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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
二部三章『リセット』
81/110

3-4

こんにちは。

最近逆流性食道炎なのかストレスなのかよく分かんないけど喉が何となく気持ち悪いことが多くて……

病院かかるべきかなぁ。


そんなことは置いといて、続きです。

「憩さん!?」


識名さんは飛び起きるや否や、直ぐに憩さんにギュッとしがみついた。

病み上がりだからそんなに激しく動いたら、なんて止められなかった。

だって、識名さんは身体が震えてる。憩さんが幻じゃないことを確かめるように、縋るように、ひしっとつよく抱きしめている。


「ちゃんと、ここにいる。幻じゃない。……生きててくれた……良かった……っ、」


……私は、初めて識名さんの涙を見た。


自称『凡人』の識名さん。

そんな彼女が、上司を気に入らなくても『国際魔術連合』に所属し、何があっても幹部に居続けた意味。『史上最速』と謳われるほど優秀な情報屋として立ち回り続けたその意味は、きっと霧乃ちゃん達の助けになるだけじゃない。舞月さんをなんとしてでも見つけ出したいと願っていたはず。

人知れず流した涙が、人知れず流した汗があったと思うけど、識名さんはずっと『仮面』をつけて、ずっと強がって生きてきたんだ。

舞月さんの『関西弁で喋るように』という指示は識名さんにとって盾で、お守りでもあり、枷にもなってしまっていた。そして、その枷を外せるのは舞月さんだけだった。

今、素の、関西弁すら忘れて標準語で喋る識名さんを見て、私はそう思った。


舞月さんも何も言わず、ただされるがままになっている。

心做しか顔が穏やかで、雰囲気も緩くなっていて。

識名さんのことを大切に思っていることが、傍目でもよくわかる。

大団円って感じだ。


「聞きたいこと、いっぱいあるけど……でも、でも、生きてまた会えただけで充分だよ」

「私も、佳糸の顔を久々に見れて嬉しいよ。それに、『アレ』を倒せちゃうなんて。成長したんだねえ」

「そうなんだよ。色々ありすぎたんだよ。いくら話しても話し足りないくらい」

「うんうん。良かったね」


でも、どうしてだろう。嫌な予感がする。

舞月さんは、物憂げな様子で。


その答えはーーー。


「ねえ、憩さん。一緒に帰ろ?会長も待ってるし、現海だって、」

「えい」

「あいたっ!?」


唐突に舞月さんが識名さんの額をデコピンした。

識名さんはとても痛そうにおでこを抑える。指の隙間から赤くなった肌が見えて、……うん、痛そう。


痛がる識名さんを他所に、舞月さんは「こらこら、」と口を開いた。


「関西弁キャラとしてやっていくように言ったでしょ?何をあっさり標準語に戻しちゃってんだか。まったくもう。『大切な後輩』の前で弱いとこなんか晒しちゃダメだよ」

「酷いわ……ほんま痛いんやけど」

「そうそう。その調子で今後もやっていけば、きっと幸せになれるから、頑張るんだよ?」


……その言葉は、一緒に帰るにしてはあまりに他人事で。

識名さんも同じ感想を抱いたのか、途端に不安そうに舞月さんを見た。


「……もしかして、一緒にいてくれへんの?」

「うん……まあ、ね」

「なんでなん?帰り道分からへんとか?うち分かるさかい、案内したるから」

「私はここにいるべきだから、ここに残るんだよ」


まただ。

私に対しての返答と全く同じことを、識名さんに今言った。

どうして。識名さんの好意をあれだけ受けておいて、なんでそれを無下にするのか、さっぱり分からない。

でも、ダメ。口を挟むべきじゃない。

唇を思わず噛み締めた。


「どういう意味なん。ちゃんと分かるように説明しいや。ここにいるべきも何も、こんな奇っ怪なところにいる意味なんかあらへんやろ?」

「それに、もう佳糸たちと一緒にいられないよ」

「ちゃう。あんさんの居場所はずっとうちらの傍にある。無くなることないで」

「ごめんね。何を言われても無理は無理」

「嫌や。せっかく会えたんに、なんで……っ」


識名さんの舞月さんを抱きしめる力が強くなる。


「霧乃は逝ってしもた!調はなんも教えてくれへん!智見も調の傍で何企んどんのか分からんし、現海やって困っとる!もうどうしたらええのか分からんのや!自分なりに割り切ろうにも、寂しいもんは寂しいわ!せやけど、あんさんがいてくれたら、うちは……!」


識名さんの懇願は最早、号哭だった。

けれど、舞月さんはそれでも、柔らかく笑って、首を横に振った。

識名さんは諦めない。


「ホンマにやめてや、うちはどんだけ失えばええんや、ただ仲いい人たちでバカやりたかった……同じ空の下で笑いたかっただけやんか。何がいかんかったんや?うちの前世は重罪人なんか?せやったら何を償えばええの?」


舞月さんはかぶりを振る。


「お願いだから戻ってきてや。財閥に戻ってや。そしたらうち、裏なんかやめて憩さんの護衛になるわ。それがええ、それがいっちゃん幸せや、後悔せん。本望や」


多分それは嘘だ。

きっと識名さんは御厨さんのことを諦めきれないと思う。識名さんの過去を聞かせてもらった今ならわかる。識名さんは舞月さんのことを本当に憎んでた訳じゃない。

そんな分かりきった嘘をつくほど、識名さんは狼狽していた。


それでも、舞月さんは頷かない。


「大丈夫。佳糸は凄いって私がよく知ってる」

「ちゃう、ちゃう。うちは凡人や。何かを守ろうとしても、別の何かを取りこぼす、どうしようも無い奴や。頼むわ、……戻ってきてください……」


……もう、無理。

黙って見ているなんて、無理だ。


「あの、舞月さん。質問があります」


私は口を開いた。


「貴女はどうして、ここにいるんですか?」


舞月さんは、鬱陶しそうに私へ視線を向けた。


「さっきも答えたよ。『ここにいるべき』って」

「識名さんたちの傍にはもう居られない、とも言ってましたね。それはちゃんと聞きました。覚えてます」

「じゃあ、黙っといてくれる?佳糸との真剣なお話を今してるとこなんだ」

「黙りません。私が聞きたいのはもっと根本のところだから」

「……何?」


舞月さんの威圧が強い。

けれど、私は毅然とした態度を崩すことなく、真正面から舞月さんを見つめる。


「貴女は、どういった経緯でこの『畢竟無』に流れ着いたんですか?」

「……それ、あんたに関係ある?」

「ありますよ。なんせ、会長から『依頼』を受けてここまで来た身なので。未達成は困ります」

「父さんから?」

「はい」


春先に聞いた会長の言葉を思い出す。


『どうしてなんの予兆もなく急に魔術師になりたいと言い出したのか……恐らく識名佳糸の為であるという予測はあれど、詳細を知りたい』


ここ『畢竟無』に引き篭ることになった理由。

会長が求めている答えがきっとそこにある。


「ふーん。なるほど。そりゃあ大変だね」

「ええ。本当に」

「でも、だからって私がそれを手伝ってあげる義理は無くない?」

「……ウザったいな」

「は?」


ポツリとつい本音が漏れた。

でも、本当に、識名さんが傷つくのをこれ以上傍観していられないし、空くんだって時間が無いらしいから、もう遠慮しない。


「ゴタゴタ言ってないで、突き放すならとことん突き放す、付き添うならとことん傍にいるってハッキリしてくださいよ。さっきから中途半端に優しいんですけど、却って傷口を抉って、グズグズに腐らせて、募らせるだけです。相手からしたら苦しくて仕方ない」


私がかつて追っていた『恩人』……空くんは、それを徹底している人だと思う。だって、かつては、追って来れないように、態々私の記憶を『なかったこと』にして姿を完全に消したのだから。


まあ、私が何故か部分的に覚えてたから、結局追っかけて、それで今があるけど。


「嫌いにさせられないんでしょ?未練があるから。だからって無責任に優しい言葉だけ投げかけて、傷だらけで放りだそうとしないでください。ちゃんと全て話したら、識名さんも受け入れられる何かがあるかもしれないじゃないですか。……そう。知らないって、苦しいんですよ」


だから、とっとと白状してください。

空くんもお急ぎなので。


「……はぁ。分かった分かった。話すよ」


舞月さんは観念したのか、そう言って肩を竦めた。

うんうん。分かればよろしいのだ。


「七世……」と識名さんが感激したふうに私を見てるけど、別に私が言いたいことをぶっちゃけただけなので大したことじゃない。軽く手を振っておく。


「まさか、七世飛鳥に言い負かされるとはねえ。流石、『JoHN』全権代行というだけあるよ」

「違います。『JoHN』は解散したし、なんなら『JoHN』の活動理念もさっき捨ててきちゃったので。今はただの七世飛鳥です」

「……はぁ。現世、やっぱ面白そうだなぁ」


苦笑いを浮かべて、舞月さんはやっと、その重たい腰をあげた。


「これはただの『無敵の天才神童』の話。まあ、ネタ話だって体で聞いてよ」

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