも恐ろしいところ」
まあ、願ったつもりが変な方向で叶えられちゃって、それで不幸に身をやつしたこと自体は同情はするけど。
そう志瑞は言って、またあさっての方向を見た。
しかし、もう見当違いだとは思えなかった。確かに『何か』がナイフを持っているかのように不自然に宙に浮いていた。
志瑞もどこからともなく巨大な釘を取り出す。目は据わっていた。
「釘を差してやろう。僕は、こういう無抵抗の人相手に攻撃を仕掛けるような性格の悪いやつが嫌いなんだ。君が先に手出ししたんだから、そうするのもアリでしょ?」
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