2−5
こんにちは。
充分寝てるはずなのに足りない感じ。
お盆明け早々にこれはヤバいですね。
では、どうぞ。
斬撃を飛ばしたのは、解れが目立つ白いワンピースを着た、飛鳥と同年代くらいの少女だ。
病的なほどに肌白く、腰ほどまでの長い銀髪を靡かせ、敵意に満ちた紅い瞳をこちらへと向けている。
すう、と息を吸ったかと思えば、少女は口を動かした。
『くよつ』
瞬間、彼女の周囲で魔力が奔流し、彼女を中心に凝縮されて爆発音が収まる。
このエフェクトは飛鳥も何度か見たので覚えている。『強化』だ。
一時的に指定した範囲ー基本は身体能力ーを大きく向上させる、言わばバフである。『身体強化』を使えば体術の威力や自然治癒の速度上昇、回避しやすい、体が丈夫になって負傷しにくくなる、視力や聴覚の向上など様々な恩恵を受けられる。
消費魔力量もゼロに等しい。使う魔力量を増やせばその分倍率を上げられるのも長所だろう。
このようにあまりに使い勝手が良いから、ほぼすべての魔術師が頻繁に使用している。『身体強化』をしないのはもはや自殺行為だとすら言われている。
飛鳥もいつか使ってみたい魔術なのだが、飛鳥自身はそんなことより困惑していることがあった。
「魔術式無しで魔術が起動した……?」
ありえない。飛鳥は恐れ慄いた。
魔術を使用する場合、いかなる種類のものを、指先ではなく脳内で、省略されたものを展開したとしても、起動した瞬間に魔術式が一瞬浮かぶのだ。
その魔術式から相手の行動や意図を読み、魔術を相殺したり避けたり受け流したりするのが、魔術師の戦闘の定石である。
しかし、人外並の動体視力を持つ(自他公認)飛鳥の目をもってしても、魔術式が捉えられない。おそらく、本当に魔術式が現れていないのだろう。
魔術式が浮かばないとなると、すわ『異常性』かと身構えたが、『異常性』はエフェクトも出ない。
識名も同じ思考に至っているのか少し眉を顰め、魔術式を二つ展開する。
今度は識名の周囲を魔力が激しく流れていることから『身体強化』が使われたことは察せられた。
しかし、瞳が翡翠色に染まってぼんやり灯るのはどんな魔術だろうか?
飛鳥が頭に疑問符を浮かべていると、また声が響く。
『ちづい』
刹那、識名の姿が大きくぶれた。その直後に、『稲光』……大きな稲妻が、先程まで識名がいた場所を光速で通り過ぎる。
慌てて識名の姿を目で追うと、識名は敵の周囲をぐるぐる、ジグザグと撹乱するように駆けて、着実に距離を詰めている。
飛鳥だから目で追えているだけで、一般人であれば到底目に追えないだろう。しかし、銀髪の女は『身体強化』を……エフェクトからしておそらくかなり高い倍率で使用していると思われた。
見えているのだろう、実際に目線を識名の姿に合わせて、『うそま』『んがんだ』などと呟き、その度に魔力で生成されたあらゆる種類の武器、魔力の塊が識名に襲いかかる。
識名も最低限の動きで、体軸を大きくずらすことなく避けたり、『魔装』の剣で斬り払ったりしている。空いている左手の指をくるくる動かして魔術式を展開、起動した瞬間、手に持っていた武器が剣から短剣に切り替わる。
そのまま敵の背後まで迫り、胴を目掛けて短剣を突き刺すように振り下ろした。女は後ろ手に、『うそま』と呟いた瞬間に生成された大剣を斜め下から横へ、振り上げるように薙いで防ぐ。
瞬間、がぎいん!と剣戟の音が大きく響いて、火花が散った。
女が識名を正面に振り向いて上がった大剣を振り下ろすが、識名は大きく後ろへ回転しながら飛び退き、短剣で今度は女の額を狙って突く。
瞬間、女は『くたか』と唱え、左手で短剣の切っ先を防いだ。やはり鈍い音を立てて短剣が進まず、そのまま大剣を横に大きく薙いだのを識名が再度後退して避けた。
その後、女は複数回『んれぐ』と唱える。すると識名へ紅蓮の炎が襲いかかってきた。びゅうううううう、と大きく風の音が立つほどに高速で移動している彼女は『障壁』を展開して防ぎつつ、更に魔術式を展開する。
刹那、識名の瞳が再び翡翠色に染まる。
すると、またもや識名の姿が大きくぶれ、残像を残して識名の姿が消える。
刹那、識名がドロップキックで銀髪の女の腹部を蹴って大きく吹っ飛ばしていた。
「えっ!」
あまりもの速度に飛鳥は目を白黒させた。
しかし、銀髪の女は大きく後退したものの、まるで堪えた様子もなく着地して大剣を地面に突き刺し、体を固定する。
その間にも識名の姿は早すぎて見えないが、おそらく『魔力撃』を使用しているのだろう。魔力の塊が流星群のように敵に降り注ぎ、女はそれを大剣で薙ぎ払っていた。
いつの間にか女の頭上に迫っていた識名が、落下しながら短剣を大きく下へ繰り出す。
は、とした表情で女は慌てたように大剣を上に構えて防いだ。大きく火花を散らして拮抗した状態が数秒ほど続いたが、『ろぜは』という女の詠唱でその拮抗は幕を閉じ、女を中心に大きく爆発した。
また空中へ緊急回避していた識名は着地して体勢を整え、再度『身体強化』を貼り直してから接近する。
出迎えようと女が大剣を構えたところで『隠蔽』の魔術式が展開され、識名の姿が透明になった。
彼女を見失ったのであろう敵が視線を右往左往させていると、女の背後で『隠蔽』の効果が切れた識名が姿を現し、著しい速度で短剣を突く。
『べか』と女が焦った様子で叫び、瞬間識名の眼の前に地面から土が迫り上がる。識名は特に慌てた様子もなく魔術式を展開し、大きく識名の肉体が浮かび上がる。
壁の高さを超えた辺りで『浮遊』魔術を切り、壁に着地して、大きく土煙をあげながら滑り落ちていく。
壁の中程あたりで、たん、と壁を軽く蹴り、体を回転させて勢いをつけながら自由落下の速度で落ちていった識名は、短剣に魔力を付与して銀髪の女目掛けて振り下ろした。
女がそれを大剣で受け止め、瞬間、あまりもの衝撃に地面に罅が入り、大きく爆発した。
爆風を利用して後ろに下がって着地して体勢を整えた後、突撃した識名と女とで、短剣と大剣の苛烈な剣戟が繰り広げられるのを見て、完全に蚊帳の外の飛鳥は、ひゃあ、と思わず声を漏らした。
現海さんもそうだけど、やっぱり識名さん、すごいなあ。私もこんくらい強くなったら、『恩人』の役に立てるかな?
魔術を使えない飛鳥を心配する霧乃や現海の気持ちがやっと理解できた。たしかにこんな戦いについていける気はしない。
あとで戦い方を教えてもらうべきか少し悩む飛鳥であった。
飛鳥が呑気に感心している間にも剣の激しい打ち合いは続いていた。
しかし、女が口を開いた瞬間に識名は目を見開いて、飛鳥から見ても過剰ではないかと思うほどに大きく後ろに飛び退く。
更に『障壁』の魔術式が何重にも展開され、何事かと困惑した瞬間。
『ろれきちた』という言葉とともに、轟々と赤い一閃の光が地平を薙いだ。
「うひゃあ!?」と奇声を上げつつ飛鳥が跳んで避ける中、識名の展開した『障壁』も一枚を残して全て壊れた。その残った一枚も罅割れていて、相当ギリギリだったことが窺えた。
識名の背後以外、校舎やビルなど辺り一帯の建物が、二階以上と一階で泣き別れだ。人が直撃しようものなら、間違いなくミンチか、良くてもサイコロステーキになっていたに違いない。
どんな魔力しとんねん。限界とかないんか。
ブツブツとそう愚痴っていた識名は冷や汗を流しつつも、タネがわかったのでヒュウ、と口笛を吹いていた。
「おー、よう避けたわ。偉いで」
「偉い、じゃないですよ!死ぬかと思いましたもん」
「すまんて。庇う暇あらへんかったわ」
識名の弁明にむくれた飛鳥は、もう、なんて腕組みをしてジト目をした。
お守りくらい余裕とか言ってたくせに、の顔である。
識名も飛鳥が何を不満に思っているのかは理解しているようで、少しバツが悪そうに、再度「ごめんやん」と返した。
まあ、結果論だけど回避はできたし許す。
切り替えた飛鳥は表情を引き締めて、極めて真剣に識名に尋ねる。
「……で、どうなんです?勝てそうですか?」
「さて、どうやろ?なんとも言えんわ」
返答は微妙で要領を得ず、飛鳥はまた眉を顰めた。
しかし、識名には暖簾に腕押し、糠に釘のようで、特に気にした様子もなく続けた。
「十中八九、コイツは元凶の一人や。カラクリもおおよそ予測がついとる。負けはせんな」
「じゃあ勝てるじゃないですか」
「……まあ、試してみるしかあれへんか」
識名はそう言い残し、敵がいる方角を見据えた。
既に煙は晴れている。
識名たちの姿を見て、信じられない、と言わんばかりの表情を浮かべた女が立ち尽くしていた。
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