3-10
こんにちは。
飛鳥視点に戻ります。
桜坂市、『軍』本部執務室にて。
「……」
「現海?うちに用があったんやろ、黙りじゃなんも分からんで」
「それ本気で言ってる?」
「……」
「オレが識名を、七世さんに頼んでまで連れてきてもらった理由が、ここまで来て本当に分からないとでも?そこまでオマエって人でなしだっけ?」
「……ごめん」
「何が?ただ謝られても、何をどう思ってんのか分かんねーわ」
「え、あ、う、」
「なんて?わかるよう喋ってくれね?」
……珍しく、現海さんが識名さんを正座させて威圧しているのを、私と空くんは二人して傍観していた。
舞月さんに好き放題ものを言った後。
後先考えず飛び出してしまった私を追いかけてきた識名さんのナビゲートや、遅れて追いついてからは只管私の話し相手をしてくれた空くんのお陰で、『歪み』……舞月さん曰く『畢竟無』から無事に抜け出せた。
それを見計らったかのように現海さんから着信が来た。
『識名、起きてるか?七世さんには伝えたけど、ちょっと話があるから、今すぐこっち来い』
……現海さん、本気でキレてる。
識名さんもそれを察知してか途端に尻尾を巻いて逃げ出そうとしたけど、私も現海さんとは『引きずってでも識名さんを連行する』約束がある。ここで逃がしたら間違いなく私が怒られるに違いない。
そういうわけで、空くんと二人がかりで識名さんを捕まえて連れてきたのだった。
……まだ回復しきってないはずなのに『超加速』を使おうとしたのはびっくりしたけど。
成功してたら間違いなく逃がしていたと思うし、不発で済んで本当に良かった……。
「嫌やー……現海、優しいけど怒るとめっちゃ怖いんやで?堪忍してや……」
「怒ると怖いのは知ってます。でも怒らせるようなことをした識名さんの問題なので、ちゃんと向き合ってくださいね」
「ちゃんと無事に帰りついとるやんか」
「舞月さんと同じようなことしかけたんですよ、私達。なんなら舞月さんはきっかけがあっただけマシで、私たちはなんも言わず消えちゃいましたからもっとタチが悪い。そういう訳なんで、一緒に怒られましょう」
「でもあの言い草は絶対うちだけ怒られるやつやで?嫌やぁ……」
とグチグチ言う識名さんとそんな問答をした末に現海さんのいる『軍』本部執務室まで連行して、今に至るのだけど……。
現海さんと識名さんのやり取りは続く。
「何で何も言わずに『歪み』なんてとこに突撃すんの?しかも少数精鋭で。前の再放送でもやる気だったのか?バカか?死にたがりか?」
「そういうつもりやあらへんけど……」
「あっそう。じゃあ、オレを呼ばずに七世さんとか志瑞に頼むってどういう了見なんだよ。ああ?」
「そ、それは……あんさんは国を背負っとるし、うちの個人的事情で呼びつけるなんか悪いなぁ思って」
「あー、クソが。確かに自由に立ち回れねーけど、『軍』の魔術師を派遣したりサポートさせたり、色々やりようはあんだよ。何のためにオレが『軍』トップに立ってると思ってんの?」
「そりゃアレやろ、『クソなこの世界を少しでもマシに』ってやつやろ」
「おう、覚えてくれててありがとよ。でもな、いくら世界が良くなっても、オレにとってつまんねー世界なら意味ねーから。お前らがバカやってるのを裏から眺めるのが楽しみだったのに、まったくどいつもこいつも……少しくらいオレを頼れよ。ちょっと融通利かせて魔術師派遣してやるから」
「職権濫用やん」
「黙れ。七世さんや志瑞を巻き込んどいてどの口でほざいてんだ。そしてオマエは世間からの評価がめっちゃ高いことをいい加減自覚しろ。オレたちは、どんだけみっともなくても生き延びなきゃいけねー立場なんだよ」
言葉につまる識名さんと、深くため息をついた現海さん。
現海さん、本当に怒ったら怖いんだよなぁ。
「それで、識名よ。……舞月さんには会えたか?」
その言葉に私は思わずひゅっと息を呑んだ。
なんでバレてるの!?
「せやけど、なんで知っとんの?」
識名さんが呆ける中、現海さんは肩を竦めた。
「お前さんとは違って七世はオレに連絡をくれたんだよ。その時『ITレンズ』がバグってたんだろうな、態々『伝達』魔術を使ってきた」
「えっ」
「七世さんにそんなに器用なことは出来ねーのは分かってる。志瑞は魔術なんて使わねーよな。識名かと思ったら寝てるって言うし。『ITレンズ』がバグってるような空間で的確にオレに繋げられるけど、七世さんに喋るだけ喋らせて自分は一言も喋らない発信主。そんなの限られてるだろ」
あとは直感とカマかけだ。
そう言い捨てる現海さんに、少し恥ずかしくなった。
現海さんと連絡取れなくて困ってる私のために、舞月さんが『伝達』使って繋げてくれたってあっさりバレてる。
内緒って話してたのに、何たる不覚。
……あれ?舞月さんもういないから実は関係ない?
いや。カマかけに引っかかるのは良くないから反省、反省。
それは置いといて。
「舞月さんは……帰るつもりないってか?」
「せや。困った人やろ?」
「まったくだ。昔からそうだ。困ってる人を見逃せないお人好しの癖に、自分が困ってても誰かに頼れない、どうしようもない人だった。そんなんだから、引き返せないところまで突っ走ってしまった。本当、オレの周りにはバカばっかりだ」
「現海も伝えたいことあったやろ?連れ戻せんくて、ごめんやで」
「別に。……識名が一番思い入れあったでしょ。お前さんが納得できたならオレは何も言わない。言えないよ」
「そか」
舞月さんについての話の中で、次第に現海さんの中で怒りが収まってきたのか、荒くなっていた言葉遣いが普段通りのものに戻っていった。
「でも、そうだな。七世さんは多分舞月さんから『自分がいることは言うな』って言われてたから何も言わなかったんだろうけど。……少しくらい、話したかったよ」
「それは……ごめんなさい」
「いや、いいよ。識名が寝てたなら、下手したら人質みたいに扱われてたかもだし。仕方ないね」
そうは言いつつも現海さんは寂しそうだったから、やっぱり引きずってでも舞月さんを連れ戻すべきだったかなぁ、なんて思った。
おのれ、舞月さん。
「さてと。説教は終わり」
現海さんの言葉に、識名さんが「ホンマ!?」と顔を綻ばせた。
「うん。言いたいことはもう言ったから」
「良かったわぁ……ずっと正座やったから、もう足がビリビリ痺れて限界や。さっきまで低血糖すぎて寝とった病人にこれは酷すぎひん?」
「『歪み』から帰るためにぴょんぴょん谷とか山とか川とか石とか超えまくってたのに、病人……?」
「黙らっしゃい」
黙らっしゃいって関西弁なのかな?
場違いな感想は置いといて、現海さんは「そうだね。識名は病人だから、確かに正座は酷だったかもしれない」と頷いていた。
「せやろ?せやろ?」
「うん。だから、『軍』の医務室に暫く入院ね?」
「ーーーぇ、」
現海さんの言葉に目を丸くした識名さんが動き出すーーーその前に、執務室からゾロゾロと魔術師が入ってきて識名さんを取り囲む。
「え、いや、ちゃうねん。うちは自宅でゆっくりさせてもろたら充分やって」
「いやいや。識名のことだし、多分自分を省みなすぎて低血糖で一時は生死の境をさまよったんじゃない?一瞬死んでたかもしれないならやっぱり経過観察は必要だよ」
「そんなことあらへんよ?なぁ七世?」
必死にチラッチラッとこちらを見る識名さん。
私がニッコリ微笑んで、サムズアップもしてみせたので識名さんがホッとした表情を浮かべる。
うんうん、任せといてよ。私、やるべき事はやるから。
ズバリ、それは。
「現海さん、」
「七世さん。何かな?」
「識名さんをよろしくお願いします!」
「うん、任されたよ」
然るべきところに識名さんを預けること!
「七世……この、裏切り者ー!?」
そんな捨て台詞を残して、識名さんは大勢の魔術師に担がれて医務室へと連行されていった。
うんうん。一時は心肺停止してたからね。経過観察、大事。その点『軍』なら安心だよね。
「疲れてるのに呼び出してごめんね。識名を連れてきてくれて本当にありがとう。ゆっくり休むんだよ」
識名さんを見送っていると、現海さんが労ってくれた。
そういえば、七ヶ月も『歪み』にいたなら気になることがある。
「はい、どういたしまして。……ところで、私たちがいない間、何か変わったことはありませんでしたか?」
「うーん。……特になかったね」
「分かりました。ありがとうございます」
うーん。御厨さんが何かの拍子に戻ってきてないかと思ったけど駄目か。
あっ、そうだ。
私はやらなきゃいけないことを思い出して、空くんの方へ向いた。
「空くん。帰りに舞月財閥本社に寄ってかない?舞月さんの件、会長に報告しなくちゃ」
「……」
「空くん?」
空くんは、『歪み』を出てからというもの、どこか上の空って感じだ。
どうしたんだろう。空くんだけ遅かったし、舞月さんから話があったのかな?『敗北の少年』とか呼ばれてたし、『ようさん』関連かもしれない。
……心配だなぁ。
何も知らないばかりに何も出来ないから、余計に。
「空くん。聞いてる?」
でも、空くんが何も話してくれないなら、私から聞くのも野暮だから、その心配に蓋をして、声をかける。
空くんはハッとして、「ごめん、何?」とやっと返事をしてくれた。
現海さんも狐につままれたような顔で空くんを見る。
「大丈夫?志瑞も流石に疲れたんでしょ。報告は明日にでもしとけば?」
「あー……いや、明日は無理なんだ」
「なるほど。じゃあ明後日は?」
「……えっと、」
あ。これ、空くんが舞月さんから本当に何か言われてる感じだ。
「色々あるみたいだし、日程は私たちで話して合わせときますよ。また識名さんの様子見に来ますね。ほら、空くん。帰ろっ」
「飛鳥ちゃん?」
空くんの戸惑う声も無視して、私は空くんの腕を引いて執務室から出た。そのままの勢いで『軍』本部の外まで行くと、夕日が目に入る。まだ昼下がりだけど、真冬だからか日の入りが早く、西日が眩しい。初夏から真冬にタイムスリップしたような状態だから余計にそう感じた。
人目がないことを確認した私は息をついて腕を離し、今度はまっすぐ空くんを見た。
「……ね、空くん」
「……」
「明日、貴方にとって大事な『何か』がある。そうなんでしょ?」
「……」
空くんは答えてくれないけど、続けた。
だって、ここで諦めたら、また置いてかれるかもしれない。
そんな気がするから。
私の勘は意外と当たるから。
「危険でも、茨の道だとしても、私を一緒に連れて行ってよ。言ったでしょ?空くんの行くところが私の進路。たとえ地獄の果てまでもって」
「……」
「お願い」
空くんの手を包み込む。
何に怯えてるんだろう。何を恐れているんだろう。酷く手が冷たかったし、汗で湿っているように感じた。
「……明日、」
空くんの瞳が揺れて、口が開いた。
「未留山に、行こうと思うんだ。そこに……『司書』ちゃん達がいる」
「分かった。準備しとくよ」
空くんは再び口を閉ざし、ちょっとの先を振り返ずに歩いた。
西日が直接当たっている日向なのに、どこか肌寒かった。




