3-2
こんにちは。
特に何もないです。
「匂坂さん?」
私の問いに、匂坂さん?は目を丸くして、ぽつりと呟いた。
「ほーん。『今回』の『七世飛鳥』は私のドッペルゲンガーまで把握してるんだ」
そこで私はやっと理解した。
この人は匂坂さんじゃない。
舞月憩……『匂坂憩』の元になった人。会長や識名さんが大切に想って、ずっと探して、心配していた『本物』だ。
『今回』とかよくわかんないこと言ってるし、私の名前も何故か知ってるけど。それでもこの人は、会長から見つけて欲しいと今年の春に頼まれた『舞月憩』さん本人で違いなかった。
「うわうわ、正史とは全然違うじゃん。何その面白そうなの。見逃したとか惜しいことしたなぁ」
舞月さんはヘラヘラとそんなことを宣った。
……どんな思いで、識名さんや会長が貴女を気にかけていたと思っているんですか……?
思わず拳に力が入る。
「舞月さん。なんでこんなとこいるんですか?」
でも、そんな怒りは、識名さんや会長がぶつけるべきで。
だから、怒ってない感じを装ってそんな質問をしてみた。
「なんでって、……まあ、ここにいるべきだから、とか?」
「はあ?」
こんな奇っ怪な空間にいなきゃいけない理由とか存在しうるの?
「舞月ちゃん。とりあえず識名ちゃんをなんとか回復させたいんだけど、なんかいい方法無いかな?」
こめかみに青筋をビキビキと立てる私とは対照的に、空くんは至って平静な様子で舞月さんにそう尋ねた。
そうだ。こんな人の心とか無さそうな人にキレてる場合じゃない。識名さんをなんとか助けないと。
空くんの質問に、舞月さんは私からあっさり視線を外して識名さんをじっと見た。
「……まったく。佳糸は凄いんだから、卑下するのやめて、自分を大切にすればいいのに。よっぽど無茶したんだなあ……」
……さっきまでとは雰囲気が違う……?
酷く寂しそうというか、悲しそうというか、切ない、遣る方無いような、愛おしそうな、そんな感情が綯い交ぜになったような顔で舞月さんは笑う。
「ちょっと寄るね?」
そう言って足早に駆け寄りながら懐から注射を取り出し、止める間もなく識名さんの腕に刺した。
「ちょっと!何してるんですか!?」
「血糖の注射だけど?」
「なんでそんなもの」
「佳糸は『今日』やってくる。それは分かってた。だから、必ず助けられるように準備はしてたよ。……現海くんと来ると思ってたのに、まさか君とは予想外だったけど」
しかも最奥、『アレ』を倒せちゃうなんてなぁ。
注射の中身が無くなったと同時に針を抜いた舞月さんは、天を仰ぎながらそう呟いた。
舞月さんの言葉は本当だったようで、識名さんは段々と血色よくなっていった。
……そんな感慨深そうになれるなら、さっきのヘラヘラは本当になんだったのか。
よく分からないけど、ウマが合わなそう。
どことなく気持ち悪さと違和感を抱きつつ、とりあえずは識名さんの容態が落ち着いたということでほっと一息ついた私。
舞月さんが再び私に視線を向けた。
「佳糸頼りでここまで来たんでしょ、君たち」
「……そうですけど?」
「私はここから離れられないから案内できない。つまり、君たちは佳糸が起きないと帰れないわけだ」
「はぁ。現海さんに連絡を取れたら何とかなりませんかね?」
「無理無理。電子機器ごときに次元とか越えられるわけないし。現海くんを呼べたとしても、彼は行きしななんて知らないから迷子になって時間がかかる」
「もう急ぐ理由はなくなったけど」
「七世飛鳥にとってはそうだろうね。でも、一人にとってはその『時間』こそ致命的だ。目標を達成するのに、時間の猶予はそこまで残されていない」
と今度は空くんへ視線を滑らせた。
「そうでしょーーー志瑞空」
「……なるほど」
「じゃあ、大人しく識名ちゃんが目を覚ますのを待つしかないね」と首肯する空くん。
『ようさん』を倒すのが空くんの目標のはずだけど、それが詰むってどういうことだろう。
「幸い、佳糸ももう少ししたら起きて歩けるくらい回復するし。ちょっと待とうよ」
「それは分かりました。でも、それはそれとしてなんとか現海さんと連絡取りたいなって」
「んーっと。どうしてそんなにこだわるの?」
「現海さん、絶対心配してるから……」
「ああ、」
その発想はなかったと言わんばかりに手で槌を打った舞月さんは、魔術式を展開した。
「ほら、『伝達』魔術だよ。現海くんと今から繋げる。私が近くにいることは黙っといてね?」
「は、はあ」
めっちゃあっさり繋げるじゃん。
でも舞月さんのことは内緒って何でかな。現海さんも顔見知りの先輩だから、舞月さんのこと心配してるはずなんだけど。
「言ったら即切るからね」
……本当にダメらしい。
わからず屋だなぁとため息をついて、私は「へいへい」と軽く返事をした。
少し待つと、舞月さんが顎で合図をした。現海さんと繋がったらしい。
「あー、もしもし?」
『……誰だ?こんな旧時代的な魔術を繋げてきやがって。オレ、忙しんだけど?』
現海さんの声が聞こえた。凄い、本当に繋がってる。『伝達』魔術ってこんななんだ。
じゃなくて、現況報告しなきゃ。なんかやさぐれてるし。威圧してくるし。余程疲れてるんだなぁ……。
「私です、七世飛鳥です」
『……えっ、七世さんだって!?』
そして名前を告げた瞬間に声色がとても明るくなった。
『ど、どこ行ってたんだ。すごく心配したんだよ?識名も志瑞もいないし、本当にどうしたらって不安で……』
「『歪み』って言ったら分かります?」
『……は?』
あ、声色が戻った。めっちゃ怒ってる。
『識名に変われ』
「識名さんは無理が祟って、今は回復のためお休みしてまして」
『……チッ』
しかも舌打ちした。ヒェ。
識名さんに怒ってるのが声だけでもヒシヒシと感じられた。
けど、現海さんは深くため息をついてから、どこか疲れたような声色で話を再開した。
『オレが迎えに行こうか。ごめんけど時間かかるよ?』
「あ、いや、大丈夫です。もうちょっとで帰れますから」
『そうか。気をつけて帰れよ』
「はい!」
『識名に言っといてくれ。帰ってきたら覚悟しとけって』
「はいっ」
『識名が逃げようとしたら、七世さんか志瑞がなんとしてでも連れてくるんだ。逃がしたり匿ったり庇ったりしたら……分かるよな?』
「……はい」
有無を言わせぬ現海さんの言葉に、私は思わず頷いた。
ごめんなさい識名さん。現海さんからの雷を覚悟しといてください。お達者で。
心の中で合掌していると通信が切れた。
「これで良し、と。うーん、暇だなぁ」
舞月さんが退屈そうに伸びをする。
空くんは識名さんが早く起きないか、といった様子で、普通の釘を識名さんの頬へツンツンしている。舞月さんの『間に合わない』という発言で焦りが少し出ているみたいだ。
……空くんがまだ私に打ち明けてくれていないことまで舞月さんが知っていそうなことに腹立つけど、空くん本人から聞きたいからそこは置いとく。
けど、この人から聞ける情報は沢山ありそうだから、この際に聞き出してしまおうか。
そう思い、私は沈黙を破った。
「舞月さん。『ここ』って結局なんなんですか?」
舞月さんは、よくぞ聞いてくれた、とばかりに含み笑いを浮かべた。
「『畢竟無』ーーー『異常性』などの影響で消えた者が流れ着く終着点」
「……」
まさかそんなハッキリと答えられると思ってなくて、私は思わず固まった。
空くんも、ツンツンしていた手を止めて舞月さんの方をキョトンと見ている。
舞月さんは別に動じる訳でもなく、懐から取り出した飴を差し出す。
「一つ、人類史の授業でもしてあげよう。こう見えても教師を目指していたこともあったんだ。飴でも舐めながら聞きなよ……あっと、」
この飴も、さっきの血糖の注射も、『黄泉竈食』には該当しないから安心してね?
そうおどけてみせた。




