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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
一部四章『預言者』
37/67

4−5

こんにちは。

特にネタもありませんので、早速どうぞ。

『陰成室』本部、メインラウンジになっている図書館。

真夏真っ盛り、来年に受験を控えた学生が勉学に勤しむ今日この頃。

総合案内で申請をすると、演習場を決められた時間内のみ借りることができる。将来魔術師を志す学生が魔術を試し打ちすることを想定した空間であり、屈指の防音性、防御性能を誇る。

そんな演習場の内一つ、だだっ広い空間にぽつんとただ一人で、飛鳥は魔術の演習をしていた。


「全然できないの何でぇ……?」


途方に暮れながらだが。


御厨から宿題を押し付けられて早五日。魔術式と効果を頭に叩きこみ、さあ実践。意気揚々と演習場を借りてみたはいいものの、鳴かず飛ばずな成果であった。


たとえば『身体強化』。

全っ然制御ができない。てんでダメ。

魔力制御のコツも御厨は記載してくれたが、こちとら魔力とか感じたこと無い一般市民。魔力に該当しそうな感覚を探ることも出来ず、とりあえず我武者羅にやってみようということになった結果、暴発しては吹っ飛びまくっている。

体が爆発している感覚。吹っ飛んで、着地もままならず壁に叩きつけられている。飛鳥が人ならざる体質でなければ骨折しまくって今頃お陀仏に違いない。

死にさえしなければ擦り傷と言えど、ボロ雑巾になっているが。


じゃあ『回復』で怪我を治そう。

そう考えていた時もあった。

しかし、これはこれでなかなかどうして厄介なもので。

やはり魔力の感覚が分からないのが仇なのか、身体が爆発しそうな気がして慌てて魔術を中断した。

危ない危ない。あのまま発動してたら汚い花火になってた。木っ端微塵だと復活できる保証ないし、復活出来たとしても右腕だけはどうしても壊したくない。

『恩人』との絆の証なのだから。


他にもいろいろ試したが、全滅だ。

『魔装』はピコピコハンマーしか作れないし。

『障壁』はポンポン勝手に作っちゃうから自分が閉じ込められるし。

『発光』はなぜか、全然眩しくないのに熱いという謎現象が起きて火傷したし。

御厨が送ったデータにはまだ『紅蓮』『稲光』『風来』『土遁』『魔力撃』『水流』なども載っているが、これらは優先順位が低めになっていたので、魔術式を覚えるだけ覚えて実践を後回しにしている。

しかしこの体たらく。先が思いやられる。


「……っ」


屋内だから、雨は降らない。

そのはずなのに、床に1滴、また1滴、床の色が滲んでいく。

悔しい。このままじゃ置いていかれちゃう。志瑞に、霧乃ちゃんに、現海さんに、識名さんに守られっぱなしになってしまう。胸を張って『恩人』に会えるわけが無い。

いいなぁ、皆。魔術を簡単に使いこなすし。一瞬で戦術とか魔術式とか組み立てて、着実に『勝つための動き』や『負けないための動き』を積み重ねられるし。魔術を使えなくても『異常性』で戦況をひっくり返せちゃう。


飛鳥はそこまで器用じゃない。

かといって、『ポルターガイスト』や『ロスト』の当事者たちのような『力』を手に入れようとは思えない。それだけの覚悟なんてできない。


今まではあまり気にしなかった。甘えていた。

だが、御厨にあんなにボコボコに言われたら無性に悔しくて、やってやるよ!と思った。

そんな飛鳥は、あまりもの不出来に意気消沈した。


……いや。そんなんじゃダメだよね。明るいのが、前向きなのが私の取り柄だから。百回ダメなら千回、それでもダメなら一万回だ。あと一回やったら出来るはずだから。


パン、パン!と頬を叩く。若干痛い。頬が若干赤くなった。

若干濡れた目元を袖で雑に拭って、再度魔術式を展開。『身体強化』だ。失敗なら失敗で良い、いっそ吹っ飛んでみればこの暗い感情も晴らせるでしょ。


「『身体強化』っ、うひゃあ!」


案の定失敗し、暴発してまた壁まで吹っ飛んでいく。

また叩きつけられる!

痛みを堪えるべくギュッと目を瞑った。

……が、備えていた衝撃は来ず、その代わりに人肌のような温かい感覚に包まれた。

どうやら誰かが飛鳥をキャッチしてくれたらしい。


「これはまた派手に吹っ飛んだね。大丈夫?」


落ち着いた声色の男性は、飛鳥を心から心配しているみたいで。

聞き覚えのあるそれに、まさかと思いながら目を開けた。

『軍』の制服。幹部特有の腕章には『次期提督』と書かれている。柔和な顔つきの、飛鳥にとっては親の顔より見たといっても過言ではない存在の彼は困ったように眉を下げていた。


「久しぶりだね、七世さん」

「現海さん!」


現海悠。飛鳥が『JoHN』に移籍するまで幾度も世話になった、頭の上がらない存在。この上なく慕っている『軍』幹部の魔術師。

チャットを通じてやり取りをしてこそいたが、実に数ヶ月ぶりの再会。今まで悔しくて泣いてたことなど忘却の彼方で、飛鳥の表情はパアッと華やいだ。


「現海さん!どうしましたか?『陰成室』の『司書』さんとの打ち合わせですか?このところ『評議会』は機能停止、『御伽学院』は壊滅と仮想敵はいませんよね。実際、犯罪率も低めで抑えられてます。良かったぁ、今日も平和で。じゃあ今から打ち合わせ行きましょう!」

「あはは。気遣ってくれてありがとう。既に用事は終わったんだ」

「そうなんですか?でも積もる話もあるでしょうし、私には構わず」

「……オレは今、君とゆっくり話がしたいな」

「ひょっ?」


早口で捲し立てる飛鳥の頭を、現海はゆっくり撫でた。

思わず飛鳥がマシンガントークを止めたのをいい事に、彼は言葉を続ける。


「懐かしいなぁ。『JoHN』に移籍する時も、こんな感じでずっとくっついては話し続けてたっけ。四日間、風呂は覗くわ任務に付きまとうわ食事とかの時もピッタリくっつくわ早朝から押しかけてきて深夜まで居座るわトイレの時も扉付近で出待ちしてるわ……。うん、よくノイローゼにならなかったなって当時のオレを褒めたくなってきた」

「その節はゴメンナサイ」


過去を懐かしむように語っているうちに遠い目をした現海に、飛鳥はいたたまれなくなって平謝りした。

だが、ハッとして固まってしまった。

彼も彼だ。だって、任務中に付きまとったところで『身体強化』さえ使えば簡単に引き離せただろう。『影縫い』を使えば動きを封じて逃げられた筈だ。

なのにそれをせず、それどころか飛鳥の歩幅に合わせるし、飛鳥が立ち止まったら待っててくれていた。

現海は、監視対象の飛鳥にも砂糖のように甘く、優しかった。

そして、その優しさと弱さの狭間で飛鳥は苦しんでいる。

本当に情けないなぁ、私。


「本当にどうしたの?御厨さんに何か言われた?」

「……」


急に込み上げてきた涙を堪えようとして、しゃくりあげてしまった飛鳥に、現海はまた心配そうに声をかけてくれる。まともに言葉で返せないから、黙ってうんと頷く。


「わ、たしっ、『恩人』さん、と会、っても、ちゃっ、んと力、になれ、ないんじゃっ、ないか、て」

「……」

「み、くりやさっんが、教材をくれたから、魔術式、がんばて、おぼえたっ、のにっ、全然、制御、うまくい、かなくて、」

「……なるほどね」


静かに飛鳥の言葉を聞いていた現海はそう相槌を打った後に少し考えて、口を開いた。


「オレ、近いうちに『軍』の全権代行になるんだ。『JoHN』とは業務提携をしているから、霧乃さんの秘書をしてる七世さんとも仕事で会う機会は増える。だから挨拶を、と思ったんだけど……『陰成室』に出張してるって言われて。それで、『陰成室』に挨拶する時に併せて君にも声をかけることにしたんだ」

「……」

「驚いたよ。霧乃さんが『陰成室』に行く許可を出すのも、志瑞が君について行ったのも……御厨さんが君に『魔術』を教えたのも。全部、ありえないと思ってたんだ」

「……」

「七世さん。『恩人』について教えてもらうためにここまで来たんだよね?先に謝っておくけど……オレ、『恩人』と直接話したから、『彼』のことは知ってるよ?」

「……はい。薄々、そんな気はしてました」


けれど、現海はきっと『恩人』に口止めされている。優しい彼に約束を破るような真似をさせたくなかった。

だから、もっと他の第三者からの情報を募って、自力で見つけ出そうとしていたのだ。


飛鳥の返答を聞いて、「……んー、」と一瞬言い淀んで、現海は神妙な顔で飛鳥を真っ直ぐ見つめた。


「……『彼』は、何も理由なしに君の記憶を無くしたんじゃないよ。たとえ忘れ去られたとしても、心穏やかに過ごしてくれるなら、着実に前へと進んでいくのなら、新たな船出を迎えんとするなら、その日常を、未来を守りたい。七世さんが何も知らず笑って生きられることに意味がある。その強い覚悟で君を突き放したんだ」

「……」

「七世さん。それでも、『彼』と会いたいの?」

「……現海さんにしては珍しく、至極当然のことを聞くんですね?」


飛鳥は、涙を流したまま笑った。

とっくのとうにわかりきってる事だ。『恩人』は飛鳥と右腕を交換してまで生かした。理由もなく置いていく訳が無い。

……けれど、『二人ぼっち』の約束がある。

知らないところで『一人ぼっち』になるのだけは嫌だ。行き先が地獄の果てでも構わない。どこまでもついていって『二人ぼっち』でいたい。


飛鳥の返答に、現海は肩を竦める。

そして、特に聞き返すでもなく「……なるほど、確かにくだらない質問をしたね。ここにいる時点で自明の理だった」と苦笑いを浮かべた。


「……そんなに七世さんがウンウン悩む教材ってどんなの?1回見せて欲しい」

「えっと、はい、」


言われるがままにチャットに送り付けた画像データにすぐ目を通すと、彼は目を丸くした。


「……意外。御厨さん、ちゃんと七世さんの気持ちと向き合ってるんだ」

「そうなんですか?」

「うん。これ、スッゴく分かりやすいよ。魔術理論が苦手な感覚派の魔術初心者でもすぐ使えるようになるくらいにね」

「はぁ……」


つまり、それは猿でもわかるって訳で。

猿でもわかる教材を見ても全然だめな私って……。


落胆する飛鳥に構わず、現海は追い打ちをかけた。


「それにほら。『彼』のことを知ってるからだと思うけど、『彼』の為になる魔術を優先順位高めにしてるみたいだし」

「さいですか……」


あんなに怒ってたのに、無能のままでもいいとか言ってたのに、それでもこんなに飛鳥の想いに寄り添った教材を用意してくれたなんて。

その労力すら無駄になりそうで……うん、本当に無能でごめんなさい……。


「……ちなみにどこで躓いたの?」

「魔力ってなんですか……?」

「えっと……お腹の中心にぐっと力入れて……温かい何かを感じたりは?」

「それも教材に書いてたから試したんですけど、どこですか……?」

「……そこにないならないと思う……」

「……」


飛鳥は今にも泣き出しそうに顔を歪めた。


「いや、でも魔術式を覚えたんでしょ?じゃあ後はそれに反応して避けるだけだって!ほら、七世さんは身体能力が凄いから」

「そう思ってた頃の私を識名さんがコテンパンにしました……」


現海のフォロー虚しく、飛鳥の言葉に言葉を詰まらせた。

そのまま黙り込んでしまった現海は、飛鳥よりも悩んでいるように見えて。


「えっと。ありがとうございます。その気持ちだけで嬉しいですから……」

「……待って、」


やっぱり申し訳なくって言葉をかけた飛鳥を、しかし現海は遮った。


「ほえ?」


思わず素っ頓狂な声を出した飛鳥だったが、彼の考え事は続く。

待つこと数分、現海はやっと彼女へ視線を戻して口を開いた。


「……あるよ、七世さん。魔力とか関係なく魔術を使う方法」

「あるんですか!?」

「うん。前に見た記録から考察したんだけど。やってみる価値はあるんじゃないかな?」

「っ、教えてください!」


藁にも縋る思いで頭を下げた飛鳥に、現海は「わかった、分かった。ちゃんと教えるから」と苦笑を浮かべた。


「百年ぐらい前、まだ『協会』と『軍』が抗争していた頃。当時の『提督』の黒守刹那が『協会』の最終兵器、『実現の魔女』に対して魔術で交戦したという記録があってね」

「はい、」

「原則として、『異常性』は『魔術』の影響力を凌駕する。ましてや『実現』は『異常性』最強格。魔術では為す術もないのが定説なんだけど……、黒守刹那はなんと、一時間戦い続けた」

「えっすご」


飛鳥は素直に感心した。

志瑞はいつも瞬殺しているイメージだ。『異常性』とはそれくらい強いものだと、飛鳥はここ数ヶ月でそう認識していた。

『呵責』でさえ強いのに、それを上回るらしい『実現』相手に一時間保つのは尋常ではない。


現海の説明は続いた。


「実は、その映像が残っていてね。なんでも『実現の魔女』の対抗手段の参考にと黒守刹那が遺したらしい。彼の伝えたかったことを城月怜、真白唯笑は理解した」

「……して、その答えは?」

「それは、」


飛鳥が固唾を呑んで見つめる中。


「結局のところ、答えは単純で。ー『覚悟』だ。強い『意思』があれば、なんでも出来る」


現海はキメ顔でそう言った。

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