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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
二部三章『リセット』
82/110

3-5

こんにちは。

今日は舞月憩の過去編です。

『最初』は平凡だった。


小学校のテストで点が取れたから、天才、エリートなのだと勘違いしている。

ちょっと低い点数を取っても『まあ、そういうこともあるさ』って誤魔化して、親にテストを見せない。

イイカッコしい、ほんのちょっと見栄っ張りな、本当にどこにでもいる、お金持ちってだけの子供に過ぎなかった。


昔はそれで良かった。

父さんも母さんも『偉いな』と褒めて認めてくれていた。最近暇つぶしに見舞っている幼馴染の佳糸も、目をキラキラとさせて、私の自慢話を聞いてくれる。


そんな自称『無敵の天才神童』が朽ち果てたのは中学二年の頃。

きっかけは数学とか、理科の一つの単元で躓いたこと。

今思えば、自習でその苦手な単元を重点的に復習すれば、きっと簡単に克服できていた。


けれど、自分の実力を過信して、見栄っ張りな、ちっぽけなプライドが邪魔して周りにも聞きに行けず。

そしたらその傷口はあっという間に化膿して、広がって、取り返しがつかないほど……分からないところが分からなくなるくらいに苦手になっていた。


親は呆れた。怒ってくれなかった。やがて点数を聞かなくなった。次期社長としての話もされなくなった。

それでも周りの同級生は私を尊敬してくれるから、なんも気にしてなかった。

佳糸だって、私が落ちこぼれたことなんて何も言わずに『武勇伝』を語ってやればあっさり信じるから大丈夫。


『本当の私のこと知ったら、幻滅するかな?』


そんな不安は胸に封じ込めて……でも、時々隠しきれずに夢に見た。その度に魘されるけれど。でも、大丈夫だとなんの根拠もないのにずっとそう信じていた。


……いつも通り『台本』を頭の中に用意して、佳糸の病室へお見舞いに向かった日のこと。


『台本』の矛盾を突かれたらどうしよう。

いつまで誤魔化せばいいのだろう。


そんな不安と緊張を悟られぬよう深呼吸をして、いざ、とドアノブに手をかけた時。


『識名佳糸。私たちの養子になる気は無いか?』

「っ!?」


扉越しの、長らく聞いていなかった父の声に、思わず身が固まった。

私は、父が佳糸に何の用だろうかと口に手を当てて、息を潜めて、聞き耳を立てた。


『……養子?』

『そうだ。愚女が勉強をサボってどこで道草を食っているのかと思っていたが、ここに入り浸っては法螺を吹いていると聞いてな』


バラされた。

法螺話だって、よりによって佳糸に、父さんから……。

力が抜けて、膝から崩れ落ちそうになる。

けれど、物音を立てたくなくて、壁にもたれてなんとか身体を支えた。

佳糸の返答が聞こえた。


『じゃあ、私は邪魔でしょう?勉強時間を奪ってる泥棒猫ですよ』

『私たちもそう思っていた。だからこそお前に釘を刺しに来たが……どうも、なかなか優秀らしい。愚女とは比較にならない』

『はあ』

『どうだ。お前が養子になれば、放任されている現状よりもっと有意義に過ごせるぞ。魔術師になれと強要などしない。それどころか金輪際関わらない』

『……』

『聡明だけじゃ腐るだけだ。君にしかできないことが、ここの財閥なら確実に見つかる。どうか、我々と家族になってくれないか?』

『……私は、』


……そこから先は確かめていない。

佳糸の答えなんて聞きたくなくて、逃げ出したから。


「おぇ」


病院のトイレに駆け込んで、胃の中のものを戻していた。

本当にみっともない。はしたない。けれど、抑えられそうになくて。

ーーー今日は、誰にも会いたくない。

ここにいたくないし、帰りたくもない。

胃が空っぽになって、口の中の酸味がどんなに口をゆすいでも取れなくて。ふらっと病院を出た時。


「どうもこんにちは、お嬢さん」


一人の魔術師が、私に声をかけた。

私服だけど、『ITレンズ』のステータスで分かる。『評議会』……舞月財閥が出資してる『軍』の戦争相手の組織。そこの幹部だった。

おおよそ、財閥令嬢の私を人質、交渉材料にしようと目論んでいるんだろうけど、私にそんな価値はない。切り捨てる口実にむしろちょうどいいと思う。


「何の用事?早く言ってよ」

「トイレで吐くなんて、財閥令嬢ともあろうお方が情けないですね」

「煽るだけなら本当に帰るわ。さようなら」

「ああ、待ってよ。良い話を持ってきたんです」


人を小馬鹿にしているようなーーー宗任というその魔術師は慌てて私の腕を引いて、一言囁いた。


「こう思ったことはありませんか?『もうひとり自分がいたら』と」

「……」


腕を引かれて引き止められても進み続けていた足を、思わず止めた。

大物がかかった時の釣り人のような顔で宗任は話を続けた。


「もう一人の、貴女そっくりの存在。艱難辛苦、全ての代行者がいてくれたなら。そんな真摯な願いにお応えすべく、私は貴女様にお声かけしたのです」

「……」

「ご安心ください。あくまでも『貴女』として振る舞います。故に、貴女は何も成さず、金を、名誉を得られる」


父さんの、『愚女』という言葉。

佳糸の、私へ向ける憧憬の視線。

そしてさっきのやり取り。


その全てがフラッシュバックする。


怪しい商売だなんて、分かりきってる。

けど……それでも……抗えなかった。


「……いくら?すぐ用意できるの?」

「今後ともご贔屓頂ければ、特別無料とさせていただきますよ。勿論、すぐ用意いたしますとも」

「乗った」

「お買上げ、誠にありがとうございます」


宗任はそう言って、ぐちゅぐちゅと音を立てながら変身してーーーあっという間に、私と瓜二つになった。


「宗任が『ダークマター』という物質で作ったドッペルゲンガーこそが、今ここにいる私です。今、貴女のドッペルゲンガーになりましたよ。どうです?」

「口調もちゃんとしてくれるの?」

「はいーーー当然よ」


ドッペルゲンガーはすぐに私の口調を真似てみせた。

記憶についても確認したけど、本当に大丈夫なことが分かった。

……これなら、任せられるね。


「そう。じゃあ……こんなことより大事なことがあるから。いいでしょ?」

「勿論。私は、『私』の分身だからね」


ドッペルゲンガー……『救済者』は含み笑いでそう言う。

その言葉に安心して、私は全てをドッペルゲンガーへ任せて投げ出した。


導入した当初は気分が良かった。

ドッペルゲンガーはちゃんと『仕事』してくれた。

成績は目に見えて伸びた。

様々な大会で優秀な成績を残した。

色んな資格や検定に合格した。

高偏差値の名門校に入れたし、そこでも『文武両道』の生徒会長としての名誉を手に入れた。

父からの期待を取り戻した。次期社長として色んな経験を積むようにと言われ、様々な現場に連れ回される。ーーー無論、その時もドッペルゲンガーを頼ったら大正解。益々父の機嫌は良くなった。

佳糸も、私の話を聞いてはいつも通り憧憬の視線を浴びせてくれる。

本当、養子の話はただの悪夢、白昼夢だったのかもしれない。全くそんな気配はなかった。


だから、私は久々に、ドッペルゲンガーに頼らず自分で登校してみた。

ドッペルゲンガーが逐一報告してくれるから、学校で迷うことなく教室に辿り着いて席に着く。そして、『友達』とドッペルゲンガーから話を聞いていた生徒のところへと歩を進めて、話しかける。


……自分でも驚くほどに失敗した。

何故か辻褄が合わない。ドッペルゲンガーの報告にはなかったことばかり話をされて、何とか誤魔化して、でもその化けの皮も上手く機能しない。

話を進めるごとに『友達』の表情は険しくなっていく。私は焦って誤魔化そうとして『台本』を作って、でもその『台本』すら『友達』には疑念を抱かれるもので。


「……君、誰?」


『友達』のその台詞に、また私は逃げ出した。


「ちょっと。どうなってるの!?」


いつも私が自堕落に過ごしているホテルの部屋に戻ると、ドッペルゲンガーが机に向かって勉強をしていた。

ずん、ずんと足を進めて背後まで回ると教材の内容がちらっと見える。ドッペルゲンガーは面倒くさそうに振り返る。……教材に書いてあることが全然さっぱり分からなかったのを置いて、私は彼女を問い詰めた。


「聞いてた話と全然違うじゃん。話が全然噛み合わないんだけど?」

「それで早退してきたの?勘弁してよ。せっかく点数を上手く稼いでたのに台無しじゃん」


やれやれ、と深くため息をついたドッペルゲンガーに尚更腹のわたが煮えくり返るようだった。


「そういう問題じゃない。情報共有が足りてないって言ってるのよ」

「……だから?」

「なっ、」


ドッペルゲンガーは立ち上がって私を凄んだ。

今までヘラヘラしていた彼女が初めてとった反抗的な態度に、驚きが隠せない。


「なんで君に雑談のひとつやふたつ、詳細まで聞かせなきゃいけないわけ?別に何を話そうと関係ないじゃんね」

「関係なくなんか、」

「関係ないよ」


キッパリと遮った。

そして、ドッペルゲンガー……『侵略者』は含み笑いで言う。


「生憎様だけど、こっちはこっちで随分と居心地が良くて。もう貴女様の居場所がここにはないこと、分かっていますよね?」


ドッペルゲンガーは荷物をまとめた。


「奪われた?人聞きが悪い。貴女様が捨てられたものを私が拾い上げたのです。貴女様より上手に『舞月憩』を生きて差し上げますから、今度は貴女様が別の誰かを生きたらいいじゃありませんか」


私に目を合わせることもなく、すれ違って、出口へと歩を進めた。


「では、早退したことを誤魔化すという用事もできましたので、これで失礼しますね。……さようなら、偽物様。今度は『どこかの誰か』の『本物』としてお会いできる日を、お待ちしております」


そうして独り、ホテルの部屋に取り残される。

何も、言えなかった。

何も考えられなかった。


やっと思考が復活してきて、私はその場に座り込んだ。


そりゃそうか、そうだよね。

命の椅子は一つだけなんだから。いつまでもこんなことを続けられるわけがなかった。

あー、やり直したい。やり直せたら、こんなことにはならないのに。

だめだ、こんな人生。


『じゃあ、人生をリセットできる力はどうだい?』


ふと、そんな声がした。

ははは。色々疲れたのか幻聴が聞こえてくるや。

そんな幻聴に答えるなんて酔狂だと思うけど、何もかも失った……どころか、何者でもなくなってしまった私にはどうでも良かった。


「そうだね。そんな力、あったら嬉しいな。出来ることならくれてみてよ」

『よろしい。じゃあ、思うままに、何度でも繰り返させてあげるよ』


幻聴が律儀に私の独り言に返答してーーー明転。


「……?」


気づけば、私が『無敵の天才神童』だった小学校の頃まで、時間が巻き戻っていた。

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