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こんにちは。
今日から2章、3章続けて投稿しますのでよろしくお願いします。
喫茶店『ソーサリータクト』。
世界有数、五指に入るほどの経済力と独自の情報網を持つ舞月財閥が経営していて、実に100年を超える老舗だ。小洒落た雰囲気を醸し出していること、客が互いに様子が観察しにくい間取りや程よい音量のBGMも相俟って密談にはうってつけであることから客足が絶えない名店。
私も昔は常連だった。
『JoHN』の事務仕事の一環とか、外勤中の休憩だとか、『軍』で世話になった魔術師との雑談とか、単純に暇つぶしで入り浸ったりとか、『恩人』についての情報収集に至るまで、様々な用途でこの店を利用したし、とても便利なところだったと思う。
けれど、霧乃ちゃんが居なくなってから、自然とその足は遠のいた。
戦後処理で忙殺されたり、『JoHN』解散を決めてから事務仕事が激減したり、空くんが『恩人』と知った以上、態々他人から情報収集をする必要がなくなったりとか。
色々理由はあるけど、一番大きい理由はきっと、店を見るだけで霧乃ちゃんとの思い出が浮かんでしまうからだ。
あと、桜乃さん……霧乃ちゃんを殺した人のことまで思い出してしまうから。
だから、ここに来るのは半年振りくらい?本当はもっとかもしれない。
入店するとともにカランカランと小気味の良いベル音が鳴り、店員の女性が出迎えた。
ーーー元々居た男性は手癖のように指をクルクルしていた。それも今思えば、桜乃さんが魔術を使っていた仕草だったのかな。
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
「いや、先客が来てるはずなんだよね。その連れだよ」
「さようで。20代女性の、あちらの方でしょうか?」
「うん。えっと、……飛鳥ちゃん。マンゴーラッシーでいいかな?」
「え、あ、うん」
空くんに話しかけられて、昔を思い出していた私はハッとして頷いた。
散歩と言われて出かけたけど、ここまでずっと私は考え込んでしまっていて、まともに空くんと会話できてない。
空くんも散歩つまらなかっただろうに、機嫌を損ねた様子はなく、ただ私の様子を見守るのに徹している。
そんな彼は「そっか」とだけ頷いて店員さんへ視線を戻して、注文を続けた。
「それと麦茶をその席までお願いできるかい?」
「ご注文承りました。マンゴーラッシーと麦茶、それぞれ一点ずつでございますね。では、お席でごゆるりとお待ちくださいませ」
「よろしく。……ほら、飛鳥ちゃん。行くよ?」
空くんは私の手を軽く引いて、識名さんが待つ席へと向かう。
その席はだいぶ奥まったところで、やっぱり深刻な話をするんだなぁ、なんて思った。
識名さんは背筋を伸ばして、頼んだはずのコーヒーに手をつけることもなく、緊張したような面持ち、硬い表情でどこかあさっての方向を見ていた。
そんな彼女は私たちを視界に収めた途端、目を見開いて、驚いたようにガタン!と音を立てて立ち上がった。
暫く私たちをじっと見て、頬を軽くつねって、そこでやっと泣きそうな顔で微笑んだ。
「来てくれたんや……」
「うん。飛鳥ちゃんがどうしても行きたいって言うから、来てあげたよ。識名ちゃん」
「過程なんかどうでもええ。何を思ってここまで来たんかとかもいっそ気にせえへん。来てくれたってだけで嬉しくてたまらんのや。正直、来おへんと思っとったさかい」
……こんなに喜んでくれるとは全然思ってなかっただけに、豆鉄砲を食らった鳩のようになってしまったけど。
でも、識名さんがそう言ってくれるなら、来た甲斐があるというもの。
識名さんは「立ち話もなんや、座り座り。なんか注文したんか?うちの奢りでかまへんから、遠慮せず注文し!」と着席を促し、空くんが私の椅子をすっと引きながら「既にしたよ。有難くいただこうかな」と返す。
私たち二人が席について、マンゴーラッシーと麦茶も届いたところで、識名さんは口を開く。
なんとか、識名さんの言葉に耳を傾ける。
「ほんま、今日は来てくれてホンマにおおきにな。すごく、凄く嬉しいわ」
いや、別に大したことじゃ。
精々、私が散歩するにも理由を欲しがって、識名さんのお願い事を聞いたら、この悩みも何か変わるかなって思っただけなので。
私の返事に、空くんは少しだけ私をちらっと見て、すぐに視線を私から外した。
「チャットでは死ぬかもしれんとか色々言うたけど、何がなんでもあんたら二人は生きて帰すって約束する。安心してや」
そんな言葉に、思わず固くなる。
誰かを犠牲に生き残る。それも、今度は識名さんを犠牲に。
それじゃあ、私は何のために?
「ああ、ちゃうちゃう。無論、うちも死ぬつもりあらへん。うちには、うちなりに夢があるんや。死んだら叶えられへんから、何がなんでも生き残るで」
識名さんが慌てて弁解して、そこでようやく息を吸えた。
というか、呼吸を止めてたことに今気がついた。
「思ったより根深いわぁ。こういうの、周りがなんか言っても仕方あらへんし、結局、なんかのきっかけで自力で立ち直るんしかないんよ。人の心ってなかなかムズいねん。……せめて、今回のこの相談が、ショック療法になればええなあ」
困ったように頭を掻きながら苦笑いを浮かべた識名さんは、「ま、今は内容ちゃんと聞いとるってわかっただけマシや。ほな、そろそろ本題に入るで」と神妙な顔つきに変わった。
「どこでもないけどどこでもある場所。その言葉聞いた時、うちには心当たりがありすぎたわ」
「調と、霧乃と、うちと。この三人の『最強』が、正義の魔法使いごっこの一環で挑むはずやった『依頼』。調がドタキャンして、二人で挑んで、結果は霧乃もうちも命からがら敗走するだけで精一杯の大失敗」
「……そんなトラウマで、ずっと未解決の『依頼』。内容は、潮彩郡御城町の外れにある『謎の歪み』の調査」
「『謎の歪み』こそ『どこでもないけどどこでもある場所』。ーーーそして、今からあんたら二人についてきて、一緒に探索して欲しいとこなんや」
……識名さんと霧乃ちゃんが越えられなかった場所を、私と、空くんと、識名さんで突破したいということ。
私にそんなことできるんだろうか。
というか私は足手まといにならないかな。
あまりにも分不相応というか、誘うなら現海さんとか誘った方がいいんじゃ?
「現海はダメや」
「えっ、」
心を読まれた上に、現海さんの方がよっぽど戦えるのにダメな理由が全然分からない。
目を剥いた私に、識名さんは「顔に書いとるわ」とジト目になりつつ、理由を説明してくれた。
「たしかに強いで、現海は。七世よりも余程頼りになる。けどな、現海は『軍』の全権代行や。国を背負っとる。うち一人に命を賭けさせるなんてやったらアカンわ。クソな世界を少しでもマシにしようと忙しいんやから、その邪魔なんかできひんわ」
「むう……たしかに」
「それに、チャットでも言うたやろ。『JoHN』が解散しようと、何があろうと、霧乃は七世に想いを託した。せやから、あんたにこそ頼みたかったんや」
「それは、そうだけど……」
なんなら、その一文があったから、識名さんの相談に乗ろうと思ったまであるけど……霧乃ちゃんの代役なんて、気が重い。
「まあ、識名ちゃんの言いたいことはわかったよ」
今まで沈黙を貫いていた空くんが、頷いた。
「要するに、僕を『司書』ちゃん、飛鳥ちゃんを霧乃ちゃんと見立てて、もう一度そこの攻略の『やり直し』をしたいってことでしょ?」
「せやな。……七世、もしかして志瑞に何も説明しとらんのか?」
「……あ、」
そういやなんも説明してない。
思索に耽り過ぎて、説明を忘れてた……!
頭を抱える私を余所に、空くんが口を開いた。
「たしかに僕は飛鳥ちゃんからは識名ちゃんが待ってるから散歩の最後にここに寄ろう、としか言われてないよ。まあ、理由を聞こうにも聞けない状態なのはわかるでしょ?」
「あー……仕方あらへんな」
「ご、ごめんなさい」
フォローされた……。空くんに頼りっぱなしだ……。
「そんなことは置いといて。そういう考えなら僕は断るよ。飛鳥ちゃんが行ったとしても、決して僕は参加しない」
「えっ!?」
空くん来ないの!?
じゃあ余計に無理じゃん!
私がぎょっと目を剥く。識名さんは空くんを見つめる。
「……なんでや?珍しいやん、七世が死ぬかもしれんのに」
「いやあ。僕をよりによって『司書』ちゃんの代役にするなんて、識名ちゃんは面白い冗談を言うんだね。それならお望み通り『やり直し』……『再放送』にしてあげるよ」
「……」
そうだった、空くんは御厨さんと相性悪いんだった。
似ているとか言われるのも嫌なんだ……。
「それに、飛鳥ちゃんは飛鳥ちゃんで霧乃ちゃんは霧乃ちゃんなんだ。飛鳥ちゃんは霧乃ちゃんほどガチガチに覚悟ガンギマリじゃないんだよ。勝手に霧乃ちゃんの亡霊を背負わせないでくれない?」
「空くん……」
しかも私のことを庇ってくれてるし。
……うん。なんか突っ走りすぎたかなあ。今更ながら反省。
でも、識名さんが困ってそうだったし、助けたかったから仕方ない。
「考えが足りひんかったわ。確かにそうやな。ごめんやで」
識名さんは少し考え込んで、降参と言わんばかりに手をヒラヒラさせて謝った。
でも、藁にも縋るほど、切実そうに空くんを見ていた。
「でも、うち一人じゃどうしようもあらへん。どうしたらええんや?」
「さぁ?」
それに対して空くんのこのマイペースっぷり。
うーん、見習いたい。
識名さんもガックシと肩を落としている。
違いない、今彼女は『頼る相手を間違えた』と思ってる。昔の私がそうだったんだから違いない。
ただ、私の知る空くんの『さあ?』とは違い、今回は続きがあった。
「僕達に出来るのはせいぜい、野次馬しに一緒に入って、識名ちゃんとかとは何も関係ない第三勢力として横車を押して割り込んで、しっちゃかめっちゃかに戦況を掻き乱す。それぐらいだよ」
「空くん……!」
「……、それでええ!ホンマ、おおきに!」
遠回しな助太刀宣言。
本当に、空くんは優しいなあ。
識名さんも意味を読み解けたみたいで、凄く嬉しそうだ。
「とは言っても、僕達も、何も情報がないところに飛び込むほど命知らずじゃない」
「……」
空くんが続けた言葉に、一瞬だけ空気がしん、となる。
けど、多分、空くんが言いたいことは。
「そうだね、空くん。せめて、どっかに、なんかペラペラとその『歪み』とやらの説明とか、依頼内容とか、なんで霧乃ちゃんたちがそこに飛び込んだのかとか、色々喋ってくれる人がいたらいいのにねー」
「!そう、そうだね飛鳥ちゃん。そんな人がいれば、独り言でもなんでも、勝手に参考にするんだけどなー」
私が空くんの言葉を続けると、空くんは嬉しそうに私を見て、ちら、ちら、と識名さんを見ながらそう話す。
うんうん、合ってたようで何より。
識名さんはというと、ぽかんとした後、今度は泣きそうな顔なんかじゃなくて、少しおかしそうに、くすくすと笑った。
「なんや、それ。言われんでも話すで。独り言とかやなくて、あんたらにはちゃんと聞いて欲しいわ」
「あっそうなんだ」
「せや。……そろそろ時間やな」
そう言うと識名さんは席を立ち、私たちの分まで会計を終わらせた。
そして、私たちを手で招いた。
「ほな、行くで。実は『依頼』は明日までやねん。御城町は遠いから、向かいながら話したる」
識名さんの表情は、明るく見えた。
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