4−10
こんにちは。
今日で4章終わりですね。
「御厨、調……っ!」
まるで親の仇、怨敵を見た時のように、これでもかというほど怒りを滲ませながら、識名が彼女の名前を呼ぶ。
呼ばれた御厨は、「佳糸。久しぶりだね」となんて事ないように再会を喜んだ。
「何をノコノコとこんなとこにしゃしゃってきたんや。うちら忙しいねん。さっさ消えてくれへんか?」
「そんな、酷いじゃん。昔は『三人で最強』って笑いあってた仲なのに」
「その絆を踏み躙ったんはアンタや。今は友達でも何でもあらへん」
「ありゃ、振られちゃったや。じゃあ、行先くらい教えてくれても良くない?ほら、七世飛鳥や志瑞空は今日まで私のだからさぁ。無断で連れ出されるのは困るんだよ」
「そう言われて素直に答えると思うんか?」
識名から濃密な敵意と嫌悪をぶつけられても、御厨は平静……どころか、どこか少し嬉しそうに応対する。
御厨が識名に片思いしているような、もしくは識名の敵意が空回りしているような。そんな、どこか噛み合っていない印象だ。
本当に識名さん、御厨さんのこと嫌いなんだなぁ。やっぱり、昔からの知り合いなんだろうか?裏切り者とは?
正直気になる疑問だらけだが、それはさておきなんとか話を進めたい。
飛鳥が代わりに答えようと口を開くが、志瑞が手で飛鳥の口を塞いだのでモゴモゴと意味の無い音を出すのみに留まる。
何すんの?と志瑞を睨めば、志瑞は示指を口に当てるだけだった。
それはさておき。
会話に埒が明かない、と思ったのか御厨はすこし肩を竦めた。
「はぁ。教えてくれなくてもいいけどね。行先は察しがついているし」
「……」
無言で睨み続ける識名から視線を外した御厨は、飛鳥と志瑞の方を見やって少し思考に耽る。
数十秒ほど考え込んでいたかと思えば、ふぅ、と息をついて口を開いた。
「んー、まあ、いいよ?一日早いけど、契約は満了ってことにしてあげる」
「えっ、いいんですか!?わぁ、ありがとうございます!」
「『わぁ、ありがとうございます』ぅちゃうやろ!何感謝しよんねん、本来いらん契約やったんやコレは!」
破棄ならともかく、満了……つまり、『恩人』の情報を得られるなら渡りに船だ。喜色を顕にして飛鳥は礼を言った。識名からのお叱りなど馬の耳に念仏である。
「いやー。それほどでもあるね」
「そして何感謝の言葉を受け取っとんねん!」
「でも『司書』ちゃん。本当に良かったのかい?僕たちを新央市から出したら、君に『釘を刺す』こともあるかもしれないぜ?」
「うちの話聞けやコラ」という識名の訴えを他所に、御厨はまた不気味に笑う。
「ふふ、大丈夫だよ。だってもう間に合わないし」
「間に合わない?」
「やっぱり……っ!」
「へぇ?」
飛鳥は意図を理解できずこてんと首を傾げ、識名は何か思い当たる節があったのか御厨への視線がより厳しいものになり、志瑞はいたって平静を保っている。
「さてと。佳糸はどうやらお急ぎみたいだし、さっさとヒントをあげちゃおうかな。七世飛鳥、ちょっとこっちに」
「何で近づかなアカンねん。うちらにも聞こえるように言ったらええやん」
「こういうのは耳打ちにするから面白いのに、相変わらず佳糸はつまんな、じゃなかった、真面目さんだなぁ」
「つまらん女で結構や。調基準でおもろい女とか絶対ロクでもないで」
そんな軽口を叩き、御厨はやれやれと肩を竦めた。
「飛鳥ちゃん。君はこんなつまらない女になったらいけないからね?」
「……」
反応に困るなぁ。
識名さんも苦手だし、御厨さんも得体が知れない。
飛鳥は視線を一瞬彷徨わせ、「それよりヒントくれません?」と敢えて触れずに急かすことにした。
「ああ、それもそうだったね。ついうっかり。……じゃ、二つ教えてあげよう。君はどうもお馬鹿さんみたいだし、耳の穴をかっぽじって、人生を明るくして聞いてね!」
「はぁ……」
「一つ目。待ち人はいつだって、意外と近くにいるよ。なんなら、気づかないうちに再会、果たしちゃってるかもね?」
「……」
一つ目のヒントだけで結構候補が絞られた。そんな大ヒントをくれることに驚きながら、飛鳥は誰だろうかと考え込む。
だが、思考の隙を与えないように、御厨は矢継ぎ早に次のヒントを告げた。
「二つ目。再会の刻は近い。……けれど、後悔まみれの再会になるよ。再会が果たされた時、君は『知らなければよかった』って思うだろうね」
「後悔……?」
それが本当だとして、どれだけ残酷な再会になるのだろうか。
唾を飲み込む。そして、深く考える。
……思えば、今までの数カ月はとても濃かった。
101回目の土下座が上手くいって、大手を振って『恩人』を探しに行けるようになって、様々な物事や人に遭遇する中で色んなことを知った。
最初は胡散臭くていけすかなかった護衛の志瑞に対しても、愛着とか、信頼とか、そういった何かを抱くようになった。
たしかに、飛鳥の世界は拡がったのだ。
その結末、運命がどうなったとしても。
「後悔なんて、あるはずない」
気づけば、迷いは晴れていた。
『恩人』と再会を果たして、ついて行く時に志瑞や霧乃さん、現海さんをどうするのかとウダウダ悩んでいたが、そんなの全く私らしくない。
『恩人』も志瑞も霧乃さんも現海さんも私も、あとついでに識名さんも。一緒にいられるようにするだけでいいじゃないか。
飛鳥の答えを聞いて、御厨は満足そうに頷いた。
「そっか。……まあ、頑張れば?」
「はい。ありがとうございました」
「はいはい。挨拶もそこそこにさっさと行った方がいいと思うよ?二人とも先に行ってるし」
「えっ、嘘、やば!」
御厨の言葉に慌てて確認すれば、識名と志瑞は点にしか見えないほど遠くまで行ってしまっていた。
飛鳥が追いかけようと踵を返した時、「七世飛鳥!」と御厨に呼び止められ、振り返る。
「何ですか?」
「志瑞空に伝えてほしい言葉があるんだ。君にとっても為になるから、心して聞いて欲しい」
「いいですけど、急いでますし、なにより長文だと覚えきれませんよ?」
「ふふふ、大丈夫だよ。ニュアンスだけでも伝わればいい」
「はぁ。どんな言葉ですか?」
伝言を飛鳥が了承するやいなや。
「賽子を一つ振り、七を出すんだ。それが出来なければ、神に、運命に挑む資格はない」
御厨は、神妙な顔でそう言った。
☆☆☆
飛鳥が全力で走れば、すぐに二人に追いついた。
識名が『身体強化』の魔術を多重に展開し、志瑞は引き摺られている恰好。もしかしなくても志瑞の身体が卸金ですりおろされて死んでは復活して、また擦りおろされて死んでは復活のループになっている。
志瑞は平気そうにしているし、識名も気にする余裕など無さそうだが……御厨から『異常性』発動には『存在値』を大きく消費すると教わった以上、飛鳥にとっては肝が冷える光景だ。
見るに見かねて、飛鳥は口を開く。
「識名さん。志瑞は私が運ぶんで、こっちに寄越してください」
「ええんか?助かるわ。うちもさっきから心苦しかったんや」
そう言いながら識名がぶん投げた志瑞をしっかりキャッチして支え、俵を運ぶように横抱きにした。
「恥ずかしいんだけど、飛鳥ちゃん」
「ちんたら歩いてられへんからしゃーないやろ。引き摺られて大根おろしやらミンチやらなるよかマシな筈やんな。とにかく、喋ると舌噛むで」
志瑞の抗議に識名が反論するも、彼は無言。
様子を見れば、どうも舌を噛んで出血死して復活中らしい。
……?
「遅かったわ。これに懲りたら黙っとくんやで」
識名が呆れたようにそう声をかける。
飛鳥は僅かに覚えた違和感に蓋をして、識名に聞きたかったことをこの際に聞いてしまうことにした。
「識名さん、御厨さんと知り合いなんですか?」
そう問えば、ずしんと雰囲気が重くなった。
そこだけ重力が強くなったような、深海の底に沈んでしまったかのような、重く暗い空気が漂う。
しまった。聞かなきゃ良かった。
話の断片からでも、識名は御厨を憎んでいることなどよく分かることだったから、せめて別の誰かに聞けばよかった。
慌てて撤回しようと口を開いたが、識名がそれを制した。
「ええわ。なんで調を裏切り者って呼ぶか分からんと、警戒のしようもないやんな?さっきの『恩人』の情報の代わりに教えたる。あまり話してて楽しい事でもあらへんし、今はゆっくり話なんかできひんから、触りだけやで?」
「……はい」
静かにそう相槌を打った飛鳥に、識名は飛鳥と並走しながら語り始めた。
「うちと、霧乃と、調。昔は三人で一つの『最強』やったわ。ホンマ、桜坂市では負け知らずー言われてたんよ」
「……」
「ずっと、変わらず、うちらはこの街を守っていける。切磋琢磨して、あの綺麗な空の下、三人で笑い合える。……業腹なことに、うちはそう信じて止まなかったんや」
「……」
「けどな。調は裏切りおった。うちらも、故郷も捨て去って、自分だけ『最適な温度で生きていく』って笑っとったわ。うちと霧乃の破滅の運命を知っときながら、見捨てたんや。自分だけ逃げたんや」
「……」
「霧乃はなんや赦したらしいけどな。うちは、弱い女やから。凡人やから。許せそうにあれへんわ。どっちも親友失格やんな」
最後の方には識名の声は泣きそうに歪んで頼りなかった。
飛鳥も、いつの間にか起きていた志瑞も黙って聞いていたが、やがて桜坂市に到着する。
識名から聞いていた情報通りに桜坂市を囲う『結界』は、赤黒い何かがぐるぐると渦巻いているように見えて酷く不気味だ。
「頼むで、志瑞」
「これじゃ帰れないからね。『釘を刺す』よ」
やっと地に足をつけることが出来た志瑞が数回ほど釘を刺すと、たしかに結界は崩壊した。
そのまま足を踏み入れた一同は、あんな『結界』に囲まれていたというのに何の代わりもない街並みを駆け抜けた。
識名は酷く息を切らしているが、それでも速度を弛めることをせず。
やっとの思いで『JoHN』本部に到着すると、そこだけ明らかに異様であった。
最近改修工事があったはずの外壁はおろか、施設全体が瓦礫の山と化して燃え盛っている。
すぐ傍では現海率いる『軍』の精鋭部隊が全力で捜索や消火活動をしていた。
「は……、」
「……っ霧乃!返事せぇ!どっかおるんやろ!?」
目の前の光景が受け入れられずに思わず立ち尽くす飛鳥を後目に、識名が叫びながら周辺をまた奔走する。
燃えてる。轟々と。
崩れてる。ボロボロに。
どうして……?
飛鳥にとっては第二の居場所が呆気なく壊れた。
その場に居合わせることすら叶わなかった。
霧乃ちゃんが、なんとしてでも守りたかった場所……。
足に力が入らず、思わず頽れるのを志瑞が咄嗟に支えた。
だが、飛鳥はそれに構う余裕がなくなっていた。
「なんでよ!ここの人達はいい人ばかりで、絶対、こんな、燃えて、押しつぶされて、路頭に迷ったり、し、死んでいい人たちなんかじゃないのに!恨まれる覚えなんか無いのに!」
「飛鳥ちゃん。落ち着いて。なんとか逃げおおせた人達もいるかもしれないじゃないか」
「……っ分かってるけど!でも、一部はきっとここで仕事してたでしょ?!こんなの、全然正しい死に方じゃない!なんで『決して嫌われない正義』が燃やされるの?可笑しいでしょうが!!!」
飛鳥にはただ、ただ泣き叫ぶことしかできなかった。
そして、悪夢はまだ続く。
「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
識名の悲鳴。飛鳥がハッとして立ち上がり、不恰好な走り方で何回も転けそうになっては志瑞に支えられながら、必死に、必死にその悲鳴のところまで走る。
そして、なんとかそこの路地裏までたどり着くと、そこには。
「あ、あ……霧乃、ちゃん……?」
……霧乃が、全身から血を流して、ボロ雑巾のように力無く倒れていた。
次章、一部最終章です。お楽しみに。




