2−8
こんにちは。
暗くなるのが段々早くなってきたから、夏も終わりが近づいているのを感じますね。
2章ももう8話目です。
では、どうぞ。
汐宮の話は、静かで淡々としている。
しかし、年月と喪失の重さがずっしりと積み重なっているのを感じさせるものであった。
言葉の棘と甘さが同居していて、酷く人間くさい彼女だが、その甘さが手遅れというのが痛々しい。
自然と、ずんと沈んだような雰囲気になる。あまりの湿度、重力に誰も茶化せない。
「だから何や?」
否。識名が、嫌に冷めた様子で切り返した。
「ちょっと、識名さん」
「ええやんか。七世の質問には答えてもらえたんやから、うちの質問にも答えてくれたって、なあ?」
「それはそうだけど、空気読んでくださいよ」
「空気読むだけが正義やないやろ。そもそもなあ、」
そのまま口喧嘩に発展、ヒートアップしそうな勢いである。
そんな飛鳥と識名を止めようとした汐宮だったが、急にハッとした表情を浮かべて青褪めた。
流石に論争を中断して、二人して汐宮へ視線を向ける。
「……急にどうしたんです?」
『あの、お聞きしたいことがありまして』
「?」
『……もしかして、もう一人、貴女がたのお仲間がいらっしゃるのでしょうか』
「え、何で!?」
思わずぎょっとした飛鳥がそう叫ぶ。何でバレた、の何でである。
図星と言わんばかりの飛鳥の反応に識名が呆れながら、「ほんまにどないしたんや」と返した。
が、識名のその問いに答えることはなく。
『やはり、さようですか』
「『さようですか』ちゃうわ。どないしたんかって聞いとるんやけど?」
『……』
「シカトか?何や、うちからの質問にだけ答えへんとか喧嘩売っとんのか?ええで、上等や。売られた喧嘩は買う主義やねん」
「識名さん、どうどう」
「馬とちゃう」
そんな応酬の中、漸く汐宮が考えをまとめたらしく顔を上げた。
『……お願いが、ございます。今すぐ逃げてください』
「何でですか?まだ『制限時間』には程遠い」
『制限時間とか結界とか関係ありません、お仲間と合流してすぐに、可能な限り遠くまで』
「それは聞けない悩みだなあ」
瞬間、汐宮の影に、身の丈ほどの大きな釘が刺さった。
否、影から釘が生えてきたというべきか。
何はともあれ、『影縫い』が成立した状況である。汐宮もそれは察していて、解除をすべく『れかひ!』と詠唱した。
そして無事に起動されたらしく眩い光が生じた。……が、なぜか汐宮は動かない。
「……ッ?!」
否、足掻いてはいるのだが、まるで足が地面にくっついてしまったかのように、その場を離れられないのだ。
『どうして、』
思わずそう漏らす汐宮に、釘を刺した当人、志瑞は妖しく哂った。
「僕達が逃げたところで、もう直、この結界が壊れて世界中がジワジワと破壊されるんでしょ?逃げ場なんてどこにあるのさ」
『……』
「え、それってどういう」
「七世はん。ちょいだまりや」
「アッハイ」
汐宮は暫く唖然としていたが、やがて動けない現状を思い出したように再度藻掻く。
が、やはりてんで動けないらしい。
『れかひ、ぜ』
「風で自分を吹っ飛ばすのは尚更止めておいたほうが良いと思うぜ?」
それでも、と詠唱する汐宮を志瑞が止めた。
「君は、もう二度と動けない。案山子のように佇むことしかできない。吹っ飛んだら最後、二度と立ち上がれなくなるぜ」
『そんな訳、』
「じゃあ、腕を上げてみな?」
『え』
「ほら。だって、いつまでも首に剣が刺さって『伝達』で会話するのも不便でしょ?いつまでもそうしている理由も無いんだからさっさと抜けば良いじゃん」
そんな煽りを受けても尚、汐宮は動かない。
だが、識名も飛鳥も、その真意を察した。
確かにそのとおりだ。不死であること、声帯を使わずとも言霊での魔術を使用できることの証明のために自ら刺したのだから、さっさと抜けばよかったのだ。
本人はなぜか刺さったまま、頑なに『伝達』を使って話をしていたが。
現に、腕はだらんとしていて、ぷるぷるとしているが微塵も動く様子がない。
要は、動かないのではなく、動けないのだ。
「まあ、無理だよね。君の『運動神経』は最早存在しない」
『最早存在しない……まさか、』
「そう。異常性『呵責』。この世界から君の『運動神経』を無かったことにした」
『運動神経』。脳からの司令を筋肉に伝え、体を動かすための神経。
それが機能しないとなると、なるほどたしかに、筋肉を動かすことすら儘ならないだろう。
もう体を動かせないはずなのに、ぴしり、と硬直したような汐宮に、志瑞は続ける。
「歩けもしない、指を動かして普通に魔術を起動することも、口から言葉を発することも叶わない。もう誰も、君に死体を弄ばれなくていい」
志瑞はいつも通り哂っているように見えるのに、飛鳥には声に怒気がこもっているように感じたし、何より目が笑っていない。
更に、志瑞の言葉に、識名がウンウンと満足げに頷く。
飛鳥はそれを見て、目が覚めたような気分だった。
そうだ。悲恋のような話をしていたが、いかなる理由があっても人の死体を使い捨ての兵のように使って良いわけがない。
そもそも、『JoHN』の初期構成員な上に舞月財閥に勤めていた経験もあるのだ。倫理観は勿論しっかりしていて、正義感のある人であったはずで。
どうしてそんな彼女が、今こうして人を傷つけているのか?その疑問が全く解消できていない。
もしかして、汐宮の正体を知った時に識名が言っていた『うせやろ』という言葉も、不老不死ではなく、人を殺している事実に向けての言葉だったのかもしれなかった。
『あ、』
愕然とした表情の汐宮に、更に追い打ちをかけるように志瑞は続けた。
「そして、『運動神経』だけじゃない。当然、『平衡覚』も無かったことにする」
『……っ』
志瑞がそういった途端に膝が石畳を打つ乾いた音がした。
汐宮が、更に手を地面につく。
『いや、いや。やめて……っ』
気づけば、ずっと使っていた敬語すらなくなっていた。
もう、取り繕う余裕はなかったのだろう。
爪が地面を掻いて、血が滲む。
『これ以上、私から感覚を無かったことにしないで』
あまりにも哀れで、「志瑞」と呼び止めようとする飛鳥を、識名は軽く押さえた。
飛鳥も反対されると思っていたし、識名に勝てないことは理解している。強く抗うことは出来なかった。
『お願いだから、私から『感覚』を無かったことにしないで!』
あ、とどこか察した様子の識名は、「うわあ、言うてもうたな。終わったで、汐宮はん」と同情の視線を向ける。
飛鳥はそんな識名の態度に少し首を傾げ、しかし割とすぐに最悪の想像に行き着いた。
そして、その想像はあたることになる。
「おいおい、汐宮ちゃん止めてくれよ。僕、本当にそこまでするつもりはなかったのに」
志瑞の笑みは、より一層歪になった。
「消して、『五感』までだと思ってたのに」
志瑞がいつの間にか、ドリルのように激しく回転している、地面に刺さっている釘を片足で踏んで構えている。
その釘は一見普通の見た目だが、禍々しい雰囲気が感じられた。
「そんなキラーパスを出されちゃ、期待に応えるしかなくなるじゃない?」
『やめて……ッ!!!』
汐宮の必死の懇願も虚しく、志瑞はその釘を力強く踏み締め、地面に深く突き刺す。
一瞬、すべての音が消えた。
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