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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
1章『ポルターガイスト』
4/22

1−2

こんにちは。


では、どうぞ。

「やけに遅かったじゃん。何でそんなに遅れたわけ?」


着席して開口一番の飛鳥の問いに、志瑞は「少し野暮用があって」とヘラヘラ答えた。

飛鳥は「あっそ」と自分から聞いておいて雑に話を切り上げたが、彼は歯牙にもかけない様子だ。

これで少しくらい不機嫌になってさえくれたならまだ好感が持てたのに。

やはり不気味な男だと嫌悪感が増しつつも飛鳥は、ずっと気になっていたことを指摘しようと口を開く。


「あのさあ」

「うん?」

「……その恰好、どうにかなんないの?」


志瑞の着ている学ランに視線を向けた。

右腕は長袖に手袋、左が半袖で素手というチグハグで非対称の服が、彼の胡散臭さというかのっぴきならない人であるという第一印象を助長しているように、飛鳥には感じられた。こんなのが『JoHN』として正式に動いていたとして、一般市民からの信用を得るにはなかなか難しいように思う。

無論飛鳥は『依頼』を消化したことはないが、『依頼』対応において重要なのは一般市民からの信用であると考えている。

信用があれば情報収集がしやすいし、協力も得やすい。咄嗟の指示にも従ってくれるだろう。

逆に疑心暗鬼になられると、情報を拾いにくいし、スムーズに物事を進行できない。

見た目で第一印象は決まってしまうのだから、兎にも角にも飛鳥の隣でそんな可笑しい服装でいてほしくなかった。

志瑞は少し困ったように眉を下げ、少し考え込んだかと思うと手槌をついた。


「じゃあ、両方長袖にして手袋をつけておこうか。それならどうかな?」

「意地でも右腕は露出しないんだ……いや、いいけど。夏はどうすんの?」

「勿論長袖だね」

「ええ……見てるだけで暑そうなんだけど……」


どんだけ右腕を出したくないんだろうか、この人。

考えてもキリがないし、そもそもそこまで彼のことを考えてあげる筋合いも無い。

そう思い直した飛鳥は、「まあ、よろしい。じゃあ、明日からどっちも長袖の普通の学ランで。今着てるようなのを着てたら全力で他人のフリをするからね」と釘を刺して話を切り上げた。

そろそろ本題に入ることにした。


「さて。君も準備があるだろうし、そろそろ『依頼』でも見とく?」

「ああ、そうだね。じゃあデータを送ってほしいな、飛鳥ちゃん」

「はいはい。じゃ、(ついで)にフレンド登録をして簡易チャットでデータ送信するから、ステータス開示してくんない?」


飛鳥がそう言ってフレンド登録をする準備を終える。

「どう?」と視線を正面の彼に戻せば、志瑞はきょとんとしていた。

胡散臭いし信用のできない男だとばかり思っていた彼の少し人間味が感じられる表情に、飛鳥もつられて目をぱちくりとさせた。


「どうしたの?鳩が豆鉄砲くらったような顔しちゃって」

「え、あ、いや。僕のこと嫌いだし信用してないと思ったから。フレンド登録を飛鳥ちゃんから提案してくれるなんて、夢にも思っていなくて」


そんな辛辣な態度とってたっけ、と飛鳥は首を捻り……ああ、いや、たしかに傍目からするとそうかもしれないなんて思った。

もっとも、それ自体悪いと飛鳥は感じていないのだが。

何はともあれ、飛鳥はそれに正直に答えた。


「うん。嫌いだけど」

「え、それじゃ」

「でもさー。君ってば、腐っても私の『護衛』じゃん?クーリングオフを強く所望したいけど、拒否権とかないみたいだし」

「……」

「さすがに、仕事に私情持ち込むほど、私は腐ってるつもりないなあ」

「……」


飛鳥の言葉に、志瑞が少し黙り込んだかと思えば、ぶわっと涙を大量に流していた。


「え、何?地雷でも踏んだ?」

「いや、いや。こんな普通にフレンド登録してくれる人なんて初めてだったから」


絶対嘘だ。

少なくとも霧乃とか、彼が利用しているであろう情報屋とか、フレンド登録している人はいるはず。

かと言って、別の理由を探そうにも、飛鳥の普通の提案にぶわっと泣かれるとか、そんな重そうな感情を初対面の男が飛鳥に向ける道理など無いはずだし。

やっぱ変な人だ。


「あ、フレンド登録したら顔を見なくてもデータ送信できるから、嫌いな人と顔をほっつきあわせて喫茶店に行かなくて済むという利点もあるよ」

「台無しだよ」


じっとりした空気に堪らずそう言い放つと、今度は志瑞は普通に微笑んで設定を変えた。

すぐにステータスが開示され、飛鳥に彼のステータスが見えるようになった。

本名は志瑞空。生年月日からして、一般市民として生活していれば高校三年生頃か。

所属は当然『JoHN』。『御伽学院』から『JoHN』が解放された頃に、『国際魔術連合』に申請を出したのが加入年月日から窺える。

だが、その前の経歴は伏せられているし、他にも家族構成や他のフレンドも非表示設定になっている。飛鳥はそんなことには興味がないので、そこはスルーした。

そんなことより、と飛鳥は視線を右往左往させ、漸くフレンド登録に必要なコードを確認した。コピーペーストして、慣れた様子で飛鳥はフレンド申請を送る。


「あ、ほんとにきた」

「当たり前じゃん。何のために開示させたと思ってんの……とにかく、登録しといてよ。で、終わったら設定ちゃんと戻しといてね」

「うん。……これで登録できたね。ありがとう、飛鳥ちゃん」

「はいはい。じゃ、簡易チャットでデータ送るから確認して。私は適当に時間潰すから」


そう言って飛鳥はフレンドリストを開き、志瑞空のところにカーソルを合わせる。簡易チャット画面を開いて依頼データを送信し、序に彼に連絡しやすいようにとピン留めをした。

どんなに飛鳥が志瑞を毛嫌いしようと『護衛』である事実は揺らがない。ならば、『恩人』に会わずして死ぬわけにもいかないし、とことん利用してやろうという算段だ。

何、いざというときは盾にしてやろう。それくらいの図太さがないと、私もやってらんないし。

飛鳥が良からぬことを考えている間に、志瑞は設定を弄り終えて依頼データに目を通していたのだが、「うーん」と唸っていた。


「適当なの選べばイイじゃん。何迷ってんの?難易度がいい感じのがないとか?あ、遠いのかな?」

「いや、別にそれはどうでもいいかな。それよりも、目ぼしいのが無い」

「……なんか、選ぶ基準でもあんの?」


挑む依頼は志瑞に選ばせると聞いたとき、飛鳥は、『依頼の中から飛鳥を守りやすいものを選ぶか、はたまた、飛鳥単独でも依頼を処理できる範囲のものを選定するのだろう』と考えていたのだが。

彼には彼なりの『目的』でもあるんだろうか?

そう思った故の質問だったのだが、彼は手をぷらぷらと振って、「いや、ピンときたものが見つからないだけ」とヘラヘラしていた。

しばらく彼がうんうんと悩む間、飛鳥は他の依頼はないだろうかと『JoHN』データベースを探っていた。


そもそも。

『JoHN』は、『軍』『陰成室』『協会』と同盟関係にある、サークル型の魔術組織だ。

代々城月家の者が『全権代行』を務めることになっていて、城月霧乃は四代目にあたる。

桜坂市を拠点としており、舞月財閥がスポンサーをしている上に、後ろ盾も充分なだけあって、サークル型の中でも注目度は常に高い魔術組織といえるだろう。

初代の城月怜と当時の『国際魔術連合』が親交を結んでいた記録もあって『国際魔術連合』とのつながりも比較的深く、穏健派の魔術師が多いため、安定した職場としてフリーの魔術師からの応募が多い傾向にある。

そんな魔術組織の『JoHN』は、『Justice of Hated Never』訳して『決して嫌われない正義』の名の通り、様々な人々から寄せられた相談を解決、解消するのが主な活動内容だ。

そして、一般市民やフリーの魔術師からのものを『依頼』、魔術組織からの正式な相談、交渉を『案件』と呼び分けている。

もっとも、案件と言えば『軍』『陰成室』『協会』『国際魔術連合』の各幹部を依頼主とするものが殆どだし、そこで成果をあげたらヘッドハンティングされるのが常なのだが。

そういった経由で転職することになった魔術師への待遇も手厚いので、そこもやっぱり『JoHN』への入職志望者が絶えない理由の一つだ。そういったスタンスなのは初代と霧乃のみだとか。

霧乃ちゃんはお人好しだなあ、と飛鳥は毎回思う。それが原因で万年人手不足だが、霧乃のカリスマ性も相俟って、企業体力は存分にあると飛鳥は確信していた。


閑話休題。

志瑞は唐突に表情が明るくなった。

ああ、見つかったんだな。

飛鳥がそう思うと同時に、その予想通り「ああ、やっと良いの見つけた。これにしようか」と彼が独りごちて、簡易チャットに該当の依頼データを送信してきた。

彼は何を選んだのやら。まあ、あの依頼を選ぶことは無いだろうけど。

そう考えつつも、少し躊躇して飛鳥が簡易チャットを開き、そして目を瞠った。


選ばれたのは、飛鳥が行きたくて仕方なかった『本命』の依頼だった。

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