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こんにちは。
では、早速、どうぞ。
「私も忙しいのでな。あとは二人で適当なところで話せ。ああ、そうそう。『依頼』を決めた際は私に報告を必ずするように」
そういって霧乃に執務室を追い出された飛鳥と志瑞は、『依頼』について話し合う場所として、喫茶店『ソーサリータクト』を選んだ。
『ソーサリータクト』。世界有数、五指に入るほどの経済力と独自の情報網を持つ舞月財閥が経営しており、実に100年を超える老舗だ。小洒落た雰囲気を醸し出しているためデートスポットとして利用する者も少なくないが、実際は客が互いに様子が観察しにくい間取りや程よい音量のBGMも相俟って密談にはうってつけの名店。桜坂市に拠点を構える魔術師なら誰でも利用したことがあるだろう。
かくいう飛鳥も、『JoHN』の事務仕事の一環とか、外勤中の休憩だとか、『軍』で世話になった魔術師との雑談で話に花を咲かせたりとか、様々な用途でこの店を利用している。馴染み深い場所だ。
たしかに、飛鳥の護衛となった志瑞は、元々の胡散臭さと店の雰囲気がマッチしていてお似合いである。むしろ胡散臭さを助長しているとも言えよう。
そも、志瑞も霧乃の『懐刀』という立場だったのだから、頻繁にこの店を利用していたのかもしれないが。
そして、店内で飛鳥が抱えている『依頼』『案件』全てを志瑞に見せて、彼がその中から選ぶという流れになるのだが……不審者極まりない志瑞を隣で歩かせたくない飛鳥が現地集合にしてほしいと頼んだところ、桜坂市は『軍』『JoHN』の本拠地があるから治安が良いからだろう、志瑞はあっさりと承諾した。
しめしめ。序に、道中で本命の『任務』を隠蔽してやろう。そうすれば、この自称『懐刀』な不審者と『恩人』が鉢合わせすることもない。
飛鳥がそう考えていたら、志瑞には「ちゃんと、全てデータを用意しておいてね?飛鳥ちゃん」と釘を刺されてしまった。勘の鋭い厄介な男だと思った。
閑話休題。
そういうわけで、飛鳥は素直に、特に細工することもなく件の待ち合わせ場所へとまっすぐ向かった。
入店するとともにカランカランと小気味の良いベル音が鳴り、店員の男性が出迎えた。
最近見かけるようになったその男がいつも通り人指し指をくるくると遊ばせているのをぼうっと見ながら席へ案内され、着席した後に適当にコーヒーを頼む。
あまり時間がかからずコーヒーが運ばれ、それを一口含んでから、密談のための前準備を始めた。
昔、魔術師の絡む裏の界隈での密談といえば『伝達』魔術が主であった。
簡潔に表現するとテレパシーの飛ばし合い。けれど、『伝達』魔術の魔術式は容易だったから、少し魔術を齧ってさえいれば誰でも傍聴できるというあるまじき欠点があった。
その傍聴のリスクを回避するため、このような喫茶店を利用したり、防音の効果を付与した『結界』魔術、傍聴対策に『伝達』魔術式を敢えて少し複雑にするなどの様々な対策がされていた。
それも確実な手段とは言えなかった。
まったくもって終わっている。こんな有り様で、どうやって機密事項を昔の魔術師はやり取りしていたのだろうか。
しかし、識名宇海、黒守采和という二人の偉人が、その問題点を解決した。
『伝達』の魔術式が改良されて、大人数への指示が容易になった。
更に、それをコンタクトレンズに付与することで、魔術師の素養がない者でもその『伝達』魔術が使用できることになった。
通信事業者が魔術師と提携したことで更に多くの魔術が付与され、そしてコスパ削減目的で全ての魔術式を統合した『通信』魔術が発表される。
『ITレンズ』と呼称されるこれは、あらゆるものの様々なステータスや情報を目線や思考だけで参照できる。
チャットは思考出力であり、電話も念話に近しい形態で可能。
スクリーンショット、スクリーンレコードの機能を使えば、自身が見た光景は全て記録しておける。これは緊急時には勝手に起動されるので、犯罪行為を目撃したり被害を受けたときも証拠の提出が楽になっている。
無論、画像、動画データなどの共有も簡単にできるようになっている。
ステータスの開示範囲も設定を弄れば調整できるので、他人の個人情報を得るにはITレンズの魔術式に干渉するしかない。かなり腕の立つ魔術師でないと、本人に知られずに弄るのは至難の業だろう。
そんなに便利な代物だから、今や世界中の人類全てが、ITレンズを装着している。
総括すると、魔術式の複雑化、ITレンズ、通信魔術のおかげで人類は『念話』でチャットする未来へ到達したと言える。
「うん。ほんと、科学の力ってすごいなあ」
そう独りごちる。
飛鳥に出来る前準備というのも精々、全ての依頼をまとめているデータファイルをいつでも共有できるようにしておくのが関の山だ。
フレンド登録をしておけば簡易チャットでいつでも送信できるので態々喫茶店に立ち寄る必要がないのだが、飛鳥は志瑞とフレンド登録をしていない。
していたとしても、飛鳥にとっては直接物申したいことがあったから、直接対面で話をしたがっただろうが。
当然あっという間に終わり、手持ち無沙汰になった飛鳥はそのデータファイルを開き、改めて依頼に目を通す。
だが、もう諳んじることすらできるほどには読んだ内容だから、あまり時間を要さず読み切ってしまう。
退屈で仕方なくなって貧乏揺すりをしてしまい、ついに堪らず、店員に一言断って一旦店外へと出て霧乃へと音声通話をつなげた。
霧乃の姿のホログラムが表示される。飛鳥が特に隠匿設定をしていないために通話相手が誰からでも見えてしまうが、桜坂市では特に問題がない。『JoHN』の本拠地で、敵性因子がいないのが常だからだ。
数年前までなら『評議会』と交戦中であったり、『御伽学院』が占領していたりとリスクがあっただろう。しかし、前者は『恩人』が機能停止、後者は、霧乃の言葉が真実ならば志瑞が壊滅させたようだ。
よってモーマンタイ。げんなりした様子の霧乃を相手に、そんなガバガバ理論を展開した飛鳥はやはり無警戒で通話をそのまま開始した。
「ちょっと、霧乃ちゃん!志瑞の奴、おっそいんだけど!」
『遅いも何も、執務室を出てからまだ15分じゃないか。君ならともかく、普通ならまだ着かないだろう。もう少し待ってみたらどうだ?』
「いやいや。たしかに私は人外だけど……私より遅いとか護衛として務まる?」
『彼の実力に関しては問題ない。私が保証しよう。飛鳥はただ、彼を信じ抜け』
「信じられるわけ無いじゃん……初対面で、あんな胡散臭いやつ」
『……そうか』
霧乃は、飛鳥の取り付く島もないような様子を見て、困ったように頭を掻いた。
『まあ、飛鳥の気持ちは理解したさ。けれど、せめて、彼を信じる私を信じることはできないか?』
「……」
『そもそも。私にとっては飛鳥、君の今の態度のほうが信用ならないのだが』
「えっ」
急に矛先が自分に向くと思っていなかった飛鳥が驚いていたが、『何驚いているんだ』とジト目の霧乃は呆れていた。
『君が実際どんな『依頼』に行きたかったのか。それそのものに私は興味がないよ。けれどね、一応君の抱えている情報は機密事項だという自覚を持ってくれ』
「だからこの喫茶店に来たんじゃん?」
『その判断は肯定しよう。だが、態々外に出て私に通話をかけたり、私の姿が出る設定を変えていなかったり、君の居場所が簡単にわかるようにしてある。再三言うようだが、飛鳥には自衛の能力はない。魔術師がどこかに潜んでいて、君から情報を今この瞬間にすっぱ抜かれていてもおかしくないんだぞ?』
「あ、」
『その様子だと、大声で話しているんだろう。つまり、念話、思考出力の設定すらしていないときた。最悪、『隠蔽』魔術を使っている魔術師が、飛鳥のITレンズの魔術式をハックしていたら?それでも笑って済ませられるか?』
「ご、ごめん」
『明日から動き始めるなら、設定は必ず調整することだな。魔術師界隈では当たり前だ』
「うん……分かった」
そういうものなのか、と脳内のやることリストに設定調整を追加しながら、飛鳥は黙って話を聞いていた。
霧乃はふう、と息をついて、『志瑞の名前も出してしまったのか……はあ……』と心配そうに眉を下げた。
「あいつの名前出すの、そんなにまずいの?」
『……空は、色んな方面から恨まれている魔術師だからな……』
「ゲェー。じゃあ巻き込まれるじゃん。ねえ霧乃ちゃん、今からでもクーリングオフさせてほしいな」
『生憎受け付けていない。まあ安心しろ、桜坂市は安全だし、……いや、多分ここでも絡まれはするかもしれないが、単独なら対応も容易なはず』
「わあ凄い。まったく安心できないや」
各方面から恨まれているとか、悪い魔術師がほぼいないここで絡まれる可能性を否定しきれないとか、容易だって断言できてないあたりが。
『とにかく。少なくとも約束を破る奴ではないのでな。店内に戻って大人しく彼を待ち給え』
雑に通信は切られ、すごすごと店内に戻って飛鳥が設定を弄り終えた後、更に10分経過して。
「やあ、遅れてごめん。早速始めよっか」
のほほんとした様子で現れた志瑞は、先程も見たアシンメトリーな学ランのまま現れたのだった。
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