4−9
こんにちは。
土曜も月曜も出勤があるので、せっかくの連休なのに今日しか休めません。
レセ大変だなあ。
では、続きです。どうぞ。
高級プリンを巡って神経衰弱をするという茶番から五日後。
飛鳥と志瑞は予ての約束どおり、高級菓子店『Lacerta』を訪ねていた。
飛鳥にとっては意外な結果だ。
拒否権無いとは言ったものの、飛鳥はともかく、志瑞は沢山の業務を託されている都合上、約束を果たすことは難しいだろうと考えていた。第二の案として、飛鳥が代わりに購入することも検討していたのだが……まさか、本当に気合いで時間を作ってしまうとは。
あまりにも予想外だったから、「仕事を頼まれる度に釘でも刺したの?」と尋ねてしまったほどだ。
尚、そう言われた当人の彼は「僕に対してその言い草は酷いなぁ」と珍しく眉を下げていた。
なんかごめんなさい。
少し申し訳なくなった飛鳥が謝れば、志瑞は「まったくだよ」なんて言って笑う。
「それじゃあ甘すぎる。どうも人の休みを奪ってまで恨まれたいらしいから、お望み通り藁人形みたいにしてあげるぐらいでいいのさ」
「なおタチが悪いわ。私の謝罪を返して」
飛鳥は胸中で彼への評価を斜め下に更新した。
それはおいといて。
ここ、『Lacerta』はパン工房、ケーキの販売、そして店内飲食の三つのブースに分かれている。高級とはいうものの高給取りが多い魔術師界隈にはリーズナブルな価格帯であり、時々霧乃や現海が差し入れやオヤツに買ってきては部下に配るという話もよく耳にする。
飛鳥もそのおこぼれに与ったことはあるが、実際に店に入るのは初めて。
ステンド入りのナラ材の扉を開ければ、小気味よくカランカランとベルが鳴って客の入店を知らせる。
吹き抜けの天井、梁にステンド入りのランタンが点在し、窓や席の仕切りにもこれまたステンドガラスが使われている。
黒板に色とりどりのチョークでおすすめのメニューが書かれていて、ポップな字体をしている。耳をすませばクラシック音楽が鼓膜を緩やかに刺激してくるのだ。なんともまあ小洒落た雰囲気の店であり、デートにはうってつけのスポットだと感じる有様だった。
というか、これは本当にデートスポットなのでは?
いや、だって、なんかやたらめったら男女の二人組が多いし。目に見えてわかるほどイチャイチャしてるし。メニューはやたら二人用を推してくるし。
……うん。気にしないようにしよっと。
飛鳥の判断は早かった。
『恩人』と恋愛関係になれたらここに来てみたいなぁとぼんやり考えていると、志瑞がいつの間にか注文したのか、件のプリンが運ばれてくる。
飛鳥は皿を近くまで寄せて、プリンをいざ一口含み、そして目を瞠る。
何これ。甘いだけじゃなくて、卵の深みと焦がしカラメルのほろ苦さが舌の上で喧嘩して、最後には仲直りする。滑らかすぎて飲み込むのがとてつもなく惜しい。
たかがプリン、されどプリン。
『人生で何度も食べられる味じゃない』なんて、そんな大袈裟な言葉が良く似合う。
たしかにこのプリンを巡ってなら、戦争でもなんでも起きる。先日の一条と志瑞の茶番だって、お遊びではなく『戦争』だったのだろう。
いや、戦争云々は流石に嘘。
あまりもの美味しさに正気を失っていたが、何とか我に返った飛鳥はふと志瑞を見た。
彼はプリンに手をつけることもなく、頬杖をついて、なんとも微笑ましそうに飛鳥をただ眺めていた。
「……何見てんの?」
そう尋ねれば、志瑞はその表情を変えることなく「とても美味しそうに食べるなぁって」と答えた。
「まあ、たしかにすごく美味しいけど。志瑞も食べたら?」
「そのつもりだったけど、飛鳥ちゃん見てたらお腹いっぱいになっちゃったから。ほら、僕の分も食べなよ」
「はぁ?ただ見てるだけで楽しいの?」
「飛鳥ちゃんの事見てるから楽しいんだよ」
志瑞はなおもニコニコしてそう応える。
じゃあ、言葉に甘えようかな?
徐に彼の分のプリンを手元に寄せ、本当にいいんだよね?という確認の意味を込めて志瑞を再度見る。彼は依然として微笑ましそうに飛鳥を見つめるだけだ。
その視線を、愛情をどう受け止めたらいいのか分からないながらも、それが今日で終わってしまうことが悔やまれる。
そう。御厨との契約期間はあっという間なもので、いよいよ明日に彼女から『恩人』の情報を教えて貰える手筈になっている。
二つも情報をくれるらしい。最大の三つまではいかなかったが、『恩人』が『男』だということをしれたのもまた収穫。実質三つ得たようなものなので、特に問題はなかった。
そして『JoHN』に帰投すればまた多忙な日々。志瑞とゆっくり過ごす時間は暫くないだろう。
『恩人』を見つけてしまえば、もっと少なくなる。
前まではさっさと見つけてやると意気込んでいたが、いざもうすぐ会えると思うと、やれ霧乃は、やれ現海は、やれ志瑞はと色んな顔が浮かんできてしまって、躊躇が生まれていた。
志瑞の顔が浮かぶとは、だいぶ絆されたものだ。
我ながらそう思う。
穏やかで、どこか名残惜しい。そんな中、ただただゆったりと時間が流れるのに身を任せている志瑞と飛鳥……だったが。
「おったーーーーーーー!どこほっつき歩いて何イチャイチャしよんねんおどれらはァァァァァァァァァ!!!!」
突然の罵声にぎょっとして飛鳥が見れば、そこには仁王立ち、口を尖らせて目を逆三角にした識名の姿が。
「ゲっ!」
「ゲっ!……ってなんやねん!失礼なやっちゃな!うちがここおったらアカンのか!?」
「……」
「無言で仰け反るな、このアホンダラ!なんや、識名菌でもあるんか?じゃあ全力でうつしたるから表出ろィ!」
「はァ。毎週金曜の昼間は飛鳥ちゃんとのデートと洒落込む時間と決めているんだけど。何、識名ちゃん。飛鳥ちゃんがプリンを食べる手を止めてまで、僕に聞いて欲しい話があるのかい?」
「志瑞も志瑞で何ホイホイ七世にくっついとんねん。金魚のフンなんか?」
「それもあるけど、霧乃ちゃんからちゃんと許可は得てるけど……」
「金魚のフンくらい否定せェ!」
「おや、随分と元気そうじゃないか。大丈夫、識名菌はそんなことで飛散したりしないよ」
「そこも否定せェ!自分で言うてて悲しくなるやろ!」
そこまで言い切った識名はぜぇ、ぜぇと息を荒らげて飛鳥の相席に腰掛けた。
尚、識名が騒ぐのを周りの客が疎ましそうに見ていたが、彼女に注意しようと寄ってきた客に「あー、すまんかったわ。今後は静かに会話するから堪忍してや。ほれ、これやるから適当に配るんやで」と札束を雑に渡せば、周りは鎮まった。
金の力ってすごい。
それはさておき。
「何が悲しゅうてウチはいっちゃん嫌いなクソアマんとこに出張らなあかんねん……はぁ……」
そう嘆いてはため息をつく識名は、はっと何かを思い出したように「せや」と呟いて飛鳥に視線をやった。
「七世。なんで新央なんかにおるん?『陰成室』本部とか一番用ないやろ」
「それは、『恩人』の情報が欲しくって」
「まあ、それは前々から言うとったな。そんで?」
「『預言者』なら何かわかるかもって聞いたから、その『預言者』にアポイントを取ってもらって、」
「ちょい待てや」
『預言者』という言葉を聞いた瞬間、苦汁をなめたような顔で識名は飛鳥の話をとめた。
「その『預言者』云々は誰から聞いたんや?」
「えっ、桜乃さんですけど」
「はぁ?桜乃ォ?なんでアイツが調のこと知っとんねん。クッソあの男、いらんことしおってからに……」
そしてそのまま尋ねられた質問に飛鳥が素直に答えると、さらに顔を歪めてブツブツと文句を言い出した。
今回の件で色々得たものも多いのを『いらんこと』呼ばわりされてムッと来た飛鳥は、負けじと反論する。
「仕事ではなく個人の伝だって聞きましたよ。個人間のつながりで別に何しようが勝手でしょ?」
「それはそうやけど、『国際魔術連合』ともあろう魔術師がソレはアカンねん。いつも公平、私情を入れるのはタブーやで」
「う、」
「よしんばそれは許すとしても、会って数回の奴からの情報を信じるとか能天気やな。脳内お花畑なことに変わりは無いようである意味ホッとしたわ」
「で、でも!桜乃さんは私の為に『預言者』……御厨さんのこと教えてくれたんですよ?だから、私もそれを信用して、」
識名の正論パンチ。飛鳥は圧倒的不利だがそれでも言い返した。
そしてそれを、識名は嘲るように鼻で笑った。
「ふん。『国際魔術連合』ですら経歴を洗えない桜乃のどこを信用したらええの?教えて欲しいわ」
「えっ、」
あの『国際魔術連合』が経歴を確認できていない……?
全ての魔術師の功罪や経歴、所属などを管理しているのに……?
「そんなことありえます?」
「そんなん言われても、うちらにも全然わからんのは事実や。にしても……個人の伝で調と連絡がついて、しかもアポイントが取れるんか……?うちも霧乃も基本的に連絡つかんのに。なんか腹立つし、きな臭いやっちゃな」
飛鳥の呟きに識名はそう言い返し、またブツブツと考え事をし始める。
本題は何なんだろう?
飛鳥が首を傾げつつ見守っていたところ、志瑞が「あのさぁ、識名ちゃん」と切り出した。
「僕も飛鳥ちゃんも、君の考え事を待てるほど暇じゃないんだよね。識名ちゃんも急ぎの用事なんでしょ?さっさと話を進めようぜ」
志瑞の言葉に識名はハッとした表情を浮かべた。
「せや、たしかに桜乃とか今はどうでもええわ」
桜乃さんについて突っ込んできたのは識名さんが先だったと思うけど。
飛鳥はジト目で識名を見たが、しかしここで茶々を入れてしまえばまた話が逸れる。さっさと話を終わらせて目の前のプリンに集中したかったので、口を噤んだ。
識名はそんな飛鳥の内心などいざ知らず、深刻そうに眉間に皺を寄せている。
「霧乃と、連絡がつかんの」
「えっ、ついにブロックされたんですか?」
「遂にってなんや、うちの事どない思っとんねん。はっ倒されたいんか?」
「識名ちゃん、どうどう。ひっひっふー」
「うち馬でも妊婦でもあらへんわ!だああああもう、話進めたいなら、すぐ話の腰折らんでくれへん!?」
それもそうだ。飛鳥は再度口にチャックをした。
それを確認した識名は、一つ咳払いをして続きを話した。
「現海も連絡がつかんらしい。親友のうちだけじゃなく、彼までブロックはありえへんわ。調じゃあらへんし」
「……」
「そんでな?部下に偵察を頼んだんよ。したらな、桜坂市周囲に『結界』が貼られとる。誰も立ち入れんし、誰も出てくる気配があらへん」
「その『結界』を壊せばいいじゃないですか」
「当然そうしたで?でも、どうやっても壊せんのや。間違いなく『異常性』が適用されとる。それも強力な類……『決意』かもしれへん」
「なるほど。それで僕に『なかったこと』にして欲しいわけだ」
志瑞の言葉に識名が「そういうことや。なんとか着てくれへん?」と頭を下げる。至って平静を装っているが、その実酷く焦燥しているのか、身体が震えているのが分かる。
飛鳥も霧乃のことは心配だし、なんとか向かいたい。無論、志瑞も連れてだ。
だが、しかし。
「行きたいのは山々なんですけど……契約期間が今日までなので、明日じゃダメですか?その、御厨さんと約束してて」
「調と?はん。そんな契約破ったらええやん。アイツは裏切り者なんやから何も変わらんわ」
「……」
「なんかあってもうちが補填したる。アレやろ、『恩人』について教えてもらう契約やろ?うちも『恩人』くんのことは知っとるからな。正直教える気サラサラなかったんやけど、緊急事態やし。よっぽど確実な情報やるわ。『預言者』気取ってる自己中の赤の他人とこれでもトップシェア誇る情報屋やってる知人、どっちがええ?」
「……そりゃあ、後者になりますけど」
飛鳥がそう答えると「ほなら今すぐ桜坂市向かうで!」と腕を引く。
「えっちょっと待ってください!せめて御厨さんに挨拶を」
「いらんいらんそんなん。部下にうち名義で言伝でも頼んどくわ」
やたら強引に腕を引っ張る識名。
飛鳥も負けじと踏ん張るが、火事場の馬鹿力なのか識名に段々と引きずられていく。志瑞はトコトコとついて行くだけだ。会計を済ませて、店の外まで来てしまった。
「ほな、さっさ行くで!霧乃をた」
「何処に行くって?」
そして、背後からかけられた声に一同がハッとする。
振り向けば、そこには御厨が笑みを浮かべて佇んでいた。
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