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ご無沙汰しております。
四章やっとできましたので、公開していきます。
では、一話目です。
どうぞ。
七月末。
蝉の鳴き声がけたたましく、夏休み真っ盛りというこの時期。飛鳥は硬い表情を浮かべてある建物を臨んでいた。
『陰成室』。『国際魔術連合』と同時期に設立されたこの組織は、魔術師が提出した全ての魔術論文、魔術式のスクロールを保管、著作権の管理を主な活動内容とし、『国際魔術連合』と連携して魔術界隈の秩序を保っている。
本来は永世中立を謳っているが、百年前『軍』幹部と親交のある魔術師が全権代行に就任して以降は、『軍』に贔屓するような立ち回りが散見される。
しかし、そもそも『軍』がそこまで攻撃的ではなく、むしろ政、自治の面で関わる機会が多い為に、そこに水を差す魔術師はほぼいない。
そんな『陰成室』は、やはり数多くの書物を蒐集しているためか図書館のような風貌をしている。
洗練されたデザインで上品な佇まい。なんとも壮麗なファザードだ。
「はぇー、すっごい。……私、どこから入ったらいいんだろ」
飛鳥はそう悩み、視線を右往左往させた。
仕事柄、支部とか出張所に顔を出すことは確かにあったが、本部に行くのは初めてだ。大体同じようなもんだと楽観していたが、どうもだいぶ勝手が違う。外部の人間がどういうルートから入ればいいのか分からないし、道行く人に尋ねる勇気もないまま挙動不審にしている。
しかも一ヶ月ぶりの外。照りつける太陽が眩しく、ちりちりと皮膚が焼けるような感覚を覚えた。
なんせ、ここ一ヶ月間は四六時中執務室に詰めていた。
あまりもの業務量に忙殺され、行きつけの喫茶店に顔を出す暇すらなかった。食事は基本カロリーメイト、飲み物はエナジードリンク一択。睡眠は霧乃が執務室内に常備してある寝袋を使って床に雑魚寝するし、シャワー室もあるがカラスの行水で済ませる。日光の差し込まない部屋で、時間感覚もいまいち不明瞭なまま、ただひたすらにタスクを進めていた。生活の質は最低だが、案外これでも生きられるものだ。飛鳥の体質を鑑みると過労死の恐れすらないので尚更。
そして昨日、ようやく全ての業務を完了させた。霧乃からも「ふむ、よろしい。明日からは自由にしろ」とお墨付きをもらった。その瞬間はとてつもない達成感を抱いたし、ご褒美にアイスを頬張った時は史上最高に美味しく感じた。
今日がアポイントをとった日。桜乃の顔に泥を塗るような真似をするのも気が引けたが、今日終わっていなければ霧乃との鬼ごっこでアポイントどころではなかっただろう。
本当、間に合ってよかった。
これで何の憂いもなく、『預言者』に会いに行くことが出来る。
そう。飛鳥がここに来た理由は簡単。桜乃がアポイントを取ってくれた『預言者』と話をして、『恩人』の正体について情報を得るためである。
桜乃とは先月会ってから全く顔を見れていなかったが、彼は約束のことを忘れていなかったようで、『パスキー』なるものを先日チャットで送ってくれた。
連絡先を交換していないはずだが、識名から教えてもらったのだろうか?
もっとも、飛鳥が返答を送ってから現在まで既読がつく気配はないのだが、一応フレンド登録しておいた。
そういえば、と飛鳥は一向に読まれない『ありがとう』チャットから画面を切り替え、霧乃とのチャット画面を開く。
飛鳥は桜乃との会話内容は誰にも話していない。『陰成室』は『軍』と同盟関係。即ち『軍』と業務提携している『JoHN』も同盟みたいなものだから、会うのに一切制限はないだろうと軽く考えていた。
しかし、どこから漏れたのか霧乃は把握していた。
桜乃がチクったのだろうか?
そして、報連相を怠った飛鳥への注意はあったものの、それ以外は特に何か思うところはないらしい。
あの仕事量は絶対嫌がらせだと思ったのに、本当に、自分には関係ないといった様子で雑に「まあ、楽しんで来い」と言われてしまった。
それどころか地図まで送ってきてくれたのだ。
そんなの無くても現地まで行けば分かるでしょ、と見通しが甘い予測をしていたが、霧乃様々だ。
『JoHN』本部を拝みながら飛鳥は早速その地図を大きく表示させてしっかり読み込む。
そうして十秒後、ふむふむと頷きながら画面の表示を消した。
地図は地図でも、世界地図を送り付けられてどうしろというのか。
感謝の気持ちとなんとか意味を理解しようと咀嚼していた時間を返して欲しい。
やっぱり、『陰成室』に行くのは霧乃ちゃんにとって何か問題があるのかもしれない。
そうでなかったらこんな陰湿な嫌がらせを受けることはあるだろうか?いや、ない。
はぁ、と思わずため息が漏れた。
後で謝ってなんとか和解するとして、なんとか中に入らないといけない。なんとか通行人に聞くしかないか。
そう思った飛鳥が俯いていた顔を上げると、すぐ目の前に女性の顔が迫っていた。
「うひゃぁ!?」
思わず奇声を上げながら後退る飛鳥に、女性は「ああ、やっと気づいたんだ」とクスクス笑った。
「え、あ、え、」
「相当驚いているみたいだね。あれだけ集中して考え込んでいたようだし、無理もないか。ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだ」
「あ、いえ、こちらこそ……」
やっと落ち着いてきた飛鳥は、改めて女性の観察を始める。
濡羽色、腰ほどの長さのストレートロング。インナーカラーの朱色がよく映えている。鮮やかな赤い瞳は少しタレ目がちで、おっとりとした印象を覚える。
霧乃も大人びた雰囲気だが、それ以上に経験を積み重ねた歴戦の魔術師の気配。まるで深海のようだ。
『陰成室』所属なのか、『陰成室』の印章が刺繍された白衣を羽織り、マフラーにも見える赤の襟巻きを着けている以外はきっちりと着こなしている様子だ。
なるほど、『陰成室』所属の研究員だから、正門前で棒立ちしている人が気になって観察していたということか。
「ふふ、ここまで不躾に凝視されると照れちゃうね」
「えっ、ごめんなさい!」
何を初対面、しかも今日お世話になる魔術組織の構成員に失礼な対応をしてしまっているのか。
アワアワ、ペコペコと頭を下げまくった飛鳥だが、女性はまた微笑んで「ううん、落ち着いたようで何より」と返してくる。
なんという聖人なんだ……。
『軍』以外にもこんなマトモな人がいるなんて!
「それで、見たところ外部の人だと思うけど、どうしてここに来たの?」
飛鳥が一種の感動を覚えていると、女性はそう尋ねた。
「それは、……『室長』さんに会いたいんですけど、お恥ずかしい話、どう進んだらいいのか分からなくて」
「へぇ、」
『室長』という言葉を出した瞬間に、女性はごく僅かに目を細めた。
「アポイントはあるかな?」
「は、はい。桜乃さんが取ってくださったんです」
「なるほど」
女性は飛鳥の言葉に深く頷く。
なにかマズイことでも言ったかもしれない。そう冷や汗を流す飛鳥だが、彼女は少し思考に耽っていた。
やがて悪戯を思いついたような顔で「なら、」と沈黙を破る。
「もし良かったら、私が案内するよ」
「えっ!いいんですか!?」
「うん。向かう方向が同じだから、ついでにね。どうかな」
「是非、お願いします!」
そう言われてしまえば渡りに船。飛鳥は喜色満面でヘドバンのような勢いで頷いた。
女性は飛鳥のヘドバン肯定を見て少し呆気にとられた表情をしていたが、仕方ないなぁ、と言いたげな苦笑を浮かべる。
奇しくも、飛鳥の我儘を聞いている時の霧乃に似た雰囲気を醸し出していた。
「本当にありがとうございます。凄く助かります……えっと、」
改めて礼を告げた飛鳥だが、そこでふと思い至った。
この人の名前、知らないなぁ。
言葉に詰まった飛鳥を見かねてか、女性は「ああ、失礼。……そうだね、私のことは『司書』さんとでも呼んでよ」と助け舟を出した。
本名を出さないのは飛鳥がまだ名乗っていないからだろう。
そう思い、「わかりました、『司書』さん。よろしくお願いします」と頭を下げるのみに留めた。
『司書』も飛鳥の名前を確認する気は無いのか、「うん、よろしくお願いされたよ」とだけ返して建物の方へ向き直った。
「パスキーはあるかな?」
「はい、あります」
「それなら、普通に歩いてて大丈夫だよ。私についてきて」
「そうなんですか……?」
飛鳥が戸惑う間に歩き始めた『司書』を追って、半信半疑ながら正門を通り過ぎる。
すると、飛鳥の視界に『ITレンズ』の通知が流れてくる。
『パスキー認証。通行が承認されました』
「おお……なんか凄い。すごくスゴイ」
「ふふ。楽しんでくれてるみたいで何より」
「ちなみに駄目だったらどうなるんですか?」
「その時は近くの構成員が駆けつけるよ。事情聴取をして判断することになるね」
「はぇー。ほかの魔術組織もコレ導入したらいいのに」
「色んな意味で現実的じゃないと思うなぁ」
そんな会話をしながら構内に足を踏み入れる。
冷房がしっかり効いていて涼しい。吹き抜け、広々としたラウンジなど開放感溢れる空間。様々な装丁の本が所狭しとぎっちり本棚に詰め込まれている。
図書館に見紛う様相を呈している。
「ここは一般向けにしてあってね。小説、随筆、論文、魔術スクロール、映像や音声などを貸し出しているよ」
「完全に無人なんですけど……」
「AIが稼働してるし、『陰成室』を敵に回すなんて無謀なことをする気は無いのか、今のところ蔵書を盗まれた試しはないかな」
「はぁ」
桜乃は受付嬢がどうとか言っていたような気がするが、彼の勘違いだろうか。
生返事する飛鳥に構わず、『司書』は案内を続ける。
「それで、関係者はそっちで、アポイント取った人用の通行口はこっちだよ。迷ったら総合案内のAIに聞いちゃおう。教えてくれるからね」
「なるほど……」
一般客がそこそこ利用しているが、静謐な雰囲気が流れている。マナーを守れる良い利用者が今日は多いようだった。
飛鳥は見慣れない景色を見回しながら、少し上の空で女性に連れられていく。
飛鳥の視界に再度同じ通知が流れるのをぼんやり眺めている中、『司書』の説明は続く。
「関係者の方から入ると、研究室が沢山並んでるんだよ。私の職場もその中にあるね」
「へえ。『司書』さんはどこの研究室なんですか?もし遠回りしてるんだったら……」
「大丈夫、どっちからでも行けるよ」
「それなら良かったです。ちなみに普段はどんな研究を?」
「主に『異常性』について。アレは運命すら変えられる代物だから」
「なるほど……たしかに、アレは凄いですよね」
鮮明にイメージが浮かぶのは志瑞空の『呵責』だけだが、それでも充分凄いということは分かる。
そうして話している間に、『司書』の足がふと止まった。
「ここだよ」
そうして指された扉には、たしかに『応接室』と書かれている。ここに通されて待たされる感じだろうか?
「ここも同じように、パスキーさえあれば自由に開けられるよ」
「本当にハイテクですね。話してる途中に関係ない人が入ってきたりしないんですか?」
「ここのパスキーは少し特殊でね。その時、その会談に関係ある人にしかパスキーが発行されない仕組みだよ。乱入とか絶対無理」
そう言いながら『司書』は明後日の方向に視線を送っていたが、「そういえば、」と飛鳥へ視線を戻した。
「対外的には『陰成室』全権代行は『室長』と呼ばれているけど、内部では別の呼ばれ方をするよ」
「そうなんですか?」
「うん。『陰成室』内部で『室長』っていうのは、各研究室の責任者、管理者のことを指すからね。全権代行まで室長って呼んでたら紛らわしいんだ」
「それはたしかに。なら、全権代行はどう呼ばれるんですか?」
飛鳥のその疑問に、『司書』は妖しく哂った。
志瑞の面影を感じさせるそれは、笑顔が本来攻撃的なものだということを思い出させる。おどろおどろしく、人の心がないような不気味さを感じさせ、しかしどこか悪戯っぽい雰囲気も若干滲ませて。
徐に、『司書』はドアノブを握る。
会談に無関係の者……つまり、飛鳥と『陰成室』全権代行にして『預言者』の人以外には開かれないはずの扉は、あっさりと開け放たれる。
それが意味することは、一つ。
「『司書』さ」
開いた口が塞がらない飛鳥に、畳み掛けるように彼女は言葉を紡いだ。
「じゃあ、改めまして。私は『陰成室』全権代行『司書』を務めている者だよ。御厨調、と名乗っているね。噂は予々聞き及んでいるよ、七世飛鳥ちゃん」
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