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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
二部五章『聖杯と呵責』
108/110

5-10

『畢竟無』。『異常性』を駆使しすぎた者が最後に行き着く、言わば『愛とエゴの終着点』。


真っ白な地面、真っ黒な遠景、まるで水中に自分たちが沈んでいて、そこから水面をぼんやりと見上げているかのように、薄らと街が見える空。光源などどこにも無いのに視界は明るく、どこにも花などないのに風花がヒラヒラと舞っている。

ただ、前に僕たちがここに来た時との違いがあるとすれば、真っ白な地面も、真っ黒な地平線の向こう側も、空も、何もかもひび割れて、破片が時々降っては泡沫のように消えていくということか。


……古白が作ったものは全て『呵責』した。

今は世界が書き換わっている途中だから持ち堪えているけど、ここも直に崩れる。

一刻も早く抜け出さないと、飛鳥ちゃんと会えなくなってしまう。

僕が何とか出口を探して視線を右往左往させると、知った顔の女性が佇んでいるのを見つけた。

彼女は、僕の姿を見つけるや否や、「よっ『敗北の少年』」と話しかけてくる。


「舞月ちゃん……その呼び方、やめてほしいんだけど」


僕がそう返せば、「それもそうだね、ごめんごめん。じゃあ、『今』だけは志瑞くんと呼ばせてもらおうか」とあっさり謝った。

……多分、話に付き合わないとキリがないタイプだ。

早々に話を切り上げるのを諦めて、僕は舞月ちゃんと向き合った。

舞月ちゃんも僕が話をまともに聞く気になったのがわかったのか、申し訳なさそうに頭を掻いた。


「急いでたんでしょ?死人の言葉に付き合わせちゃって、本当にごめん。でも、悪いようにはしないから、少しだけ付き合ってね」

「別にいいよ、それくらい。むしろ僕がお礼を言いたいくらいだ。舞月ちゃんがくれた『経験則』の情報が無かったら、今頃どうなってたやら」


調ちゃんの居場所を知らなかったら、飛鳥ちゃんに本音を打ち明けることも、飛鳥ちゃんからの好意を自覚することもできなかったはずだから。

飛鳥ちゃんも、『聖杯』にされてたかもしれないし。


舞月ちゃんは「素直になったなぁ」なんて天を仰いで、空に映る『下界』の景色を眺める。


ずっと前に廃れたと聞く『国会』『内閣』が今も政治の実権を握って、『軍』の代わりに『自衛隊』が存在している。

魔術組織は無いけど、企業として似たような名前の組織が発足していたり、サークルとして活動していたりする。

現海くんが厚生労働省で若き官僚として誠心誠意働き、識名ちゃんはジャーナリストとして世界中を飛び回る。互いに連絡を取り合ってるみたいだ。

舞月財閥は変わらず、劇団『STELLA』も華々しい活躍を遂げている。舞月財閥が識名ちゃんに投資して、識名ちゃんは劇団『STELLA』の推し活をしているなんて微笑ましい光景まで見えた。

そして、宛もなく旅をして、路銀はパチンコで稼いで、時々空を仰いで愛おしそうに目を細める飛鳥ちゃん。

読唇術で、『空くん』と呟いているのが分かる。


……飛鳥ちゃんは、やっぱり僕のことを覚えている。


「全部、この空から見させてもらったよ」


舞月ちゃんがそう呟き、僕の方へと視線を戻すと苦笑を浮かべた。


「しかし、君。調ちゃんの言う『賽子で七を出せ』なんて、なかなか無茶ぶりだよね」

「そうだね」

「七なんて普通出せない。そりゃあ十面ダイスでも持ち出して来いって話かと思うじゃん、ねえ?」

「十面ダイスなんか取り出したって、調ちゃんなら『十一を出せ』って言ってくるだけだよ」

「そりゃそうだ」


僕の指摘に、舞月ちゃんはケタケタ笑う。

なんだか、憑き物が落ちたみたいに見えた。


「何かいい事あった?」


そう問えば、「勿論。君たちの『選択』は爽快だったよ。古白曜め、ざまあみろってんだ。これで何の悔いもなく、終われるよ」とまた笑った。


「へぇ、そりゃ良かったね。それで?このまま消えるのかい?」

「当然。君らの選択を邪魔する気なんて無いから、『過負荷』は大人しく消えますとも。サヨナラ青春、また来世ってね」

「はぁ」


随分と笑い上戸だ。

思うに、これこそが舞月ちゃんの素なんだろう。

『過負荷』のせいで捻じ曲げられていた、本来の舞月ちゃんの在り方。


そんな舞月ちゃんは「まあ、私の末路なんかどうでも良くって」と話を切り替えた。


「その『賽子で七を出す』って言葉について、ちょっと検証したいことがあるんだよ」

「検証?」

「そう。仮説があってさ。それを検証したら、もっと満足して終われそうなんだ。ちょっとだけでいいから、付き合ってくれない?」

「良いけど……」

「いいの?やりィ!」


無邪気に喜んで、舞月ちゃんは一つの賽子を取り出した。

何の変哲もない、六面の賽子。全ての面について『同様に確からしい』と明言できるだろう立方体。


「まあ、ゲーム感覚でいいんだけど。私と、君。一回ずつ、この賽子を振ろう。何、大丈夫。暇だから何回も振ってみたけど、出る目に偏りは無かったよ。なんなら触って確かめるといい」


という言葉に有難く触って確認をさせてもらう。

見た通り、特に歪みも何もない賽子。四五六賽だったり一二三賽だったりもしない、やけに古ぼけていること以外は至って普通、本当にどこでも売ってそうなそれ。

なんでそんなものをここに持ち込んでいるか甚だ謎だけど、それを言い出したら話が進まなくなるので、一旦黙った。


「じゃ。先に私が振るね。えい」


舞月ちゃんが賽子を振る。

ころころ、と軽い音を立てて転がった立方体は、六の目で止まった。

決して『七』じゃない。

だけど、舞月ちゃんは上機嫌だ。


「六。我ながらなかなか運がいいね」

「……そもそも、これってなんの仮説の検証なの?」

「内緒」


舞月ちゃんは口に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑った。

そして、先程転がした賽子を拾っては僕に握らせる。


「ほら、志瑞くんも早く振ってみてよ」

「え、でも」

「自信ないの?一を出すかもしれないなんて悩んでるの?いいんだよ、こんな検証は試行回数が命だから。ほら、早く早く」

「……分かったよ」


促されるまま、僕は徐に賽子を振った。

投げられた賽子は着地した瞬間、ピシリと音を立てて割れ、真っ二つに裂けて転がる。

やがて、半分は一の面、もう半分は六の面で止まった。

『七』だ。一応、でも確かに『七』だった。


「……またか」


僕はそう独り言ちて苦笑する。

一が出るに留まらず、まさか賽子が二つに割れるなんて。

ああ、『不幸』だ。『不幸』が過ぎる。

どうやら、『異常性』を『呵責』しても僕の不運体質とは付き合いが続くらしい。

残念ながら不幸は消えないし、残念ながら世界は理不尽なままで、残念ながら僕は僕のままで。


でも。

もう、絶望は感じない。

僕は僕のままでいいと、心の底から思えたから。

その『不幸』こそが愛おしく、そして。


「やっと、勝てた」


ーーー残念ながら、僕達は幸せだ。


舞月ちゃんは僕が出した目を見て満足気に頷いた。


「思った通り。ほら、言ったでしょ?試行回数が命って。とにかく挑み続ければ、凡人でも賽子で七を出せる。100回駄目なら101回目、1000回無理なら1001回目も続ける。もしかしたら賽子が偶々割れてくれるかもしれないから」

「……もしかして、舞月ちゃん、」


それを僕に言いたくて、態々今実験に付き合わせたのか。

舞月ちゃんはそれに何も言わず、ただウインクだけ返した。


「何はともあれ、良かったね」


そして、舞月ちゃんの身体にノイズが走る。


「おっと、もうそろそろ書き換えが終わるみたいだね」


舞月ちゃんはそう言うと、僕にまた、弟を見守るような暖かい視線を向ける。


「あー。最期にいいもん見れた。本当に付き合ってくれてありがとね」


と思いきや、今度は神妙な顔になった。


「さて、もう用済みだ。そろそろ『主人公』は表舞台に帰りな。こんなとこにいるべきじゃない」

「えっ、でも」

「帰りたい場所を明確にイメージしたら帰れるよ。賽子がたまたま割れるくらい『不幸』なんだから、こんなとこで自己満足で消えられると思わないで頂戴」

「それは、帰りたい気持ちは山々だし、帰りたい場所も決まってるんだけど……如何せん、『呵責』を使いすぎたから」

「『呵責』を使いすぎて帰れません?ハハ、冗談やめてよ。『異常性』が存在しないんだからデメリットもクソもない。つまり『畢竟無』なんて場所も要らないの。君は生きる意思さえあれば簡単に帰れる、それだけの話」

「えっ」


まさかの事実に思わず固まる。

それならそうと早く教えて欲しかった。無駄に焦ったじゃんか。

本当の本当に最後まで締まらない、なんてまた笑う。


そうだよね。それが『現実』だよね。

そうか。僕は飛鳥ちゃんと同じ空の下で、『現実』を謳歌できるんだ。


明確にイメージする。

さっき『畢竟無』の空から見た、飛鳥ちゃんの居場所。

……舞月ちゃん、最初からそのつもりで天を仰いで、僕がそちらを見るように視線を誘導したのかな?

確かめる気はない。ないけれど、やっぱり舞月ちゃんには頭が上がらないと思った。


「そうだよ。現実に還りなさい。私は『ハッピーエンド厨』なんだから」


その舞月ちゃんの言葉を最後に、視界が明転した。

はい。

という訳で、賽子で七を出す方法の伏線回収、

そしてタイトル回収でした。


やっと空くんは『価値』を認められました。

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