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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
一部三章『水無月クロニクル』
24/69

3−2

こんにちは。

今日は飛鳥の過去編です。

では、どうぞ。

そこは、まるでこの世の地獄を煮込んだような、地獄という言葉すら生温い牢獄だった。


彼女に親はいない。

否、『親』なら存在する。

しかし、生みの親は忠誠心豊かな『評議会』幹部。まだ幼かった少女を人体実験の素材にと差し出した悪魔であり、その両親のことは『遺伝子を半分ずつ引き継いだだけの赤の他人』だと割り切っていた。

『評議会』での実験は過酷なもので、少女は早々に脱落してしまって、あっさりとその短い生涯を閉じた。

……そのはずだったのだが、どうやら三途の川を渡る前に、無理やり引き戻されたらしい。


少女に親はいない。

今の『親』とは、あくまでも彼女の身体を作製した者のことである。

血の繋がりがなくとも絆がある、などという綺麗事が当て嵌まるわけもなく、当然そこには『愛』も『情』もない。

少女自身もぼんやりとしか把握していないが、以前の少女本人の死後、作製者は『この世ならざるもの』で彼女の肉体を造った。

それがどういった物質かは少女には到底わからない。何が目的かもわからない。

『ダークマター』とでも言い表すべきソレに、どういった理由か少女の意識を移し、そうして化物、人外の『七世』は生まれたのだ。


とはいえ、最初から五体満足というわけではなかった。それどころか五体不満足……まるで達磨のような状態である。

『ダークマター』の量が足りなかったのか、純度百パーセントの『ダークマター』で錬成できたのは胴体と右腕のみ。手足は少女と同年代と思しき少年少女の遺体からもぎ取ったものを接合させようと、『評議会』の輩は必死であった。

しかし、伊達に『ダークマター』と呼ばれていない。酷く悍ましいナニカは人体にはなかなか適合しないらしく、接合された端からドロドロに溶けて自壊していた。拒絶反応である。

ならば、と今度は接合させる前に、なけなしの『ダークマター』を注射して馴染ませようという企みがあった。

だが、それも敢え無く失敗。注射をした段階で溶けていった。


だが、失敗が続いても、落胆こそあれど焦燥はなかった。

そもそも意識を移す段階から失敗が続いていた。本当に奇跡的な確率で、少女の意識の移し替えが成功したのだ。

しかも、記憶も、人格も、知性も、全て問題なし。一番の山場を超えたからこそ、後は消化試合ということらしかった。


彼女の肉体を完全なものにするために、誰かが無意味に殺され、死体を損壊されて尊厳を失う。


もう、嫌だ。私なんかが生き延びるために誰かが死ぬのなら、いっそ死にたい。殺して欲しい。


少女は自然とそう考えるようになった。


しかし、憎らしいことに、『生前』の実験での環境が嘘だったかのように『評議会』は万が一にも死なせまいとしていた。

食事を拒否したら栄養剤、水分を拒否したら生理食塩水を点滴される。

息を止めても、頭を強打し続けても、舌を噛み切っても、無駄に頑丈なこの肉体は生命活動を止めてくれやしない。

刃物や毒物、縄などの『危険物』は徹底的に排除されている。

そうこうしている間にも犠牲は積み重なっていく。その度に彼女は自分のことが嫌いになっていった。

無情にも着実にパーツは揃いつつあり、ついに五体満足になってしまった。目的は未だ分からないが、もう少し馴染んだらまたロクでもないことに駆り出されるだろう。


明るい未来なんて全く想像できなかった。

このまま、この牢獄の中で多くの犠牲を払いながら生を貪り朽ちていくのだと思っていた。


しかし、その『運命』は覆された。


それはある日のこと。

また一人、無能を晒した研究員が無駄にその命を絶たれてしまったらしい。現場を見てはいないけど、研究員が一人減ったから補充するという話を聞いて、そういう想像しか浮かばなくなっていた。

日常茶飯事。在り来りの出来事だ。

もうすっかり悴んでしまった心で受け入れていた少女は、その代わりに、と前線から移籍という形で配属されてきた『幹部候補』についても興味がなかった。

期待したって無駄。一人構成員が入れ替わったところでモノクロな日常の繰り返しであることに変わりは無い。

そして少女の思っていた通り、数日は何も変化がなかった。


……だが、『あの日』に全てがひっくり返った。


夜、いつも通り独房で体を休めていた少女は、外の騒々しさに目を覚ます。

何事かと檻の外を覗き見た彼女は、ぎょっと目を剥いた。

死体、死体、死体。

至る所に屍が転がっている。

全て杭のような何かで刺され、大量の鉄臭い赤の液体を水溜まりが出来るほどに流しながら絶命している。

着ている制服から、全て『評議会』構成員だとわかった。

ああ、敵襲か。少女はそう結論づけた。

人の恨みを買っていても可笑しくない組織だ。寧ろ今までこういった襲撃がなかったことの方が不思議……いや、もしかしたら今までは『評議会』の実力で処理出来ていたのかもしれないが、今回はそうもいかなかったということだろう。

物心ついた頃からずっと世話になっていた組織だが、全く同情心などは湧いてこなかった。清々とするような感情もない、ただひたすらにどうでも良い。

他人事のように死体をボーッと眺めていた彼女は、しかしある事実に思い至る。


こんなに『評議会』魔術師を虐殺できるなら、もしかして少女自身を殺すことだってできるのでは?


善は急げ。少女は檻を力ずくで捻じ曲げ、できたスキマをなんとかすり抜けて、音のする方向へ駆け出していく。

今までは理由もなかったから素直に収容されていたが、理由ができてしまった以上は檻の中で大人しくしている場合ではない。今ばかりはこの人外じみた馬鹿力に痛く感謝した。


音の発生源は意外と近く、直ぐにたどり着いた。

そこでは、少女が数奇な人生を辿ることになってしまった元凶……『作製者』の女性と一人の人間が会話をしていた。

その内容は彼女の人並み外れた聴力でも聞き取れなかったが、ちょうど要件は終わったのか『作製者』はその場を後にして姿を消してしまった。


残された人……『彼』は暫く『作製者』がいた方向を見つめていたが、やがて緊張を緩めたように息を吐いて振り返った。

そして、そこで『彼』と目が合った。

『彼』は少し驚いた様子だったが、やがて笑顔を浮かべた。

不思議と、少女が今まで見てきたどんな表情よりも、落ち着く雰囲気を発していた。


「『成功作』ちゃんだよね?見ての通り『評議会』は暫く動けないよ。だから、逃げるなら今のうちだ」


そして、少女への言葉も思いやりが感じられるそれで。

今まで感じたことの無い暖かさに、少女は戸惑っていた。


「……あなたが潰したの?」

「うん。そうだよ」

「元からそれが目的だった?」

「いや、潰そうと思ったのは昨日からだね」


なんとも短絡的な……否、破滅的ともいえる思考だが、少女はそれに助けられたのだから何も問題ない。

というか、配属された翌日に嫌気がさして潰されるなんて『評議会』も人選ミス甚だしい。


いや、そんなことはどうでもいい。

少女は目的を果たすべく口を開いた。


「たしかにこの様子なら『評議会』は機能停止する筈。あなたも『評議会』なんかに縛られないで済むと思う。けれど、私は生きていたくない」

「……」

「お願いします。私を、壊してください」


『彼』は表情を変えない。


「君はどうして死にたがるんだい?まだやりたいことが沢山あるだろうに」


そのまま疑問を呈した。

少女は思っている通りに素直に答える。


「……だって私は本当の『私』じゃない。生きていたいとか、死にたくないとか、そう思っていいのは『私』だけ」

「……」

「私は『人ならざるもの』。多くの犠牲を払って造られた『偽物』。そんなのが生き永らえてしまうなんて間違っている。そうでしょ?」

「……」

「しかも『化け物』だから遥かに長い寿命を孤独に生きなきゃいけない。そんなの嫌。あなたなら止められるはずだから、犠牲の上で成り立っている身体なんて要らないから、死人は生きちゃいけないから……だから、終わらせて欲しい」


そう言って頭を下げると、『彼』はしばらく考えた後に頷いてくれた。

やっと終われる。

少女は、胸を撫で下ろした。


「じゃあ、お願い」


そうして、目を瞑って静かに終わりの刻を待つ。

今まで辛かった。痛かった。生まれた意味なんてきっとなかった。

けれど、これできっといい。良いはずだから……。


なぜだろう。死ぬのは怖くなかったはずなのに。死ねるのは本望のはずなのに。体の震えは止まってくれない。

……というか、一向にトドメが刺されないのはどうして?


まったく痛みが走らないことに疑問符を浮かべ、まさか『彼』でも駄目なのだろうかという失望が襲ってきて、閉じていた目を開く。

そしてまた目を剥く羽目になった。

先程まで五体満足だった筈の『彼』は右腕を失っている。血をだくだくと流していた。


「あなた、それ大丈夫!?というかどうして私を殺さないの!?こんな体要らないって言ってるでしょ!」

「嫌だね。だって、初めて一人の女の子を好きになっちゃったし」

「はあ!?」


そんな馬鹿な。

だって、まともに会話したのは今日が初めてなのに。

いや、それより肝要なことがある。


「話聞いてるの!?」

「うん?ああ、勿論。ご丁寧に僕の腕を振り回している君の話は然と聞いているよ」


少女の問いにあっけらかんと答える『彼』だが、また別の衝撃的事実が振ってきて、また「はあ!?」と叫んだ。


「え、あ、これってあなたのなの!?」


慌てて右腕と『彼』を見比べる。肌の色などからしてたしかに『彼』のものに違いない。

嘘、今まで『ダークマター』に馴染ませることすらせずに一発本番で適合した例なんてないのに!


「だって、君が『化け物じゃあ嫌』みたいなこと言うから。仕方なく人間の『■■■』たる■■■の右腕をあげたのさ」


あまりの出血量。今にも倒れそうなほど顔は青ざめているのに、『彼』は幸福そうにニッコリと笑ってみせる。


「良かったね。これで、君も一部は『人間』だ」


少女は『彼』が注いできているもの……生まれて初めてまともに向けられた『愛情』をどう受け止めたら良いのか分からず、ただ感情のままに叫んだ。


「どうして!何回も言ってるでしょ、もういいんだって!こんなことされたって私は『紛い物』でしかないんだから!」

「煩いなぁ。そんなに『人間』じゃないと嫌かい?」

「当たり前でしょ!?」

「なんで?」

「だって、」


『彼』の問いに少女は一瞬言い淀んでしまった。

どうして『人間』がいいのか。

どんなに願ったって『人間』になんかなれないのに。

……いや、本心は自分でもわかりきっている。

『人間』で在りたいのではない。どうせ叶いやしない願いなど無意味だ。

それよりも『怪物』としての弊害が嫌だった。

とどのつまり。


「もう……一人ぼっちは嫌だよ……っ!」


『生前』は無機質な部屋で大勢に虐げられ、最期は誰にも看取られずに一人寂しくその生を終えた。

『今』は『実験』の時以外は基本放置される。誰も話しかけてくれることがない。

『将来』は無駄に長く生きてしまうだろう。『怪物』である故に。

孤独はもう懲り懲りだ。


彼女の言葉を聞いた『彼』は「そっか」とまた頷いた。

すん、すんと鼻水をすする少女を暫く見つめていた『彼』だったが、「なら、」と徐に口を開いた。


「二人ぼっちなら、平気かな?」

「……え、」


『彼』の言葉に彼女が顔を上げると、『彼』は少女に元々ついていた腕を拾い上げて、自分で切ったであろう右腕にくっつけようとしていた。

……『彼』が自壊してしまうかもしれない。


「ちょっと、やめ」

「大丈夫。僕は■■な質なんでね」


少女の制止も気に止めずそのまま腕を接着してしまった『彼』に、自壊する兆候は一切見受けられなかった。


「嘘……ほんとに適合しちゃった……」


呆然とする少女の右手を『彼』が握る。


「ほら。これで『二人ぼっち』だ」

「あ……」

「こんな可哀想な僕を置いて逝くつもりかい?独りぼっちは寂しいなぁ」


今まで悴んでいた心は、今思えば、この瞬間に解されきったのだ。


「そんなこと、ない」


どうしよう。自然に笑えるくらい嬉しいのに、涙が止まらない。

彼女は初めて『嬉し涙』を流した。


「仕方ないから、ずっと一緒にいてあげる」


ーーーかくして『七世飛鳥』は『生きる理由』を得た。

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