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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
一部三章『水無月クロニクル』
31/67

3−9

こんにちは。

今回は霧乃視点の過去回想回です。

では、どうぞ。

人生、たまには『何をやってもうまくいかない日』というものはある。

テストでうまくいかなかったとか、天気予報が外れたとか、ものを失くしたり落としたりしたとか、周囲に迷惑をかけてしまったとか、その規模は人による。

そして、城月霧乃にとっての『その日』は数年前のある梅雨の日だった。


いつものように、気のおけない親友の2人と出かけようとして、1人がドタキャン。

だからといって日程を変更できるような予定でもなく、どうしても今日行く必要があるのでもう1人の親友ー佳糸と二人で強行したら、『最強』だと信じていたはずの霧乃たちが全く歯が立たない相手で。

重傷を負いながら命からがら逃げ出したのはいいものの、佳糸は喘息の発作が出て、自分も思ったように魔力を練れなくなっていた。

今もこの症状は続いているから、恐らく、『あの迷宮』で負傷、敗走したその後遺症なのだろう。

そして、彼女は発作が落ち着いた頃には、ドタキャンした友人を恨んでいた。

『このことがわかってて、うちらを見捨てる選択をしたんやろ』と呪詛ばかり吐く佳糸の瞳はあまりに昏い。

……霧乃は『彼女にも相応の理由がある』と信じたかったが、それでもこの友情の罅は治らないと理解してしまった。

意気消沈しながらトボトボと帰宅したら、家は轟々と燃えていた。

慌てて『JoHN』本部の様子を見に行ったら、家族は全員死亡。

霧乃は城月家の中では落ちこぼれ。しかも手負いの状態だ。家族を殺せる相手に勝てる可能性は低いと判断して投降。

かくして家族の誇りだった『JoHN』は侵攻してきた魔術組織ー『御伽学院』の支配下に堕ちた。


それからというもの、必死に刃を研いできた。

いつか『JoHN』を取り戻す。『明白に嫌われた正義』ではなく『決して嫌われることのない正義』である為に。

しかし、以前の状態なら兎も角、魔力が生来の一割しか扱えなくなってしまった霧乃がその感覚に慣れるにはかなりの時間を要する。

扱える魔力の量が少ないのなら、よりコスパを良く、より緻密な制御で。

『御伽学院』に従うフリをして、『逆賊』だからと正当な評価を受けること無く虐げられるその陰で、休む間や食事の時間すら惜しんで研究、鍛錬を積み重ねた。


苦節三年。『御伽学院』の同盟で最大手の『評議会』が機能停止して二年。

その影響か、『御伽学院』は徐々に弱体化してきていた。自身の実力が不十分だと判断して臥薪嘗胆の心で鍛錬を続けていたが、そろそろ勝算が見えた。

もう少しで仕掛ける。


そう計画していた時に『彼』は現れた。


そもそも、『御伽学院』では昔から、朝は『HR』と称したミーティングで集まり、その後『授業』として様々な任務に駆り出される仕組みになっている。

一番下の学年が下っ端、平の中でも実績が少ない者で、実績に比例して学年も上がり、最高幹部が『生徒会』という組織体系だ。

霧乃は一番上の学年ではあるものの、『逆賊』として警戒されているし、業務妨害も受けている。

監視しやすいように敢えて高めの地位にしているのだろう。本当に面倒だ。いっそ低めの地位にしてくれた方が動きやすかったのだが。

そんないつもの『HR』。新しく『御伽学院』に加入した『転入生』として紹介されたのが『彼』、志瑞空であった。


彼は当時、『御伽学院』から酷く警戒されていた。

無理もない。『評議会』機能停止に深く関わっている人物だし、魔術組織を渡り歩いてはことごとく潰すから悪目立ちしていた。

情報をしっかり仕入れる魔術師であれば知っていて当然、要警戒対象の1人。『御伽学院』という大手の魔術組織で最高学年まで登り詰めている魔術師ならなおさらだ。


もっとも、どうしてそこまで危険視するのかあまり理解できていない人も少なくない。

お世辞にも強そうとは言えない見た目。全く感じられない魔力。

纏っている雰囲気こそ『元から人の心がない』ような悍ましさだが、それですらただの『虚勢』と考える人までいた。

そういった訳で、初対面の時に警戒を緩めなかったのは霧乃ただ一人だった。


彼が自己紹介を始めた頃には、最初の張りつめた雰囲気は消えて緩んでいた。

ましてや、当人ー志瑞が「名前忘れたけど取り敢えずここじゃない何処かから転校してきました、志瑞空です。エリート魔術師集団『御伽学院』の皆さん、仲良くしてくださいっ」なんて間の抜けたことを第一声に言い放ってしまう。

ただでさえ気の弛んでいた空間は更に締まらなくなってしまい、霧乃以外の全員が噴き出し、腹を抱える。

その途端、一瞬にしてその笑っていた全員が釘で串刺しになった。


「笑うなよ。人の冗談を笑うとは、人として最低だ」


志瑞がそのまま部屋を去ろうとするのを見て、霧乃は慌てて呼び止めた。

二度とない好機だ。

何をどうトチ狂って上層部が彼を引き入れて、且つ霧乃と同じ所属にしたのか……その真意は分かりかねるが、志瑞を仲間に引き入れたら、霧乃の復讐の成功率は跳ね上がる。

無論、勧誘が失敗しても彼が勝手に暴れるだけで勝算は上がっている。しかし、万が一を考えてもう少し心象を良くしておきたい。

そんな打算であった。


本心を知ってか知らずか、志瑞は立ち止まって律儀に振り返る。

霧乃は何から話そうかと逡巡したが、志瑞は何も言わない霧乃に不審感を覚えてか怪訝そうにしている。

ええいままよと勢いで話すことにした。


「その、良かったら、少しだけ話ができないか?本当に少しだけで良いのだが」

「……」


霧乃の言葉に志瑞はぴしりと硬直してしまう。

しまった。地雷を踏んでしまったか。

焦る霧乃。志瑞を敵に回してしまえば、こちらまで釘に刺されてしまいかねない。

なんとか挽回しようとしたその矢先、志瑞は真顔のままブワッと泣き出した。


もしや、とんでもなくやらかしたのか。

気が気でない霧乃は、しかし志瑞の次の一言で拍子抜けした。


「自己紹介に失敗した僕なんかにマトモに話しかけてくれるなんて……!」


……『這いよる混沌』とまで呼ばれたおどろおどろしい少年は、思ったより『普通』らしかった。

呆気にとられる霧乃を他所に、「それで?それで?僕に何か用事かな?てか『ITレンズ』つけてる?そもそも君の名前は?」とズイズイ詰め寄ってくる。

何だこの勢い。……というか、まだ名乗ってなかったな。


張り詰めていた糸のようなものが切れ、久々に笑いが自然に零れた。そして「城月霧乃だ」と素直に名乗る。


「城月……?」

「そうだが。どうした?」

「おかしいなぁ。識名ちゃんには『御伽学院』に入りたいって伝えたはずだけど。城月ちゃん。何で君が『此処』にいるの?『JoHN』所属じゃなかったっけ?」

「そのとおりだ。しかし、『JoHN』は数年前から生憎『御伽学院』に占領されている」

「へぇ。なるほど」


霧乃の説明に志瑞が首肯する。

どう話を切り出したものかと考えていたが、彼から話題にあげてくれるなら好都合。

霧乃がいざ話を始めようと口を開いた時、学内アナウンスが流れた。


『志瑞空。城月霧乃。至急『生徒会室』まで来なさい』


……なぜにアナウンス?

こういった個人への要件であれば、最初は『ITレンズ』のチャット機能か『伝達』魔術が使用されるか、使いを出すのが一般的。

末端の下っ端を呼び出す場合なら『放送』を使うこともあるだろうが、霧乃たちにそれは該当しない。

わざわざ『放送』を流すのは。

ふと志瑞の方をみやれば、「城月ちゃん。どうしたの?」なんて話しかけてくる。


「アナウンスを使った理由がイマイチ分からないから、意図を探っていた。そういう君は心当たりがあるのか?」

「さあ。僕が『釘を刺した』から僕を狙うようにって意味かもしれないし、僕が『ITレンズ』をまだ持ってないからかもしれないぜ?」

「……」


いずれにしろ志瑞のせいじゃないか?

喉元から出かかった言葉を抑え、「しかし、何故私まで。まあ、いいが」と頭の中で立てていた計画を調整し直すことにした。


なお、生徒会室にはあっさり到着した。

おかげで計画の見直しも完了し、ぶっつけ本番でも勝算は九割見込める。

本当はあと数日で実行予定だったが、志瑞が来て早速問題を起こしている。混乱に乗じて今日やってしまった方が良いという判断だ。


思考の整理もついたところだ。親睦を深めるためにも、志瑞に今の心境でも聞いてみようか。


「しかし、廊下が悲惨なことになっているな」


至る所、まるで藁人形みたいに釘で貫かれている遺体ばかりだ。

釘が得物である点はさておいて、こういったことは『御伽学院』なら日常茶飯事だ。

出世するために他人を蹴落としたり見捨てたり陥れたりで忙しいらしい。


「また内輪揉めでもしたか。今回は結構派手にやったようで」

「内輪揉めじゃあこうはならないよ」

「うん?それはまたどうして?」

「全員が全員同じように釘で串刺しなんて、どんな魔術、『異常性』でもそうはならない」

「それもそうか。なら、何だと考える?」


霧乃の結論に異を唱える志瑞の説明はなるほど確かに理に適っていた。

霧乃がひとまず納得して彼に尋ねたところ、志瑞は考える様子もなく即答した。


「これは明らかに第三者の仕業に違いない。どんな目的があって、こんな面白半分の惨劇を演出したのか分からないけど」

「なるほど……」


『御伽学院』は悪徳商法もしているし、誰に恨まれていたって可笑しくない。

そう思う傍ら、どうしてもある一点が気になった。

彼が着ている制服はまっさら新品だが……ポケットからはみ出ている布切れに赤いシミ。

それどころか、彼が今手にしている五寸釘にも鉄臭い液体がところどころ付着して固まっている。

もしかしなくても、これは。


霧乃の視線に気づいたか、志瑞は薄ら笑った。


「おっと。早とちりしないでくれ。僕が来た時には既にこうなっていたんだ。だから、僕は悪くない」

「……そうか」

「それはさておき、城月ちゃん」


突っ込んでしまうのも野暮というもの。

『這い寄る混沌』という二つ名に違わずなかなか愉快らしい彼の話を聞き流していた霧乃だったが、どんな感情かよく読めないニコニコした真顔で志瑞が切り出す。


「君が僕に何を話したかったのか知らない」

「……」


そういやそうだった。もっとも、こんなに壊滅している状況なら、助けを求める必要性も無さそうだが。


「ここの生徒会長サマは多分、僕に用事がある。君はその次いで。だから、僕と生徒会長サマの戦いになると思う」

「……」

「君は二人の争いに割り込むのさ。どちらにも属さない第三勢力として横車を押して割り込んで、しっちゃかめっちゃかにかき回してやるんだ。至極どうでもいい理由だと尚良し」

「それは志瑞、君の領分じゃないのか?」


霧乃はそう問うたが、志瑞はそれには答えずに「大丈夫」と微笑んだ。


「僕は善悪を問わず、一番弱い子の味方だよ」

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