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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
二部三章『リセット』
86/110

3-9

こんにちは。

前半識名視点、後半は久々に、(志瑞空よりの)三人称一元視点やります。

七世が言うだけ言って走り去ってしまった。

……あいつ、帰り道分からへんはずやのに。大丈夫やろか?


場違いな心配が出来るぐらいに心の余裕が出来たのは、きっと、私が言いたかったことの殆どを七世が言語化してぶつけてくれたおかげ。

心の底から、私は七世に感謝の気持ちでいっぱいだった。

それに沢山、本当に沢山吐き出してくれた。

おかげで、やっと私の言いたいこともまとまったから。


「……」


未だ茫然と七世の走り去った方向を眺める憩さん。

私は意を決して、憩さんに声をかけた。


「憩さん」

「……えっと、佳糸。七世飛鳥が言ってたことって、本当?」


憩さんはビクンと肩を揺らした後、私へ向き直って恐る恐るそんなことを尋ねてくる。


「せやけど?」

「っ!」


即答してやると、憩さんは口元を押さえていた。

私も怒りの気持ちはあるから、七世を見習ってチクチク責めてみることにした。


「七世、えらい参っとったで。さっきまでは比較的立ち直っとったけど、下手人を前に冷静ではいられんかったようや。……そりゃ、無自覚とはいえヘラヘラしとったら、『もっと苦しみながら消えろや!何満足しよんねん自己中女!』くらいは誰でも思うやろな。気持ちはようわかるわ」

「うっ」


憩さんを初めて言い負かした。

……まあ、本当に言いたいことは別なので、悪戯はこのへんで。


「でもそんなんは七世が言うべきことやし、実際あいつはもう頑張ってぶっちゃけたからな。うちから言うことでもあらへん」


むしろ私に気を遣って、自分のトラウマを抉ってまで時間を稼いでくれたのだと思うと申し訳なかった。

まだここが安全とは言いきれないから七世の身が心配だし、七世に一言礼と詫びを入れたい。幸い、言うべき内容はまとまった。


「うちからは、……そうやな」

「……何?佳糸」


七世が口を開くまでとは違って、若干及び腰で私を見る憩さんにちょっと可笑しくなりながら、私は微笑んだ。


「ありがとう」

「……へ?」


また口をあんぐり開けている憩さんに、でもこちらも急ぎなので頭と心を整理する余裕なんてあげない。さっきの仕返しだ。


「毎日見舞いに来てくれてありがとう。私のことを諦めないでくれてありがとう。私の潜在能力を信じてくれてありがとう」

「ま、待って」

「待たない。……魔術を学ぶ機会をくれてありがとう。いろいろ話してくれてありがとう。桜坂学院への入学を勧めてくれてありがとう。私に『関西弁キャラ』っていう『盾』を教えてくれてありがとう。背中を押してくれて、ありがとう」

「な、んで。そんなの結局私のエゴで」

「それでも。どんな動機で、どんな経緯だったとしても、憩さんのお陰で良い方向に変わったものはあるよ。今まさに、ここに」

「……っ、」


関西弁キャラを忘れてる、なんてツッコミすら忘れて憩さんは泣き出してしまった。


何泣いとんねん。泣きたいのはこっちやで。せっかく会えた思ったのに、帰れんなんて駄々捏ねられるんやから。

そんなさかい、七世にぶちギレられるんやで。ほんま、しゃーないやつや。


せめて、笑ってさよならがしたいから。

一人寂しく消えてしまうなら、せめて、満面の笑顔を記憶に焼き付けて欲しいから。

精一杯、私は笑った。


「じゃあね。大好きだよ」


精一杯手を振って、込み上げてきていた涙がこぼれる前に背を向けて、七世を追って走り出した。


☆☆☆


「識名ちゃんも帰っちゃったねぇ」


識名の背を見送りながら、志瑞は他人事のように呟く。

舞月はまだ涙を流している。

それを一瞥しながら、志瑞は一人思う。


こんなに想われても、舞月ちゃんは帰らないんだろうな。


別に非難する気はない。志瑞だって想い人ーーー飛鳥に対して同じことをする未来もきっとあったし、舞月の気持ちは理解できてしまう。

強いていえば、舞月のやり方が中途半端なだけで、自分から何か言われる筋合いもないだろう。


それよりも。

自分も早く追わないと、識名や飛鳥とはぐれてしまう。

『異常性』を使っても帰れない訳では無いが、迂闊に使いたくなかった。


「じゃあ、僕も帰ろうかな」


それだけ告げて踵を返した志瑞だったが。


「待って」


そう引き止める舞月の声に、渋々と振り返った。

出鼻をくじかれたようで気分が良くない。本当にさっさと早く帰って、飛鳥の涙を拭いてやりたいのに。

思わず刺々しく返した。


「何?帰る気にでもなったの?それで帰り道が分かんないって話かな?」


舞月は「まさか、」と静かに首を横に振る。


「私はこのままここで消えるよ。私の代理を立てる考えも結局エゴだったから七世が泣いちゃったし。これ以上余計なことはしないで、大人しく消えるのを待つことにするよ」

「そりゃそうだ」


志瑞の予想通り、やはり舞月はここまで言われていても尚消えるつもりらしい。

識名は何となく察していたようだが……報われないな、なんて自分のことを棚に上げて、そんな感想を内心漏らす。

しかし、どうして呼び止めたのかは依然分からない。

『タイムリミット』のことも気になるから、一刻も早く話して欲しいので「じゃあ何?」と急かした。


舞月はそれに少し逡巡して、口を開く。


「……ええと、今は『御厨』って名乗ってるんだっけ。調ちゃんを探してるんでしょ?」

「……なんで?」


なんでこいつ、そんなこと知ってるんだろう。

全く表社会……というか現世に興味がなかった様子なのに。

首を傾げると、舞月は志瑞の内心を読めてるのか読めてないのか、言葉を続けた。


「『経験則』。ほら、調ちゃんも私と同じ穴の貉だから、色々迷走しちゃってるんじゃない?で、智見くんもそれに巻き込まれてる、みたいな」

「ふーん」


概ねその通りなので頷くが、内心呆れていた。

また『以前』の話を持ち出してるのかよ。あれだけ飛鳥ちゃんに言われたのに。

というか、アイツらの考えることっていつも同じなんだろうか。本当に、彼らを見ていると自己嫌悪がする。

あまりにも正しすぎるから。


舞月は構わず続ける。


「だから、教えてあげる。……未留山。明日なら、その頂上で待ってる」

「……なんで?」


今度は色んな意味が混ざっていた。

たしかにそれは求めていた情報だが、なんで自分たちへ教えるのか。

そもそもなんでそんなこと知ってるのか。


「『経験則』だってば。一応言っとくけど、信じようが信じまいが勝手だよ。ただ、もう、明日しかチャンスないから。それ以降は誰も行方を知らない……智見くんも、私もね」


志瑞は眉を顰めた。

『智見くんも』って、やっぱり智見は『司書』ちゃんの居場所を知ってたのか。

つまり、智見からの『司書』ちゃん探しの『依頼』は誘導。

……悪い予感しかしないし、これは飛鳥ちゃんには伏せて、僕一人だけで行こうか。


黙々と明日の予定を組む志瑞だったが、「あー、でも」と横槍が入った。


「明日から、君の倒したがってる……『ようさん』?は本格的に動く。七世さんを下手に一人きりにすると……分かるよね?」

「……それも『経験則』?」

「うん。なんなら確定事項」

「……」


あまりにも厄介な状況に、思わず閉口した。

舞月はカラカラと笑った。


「嫌そうな顔だねぇ。君もそんな顔するんだ、志瑞空くん。あはは。『初めて』知ったや。七世さんのおかげなのかな?この時期、『本来』は君はまた七世さん置き去りにしてるのに、『今』はちゃんと傍にいるってことは」

「あー、もう」


これ以上黙って聞いていられなくて、志瑞は言葉を遮って耳も塞いだ。


「帰るよ」

「うん。……またね」


内心を見透かされたようで本当に気に食わない。


それでも舞月は、近所のお姉さんが昔馴染みの妹分と弟分の恋路を見守るような生暖かい目をこちらへ向けるから。

志瑞は、逃げるように背を向けた。


誰もいなくなった『畢竟無』の空間。

腐敗したメトロポリスが薄ぼんやりと見える、全ての存在の終着点。

空に見える『現世』を仰ぎながら、舞月はポツリと呟く。


「『敗北の少年』……たった一度のイレギュラーにして、『完全』を拒んでみせた志瑞空くん。そして調ちゃんに智見くん。……私は賽を振ったよ。これからどうなるか、ここから全て、見させてもらうね」

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