4−7
こんにちは。
あっという間にハロウィンですね。
魔女の仮装でもしようと思います。
では続きです。どうぞ。
「そんな勘違いしないように、ちゃーんと、教えてあげるよ。『異常性』、魔術、そして最近蔓延ってる穢れた奇跡『過負荷』ってやつをね」
はいはい。また講義ですか。テストよりマシだけど。
飛鳥がそう思いつつもノートを準備する。つい先程まで聞き流していた話よりは勉強になりそうだ。
「準備できたみたいだね。じゃあ、始めるよ」
律儀に待っていてくれた御厨に飛鳥が頷くと、御厨は口を開いた。
「先に言っておくね。私は主に『異常性』を研究している。『陰成室』の一員たるもの、やはり何か研究をしていて然るべきだから」
そうなんだ。
全権代行としての仕事もあるのに、よく研究する時間があるなぁ。
しかし、御厨さんは『異常性』を持たない普通の魔術師のはず。どうして『異常性』を研究してるんだろう?
飛鳥の疑問に、まるで心を読んだように御厨が答えた。
「『異常性』はとても素晴らしいもので、『賽子で七を出す』ことができるんだよ。『ババ抜きでババを絶対引かない』なんてこともできちゃう。
『過負荷』のような『最適な温度で生きる』ものとは大違いの、高尚な力だよ」
賽子で七を出すなんて絵空事だ。
飛鳥にはそう断ずることはできなかった。
だって、身近にいるじゃないか。『賽子で七を出す』ような真似ができる人。確実に死んでいても次の瞬間にはなんてこと無かったように生きている人。
その力で、飛鳥を守っている少年が。
御厨の説明は続く。
「それで、まあ何が言いたいかと言うと、あくまで『私が研究した結果、立てた憶測』しか話すつもりは無いよってこと。それを踏まえて聞いて欲しいんだ。『異常性』所有者があまりいないし、協力を仰ぐのも一苦労だから、確定できる情報がなかなかない」
それもそうだ。わかりきった話である。
御厨は少しだけ口を閉ざし、飛鳥の様子を確認してから「よろしい。じゃあ、改めて始めよう」と話し始めた。
「魔術。知っての通り、魔力というエネルギーを触媒に、魔術式で内容を指定した超常現象を引き起こす技術だね。数百年前に霧早快という科学者が発明して以降、ある時は防衛、ある時は武力、ある時は生活を助けるものとして広く普及してきた」
「はい」
「この魔術黎明期より、長年議論されてきた事がある。わかるかな?」
「んーと。『魔力』の正体、とかですか?正直、私にはよく分かりませんし」
唐突に振られて咄嗟にそう答えた飛鳥に、御厨は上機嫌そうに破顔した。
「Exactly!『魔力とは何か』。魔術が開発されてから今まで、ずっと議論されてきたことだよ」
「はぁ。そんな得体の知れないものを媒介にした技術をよく開発できましたね。開発者はその辺、何か言及してなかったんですか?」
「それが、残念なことに特に記録にないんだよ。若くして亡くなったし……」
「そうなんですね」
開発したと言うのなら論文が存在するだろうし、魔力の定義くらい記載していると思ったが、違うらしい。
「それは置いておいて」と御厨が話を切り替えた。
「もっとも、この論戦は一応、100年前に執行寿羽……何代か前の『司書』が提唱した説で落ち着いたんだ。それも、『魔力=ATP』説」
「えーてぃーぴー?」
聞き慣れない言葉に飛鳥は首を傾げる。
御厨は苦笑を浮かべた。
「生物学の用語だよ。生物はATPからリン酸を切り離す……高エネルギーリン酸結合の結合を解く時のエネルギーで体や脳、臓器を動かす。ATPからリン酸が切り離されて、ADPになった後は、食事で得た栄養、ひいてはエネルギーがまた蓄えられて、ATPになる。簡潔に説明するとそんな感じ」
「はぁ」
「そして、ADPから更にリン酸を切り離して得たエネルギーこそが魔力。執行が唱えたのはそういう仮説で、もっとも有力と見なされていたよ」
「なるほど……それが本当なら、魔力がない人というのは」
「ADPからAMPに変換している数が少ないってことになるね。もしくは余程変換効率が悪いのか。そして、魔力が欠乏すると生命維持に関わる。ATPからADPへの変換すら儘ならないからね。なるほど、たしかに尤もらしい。いや、ほぼ正解だと思う」
御厨の説明になるほどと飛鳥は頷いた。
執行って人は凄いんだなぁ。
しかし、それなら解明されているから謎ではないのでは?
「けれど、私はそこに異を唱えたい」
「ほぼ正解なのに?」
「90点の回答だからね。これを100点満点……とは言わずとも、99点にしようってことだよ」
「はぁ、」
大差ないような気がするが、そこまで追求するのは研究者の性なのだろうか?
飛鳥は生返事をしつつ、次に何を言い出すのかと身構えた。
「『異常性』でも同じことが言えるんだけど。魔術って超常現象を引き起こしてるよね?」
「そうですね」
「魔術の機序。魔術で生じている超常現象と対価として支払うATP。化学反応式で表そうにも、あまりにも釣り合っていない。『異常性』なんかもっとだよ。魔力すら使っていないから、何の材料も無しに超常現象を引き起こしていることになる。……そう思わない?」
「え、普通のことなんじゃないですか?」
「劇団『STELLA』の設立から数年に、とても興味深い脚本……もとい、文献があってね」
いきなり話が飛んで、益々疑問符を頭に浮かべた飛鳥を他所に、話は続く。
「『国際魔術連合』の当時の全権代行が語った史実を元に、なるべく忠実に書き上げた脚本らしい。記録にも、記憶にすら残っていない『御伽噺』だよ」
「それが、何か関係が?」
「こんな一文がある。『術式を使えば、術式に支払われた対価の『血糖』では足りない元素を勝手に他のあらゆるモノから回収される』。これは、魔術や異常性にも当てはまるんじゃないかな?」
御厨の言葉に、飛鳥は少し考察をしてみた。
魔術を使えば、魔術に使われた対価の魔力では足りない元素を勝手に他のありとあらゆるものから回収される。
……えっ、つまり。
「魔術や異常性を毎日どれくらいの人がどれだけ使ってるか想像だにできませんけど、本当にそうなら沢山、色んなものが……もしかしたら物だけじゃなくて人も、消えてなくなっちゃうじゃないですか!」
思考の末に辿り着いた最悪の末路にあわわわわ、と狼狽える飛鳥だったが、御厨は肩を竦めた。
「そういうことになっちゃうね」
「何を他人事のようにっ、」
「でも、実際はそうなっていない。何か消えたら大騒ぎするはずだし、存在丸ごと消えていたとしても何かしら歪みが出ると思うんだ。けれど、歪みすら生じていない」
「っ、歪みを認知できないだけでは?」
「別にそれならそれで良いよ。ATPとは別の何かが作用しているということの証になるし」
「あっ、」
それもそうだった。
ATPが無くなったくらいで人の存在が丸ごと消えてたまるか。
飛鳥が平静を取り戻したところで、御厨は説明を再開した。
「というわけで。私は新たに『存在値』なるものを定義してみたよ」
「存在値?」
「うん。『存在値』。私たち魔術師が魔術を、志瑞空のような人が『異常性』を行使した際、足りない元素を補うないしは利用した元素を元のところに返したり、辻褄を合わせる為に使われるエネルギーの名前だよ。命名者は私」
「はぁ。でも、それも有限ですよね?無くなったら?」
「魔術を使った場合は魔力が先に尽きるくらいコスパがい?いから無くなることはほぼありえない」
「……『異常性』の場合は?」
「そこが問題なんだよ、ワトソンくん」
「ワトソンじゃないです」
「『異常性』はね、」
「人の話聞いてます???」
青筋を立てる飛鳥に構わず、御厨の説明は続く。
「魔力を使わない以上、『存在値』が物を言うわけだけど。勿論消費量は増えるよね。規模によってはもっと……それこそ、その人の持ってる『存在値』を上回っちゃうかも」
「……」
「……ここからは私の憶測になるけれど。『存在値』を消費しすぎてしまったら、現世に存在する権利を失うんじゃないかな?」
「……えっ、そんなわけ」
志瑞、バカスカ連発してるし。
半信半疑の飛鳥に御厨が「ああ、うん。あれでしょ、志瑞空は連発してるのにって話でしょ。アレは恐らく別の原理が働いてるから、置いておいて」と苦笑を浮かべた。
そして咳払いを数回した。
「実際、真白唯笑……霧乃の曽祖母さんなんだけど、彼女が記した『異常性』についての論文によると、『異常性』を使いすぎたり、あまりにも大規模なことに使用すると、記憶を失ったり、姿が消えて万物への影響力、干渉力を失うとのことだよ。実例として、『決意』の『異常性』所有者だった城月怜は、『実現』の魔女を打倒した後に一度『消失』している」
「えっ、でも」
「うん。霧乃が存在する以上、城月怜は再度姿を現したことになる。消失した後は幽世に移動するのか、『畢竟無』なのか、将又別の何かがあるのか。そして城月怜はどんなトリックで戻ってきたのか。これはこれで、なかなか興味深い謎でしょ?」
「うーん……たしかに」
面白そう。
それに、と内心呟いた。
現海さんが言ってた『覚悟』も、多分『存在値』とやらを魔力代わりにして魔術を使う方法だ。『存在値』を使うならば、使いすぎて消えてしまう可能性を否めない。
そういう時にどうしたら戻ってこられるのか、調べておいても損は無いように思う。
志瑞も消えちゃうかもしれないし、その時は引っ張り出さないと。
飛鳥はそう意気込む。
「まあ、ただの憶測だよ。そんなこと言い出したらそもそも、『なんで人間ごときの言語で超常現象を細かく指定して発生させられるの?』って疑問まで生まれちゃうし。私はそういうの気になる性分だけど、感覚派はそこまで深く気にするとスランプになりやすいから気をつけてね。あ、そもそも魔術使えないか。じゃあ関係ないよね」
どこか白々しい言葉を吐いた御厨は、「さて、まとめようか」と締めに入った。
「魔術は魔力即ちATPと『存在値』で、辻褄を合わせながら超常現象を引き起こすもの。『異常性』は『存在値』で辻褄を合わせながら強引に超常現象を引き起こすもの」
「はい、」
聴きながら、今まで話に熱中してほぼ取っていなかったノートに只管、言われた通りに書き殴る。
そんな飛鳥を御厨は待っている。飛鳥にメモをさせるために態々、まとめをしているらしい。
気遣いはできる人なんだな、と少し見直した飛鳥がペンを置き、御厨を見上げる。
御厨は態とらしいくらいに口角が上がっていた。
えっいやだ不気味。怖。
あまりもの不気味さに思わず硬直した飛鳥を他所に、御厨は「あー。そろそろ会議だから失礼するよ。好きなタイミングで出て行ってね。……あ、説明しそびれたことも含めてまとめたデータあげるから目を通しておいてね。それが宿題」と言ってバタバタと出て行った。
ポツンと残された執務室の中、飛鳥はまた降って湧いた宿題をやろうとデータを確認する。
大体は教わった内容だ。
目新しいことといえば、精々『過負荷』についてだろう。
『過負荷』。『存在値』だけ消費し続ける『特性』のようなもの。突然、後天的に会得する。『異常性』とは異なり、消費した『存在値』は回復しない、或いはほんの僅かな量のみ回復する。また、『ポルターガイスト』や『ロスト』、『不死者』等から推測するに、『存在値』が正当に機能しない。
どうも、飛鳥と志瑞が数ヶ月間対応していた『依頼』はどれも『過負荷』絡みらしい。
そして、志瑞は『過負荷』絡みの案件を消化しつつ、『ようさん』を倒せる手段、人材を探している……と。
しっかり情報を整理しながら、御厨との契約のような轍を踏まない為にじっくり読み込んでいく。
……そして、ある一文を見つけて背筋が凍りついた。
「異常性でも魔術でも、『覚悟』で無理やり『存在値』を使いすぎると、現世にいられなくなって滅多に戻れなくなるから気をつけようね!」
「……」
『覚悟』で魔術使えるの、バレてら。
どうも、御厨に隠し事は通用しないらしい。
教訓であった。
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