1−6
昨日は大雨と雷でケーブルカーが運転見合わせになって、一時どうなることかと思いましたが、
なんとか晴れてくれて良かったです。
夜景、とても綺麗でした。
さて、続きです。どうぞ。
「えッ!?」
現海のその言葉とともに、落ちたカップが床に落ちて、大きく音を立てて割れる。
「大丈夫ですか?!」と慌てて破片を拾おうとする飛鳥を手で制止して、「あー……うん。大丈夫だよ」と現海が魔術式を展開した。
先程使用していた『障壁』や『結界』とは違って、かなり複雑に見えるその術式が起動した瞬間、落ちて割れたはずのカップが元通りになっていた。
「え、何その魔術。凄ッ」
「『循環』っていう、百年くらい前に『JoHN』創設者が開発した魔術だよ。巻き戻しとか、逆流させるとか、ベクトルを変更する効果なんだけど……『異常性』で魔力を節約できない限りは、コスパが悪すぎるね。消費する魔力量がエグいし、制御が難しい。気を抜いたら余分なものまで範囲に含めてしまうからね。略式にしたら更に制御が困難になる。『異常性』所有者にしかマトモに扱えない代物だから実践にはほぼ使えないし、これは無理に覚える必要もないと思う」
飛鳥の反応に現海は解説して、コーヒーを改めて口に含んでいた。
『循環』を使って志瑞は自力で蘇生したのだろうか、と飛鳥は少しだけ考え、さすがにそれはないと打ち消した。
『循環』はコスパが悪いらしい。態々『循環』を使わずに『障壁』で防ぐなり、『身体強化』など使って避けるなり、『治癒』を使って回復するほうが合理的だ。
それに霧乃は志瑞は一般人だと言っていたし、そも飛鳥から見て志瑞が魔術を使用したようには見えなかった。魔術を使用したら、略式ー魔術式を簡潔にしたものーだったとしても、魔術式が可視化されるはず。
昨日の志瑞の周囲には、そういったものは全く浮かんでいなかったように思う。
一旦思考を打ち切り、飛鳥は現海に尋ねた。
「アイツ、そんなに有名人なの?」
その問いに現海は少し考え込んで、口を開いた。
「有名人というか……知る人ぞ知るって感じかな」
「へえ」
「取り敢えず、霧乃さんの人選ミスではないね。寧ろ、これ以上ないくらいに素晴らしいチョイスだと思う」
「最弱なのに?」
飛鳥がそう返すと、現海は、「うーん。間違っちゃいないけど語弊を招く説明だね」と苦笑した。
「正確には、『最弱にして最凶』。敵に回すと本当に厄介な強さを持っているんだ」
「そうなんですか?」
そう言われても、飛鳥にはあまりピンとこなかった。
現海もそれだけでは伝わらないと思ったのか、彼の説明は続いた。
「『負け戦なら百戦錬磨』『這い寄る混沌』『魔術師殺し』。彼は、裏ではそう呼ばれている」
「そんな仰々しい二つ名がつくほどの実力者には見えないんですけど……」
1つ目の『負け戦なら百戦錬磨』については、最早弱いイメージしか浮かばない。
現海は話を続けた。
「どんなに彼を殺しても、再起不能に追い込んでも、無傷でまた現れる。こちらが勝ち確の戦場であっても彼は必ず生きて、こちらの情報を持ち帰っていく」
「……」
「彼を殺した魔術師は、みんな『釘を刺され』た。再起不能とか、致命傷とか、即死とか。そうして、『エリート』は華々しく散って、彼だけ惨めったらしく生き延びる」
まあ、これは彼の受け売りなんだけど。エリートを皆殺しにすれば世界は平等になるとか言ってたなあ。
そう遠い目をしながら話す現海。
一方、飛鳥はといえば、少し納得していた。
たしかに、昨日もいつの間にか復活してたっけ。昔からそういう感じなんだ、志瑞って。
霧乃の『その程度では死なない』『あいつはそういう男だ』という台詞の意味が、漸く少し理解できた。
……そして、少し聞き流せないことがあった。
「現海さん」
「うん?まだ彼についてよくわからないかな。確かに、あの人は口で説明してもピンとくる人があまり」
「いや、なんとなく理解はしたけど……さっきの言い方だと、現海さんと志瑞って会ったことあるんですか?」
受け売りとか言っていたし、志瑞について語るには少し距離感が近い気がしたのだ。
少なくとも、一度戦ったことがあるような。噂を小耳に挟むよりも、情報の密度が濃く感じた。
飛鳥の指摘に、少しバツが悪そうに「ああ……」と現海は声を漏らし、一瞬の逡巡の後に言葉を紡いだ。
「彼、昔は『評議会』所属でね。ほら、昔『軍』と『評議会』は交戦してたのは知ってるでしょ?だから戦場で彼を目にする機会はあったんだ」
「え、『評議会』に昔いたんですか!?え、っと、それじゃ私のこと逆に狙ってたりは……?」
「心配せずとも。彼は『評議会』への忠誠心は比較的薄いと思うよ。『JoHN』で霧乃さんの仕事を手伝ったり『御伽学院』を潰したり、『評議会』に利が全くない行動ばかりだから」
それもそうか、と少し抱いていた心配は薄れ、代わりに別の感情が大きくなっていく。
思わぬところで良いことを聞いた。
『恩人』は、私を助けた日に『評議会』を機能停止にまで追い詰めた。昔に志瑞が『評議会』にいたなら、もしかしたら『恩人』について何か知っているかも……!
そんな期待が飛鳥の心を満たしていく。
早速志瑞に尋問しようと飛鳥は密かに決意した。
現海はそんな飛鳥の様子を少し眺めた後に、「彼はそんな人だ。何があっても七世さんは守り抜いてくれるはずだよ。オレが保証するから、彼を信頼できそうにないならオレを信じてほしいかな」という言葉で締めくくった。
「まあ?そういうことなら?少しくらいは信用してあげようかな?貴重な情報源だし……」
「うん、納得できたなら良かったよ。……最終的にどう落ち着けるかは七世さんの心次第。後悔のないようにね?」
「あ、ハイ」
どことなく意味深な現海の忠告を聞き流し、飛鳥はすっかり温くなったマンゴーラッシーを飲みきった。
閑話休題。
「うーん。そうなるとやっぱり、七世さんがこの町に来たのって『ポルターガイスト』の件?」
「そうです。こういう案件なら『恩人』に会えるかなぁって、この『依頼』を受けたんですけど。どうですか、めぼしい情報はありますか?」
「御生憎様、オレもその現象を目撃できた訳じゃないからまだ何とも……」
「そうなんですか……」
折角だからとフレンド登録も済ませた二人がそう話していると、外がざわざわと騒々しくなった。
「何かあったんですかね?」
「……噂をすれば何とやらってことかな?」
飛鳥と現海は顔を見合せ、言葉を交わしながら外の様子を探ろうと店から出て通りに出た。
すると、そこには。
風に飛ばされているとはとても思えないような等速直線運動で空中を移動するチケットらしき何か。
「待ってくれ、今日の飯代!」と絶叫しながら、鬼気迫る表情で、『身体強化』を展開してまで追いかける、先程飛鳥が『屑』と唾棄した店主らしき男性。
男性に道を譲りつつもじっと見守る……恐らく、ITレンズで撮影していると思しき野次馬。
「「なにこれ」」
思わず飛鳥と現海の声がハモったところで、更に男性を追っていたらしい青年が声をかけてきた。
「すみません!チケットを追いかけた男性は今どちらへ向かわれましたか!?」
「え、あっ、あっちです!」
その青年にもツッコミどころが満載すぎて逆に何も言葉が浮かばず、男性が走り去っていった方向を咄嗟に指した飛鳥にその青年は「助かる!ありがとう!」と軽く会釈をして走り去っていった。
……と思えば器用に後ろ向きで走って戻ってきては、「ああそうだ、自分は」と自己紹介をし始めた。
飛鳥は慌てて止めた。
「知ってるからいいですよ『国際魔術連合』桜乃さん!」
「何、なぜ『国際魔術連合』下っ端に過ぎない自分のことを!?」
「個人情報開示設定、見直した方がいいと思います!」
設定をどう間違えたのか、彼は所属、家族構成、本籍、名前の全てが丸見えになっていたのだ。ITレンズを誰でも身につけている今、桜乃がやっていることは社会の窓を全開にしているのと同程度に恥ずかしいことである。
飛鳥の指摘に、桜乃という青年は「ああっ!?戻せていなかったのか!ありがとう!」と快活に感謝を述べ、指をくるくると動かした。
「これで設定は元通りだな!ヨシっ!ではさらばだ!」
「って設定戻ってないしそっちじゃないですー!」
そう呼び止めたが、桜乃は聞こえていないのかそのまま遠くへ行ってしまった。
「行っちゃった……」
「あはは……」
呆然とした飛鳥に、現海は少し引き攣ったように苦笑していたが、やがて咳払いして飛鳥に向き直った。
「……現場は見れてよかったよ。お陰で分かったことがある」
「えっ、ホントですか!?あんなカオスな光景で何か掴める情報ありました!?」
「簡単なことさ。魔術の仕様を知ってさえいれば、誰でもわかる事だと思う」
なんでもないように、さらりとそう言ってのける現海に対し、飛鳥は目を爛々と輝かせた。
それとは対照的に現海は困ったように頭を掻きながら答えを言った。
「あれは『隠蔽』魔術では絶対ありえない。ましてや『風来』とかの物を吹き飛ばしたりするようなものでもない。なんなら魔術ですらない。『異常性』所有者の仕業だ」
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