5-1
お久しぶりです。
ようやく、ようやく五年間でずっと書きたかった章に辿り着きました。
よろしくお願いします。
『JoHN』。
一世紀ほど前に、城月怜という歴史の教科書にも載るような偉人が設立したサークル型の魔術組織。その実態は同盟組織の『軍』や『陰成室』のパシリと人は噂しているが、飛鳥はそうは思わない。
『人を助けるのに理由など不要』という綺麗事を声高に宣言するこの組織は、なかなかどうしてお人好しが多い。現に、飛鳥の暗い出自など意に介することなく、気さくに話しかけてくれた。
富も権力も名声も求めない、ただ人を助けたいからそこにいる。
そんな在り方が、まるで『恩人』のようで……飛鳥は大好きだった。誇らしく思っていた。
でも、そんな『JoHN』……『決して嫌われない正義』だったものは、壊滅的被害を受けた。
『軍』の調べによると。
『国際魔術連合』への申請もなく、機能停止していたはずの『評議会』が侵攻を開始。桜坂市の周囲、『JoHN』本部周囲に『結界』魔術を張ることで『軍』『協会』からの救援や『JoHN』構成員の逃亡を阻害し、あくまで『JoHN』構成員だけを狙って攻撃していた。
『軍』はその『結界』の破壊を試みたが、通常ではありえないほど頑丈で壊せなかった。
『結界』が解除された後に至急現場に向かったが時既に遅し、本部は轟々と燃え盛っていた。
懸命な消火、救助活動も虚しく、全構成員のうち確実に無事なのは外に出張していた一割程度。他は遺体が見つかったり、連絡がつかず消息を絶っているものばかり。
……全権代行、城月霧乃も殉職者の一人である。
そのニュースが全世界に知れ渡った時の衝撃は凄まじく、未だ混乱、当惑、悲嘆の嵐である。
そんな中、飛鳥は霧乃との死別を悲しむ余裕もなく、ただひたすら敗戦処理や遺族への弔問、復興作業に追われている。
本当は、全権代行に相応しい人がすべきだと思う。ただの秘書がしていいことじゃない。
けれど、幹部は誰一人として連絡がつかない。飛鳥がよく仕事の話をしていた顔見知りも無惨な死体となって見つかっているような惨状。
組織の立て直しの為には中枢の仕事を僅かでも、間接的にでも把握している『代役』を急遽立てる必要があり、そこで白羽の矢が立ったのが、全権代行、城月霧乃の秘書を務めていた飛鳥だった。
皆は飛鳥が代わりに矢面に立つことに賛成し、協力的でいてくれる。霧乃と近しい立場なら、彼女の遺志を汲めるのでは、という期待を向けられてしまっては、飛鳥に断る選択肢などあろうはずもなく。
そうして始めた『全権代行』としての業務。
皮肉なことに、『陰成室』に行く前にと霧乃が強引に飛鳥にやらせた業務の経験が活きた。
お陰様で、ヒーコラ言いながら、現海や志瑞の協力もあって、なんとか仕事を片付けていく日々だ。
……けれど、着実に、飛鳥の心は磨り減っていた。
「はぁぁあああぁああ……」
あまりにも深いため息をついた飛鳥に、手伝ってくれていた現海が心配そうに彼女を見た。
「慣れない仕事で疲れたね。休憩入れよっか」
「あ、いえ、つい。すみません、集中しますから休憩しなくていいです。今休んでる暇はありませんし」
「七世さん……」
人の……それも現海さんがいるところでため息なんて情けない。
飛鳥が内心自戒しながら止まっていた手を再び動かせば、現海が呆れたように飛鳥に言葉をかけた。
「そんなこと言って、全然休んでないでしょ?心身を壊しちゃ元も子もないんだから、ちゃんと休むんだ」
「でも、」
「でもも何も、これじゃ効率よくないって。メリハリつけたほうが仕事は進むよ」
現海の言葉に、飛鳥は淡々と仕事を進めながら返した。
「そんなの分かってますよ」
「それなら、」
「でも、私……ただでさえ出来損ないだから。何倍も何十倍も何百倍……ううん、もっとかもしれませんけど。とにかく、沢山頑張らないと、霧乃ちゃんみたいになれません」
「……」
皆から期待されてる。皆の命、生活、未来を背負っている。酷く重く、鎖で雁字搦めにされているように感じる。
霧乃ちゃんは凄かった。何百もの部下をしっかりまとめてたし、全権代行として最期まで戦い抜いたんだ。
あんな立派な全権代行になれる気は到底しないけど、皆から乞われたのならば。
「七世さんって、全権代行、向いてないね」
頭の中でぐるぐると考え込んでいた飛鳥に、現海はそう言い放った。
何を今更、と聞き流した飛鳥だが、現海は構わず話し続ける。
「ああ、正確に言うと『全権代行』って立場が似合わないと思ったんだ。『全権代行』は良くも悪くも組織に縛られている。だからこそ『権力』『名声』を得られるし、それがないと果たせない目的がある人には天職だと思うんだ。けれど、七世さんは違う。むしろ『枷』にしかならないんじゃないか?」
「……」
分かりきってる。
『恩人』を追いかけられない今の立場は、あまりに窮屈だ。
でも仕方ないじゃん。皆が私にやって欲しいって言うんだから。
だから手を止めない。そんなことより仕事仕事。
「うーん駄目か。……そもそも、求められたからって絶対『全権代行』をやらなきゃいけないかな?七世さんにだって夢はあるのに、その夢を失くして、柄じゃないことやって神経すり減らしてまで、霧乃さんはその仕事をして欲しくないんじゃないかな」
それは……分からない。
けど、今生き残ってる面子で私が一番霧乃ちゃんと近しい立場だったのは本当だから。
それに霧乃ちゃんの一族が代々繋いできた組織だよ?せめて私が繋がなきゃ。
「一応言うけど、全権代行ってそんな大層な志はしてないよ?むしろ変人とか物好きとかばかりだから。霧乃さんは成り行きで引き継いだだけだし、御厨さんは白昼堂々と実験できる場所や歴史書とか資料が欲しいだけだし」
奇遇だ。本当に嫌な奇遇だが。飛鳥も成り行きだ。
でも、成り行きのリーダーでも霧乃は『JoHN』構成員から高い支持を、信頼関係を築いていた。御厨だって不気味さはあるが、それでも構成員は彼女をとても尊敬していた。
それに比べて、飛鳥はおんぶにだっこ。全権代行という座に、空に託せるものがない。
……そういえば、目の前の彼も最近『全権代行』になったとか聞いたような。
飛鳥の指先は止まった。
「……そういう現海さんはどうなんですか」
「あっ、やっと返事してくれた」
飛鳥がなんとなく口を開けば、現海は少し安堵したようにそう相槌を打った後に、少し苦笑いを浮かべた。
「オレは……なんというか、色々あったんだ」
「はぁ。そんなの霧乃ちゃんや御厨さんだって同じでしょうに。もっと具体的に言ってくださいよ」
飛鳥がそう言うと、彼は頭を掻く。
「仕方ない。少し自分語りしようか。あれは十数年前のこと」
「こんな仕事中に長話しないでくれません?」
「……」
飛鳥の精神的余裕のなさから来る心無い言葉が現海を直撃し、彼は閉口した。
否、少し苛ついた雰囲気を出したもののすぐに抑えた。
「分かった。じゃあ忙しい七世さんのために端的に言おう。オレは前任者に拾われた。『この世界のことをこの上なく憎んでいるオレを、全権代行を引き継がせたい』からだよ」
「えっ、なんて???」
あまりの情報量の多さに飛鳥の脳はパンクし、思わず顔を上げて聞き返した。
現海はニヤっと悪戯が成功したような顔をして、「だーかーら。オレがこの世界のことを大っ嫌いだから、そういう奴に全権代行をやらせたいと思ってた前任者が拾ってくれたんだって」と同じ説明を繰り返す。
「え、なんで……?」
この世界を大嫌いだった理由とか、前任者がそう考えていた理由とかを尋ねたかった飛鳥だが、現海はまだニヤニヤしている。
「うん、こうなるからちゃんと十数年前、全ての始まりから話をしようと思ったんだけどなぁ。さっき長話をするなって言われちゃったから……」
「あ……」
現海さんに八つ当たりしてどうする。
彼は『軍』での業務に加えて私を手伝ってくれている。どう考えても彼の方が多忙なのに、それでも私を心配して、色々言葉をかけてくれているというのに……なんということを。
やっと現海が怒っていることを理解した飛鳥は、酷く申し訳なくて頭を下げた。
「すみません、さっきの物言いは謝るから一から語ってくださいお願いします」
「うん、分かったよ、許す。じゃあ、あれは十数年前のこと……」
飛鳥の謝罪を快く受け取ってくれた現海は、早速自分語りを始めるのだった。
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