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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
一部四章『預言者』
40/67

4−8

こんにちは。

昨日は楽しかったです。

最近、月日が経つのが異様に早く感じます。


では、どうぞ。

『陰成室』に来てから早三週間。

魔術を覚えてからというもの、任される仕事が少し増えて、程よく忙しくなってきたこの頃。

今日もいつものように頼まれた仕事をこなしていた飛鳥が廊下を移動していると、通りかかった研究室から話し声がして立ち止まる。

なんてことは無い世間話、雑談、井戸端会議。ところどころ専門用語は使われているが、聞き取った内容から、どうやら『異常性』を魔術で再現できないか、という検証をしているようだと推測した。

こうして小耳に挟んだだけで大体理解できるようになった自身の成長が嬉しくも、しかし立ち止まったのは単に会話を聞くためだけではない。

ここ数週間会えていない護衛、志瑞空の声が交じっていたからだ。


「……志瑞さん。お話があります」

「断る」

「この勝負、引き分けにしませんか?あの、ほら。プリンは二人分、また購入してきますから」

「嫌だね」

「勿論、先程のことは謝罪します。申し訳ありませんでした。なんだったら、『司書』様に口添えして、貴方がたにより有利にことが動くよう手配しましょう」

「もう遅い」


飛鳥は聞こえてきた会話に眉を顰めた。

どうもプリンが原因で揉めているらしいが、何とも大人気のない。たかがプリンで志瑞は人に『釘を刺す』つもりなのだろうか?あまりにも罰が重すぎるのでは?


いやいや、落ち着こう七世飛鳥。早とちりは良くない。もしかしたら『釘を刺す』つもりがないかもしれない。そうだ、あまりにも信用出来ない御厨が全権代行とはいえ『JoHN』同盟組織。そんなところに喧嘩を売るはずがない。何か考えがあってー。


飛鳥がそう自分に言い聞かせる間に会話は進む。


「っ、堪忍してください……私が悪かったです……」

「僕は悪くない」


……にしても、しつこい。さっさと謝罪を受け入れたらいいのに、どれだけプリンに執着してるんだ、うちの護衛は。


飛鳥が半ば呆れながら静かに聞き入っていると、志瑞は大きな声で言葉を発した。


「急ぐんだ!但し、今なら特別に赤白帽子のみ着用を認め」

「って他人様に何してんの!?」


あまりにも聞き捨てならない台詞に、飛鳥は気がついたら研究室の扉を蹴破って、手刀を志瑞に叩き込む。

咄嗟のことで受け身も回避もできなかった志瑞の頭蓋骨が陥没して力無く倒れるが、すぐに頭から噴水のように血を噴き出しながらユラリユラリと立ち上がった。


「飛鳥ちゃん、久しぶりだね。唐突にどうしたの?」

「唐突も何も、アンタがなんか如何わしいこと言ってたから、私が何とかとめないとって」

「?」


そして飛鳥の姿を見るなり、そう尋ねてきた志瑞。飛鳥が素直に返答したが、彼は全く心当たりがないと言わんばかりにキョトンとしている。

何すっとぼけてるんだろうか。自分の胸に聞いて欲しい。

本当は口からその言葉を出すのでさえ飛鳥には憚られるが、埒が明かないから勇気を振り絞った。


「だって、負けたら赤白帽子だけ着用を認めるって、まるで脱衣麻雀とかして脱がせてたってことじゃ」

「……えっと、違うよ?」


まだすっとぼけるか!

「そんな訳ないでしょ?周りを見たら誰だって、」と口早に否定をしようとした飛鳥は、そこでようやく周囲の状況を認識した。

テーブルに散乱したトランプカード。

『陰成室』の制服をピッシリ着ている、脱がされた形跡皆無の恰好の女魔術師。

同じく、いつも通り『JoHN』の制服をアシンメトリーにして着こなしている志瑞。

どこからどうみても、『神経衰弱』で遊んでいる男女二人だった。


とんでもない思い違いに気づき、顔が酷く熱くなる。

すごく恥ずかしい。ただの早合点でなんとはしたない妄想をしてしまったんだろう。穴があったら入りたいとはこの事か……。


「……うん、誰だって『神経衰弱』で遊んでるだけって思います……ゴメンナサイ……お邪魔しました……」

「いやいやいやいや、謝らなくていいから!むしろ乱入してくれてありがとうって言うか!」


どこかに消えてしまいたくて、研究室から出ようと踵を返した飛鳥の手を取ったのは、なぜか女魔術師の方だった。

切羽詰まった表情で縋ってくるが、飛鳥にとってはそれどころでは無い。

それよりも、さっさとこの部屋からおさらばして毛布にくるまって芋虫にでもなりたい。

そんな一心で振り払ったが。


「うっわ力強っ!じゃなくて、いやだ、待って、一生のお願い!飛鳥ちゃんいなくならないで!後生だから!一緒に志瑞くんを説得しよう?!ねぇ!?」


と、今度は足に縋り付いてくる。

言ってる意味は分からないが、このまま引き摺って帰るのもよろしくない。待つだけでいいなら、少し話を聞くだけ聞いて失礼しよう、そうしよう。

渋々足を止めた飛鳥に、更に言葉が投げ掛けられた。


「良かった、止まってくれた!本当にお願い、このままだと本当に脱衣麻雀ならぬ脱衣神経衰弱になっちゃう!」

「……えっと、どういうこと?」


そして、やっぱり言ってる意味が理解しきれずにフリーズした飛鳥に、女魔術師は事情を簡潔に説明し始めた。


事の発端は、志瑞が高級プリンを購入して食堂の冷蔵庫に保管したこと。

いつでもどこでも不運に見舞われる体質の彼は、今日珍しく、誰に絡まれるでも不幸な事故に遭うでもなく、無傷で持ち帰ることが出来たことに感激していた。

彼が『呵責』の『異常性』で蘇生できるとしても、荷物は別の話。ましてやプリンを形を崩すことなく持ち帰るのは奇跡に等しいことだ。

大事に保管して、後でしっかり味わって食べよう。

そう考えた彼は、勿論名前をはっきりくっきり書き記してから冷蔵保管をしていたが……それを、この女魔術師、一条が食べてしまったのだ!


……この時点で一条が悪いし、そこからどうして神経衰弱になってしまったのか甚だ疑問だが、飛鳥は黙って続きを聞くことにした。


さてさて。幸か不幸か、その現場を目撃してしまった志瑞は、いつもの笑顔に珍しく青筋を立てた。邪智暴虐たる一条を許してはおけぬ。

しかし、腐っても同盟組織。間違っても『釘刺し』になどできようはずもない。

どう処分してくれようかと頭を悩ませた彼に、なぜか謝罪どころか開き直ってしまった一条は『神経衰弱』の結果で決めようと言い出した。志瑞が勝てば一条は弁償するし、一条が勝てば志瑞は泣き寝入りである。


いや謝れよ。

更に一条への好感度が下がる飛鳥だが、話はここでは終わらない。


この勝負、志瑞も何をとち狂ったか乗ってしまった。

ただ、流石にこれではあまりにも志瑞にメリットがない。なので、彼は条件を付け足したのだ。

手ぶらジーンズの恰好でプリンを買いに行け、と。


「変態だー!?」


なんということでしょう。下がりに下がりまくった一条への好感度が、相対的にぐぐっと上昇したではありませんか!……それでも低いことに変わりはないのだが。


それは一旦置いておいて。

ルールは至ってシンプル。ただの神経衰弱だ。

強いて相違点を挙げるならば『ジョーカー』2枚を揃えたらポイントをひっくり返す、ということくらいだ。

とはいってもそんなのはミスディレクション。ジョーカーはどのカードともペアにできる都合上、ジョーカー2枚が揃うなんてことは滅多に起こらない。

そしていざ始まった試合。一条が自分にだけわかる目印をつけたり、それに対抗して志瑞も違う規格の釘を刺すなど工夫したりと序盤は順調だった。

が、イカサマが禁止になってからは、志瑞はてんで揃えられなくなった。


「……?じゃあ、脱がなくてもいいじゃないですか?」

「そのはずだったけど、今、負けそうなんだよぉ……」

「はぁ?何でまた」

「ジョーカー、まだ二枚残ってるんだよぉ……」

「……っ!」


一条の言葉に、飛鳥はハッとしてテーブルの上を見る。

積み上がっているトランプの枚数は圧倒的に一条側が多い。場に残っているのは四枚。そのうち二枚がジョーカー。


「ジョーカーじゃないやつ、どれか覚えてないんですか?」

「全然……」


飛鳥の問に横へ頭を振る一条。

その言葉が真であれば、ジョーカーを2枚揃えてしまう確率は1/6。

2割弱ほどの確率で一条は敗北確定、手ぶらジーンズで高級菓子店へ出向いて社会的死を無事に迎えることになる。


……ああ、だからあんな命乞いをしてたのか……。


いと哀れなり。だが、話を最後まで聞いても自業自得という言葉が脳裏から離れない。最初から謝れば良かったのに、よりによって『負け戦なら百戦錬磨』な志瑞に喧嘩を売るからこうなるんだ。

しかし、と発想を転換する。

手ぶらジーンズを女性に強要する男性が懐刀というポジションにいる魔術組織。

……嫌すぎる。あまりにも風聞が悪い。

はぁ。深くため息をついて、飛鳥は志瑞に向き直った。


「なんでそんなにプリンに拘ってんの?」

「それは、」


飛鳥の問に少し言葉を詰まらせた志瑞は、若干照れくさそうに答えた。


「……それは、せっかく、僕としては珍しく、ちゃんとプリンを持って帰れたから。二人で一緒に食べたかったんだ」

「……え、誰と?」

「飛鳥ちゃん以外に誰がいるのさ?」


そう言ってはにかむ志瑞に、飛鳥は別の意味で顔が熱くなった。


……本当、一体全体、どうして彼は、いつも胡散臭いくせに、ここまで真っ直ぐな好意を飛鳥にぶつけるのだろう。

そんなことをされたって、飛鳥は『恩人』にのみ尽くすと決めているのに。

どう受け止めたらいいのか、さっぱり分からないじゃないか。本当に困った人だ。

この調子だと、『恩人』を見つけてついて行く、その時がきたとして、志瑞に対して割り切れるだろうか……。


あー。もう。

飛鳥はまたため息をついて口を開いた。


「今週末、時間作れる?」

「え?」

「その高級菓子店に一緒に行って、プリンでもなんでも一緒に食べるよ。それでこの話はチャラ。手ぶらジーンズも弁償も特にしなくていいってことで」

「……」


飛鳥からの誘いに志瑞が呆けていた。


「質問ない?はい決まり。拒否権ないから、暇な時間もぎ取ってきてよね!」


飛鳥はそれをいい事に話を進め、一条に視線を向けた。


「そういうわけで一条さん。帰って大丈夫ですよ。これに懲りたら喧嘩を売る相手は考えてくださいね」


それだけ言ってしっしっと追い払う仕草をすれば、一条はいたく感激したように、込み上げた涙をダバダバと流しながら「ありがどおおおおおお!持つべきは第三者ぁぁぁぁ!」と去っていった。


「それを言うなら持つべきは友でしょ……」


一条を見送りながらも一息ついた飛鳥が再度志瑞を見れば、彼は彼でいつにも増してニマニマしている。


「……なによ、そんなに嬉しいわけ?」

「勿論!」

「……あっ、そ」


わかりきった質問だったのに、聞くんじゃなかった。おかげでまた顔が火照ってきてしまった。

少し後悔して、飛鳥はふと思い当たる。


「……志瑞。一つ聞いてもいい?」

「どうしたの?飛鳥ちゃん」

「あのまま神経衰弱をしてたら、どっちが勝ってた?」


そう。変なのだ。

志瑞は『負け戦なら百戦錬磨』と称される実力者。『試合に負けて戦いに勝つ』を地で行くタイプだ。

その根本こそ彼の『異常性』、『呵責』。

『負』を集めて『負』の力を操るのが本質であり、だからこそ彼は何をしていても不幸、不運である。

そんな彼が、果たして、そんな都合よく、勝利条件である『ジョーカーのペア』を作れるだろうか?

いや、もしかすると。


「そもそも、あの4枚のトランプにジョーカーはあるの?」

「……」


飛鳥の指摘に、志瑞は薄ら笑いを浮べた。


「週末は楽しみにしてるよ。詳細は後でチャットで送る。じゃ、仕事があるから。またね」


そしてそのまま、飛鳥に背を向けてスキップのような足取りで去っていった。

志瑞がいたところにはジョーカー二枚が落ちている。釘刺しになった痕は全くない。


……彼は、一条の心が折れるのも、必要以上に追い詰めたのも、飛鳥が乱入して話を一段落させることも、全て想定していたのだろうか……?


薄ら寒くなる想像が浮かんだが、それを振り払った。

志瑞はマジで志瑞。それでいいじゃないか。

そう結論づけて、飛鳥は寄り道をやめて仕事に戻ったのだった。

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