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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
一部五章『復讐者』
44/67

5-2

こんにちは。

今回は現海視点です。

プロット時点ではこんな背景無かったけど、書いてるうちに生えてきたものを、矛盾しないかだけ確認してからそのまま書きなぐってみました。

よろしくお願いします。

この世界は最悪だ。やりたい放題だ。


犯罪は横行して、真面目に生きると馬鹿を見るのが当たり前。人を踏み台にして嗤うことしか考えていない、性根の腐った輩が今日も今日とて高笑いしている。


現海が物心ついた時には既に孤児だった。

そうなるに至った経緯も知らない。ただ自分は『現海悠』という名前なのだと、そのことしか知らなかった。

荒廃したスラム街である八遠町で孤児は格好の的。実行犯として体良く利用されてはポイされたり、人体実験に使われたり、鬱憤を晴らす為のサンドバッグにされるのが常。

現海は泥水を啜って、ゴミを漁って生きてきた。


街も人も歪んでいる。化け物なんだ。だから誰も信じない。自分一人で生きていく。

こんな世界、大嫌いだ。消えてしまった方がいい。


そう思っていたある日のこと。

いつものように大人数人がかりでタコ殴りにあっていた。

どうも、コンビニの前で臭い煙草をスパスパ吸ってギャハハと煩かったから睨みつけたら、それが気に食わなかったらしい。

逆らったところで無駄だ。勝てっこないし、より殴られる回数と時間が増えるだけ。ただじっと耐え忍んでは、自分がこんな世界に生まれ落ちてきてしまったことを悔やみ、恨みを募らせるのみ。

今回もそのはずだった。


「大人数人がかりでガリガリの子ども殴るとか恥ずかしくない?」


突如、横から掛けられた言葉に男たちの手足は止まり、声の主を威嚇して見やったかと思えば、ハッとして、怯えるように蜘蛛の子を散らすように退散していった。


「はぁ。私が嫌いな大人の典型だね。街を一歩でただけでこれとは、頭が痛い」


呆れたように男が逃げ去った方向を見送った女は、現海に向き直って眉を下げて「ほら、立てる?」と手を差し伸べる。

その手を払いのけた現海は、ひとりでやっとの思いで立つ。骨が数本折れていそうだが、どうせ時間経過で治るのでお構い無しだ。

女はキョトンとした様子でそれを見ていたが、やがて「ふ、ふふ、ふふふふ」と笑いが込み上げてきたらしく、目を細くしていた。

何が面白いのか。こいつも人の不幸は蜜の味と思ってる連中なのか。

現海は呆れ気味にそれを観察していた。本当なら今すぐにでもこの場を後にしたいが、野生の勘と言うべきか、この女は一筋縄ではいかない、只者ではないと感じ取っていた。

ましてや今は手負いの身。背中をむやみやたらに向けるべきではない。


一頻り笑い終えた女はふぅ、と一息ついた後に「よし、」と呟いた。


「君、今から私の家族ね!」

「は?」

「私のことは……そうだなぁ、そーちゃん、とでも呼んでくれたらいいよ」

「いや、そういうことじゃねーし。なんでお前と家族なんかにならなきゃいけねーんだよ、このクソババア」

「あっははははは!やっぱ君面白いなぁ、本当に気に入った!でもそーちゃんと呼んでね!」


現海の暴言など何処吹く風、そーちゃんと名乗る女はやっぱり笑う。なんとも平和ボケした笑顔で、裏では何も企んでいないようにも見える。

そんな彼女が「でも、私と家族になるの嫌かぁ。そうなった時のメリットでも教えたらいいのかな?」とボソボソ呟いた後、何かを思いついたのか手槌を打った。


「そうだ!ねえ聞いて?私って魔法使いなんだよ」

「はぁ?」


魔術師のことなら知っている。

下衆ばかりの界隈で、見ていると一等嫌気が差す。

現海は顔を顰めたが、女は構わず続けた。


「だから、……ほら!指をひとつ鳴らせばこの通り!」


そう言いながら指を鳴らした瞬間、現海は目を瞠る。

全身の痛みが消え去ったのだ。

さっき折れた骨だけじゃない。数日前に作業中にできた切り傷とか、打撲痕とか、一般人から汚いと熱湯をかけられた火傷とか、ついには古傷まで綺麗さっぱり無くなっていた。


「……なんで、こんなことを?」

「ね?凄いでしょ?私ほどにはなれなくても、凄い魔術師になったら世の中、変えられるかもしれないよ?蔑んできたヤツも見返せると思うけど?私を利用するだけしたっていいんじゃないかなぁー?」


そう言いながらチラッチラッと現海の反応を気にする女は、どうもとんでもない物好きらしい。今までにいなかった類の人だ。


……こんなドブネズミを回復させて、恩を売り付けて。

一体何を企んでいるのやら。


「……たしかに、テメーを利用する方が賢い選択みたいだな」

「テメーじゃなくてそーちゃんね。でもその通りだよ、だから」

「回復できたしオサラバだな。じゃ」

「ってちょっとぉぉおおお!?」


結局、大人を信用しない、という金科玉条に従ってその場を後にしようと駆け出した現海。

しかし、ビタリ、と動きが止まってしまった。

まるで金縛りにあったかのようなソレを怪訝に思い確認すると、女が魔術式を展開し、自分の影にはどこにあったのかナイフが刺さっている。

どういうトリックかは知らないが、この女の仕業らしい。

魔法使いと言っていたから、恐らく魔術の一環だろう。

そうあたりをつけて、現海は思わず舌打ちをした。

これなら魔術の一つや二つ、身につけておくべきだったかもしれない。


こうまでされてしまうと抵抗の術はなく、ただ睨むことしかできない現海を女はあっさりさらっていったのだった。


☆☆☆


そーちゃんなる女は、変人だ。


何処の馬の骨ともしれない自分を引き取ったかと思えば、風呂に入れたり、温かい飯……それもえらく豪勢なものを寄越したり、自室を与えたりした。

屋根も壁も空調も寝床もあるし、服は上質なものが揃えられているし、様々な種類の本が本棚にぎっしりと詰まっている。果てには魔術についての教本まで。

更に、現海が一日中自販機に張り付いて、自販機の下から拾ってきた小銭の何千倍の額を小遣いとしてポンと渡してくる。


持ち逃げされるとは考えていないのか?平和ボケしているのか?


現海は訝しんだ。

『少年兵』として起用するとか、政治の道具にするとか、そういった可能性まで考えていたのに、いっそ感心するほどにこいつは裏の話を全くしないのだ。

やがて、警戒するだけ疲れると考えた現海は、頃合いを見て脱走した後の生活のためと貯金をしたり、本を読んで様々な知識を身につけたり、魔術を独学で始めたりした。

反抗と思われて殴られるならそれで構わない。こいつの本性が分かるだけだ。

そう思っていたのに、一向に手を出す気配はない。

それどころか


「将来のこと考えてんの?偉いじゃん」

「そんなことも知ってるんだ。物知りさんになったね」

「魔術始めた?ふふ、是非色んな魔術を覚えて欲しいな!人を殺すだけが魔術じゃないって知ってくれたら嬉しいや」


などと褒めたり背中を押したりする。

やっぱりこの女は変だ。人の足を引っ張るのが普通の人なのに。


そーちゃんなる女は、意外と頑固だ。


何がなんでも現海を学校に行かせようとする。

何度も断ったのに、最終的に無理やり学校に編入させられた。あったかどうか怪しい戸籍を捏造してまでだ。

どうやって戸籍を偽造したか聞けば「ちょちょいのちょいよ」とか言ってた。

そんな後ろめたいことをしてまでやることが一人ぽっちの孤児を学校に行かせるだけのことか。頑固すぎるだろ。


それだけじゃない。

編入させられてしまったならと今度は不登校を決め込んだ現海を、この女は部屋から引きずり出したのだ。

最初は何故か悲しそうにこちらを見ていたが、虐められている訳ではないと理解すると、襟首を引っ張ってとんでもない腕力と脚力ー恐らくは『身体強化』の魔術ーで現海を学校に叩き込んだ。現海が諦めて自分で登校するまで毎日だ。しつこすぎる。ほっとけばいいのに、なんなんだこの女。


更に、その後現海が本当にいじめを受けていると知るや否や、現海の制止も聞かずに学校に突撃して校長に直談判。

あっという間に『関わったらやべーやつ』として腫れ物扱いをされるようになってしまうと、今度は転校するぞと言い出して本当に転入手続きを済ませてしまった。

なんで赤の他人のためにそこまでするのか。解せない。


……そーちゃんなる女は、物好きだ。

ろくに言うことも聞かないクソガキであるオレを、飽きもせずよく撫でたり、柔らかく抱擁したり、褒めたり、でも時には諭したりした。

いつまで経っても『そーちゃん』ではなくババア、お前、テメーとばかり呼ばれるのに、律儀に返事しては毎回『そーちゃんと呼んでね』とケタケタ笑うのだ。


一緒に過ごしていると、嫌でもわかる。

こいつは、隠してこそいるが……多分、『軍』の全権代行サマだ。そして『跡継ぎ』を探していて、その『跡継ぎ』にオレを選んだのだろう。

こんな溝鼠みたいなオレを選ぶセンスが理解できない。

拾ったことを後悔してるから、いつまで経っても『跡継ぎ』についての話をしないんじゃないだろうか。実に真っ当な選択だと思うが、しかしそれならオレをまだ手放さない理由が分からない。


魔術は人並みに出来るようになった。金だってそこそこ貯まったから、今脱走しても暫くは困らない。色んな知識を身につけたから、真っ当に日銭を稼ぐこともできる。

そんなんだから、今追い出しても別に非難など浴びないだろうに。

……そう思うなら自分から逃げ出せばいいのに、ズルズルとここに居残っている自分にも驚いているが。


結論。そーちゃんなる女は、実に不可解だ。


そんな女と過ごして早幾年。

そろそろ高校に入るか入らないかという頃。


女が倒れたと報せが入った。


☆☆☆


病室へ入ると、女は、皺だらけの老婆の様相で病床に横たわっていた。

いつもの若々しい姿が嘘のようだ。いや、魔術で化かしていたのが倒れて余裕が無くなっただけで、これが素の姿なのかもしれないが。


「ああ、来てくれたんだ。ごめんね、受験で大事な時期なのに」


今は病人だというのに、女はまだこちらの心配をする。何故か謝ってくる。


「謝ってくんなババア。それよりとっとと帰ってこいよ。家主がいないと、オレみたいなロクデナシに家を荒らされるぞ?」


現海がいつもの調子でそう言ったが、いつもの決まり文句の『そーちゃんと呼んでね』という言葉は返ってこない。

ただ、少し寂しそうに眉を下げた。


「……ごめん、帰って来れないと思う」

「は?」


そして返された言葉は、今まで聞いたこともない弱音だった。

帰って来れない?あの、昨日までピンピンしてた女が?

そもそもなんでこんな嗄れたマジモンのババアになってんだ此奴は。

現海がぐるぐると考え込む中、老婆は神妙な顔で理由を語る。


「私は、今まで姿を誤魔化してたけど、既に110近い老人だよ。自分でわかるんだ。もうすぐ死ぬってね。はぁ、老い先短い女だけど、最後に子育てを経験できて楽しかった」

「……」

「ババアって最初呼ばれた時、驚いちゃったや。見破られたかと思った。まあそれはただの悪口だったんだけど」

「だからってそーちゃんは似合わねえだろ」

「でも、お前って呼ばれるのは寂しいし、母さんとか姉さんって呼ばせるのも申し訳なかったし、じゃあ渾名で呼ばせるしかないじゃん。あとは旧友からつけられた渾名で久しぶりに呼ばれたかっただけ」

「そうかよ……」


もうすぐ死ぬと思っているのに、全然取り乱すこともなく、むしろ「ずっと私のとこにいてくれてありがとうね」とお礼まで言ってくる女は、きっと馬鹿だ。

ただなんとなく、離れそびれただけ。そこになんの理由も愛も無いはずなのに、何も返してないのに、どうして感謝してくるんだ。


本当に死ぬのか、コイツは。

それがもし仮に本当なら。

……現海は、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「どうしてオレなんか拾ったんだよ。やっぱりろくでもない溝鼠だったろ、オレ」

「……」


現海からの問いに女は暫く黙り込んで彼を見つめていたが、やがて、口を開いた。


「悠はこの世界、どう思う?」


決まってる。

この世界は最悪だ。やりたい放題だ。

まるで生き地獄。真面目なやつが馬鹿を見る。生きたい奴は明日を見失って、死にたい奴は今日も息をする。

この女がアレコレしたからか、八遠町……元々スラム街だった生まれ故郷は、ちょっとはマシな街になった。その様子を現海は直に見てきた。

けれど、糞の掃き溜めみたいなところなんて他にも沢山あるし、八遠町が変わったからって他の街がガラリと変わるなんてこともない。

トータルで見れば、結局はクソのままなのだ。


「現実はクソ。そう思ってるんでしょ」


現海のドロドロとした、長年変わることない憎悪をピシャリと言い当てられ、彼は背筋を伸ばした。

ヤバい。『軍』なんかお人好し集団。裏を返せば世界が大好きで仕方ないというトンデモ宗教である。

よりによってそこの全権代行にこの内心を知られてしまったら。

だが、女は穏やかな表情を浮かべたままだった。


「そうして世界を憎んでいるから、私は君を拾った」

「ハッ、世界は素晴らしいですーって広めるためか?じゃあ教育失敗だったな、オレの心は変わんねーよ」


現海は鼻で笑ったが、女は頭を振った。


「ううん、逆。世界が大嫌いな人に、私は『軍』全権代行の跡を継いでほしい」

「はぁ?」


そんなことしたら、世界をぶっ壊されて終わりだろ。


現海の内心の困惑を読んだか、女は続けて補足した。


「正確には、世界が大嫌いで、絶望し尽くして、それでも心に消えない灯火がある人。……私はあの時、悠がそんな感じに見えたんだ」

「……」

「世界を好きなのはたしかに素晴らしいこと。けれど、強い光は逆に闇を覆い隠してしまうから。……闇を直視するなら、日陰くらいが丁度いいよね。だからね?世界を嫌ったって何も悪くないよ」

「……」

「だって、ほら。世界が大嫌いでも闇に染まらない人なら、きっと、このクソゲーみたいに理不尽な世界を、少しでもマシにしようと努力してくれるでしょ。私はそう信じてる」

「……」

「悠こそきっと、私が会いたいと願ってやまなかった『本命』の人。その心は、今だって変わらないよ」


現海は言葉を失った。


まさか、この思考を、現海のオリジンを認めてもらえるとは思っていなかったのだ。

やっと、やっと、現海悠という人の全てを認められているのだと、愛されているのだと、理解してしまった。

よりによって、この女ー講義で習った通りなら、『城月育』が本名のはずのこの女が、もうそろそろくたばるという時に。


「……っ、おい、」

「でもね、申し訳なくも思ったんだ。そんな私のエゴで、君の将来を決めちゃっていいのかなって」

「……は、」

「私はね。裏で生きざるを得なかったのを、色んな人が、引っ張りあげてくれた。けれど、好きな人と、一緒にいたかったから、好きな人の、願いを、叶えたかったから、好きな、人が嘆いた、世界を少しでもマシに、したかったから、裏に戻った。君にも、君の意思で、決めて、欲しいなぁ……」


女は段々、言葉が途切れ途切れになって、夢現といった様子になってきた。

起きろよ。頼むから。まだ言い足りないこと沢山あるんだから。

必死に、祈るように、女の手を握る。骨と皮しかない、ふとした拍子にポキリと骨が折れそうな弱々しい手を、折ってしまわないように。

握り返す力は酷く弱かった。

そして、祈り虚しく。


「悠。……幸せに、なってね」


そう言ったきり、女は返事しなくなって、呼吸を止めた。

指が解ける。

結局、現海は女のことを『そーちゃん』と呼んであげられなかった。

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