2−9
こんにちは。
昨日は地域の夏祭りに参加してきました。
ZUMBAが30分できるから、ソレ目当てですね。楽しかったです。
近況報告もほどほどに、それではどうぞ。
四つん這いのような姿勢になった汐宮が暫く呆然とする横で、飛鳥は志瑞に駆け寄った。
「ちょっと、志瑞!一体今までどこをほっつき歩いてたの!?」
「ごめんごめん、いろんな敵に絡まれちゃってさあ。遅くなっちゃった」
「はあ……いつもの体質ってわけですか、さいですか。ハイハイ、もう慣れましたー」
飛鳥の返しに志瑞が肩を竦めていると、識名がその会話に加わった。
「でもええとこに駆けつけてくれたやんな。負けはせんけど勝てもせん戦いやったから、ほんま助かったわ。おおきに」
「どういたしまして、識名ちゃん」
「でも、あれってやりすぎてない?」
「いやいや。あれくらいせんと復活するやろ」
ふと、汐宮に意識を戻すと、彼女はきょろ、きょろ、と誰かを探した後に、やがて諦めたのか芒洋とした笑顔をしていた。
……なぜか、懐古と、慈愛と、感謝が瞳に滲んでいるような気がする。
『……ありがとうございます』
訂正。気の所為ではなく、本当に感謝していたらしい。
しかし、聴覚も視覚も触覚も失った彼女に返事をする手段はとうにない。
どういたしまして、とか、何で感謝するのか、とか。そういった言葉を届ける手段はない。
なんなら、今彼女が使用している『伝達』魔術だって、現在つながっているこの通信を終わらせてしまえば二度と起動できないだろう。
『伝達』は、相手を強くイメージできないと正しく起動できない仕様。
故に、これが彼女が、しっかり相手を意識して言葉を贈ることができる、最期の機会。
なんとか返事ができないかと悩む飛鳥と、返事は兎も角、感謝される覚えなどないから困惑している識名。何を考えているのかよくわからない、真顔なままの志瑞。
しかし、当の本人は返事など求めていないらしい。話は一方的に展開されていく。
『やっと、終われます』
『いえ。正確には終わりなど永久に訪れませんから、『やっと裁かれた』と言いますか。何にせよ、私にはこの末路がお似合いでしょう』
沈黙がその場を支配している。
飛鳥は、嘘だと思った。
だって、絶対生きたがってた。
本当に裁かれたかったなら、どうしてゾンビなんか使ったのか。どうして識名と激しい戦いを繰り広げていたのか。
無抵抗でいればよかった。それだけじゃないの?
しかし、どうしたってモヤモヤした感情をぶつけられない。そうする術がない。
意思疎通もとれない、人の形をした何かに成り下がろうとしているのだから。
汐宮は続ける。
『私はずっと、待っていました。貴方のように、『呵責』してくださる誰かを』
『『容赦』する者はいました。怜くんの友人です。私の『不死』を『容赦』で消そうとしてくださったのです』
『……貴方、たしか、志瑞と呼ばれていましたね』
『そう、貴方のおじいさんが百年前、貴方と同じようなことを言ってくださったのですよ。この世界から君の『不死』を無かったことにする、と』
え、と飛鳥が思わず志瑞の方を見る。
特に驚いた様子もない。続けて識名の方も見るが、彼女も同様に既知の事実を聞いたような冷めた反応である。
知らなかったのは私だけ、とどこか疎外感を抱く飛鳥の様子など知る由もない汐宮の話は続いた。
『しかし、できませんでした』
『他にも、怜くんの妹さんは『否定』してくださった。けれど、『否定』では足りない』
『故に、ずっと、私の罪を『呵責』してほしかった』
段々と、その『声』は掠れていく。
ノイズが走り、途切れ途切れになっていた。
それでも、否、だからこそ汐宮は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
『独りになって暫く彷徨っていたら、名もなき集落を見つけました』
『そこで、有希くんのお孫さんに出会ったんです』
汐宮宥の言う『有希くん』とは、一条有希のことだろうか。
またもや出てきたビッグネーム。霧乃曰く、汐宮と同じく『JoHN』の初期構成員であり、『協会』再興に貢献した魔術師らしい。
『理由は定かではありません。色素の薄い髪、紅い瞳、陶器のように白い肌、彼が生まれたときに母が亡くなったこと、その後に父が精神を病んでしまったこと、立て続けに彼の周りで不幸が起こってしまったこと』
『何が原因か。全てが理由かもしれません。とはいえ、結局は間が悪かっただけでしょう。そういった訳で、彼は忌み子と呼ばれていました』
『私はどうしても彼を助けたかった。しかし外からの人間に対して異様に警戒心の強かった村人は言葉に耳を傾けることはありませんでしたし、幼い少年も大人の私に心を許しませんでした』
次第に声の速度が上がっていく。
焦燥が混じっていき、その色は濃くなっていた。
『だから子供のフリをしました。『魔装』で自分の姿を、素性を偽って、薄汚いと村人が感じるような孤児を演じました』
『そこから、彼とは順調に絆を育むことが出来ました。吊り橋効果も案外使えるものです』
『ですがある日、私がいつものように虐げられていたところを目撃してしまい、彼はその集落の人間を全て消してしまいました』
『以降、彼は心が不安定になってしまいました。私が傍にいて彼の『味方』でいなければ、世界を消してしまう』
『それを防ぐために工夫はしてきましたが限界は近い。だからこそ、貴方が来てくださって安心しました』
今まで丁寧だった昔話が、急ぎ足になっている。
連載していた漫画の打ち切りが決定して、なんとか最終話までに物語を完結させようとするような有様であった。
時間がよほど惜しいらしい。
飛鳥にとっては若干期待外れである。これでは飛鳥の『恩人』について何も分からない。
「もうちょっと詳細を話してくれませんか?打ち切り漫画じゃないんだから」
「無理な相談やろ。なんせ色んな意味で時間があらへん。ホンマに打ち切り漫画みたいなもんやで……ああ、七世はんはアホの子やから分からんか。すまんかった」
「心外!」
うがー!と鼻息を荒くして憤怒を顕にする飛鳥を識名が羽交い締めにした。
「うわ、『身体強化』なしでこの力とかゴリラやん。ゴリラ女やな」「しゃー!」「ゴリラ猫女やったわ」と軽口を叩かれる中、汐宮が志瑞へ語りかける。
『『呵責』の君、最期のお願いです』
『どうか。彼を、裁いてください』
「言われずとも。壊していいのは壊される覚悟のある奴だけだからね。ちゃんと、『釘を刺す』よ」
ああ、今は全聾だから聞こえないんだっけ?
そう呟いた志瑞が識名に視線を向けた。
「識名ちゃん。『伝達』頼むぜ」
「……しゃーないやっちゃ。貸しやで?」
志瑞の言葉に、識名はすぐに魔術式を展開した。
『災害に対して、甘いね』
『……』
『けど、そんな甘さは、嫌いじゃないぜ』
志瑞の言葉に、汐宮はふ、と気の抜けたように笑った。
そして、汐宮の言葉はもう脳に届かなくなった。
否。汐宮と入れ替わるように、
「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああ!???」
背後から、男の叫び声がした。
振り返った飛鳥は、思わず「ひぇ」と声を漏らした。
悍ましいほどの殺気を放っている、とても飛鳥より年少とは思えない少年。
返り血まみれであり、体中、血と瞳の赤に染まっている。
服装も血が滴るのは、肩、肘、腰、膝に釘が深々と突き刺さっているせいだろうか。
そのダメージの影響で歩き方はぎこちない。壊れかけのロボットのようだ。
否、むしろなぜ歩けているのかが不思議なのであるがーそんな彼は、ある一点を見つめて、怨嗟の表情を浮かべている。
「ああ、まだ動けたんだ。散々釘を刺したのに。凄いね」
彼の姿を見留めた志瑞が、心にも無い感想を零す。
ああうん。なんか薄々そうかなと思ってたけど、やっぱり釘は志瑞の仕業だったんだ。
げんなりと飛鳥が志瑞を見ている間も、志瑞の言葉は続いた。
「もしかして、汐宮ちゃんが君のお気に入りかな?彼女も釘を刺させてもらったよ」
少年は、ふるふる、と拳を震わせている。
「もっと具体的に言うなら、全ての感覚を無かったことにした。傷、死の概念すら壊せる君でも、『最初から存在していない』ものを『存在している』ものにする術はないよね」
びきり、びきり、と少年の額に青筋が立つ。
「でも大丈夫。人形としてなら、これからも永遠に君の傍にいられるさ」
「戯言をっ……!」
少年の放った『魔力撃』とは異なる弾幕を、志瑞はいとも簡単そうにひょい、ひょいと避けた。
そのことに更に少年が腹を立てた様子だったが、それとは対照的に志瑞の顔はどこか浮かない。
「しかし、まあ。思った通りに期待外れだ」
志瑞がふと口を開く。
「やっぱりこの程度じゃ、『ようさん』に勝てない」
小声のその言葉は、しかし周囲が沈黙を支配しているためか厭にはっきりと、鮮明に聞こえた。
「ようさん?誰だよ、それ。オレにとって唯一の『生きる理由』だったのに……それを色褪せさせてまで勝ちたい相手がいるのか?」
少年はそう怨嗟の声を漏らす。
ごう、ごうと激しく風が吹き荒れ、稲妻がそこら中を走り、空気がずっしりと重くなっていく。
自然と飛鳥の額から冷や汗が流れるが、識名と志瑞は涼しい顔をしていた。
瞬間、少年が駆け出した。
「え、えっと、これヤバイんじゃ」
「ヘーキやろ。もう直に片がつく」
狼狽える飛鳥に、識名はそう返してじっとことの成り行きを見守っている。
本当に大丈夫かな。そんな不安はありつつ飛鳥もソワソワと戦況を眺めることにした。
志瑞は服のポケットに手を入れたまま、空々しい笑みを浮かべている。人の心配や現在進行系で少年が殺しにかかっていることなど知らぬ存ぜぬといった様子だ。
「いるんだよ。目の色を変えてまで倒したくなる敵が」
「巫山戯るなっ!宥さんがいない世界など価値はない、全人類消えてしまえばいい!第一、彼女のいない世界に、一体何の意味があるっ!」
そう叫びながら、いつの間にか手にしたバタフライナイフを手に志瑞の懐まで迫っていた。
危ない、と思わず飛鳥が手を伸ばしたところで、地面から勢いよく生えた何十本もの釘が少年を突き刺した。
ごほ、と吐血する声が聴こえる。血がだくだくと釘が刺さったところから流れ出ては釘を伝って、地面に血溜まりを作っていく。
「最初から意味なんて無いよ」
志瑞は、少年を見ながら、彼の問いへの答えを口に出す。
「彼女がいようがいまいが、色褪せようが色褪せまいが、感覚があろうとなかろうと、世界に意味なんて無い。『ようさん』がいる限り、人間は無意味に生まれて、無関係に生きて、無価値に死ぬんだから」
釘刺しになっていた少年は暫く彼を睨みつけていたが、力尽きたのか、だらりと頭を垂れた。
腕からも力が抜け、ずっと握りっぱなしになっていたバタフライナイフも、からん、と音を立てて地面に落ちる。
「良かったね、一条凱くん。……汐宮ちゃんと同じ世界へようこそ」
汐宮と同じように少年ー一条凱から全ての感覚と運動神経を無かったことにした志瑞は、そこでやっと飛鳥たちに振り返った。
『結界』は消失して、いつも通りの景色をしていた。
明日は後日談になります。
それで2章は終わりです。
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