プロローグ 下
プロローグ続きです。
「え、ほんと!?」
霧乃からまさか、条件付きとは言えど受け入れてもらえると思っていなかった飛鳥が思わずそう返す。
それに対して霧乃は「まあまあ。話は最後まで聞き給え」と言って聞かせたが、興奮冷めやらぬ、嬉々とした様子で飛鳥は「わかってるって!で、何?その条件って何か教えてよ!」と先を促した。
だって、本当に許可を貰えるとは思っていなかったのだ。
七世飛鳥は特殊な経歴を抱えている。
元々『軍』の敵対組織『評議会』のモルモットだった彼女は、当時『評議会』構成員だった某魔術師によって『評議会』から救出された。
更に同日、同一人物によって『評議会』は機能停止。飛鳥は『軍』に預けられた。
戸籍も何も持ち合わせていなかった彼女を、『軍』は生活保護受給者として保護観察し始めた。事が事なので、次期全権代行という実質No.2がその監視役に任命されていたのだが、その監視役とは気のおけない仲にまで進展した。悪徳だったり利己的な者が多い魔術師界隈でも聖人が多く所属する『軍』の幹部。実力があり、人柄も良い彼は、数年後に飛鳥が庇護下を抜けたいと相談した際も力になってくれた。
そして、彼の協力もあって彼女自身の意思で『JoHN』に加入できたのだが、その際に『軍』から『JoHN』には、『軍事利用を決してしない』『監視をする』という指示があった。
その指示を守るべく、霧乃は敢えて『秘書』として彼女を身近に置いていた。
『依頼』消化なんて任せた日には、その条件を2つとも達せなくなってしまう。
『軍』からのペナルティが恐ろしいし、そもそもモルモットとは言えど、『評議会』残党であることには相違ないのだ。
どんな危険行動に及ぶか分からない飛鳥を監視の外にはおけない。どんな為人であったとしても、政治的には認めることができない。
霧乃は『JoHN』構成員全員の立場を、財産を、経歴を、家族を、そして何より命を守る最善だと判断してこそ、100回飛鳥が頼み込んでも断り続けていたはずで。
つまり、政治的にも立場的にも、飛鳥に『自由な行動』が許される余地はほぼなかったのだ。
それを踏まえて、それでも覚悟を決めて飛鳥は頼み込んでいたし、一万回断られたら例え先が荊棘の道であったとしても脱走してしまおう、なんて考えていた。
そうしたら、101回目で認めてもらえた。
どんな不利な条件であったとしても、霧乃も、『軍』の庇護下にいたときの監視役との関係を壊さなくて良いのなら重畳だから、受け入れる気満々だった。
そんな飛鳥の内心を知ってか知らずか、霧乃は「そ、そうか」と若干飛鳥の勢いに押されたように相槌して、その肝心の『条件』を話し始めた。
「1つ目。飛鳥は戦闘能力がないだろう?」
「そうかな。一応、腕力と脚力、あと体幹は自信あるけど……」
「たしかに人並み外れた身体能力だ、そこは否定できない事実さ」
「うん、じゃあ、」
「しかし、魔術はその程度の差であれば容易にひっくり返せる。飛鳥、君には魔術の知識がまるでないから、魔術を使われたら対処が難しい……どころか、一瞬で詰みになりかねない」
懇々と霧乃がそう説明するのだが、飛鳥は首をかしげた。全く実感が伴わないのだ。
なんせ魔術師との戦闘経験など皆無だし、『恩人』は魔術など使わなくてもバッサバッサと魔術師を倒していたように思う。
……いや、一回だけ魔術師との戦闘はあったか。
だが、『あれ』は相手が規格外すぎるので除外した。
そんな規格外がごろごろ転がっているはずもないし、そもそも魔術一発で詰みなんて、そんなことあるんだろうか?
理解はともかく納得できない様子の飛鳥に構わず霧乃は話を続けた。
「とにかく。そういうわけで、君に『護衛』をつける。緊急時はその『護衛』の指示に従え」
「……まあ、いいけど……」
『護衛』とやらに『恩人』探しが妨害されないと良いのだが。
そんな心配が脳裏を過ったが、思考の隅へと追いやって、「その『護衛』って誰なの?」と尋ねた。
その問に、霧乃は悪戯が成功した子どものように悪どいドヤ顔を浮かべる。
「え、何その顔。どんなヤバい人を押し付けられるの……?」
「説明しよう。あれは確か、『JoHN』が『御伽学院』に占領されていた頃ー」
「いやその説明知ってるから要らない」
「くぅーん……」
耳にたこが出来るほど聞き飽きた話に飛鳥が話を遮ったら、霧乃はしゅんとした表情であからさまに落胆していた。
一方飛鳥は、ああ、『懐刀』か、と胸中で納得した。
『懐刀』。『JoHN』内部では都市伝説のように実しやかに語られる存在だ。
曰く、『JoHN』が『御伽学院』に占領されていた頃に乗り込んできて、たった一日で『御伽学院』を壊滅にまで追い込んだ。
曰く、『JoHN』全権代行と契約を交わしたため、普段は部外者だが、緊急時には、現在の全権代行である霧乃に次ぐ発言権を持っている。
曰く、霧乃から直接『依頼』を受け、過程はどうあれ確実に『目的』を果たして結果を残すため、人事評価が最も高い。
曰く、霧乃しか顔、声、名前を知らない。
霧乃からは何度も、同じような語り口から、まるで『自分で造った最強のアバター』を紹介するようなノリでエピソードが語られるものだから、ついつい遮ってしまったのだ。
飛鳥ですら半信半疑。ただ、『依頼』の消化状況などを鑑みれば、まあ確かにそれらしい魔術師は在籍しているのであろうというのが結論であった。
しかし、最高戦力の『懐刀』を飛鳥の『護衛』にするとはなんともまあ大盤振る舞いである。むしろ今の繁忙期には『懐刀』を手元から離したくないだろうに。
それだけ飛鳥の存在が地雷だということでもあるのだが。
気を取り直した霧乃は、話を再開した。
「さて。まあ、飛鳥は何度も聞いたから話だけ知っているとは思うが、『護衛』は『懐刀』だ。彼に『護衛』を頼んだ際、君が彼の望んだ依頼を斡旋するように託かったからな。対処する依頼も限られている」
「ゲェー!私の意思で対処する依頼を選べないってことじゃん!」
「仕方ないだろう。色んな意味で、飛鳥はそんじょそこらの魔術師には預けられない。私がここを離れるわけにもいかない以上、任せられるのは彼しかいないのさ」
「そうだけど!……そうだけど、さあ……」
これじゃ、『恩人』を探せないじゃん。
飛鳥は内心、甚だ落胆していた。
せっかく、『恩人』が行きそうな依頼をピックアップして、他の人にとられないように調整していたというのに。
そして、『依頼』消化を自分が担当できるようになったら、真っ先にその依頼を消化しに行こうと考えていたのだ。
『恩人』の名前はおろか、顔も声も覚えていないけれど、望まれない命であっただろう飛鳥を助けて、広い世界へと連れ出してくれたくらいだ。
『彼』にとってどんな意味があったのかは分からない。けれど、何にせよ、飛鳥にとっては『その日』世界に色が戻り、飛鳥の人生は救われた。夢にまで見るほど、彼の言葉一つ一つを覚えている。
きっと、嘸かし、正義感と人情に溢れた為人だろうと想像していた。想像通りの性格であったなら間違いなく義憤に駆られるだろう事件を探して、他の並大抵の魔術師では対処できないと判断したものばかりを集めたのだ。
しかし、その努力が水泡に帰すかもしれない。
……否。飛鳥はペシミストではない。救われた瞬間からはオプティミストなのだ。
まだだ。
だって、『懐刀』が、『軍』で世話になった魔術師や『恩人』くらい良い人柄であれば、飛鳥がピックアップしたその『依頼』の消化を優先してくれるかもしれない。
或いは、『依頼』消化という建前でなくても協力してくれるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、飛鳥はそわそわとその『懐刀』を待つ。
そう時間が立たないうちに件の『懐刀』が到着したらしく、霧乃がなんとはなしに「入ってきたまえ」と入室を促した。
して、入ってきた『懐刀』とされる魔術師の姿を見てー飛鳥の目からハイライトが失われた。
黒髪、少し跳ねた感じの癖っ毛。
飛鳥の同年代の少年としては少し小柄、ひ弱そうな体格。
ぱっちりとした大きめの藍色の瞳、童顔っぽい顔つき、にこにこと笑っている表情。
少なくとも地元、桜坂市では全く見ない学ランの制服は、右腕は長袖、左腕は半袖でデザインされていて、右手は手袋を着けているのに左手は素手とアシンメトリーなスタイル。
どう見たって歴戦の魔術師には見えない。『懐刀』と呼ばれる以上は確実に何かあるのだとは思うが、霧乃の贔屓目も入っているのではないかと邪推してしまうほどに、彼には強者特有の雰囲気そのものが感じられなかった。
むしろ、どこか不気味というか、狂気に引きずり込まれそうというか、混沌、底なしの闇のようなオーラを醸し出している。
有り体に言ってしまえば、どうしようもなく彼は胡散臭かった。
だめだ、と飛鳥は思った。
だって、きっと彼には正義感のかけらもない。人情だってあるかどうか怪しい。それどころか人を曇らせては『人の不幸は蜜の味』などと言って嗤い、愉悦に浸りそうなまである。
『恩人』だって彼を見たら『悪役』としてやっつけるはずだ。感動的な再会なんて台無しに違いない。下手したら飛鳥まで敵と勘違いされるかもしれない。
なんせ見た目がすでに不審者だ。見た目アシンメトリーとか今どき流行らないって。こんなの不審者コンテスト優勝じゃないか。
いや何だその大会。
飛鳥の目的の達成が絶望的すぎて思考が錯綜としていたが、そこでやっと我に返った。
「チェンジで」と言いたいのも山々。それを言ってしまえば土下座を繰り返す日々に逆戻りだ。
もしくは『JoHN』から逃げ出す序に『国際魔術連合』、ひいては世界中の魔術師まで敵に回すか。
最悪の選択肢である。
何の言の葉も継げずにいる飛鳥だが、一方の彼はといえば、飛鳥をみた瞬間少しだけ目を見開いたかと思えば霧乃をみやった。
暫く互いが鋭い視線でにらみ合い、火花が散っていたが、軈て観念したように少年がため息をつく。
ため息をつきたいのは私だと飛鳥は思ったが、霧乃が「……特に反論はなさそうだな」と話を強引におさめてしまった。
「さて。このあとは二人で話し合ってもらえれば良いんだが。解散する前に、自己紹介くらいはしておけ?」
にやにやと彼を見る霧乃に構わず、少年は飛鳥に左手を差し出して自己紹介をした。
「やあ、飛鳥ちゃん。君の噂は、霧乃ちゃんから予予聞いていたよ。僕は志瑞空。……僕は、いつだってもっとも弱い子の味方だからね。君はしっかり守り抜くよ。よろしくね」
……やっぱクーリングオフしたいよぉ。いっそ外出できなくてもいいからチェンジさせてほしい。
志瑞と名乗った少年の声で益々胡散臭さが増したから、飛鳥は心底そう思った。
明日からは1章に本格的に入ります。
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