2−6
こんにちは。
そういえば識名ちゃんの関西弁ですが、識名ちゃんが関西出身とかそういうわけではないです。
私も関西にいたことは皆無ですが、テンション高いとエセ関西弁が出ます。それと似たようなものです。
では、どうぞ。
「なんやその顔。死んだ思うてたんか?」
呆然としている女に識名がそう声をかけると、図星なのかギクリと肩が揺れた。
「はーん、図星か。うちらより随分年上で経験も知識も豊富やろうに、無駄に年だけ食ったオバハンとか需要ないで?」
「え、」
年上?経験も知識も豊富?
識名の煽りに飛鳥が女と識名を何度も見比べるが、全くそうは見えない。女の見た目が若すぎるのだ。飛鳥より年下だと言われても納得できるほどに。
飛鳥の困惑を他所に、識名は続けた。
「他の有象無象にはそれは通用したかもしらん。そりゃそうや、無限に等しい魔力量で馬鹿みたいな火力を叩き出してこの辺一掃してたら、そんじょそこらの魔術師なら手も足も出えへん。それに、ゾンビ生成で数を用意できる、魔術も何をどうやったのかは知らんけど、『声』に魔力を付与して、魔術式の代わりに『言霊』を利用して、更に相手にわからないように逆さ言葉にしてんねやろ?バケモンみたいな魔力量、見た目にそぐわぬ経験と知識の賜物やね」
説明を聞いて、飛鳥は手槌をついた。
『くよつ』は『つよく』即ち『強化』。
『ちづい』は『いづち』、『稲光』という雷を落とす魔術。
『うそま』は『魔装』だし、『んがんだ』は『弾丸』をイメージしたのだろう。
他にも『くたか』で防御を固めていたし、『んれぐ』は『紅蓮』という激しい炎を生じさせる魔術。『べか』は『障壁』魔術だろうか。
何度も聞く『ろれきちた』は、『断ち切れろ』……『魔力撃』を展開して斬撃を飛ばしていたということだ。
魔術式を展開しないから、相手が魔術式に介入する隙がない。発動タイミングすらわからないから、自分が先手をとりやすい。
言霊のギミックを見破ったとして、法則性を見抜けないと対策は困難だ。
破格の性能。使わない選択肢などないだろう。
しかし、経験と知識だけでは使いこなせない代物だということも予想できた。
だって、今も昔も知識、経験量だけなら条件を満たした魔術師が山程いたはずだ。
また、詠唱だけで魔術を使えたら、というのも誰でも行き着く発想である。
だが、現実、詠唱で魔術を使用する人の噂などてんで聞かない。
魔術式をいかに素早く解読するのかが鍵だと言われている魔術師界隈で、魔術式を展開しないとなると確実に悪目立ちするはずだが、それでも尚である。
それこそ、識名が言った通り『バケモンみたいな魔力量』が要求されるのだろう。先人たちもその課題に直面して断念してきたのかもしれない。
今も尚、『詠唱のみで魔術を起動する』ことはファンタジーの領域なのである。
昔、現海が嬉々と、目を爛々として『魔術学会のロマン』を語ってくれたことを飛鳥は思い出していた。
現海さんを連れて行ったら、嘸かし喜んだだろう。彼を連れて行かなかったことが惜しまれる。
閑話休題。
本当に図星なのか暫く硬直していた敵だったが、やがて、不敵な笑みを浮かべる。
「だから、どうなさるので?」
初めて言霊以外で言葉を発した女の声は、音楽のようなすべすべとした調子のそれだった。
聞いていて心地がよくなるほど澄み渡った声。しかし同時に絶対零度の氷のような凍てつきも感じさせる。
口角こそ上がっているものの、視線は厳しいように見受けられた。
犇々と殺気が浴びせられる中、識名は何処吹く風。どうといった様子もなく返事を返す。
「声帯さえ封じてしまえば普通の魔術師と変わらんゆうことや。なんなら身動きを封じることも余裕のヨッチャンやな」
「識名さん、またそういう事言う……」
自信満々な発言をすることもあるが、謙遜を通り越して厭味かと思うほどの低姿勢で凡人を自称することもある識名に、飛鳥は呆れて息をついた。
自信に満ち溢れているのか、自尊心が無いのか、ぜひはっきりしてほしい。
識名の根拠があるようであまり無さそうな強気な態度に対し、女はにこ、と不敵な笑みを朗らかなそれに変えた。
「さようで。では、実際に試し、結果をご覧に入れましょう」
「ほーん?どういうこっちゃ。態々やられてくれるんか」
「いえ、貴女にそんな手間などかけさせません」
識名の問いに、女は笑みを崩さないまま首を横に振った。
「ほなら、どうすんねん?」
「ふふ。どうするか、など自明の理でございましょう?」
徐ろに、剣を持ち上げる。
少し構えていたかと思えば、持ち替えて切っ先を己の首筋へと向け、そのまま深々と突き刺した。
「えっ」
まさかの自害、利敵行為に困惑を隠せない飛鳥とは対照的に、識名は警戒を続けていた。
女は剣が首に刺さったまま、剣の柄から手を離す。さらに、降参のようなポーズで、口を固く結んだままそこに佇んだ。
「不死やんけ……」
面倒やなあと肩を竦めた識名だったが、突然剣を振り上げた。
空を切っただけのように飛鳥には見えたが、……時間差で剣が砕けて消失し、ツー、と識名の頬を切り傷が走ったことで、背筋が凍った。
『あら、脳天目掛けて『魔力撃』を飛ばしたかと存じますが。反射で軌道を逸らされてしまいましたか』
笑みを崩さないままの女は口を閉じたまま、首に剣が刺さっているから碌に声も出せないはずなのだが、頭の中に声が響いてくる。
「『伝達』魔術を使う場合でも適用されるんかいな。チートやん」
という識名の言葉と舌打ちで、『伝達魔術』を使ったのだと、飛鳥はようやく合点がいった。
いつの間に魔術式を展開していたのだろうか。
いや、この不老不死らしい女のことだ。『言霊』『詠唱』のみでの魔術使用というロマン?を実現させたのなら、それ以外の別のトリガーで魔術を起動できてもおかしくないのかもしれない。
『チートだなんて人聞きが悪くございます。こんなものは本物のチートの足元にも及びませんので』
「ほーん。本当のチートってじゃあ何や?」
『『異常性』でございましょう。それも、『決意』が最も強力だと存じます。アレは、世界を騙すことすら可能な故に』
またも『異常性』の言葉が出てきた。最近よくこの言葉を聞くような気がする。
飛鳥が選んだ依頼って、『異常性』……否、『異常性』モドキの案件が多いのだろうか。
うーん、と飛鳥が頭を悩ませる中、識名は「『決意』……まあ、記録を読む限りは確かにチートやね」と苦笑を浮かべていた。
同意を得られた女は『そうでございましょう?』と、表情こそ微笑みから変わっていないものの、雰囲気は少し和らいだ。
識名は続ける。
「詠唱だけで魔術を起動するんは『決意』に近しい何かを感じんねんけど。実際のとこどうなん?」
『そう感じてくださるとは、極めて感激でございます。ええ、ええ。その通り、『決意』を使う『彼』に私は憧れておりました』
「……『彼』?」
首を傾げた識名と飛鳥に、女は遥か遠い昔を思い浮かべるように遠い目をした。
『城月怜。ご存知でしょうか?』
「友人の先祖やし、教科書にも載っとる。誰でも知っとるんとちゃう?」
「うん、私もたくさん耳にしたよ」
『ふふ、流石は怜くん』
本当に、友人の活躍を誇らしく思うような普通の女性の反応をするから、先程の戦闘とのギャップで更に困惑が深まる。
何だ、これ。さっきまで敵意をバチバチに向けてきていた人と同一人物とは思えない。
その当惑に応えるように、女はこう話す。
『……私の数少ない自慢でございますが、かつて、彼と同じ部隊に所属しておりました』
「失礼ですが、」
そして、今まで話していた口調からいきなり敬語に切り替えた識名が、「お名前を伺っても?」と尋ねた。
『ああ、失礼いたしました』
敵だというのに律儀に謝罪をしてみせた女性は、そのまま名乗る。
『初めまして。汐宮宥と申します』
奇しくもそれは、霧乃の先祖の大切な仲間の一人とされていた人の名前と同じだった。
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