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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
二部五章『聖杯と呵責』
106/110

5-8

こんにちは。

途中で視点変更あります。

戦闘が始まって、どのくらい時間が経ったんだろうか。


どうせ『当たる』なら、と私はとにかく傷口を浅くする為に受身をとったり、敢えて自分から派手にぶっ飛んでみたり、内臓や首、頭は死守して致命傷を避けたり、とにかく耐え忍ぶ方向で動き続けた。

何度も刺され、何度も切りつけられ、何度も殴打され、……それでも、なんとか生きて動き続けている。

ただ、まあ、そろそろ限界は近い。

息が全然整わなくて上がっているし、血が出すぎているのか視界が少し霞む。全身生傷だらけで、この『ダークマター』の身体の自己治癒も全然追いついてない。いつ致命傷を貰ってもおかしくないし。

でも、負ける気はしないんだよね。

だって、生き残りさえすれば『勝ち確』だから。


「このままだと死にますわー?そろそろ祈ったらどうです?そしたら愛しのダーリンにも会えますわよ?」

「冗談キツイなぁ」


そう返した時、ふと思った。


「そういや、古白。死ぬとか何とか言ってるけど、『ダークマター』って実際死ぬの?」

「はぁ?『ダークマター』は模倣した種族のDNAを参照すっから、人間を模倣した以上、人間と同じに決まってんだろ」

「そうなんだ。じゃあ、人と同じように老いるし、人と同じように過ごせるってことね?」

「モチのロン。……え、なんでそんなこと聞くの?」


私の質問の意図を図りかねて、さっきまでの余裕そうな表情を崩した古白は置いといて、私はその回答に思わず胸を撫で下ろした。


「なら、良かった」

「は?」

「空くんと一緒にいるなら、やっぱり空くんと同じように生きたいからさぁ。一人だけ見た目も何も変わらないとかだったら嫌だなあって思ってたんだ。そっか……普通に生きられるんだ……」


霧乃ちゃんとの『普通の女の子になる』約束を果たせる。

そのことが本当に嬉しくて、思わず涙が滲んだ。


「え、何?『聖杯』になってボクに従うか、ここで死ぬしか選択肢は無いのに、ありもしない将来のこと考えてるの?」


尚更困惑を隠せない様子の古白がそんなことを聞いてくる。

攻撃の手も止まったし、私は息を整えながら「勿論。私は生きてここを出るからね」と返した。


「ふーん?じゃあ、やっと『聖杯』になってくれるんか」

「いや、『聖杯』にもならないよ」


『聖杯』になったら空くんの隣にいられなくなるし、『二人ぼっち』の約束も守れないからね。

それに。

空くんに語りかけるように、私は口を開いた。


「私が私として、空くんが空くんとして、今、ここに存在していること。それがもう奇跡なんだ。これ以上に奇跡なんて望まない。私は幸せだよ」


幼少期、まだ人間だった頃に苛烈な人体実験を受け、その末に死んだ理不尽。

『ダークマター』製の肉体を得て、『聖杯』成就の為だけに多くの犠牲が出て、死ぬに死ねない日を積み重ねて抱いた希死念慮。

空くんと出会って、『二人ぼっち』の約束をした時の幸福感も。

空くんに記憶を消されて、『軍』でぬるま湯のような生活をしながらも覚えた焦燥。

霧乃ちゃんに沢山頭を下げて、ようやく『恩人』を探しに行けるようになった時の達成感。『護衛』として雇われた空くんとの『再会』の際の、何も知らなかった故の嫌悪感。初めて『過負荷』に遭遇した時の恐怖。識名さんへの苦手意識。空くんのことをもっと知りたいという好奇心、興味。ようやく『預言者』という『恩人』への重要な手がかりを得た時の興奮。霧乃ちゃんが亡くなってから自分がすり減る感覚。空くんが『恩人』と分かった瞬間の驚愕。空くんが桜乃さんに殺された時の悲嘆、蘇生した時の感激。宗任さんから知らされた真実、『母体』を殺した時の罪悪感。『明白に嫌われた正義』になるという覚悟。自分勝手に消えようとする舞月さんに覚えた怒り。調さんや智見さんの戦いの後に託された言葉、目に焼き付いた『選択』。

空くんがずっと心に押し込めてきた『本音』の独白、空くんへ抱く、あまりにも深い感情。

その、全てが『私』だから。


「何も願わない。何にも縋らない。私はしっかり傷ついて、理不尽も何もかも愛して、前に進むよ」

「前も何も、ここで君は終わりって分からないかい?」


それだけ言って、何故か古白は考え込んだ。

私があまりに余裕綽々だから、何かたねがあるんじゃないかって気にしてるらしい。

探したければ探せばいいと思う。古白にはどうせ分からないから。


実際彼女は何も分からなかったらしい。


「まあいいや。さっさと往ね」


再度古白が術式を展開した。

ーーー瞬間、何かが割れる音がして、急に光が差し込む。

そして、古白の『魔力撃』が、外れた。


「なっ!?」


古白は驚愕して辺りを見渡す。

私は表情を変えない。何が起こったかは大体わかるけど、まだ油断出来ないから。


「おいおい、ダメじゃないか飛鳥ちゃん。人が折角一世一代の告白をしたんだから、ちゃんと返事しないと」


ここ二年間ずっと聞いてきた声。

今、一番聞きたかった声が、背後からした。

思わず口角があがる。


「あまりにも待たされたから、僕の方から聞きに来たよーーー飛鳥ちゃん」

「その割には遅かったんじゃない?ね、ーーー空くん」


『君はしっかり守り抜くよ』


去年の春、『護衛』として空くんを紹介された時の言葉。

彼ならきっと、その『約束』を守ってくれるって信じてた。


☆☆☆


「その割には遅かったんじゃない?ね、空くん」


その言葉に、僕は安堵した。

飛鳥ちゃん、傷だらけだけど軽口を叩けるくらいには元気があるようで。


さっきまでのことを思い返す。

……飛鳥ちゃんが目の前で閉じ込められたと気づいて、僕は目の前が真っ暗になりそうだった。心が寒く、悴む感覚がした。


『ようさん』が分断したんだ。飛鳥ちゃんの心を組み換える気かもしれないし、いっそ殺すかもしれない。

やっぱり僕がいても、飛鳥ちゃんを不幸にするだけだった。僕独りで挑むべきだった。

僕のせいだ。僕が『飛鳥ちゃんと一緒にいたい』なんて望んだから。


またいつものように、心に釘を刺す。


『私、ついていくよ。どんな辛い、世界の闇の中でも。地獄の果てまでも。きっと、どこでだって、貴方は輝いて見えるから』


ーーーその前に、彼女の言葉が脳裏を過ぎった。


「……、」


『私、覚悟してるから。暗い未来だって、運命だって、私たちならきっと変えられる。勝てるよ、私たち』


「……」


『それで見捨てるには、空くんが素敵すぎるよ』


ーーー心に、小さく炎が点った。


諦めるのはまだ早い。

そうだ。僕が言ったんじゃないか。

『二人ぼっちなら平気かな』って。

『君はしっかり守り抜く』って。

飛鳥ちゃんを掬い上げるつもりが、いつしか僕の方がずっと救われていた約束。

飛鳥ちゃんは、きっと待ってる。耐え忍んでくれている。

間に合え。

いや、間に合わせるんだ。


黒い壁に、何度も、何度も、釘を刺す。

割れないとかじゃなくて、なんとしてでも割る。『釘を刺して』みせる。

しばらく手応えがなくって、血豆はできるし、息は上がるし、それでも全然ヒビが見えないし、やっぱりダメかと諦めそうになる。

その度に飛鳥ちゃんの言葉が心を燃やしてくれる。暖めてくれる。だから諦めずに釘を振るい続けることが出来た。

やがて、ヒビが見え、小さな穴が開いて……中から、声がした。


『空くんと一緒にいるなら、やっぱり空くんと同じように生きたい』


戦闘中に未来の話をしているのが、彼女らしくって笑えた。


『私が私として、空くんが空くんとして、今、ここに存在していること。それがもう奇跡なんだ。これ以上に奇跡なんて望まない。私は幸せだよ』


僕を丸ごと受け止めて、愛してくれている。

その事にまた心が暖かくなった。思いっきり釘を打ち付ける。

中の様子が薄ら見えるようになった。


『何も願わない。何にも縋らない。私はしっかり傷ついて、理不尽も何もかも愛して、前に進むよ』


ーーー飛鳥ちゃん。君は本当、僕に似たね。

昔、『透明人間』になった子に言った言葉をこの場面で言い放つ彼女が、愛おしく感じた。

声色も普段僕に向けるそれで、古白に焦点なんて合わせてなくて、背後に意識がいってるのかうずうずしてるのもよく分かる。

全て、僕の『惨めでもみっともなくたって、主役を張れると証明したい』という言葉の返事のつもりで言っているのだと分かった。


……なら、今度は僕がそれを直接、最後まで聞きたいから。

無くなれ『結界』。飛鳥ちゃんと話すのに邪魔なんだよ。


そうして、僕は結界を『呵責』した。

それだけの事だった。


軽傷とは言え生傷だらけの飛鳥ちゃんは随分と待たせちゃったみたいだけど、それでも僕に約束を守らせてくれた。

飛鳥ちゃんへ歩み寄り、背に庇うように立ち、ようさんを見た。

彼女は、僕の乱入、結界の崩壊にえらくご乱心だ。髪を掻き乱している。


「おかしい、おかしい、おかしい!志瑞空の『呵責』はそこまで強力じゃ無かったはずだ!私の結界を破れるなど、そんなことはありえない……っ」

「良かったね」


隣で飛鳥ちゃんが、古白に向けて言った。

「何が!?」と鬼の形相で問い返すようさんに、飛鳥ちゃんは特に動じることもなく言い放つ。


「人は予想を超える。今、正にその通りじゃん」


……飛鳥ちゃん本当に飛鳥ちゃん。

天然煽りに思わず吹き出しそうになっていると、古白がハッとした顔でこちらを見て、飛鳥ちゃんへ向き直る。


「そうだ、志瑞空!おい『聖杯』、こいつの不幸だって無かったことにできるんだぞ?最初っから幸せな人生を送らせてやることができる!だから、だから、早く祈れ!」


随分と必死だ。

そんなに自分の十八番が破られたのが衝撃的だったのか。

そして本当に飛鳥ちゃんの話を聞いていなかったんだな、と心底呆れた。

彼女がそんな提案に乗るわけないじゃないか。


まあ、彼女は疲れてるし。

僕が代わりに答えようじゃないか。


「僕は遠慮するよ」

「はぁ!?!?」

「奇跡を飴みたいに差し出されたってちっとも嬉しくないからね」


僕の回答に、ようさんはもっと発狂した。


「おかしいって。そもそも『呵責』はあまりに負を引き寄せるから、生まれることすら困難なのに」

「『不幸なことに』生まれちゃったね。困難なだけじゃあ、僕の『不幸』は止まらないよ」

「それに虐待はどうした?負を引き寄せる以上、周りの悪感情の影響を大いに受けるんじゃねーの?」

「調ちゃんとかいう、弟に無関心な姉が一人いたからね。調ちゃんが世間体を気にして、生かすように裏で頑張ってたんじゃない?まあ、そもそも『不幸』すぎて死ねないのも理由にありそうだけど」

「前線に送ったのに、なんで死なない、なんで死なない」

「『不幸』すぎて死ねなかっただけだよ」

「そこまで『不幸』なら、『聖杯』なんか喉から手が出るほど欲しいだろ?なんで欲しがらねんだよ!」

「少なくとも僕はそう思わなかった。それだけだよ」


問答するけど、相も変わらずようさんは髪を振り乱して「このバグが、ふざけんな!」と喚き散らしていた。

やれやれ。こんなんじゃ落ち着いて飛鳥ちゃんの返答を聞くこともできやしない。


「飛鳥ちゃん。もう少し、頑張れる?」

「勿論余裕。ーーー勝とうね」


僕らはそれぞれ身構える。

どうしてかな。

別に何か勝ち筋が浮かんだわけじゃないけど、いつもと違って負ける気が全然しないんだ。


こうして、最後の戦いが始まった。

やっと、空くんに語り部をバトンタッチしました。

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