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残念ながら、僕達は  作者: 桜油
序章
1/22

プロローグ 上

初めまして、或いはお久しぶりです。桜油です。

先日活動報告でもご報告した通り、新作『残念ながら、僕達は』が今日から始まります。


構想してから5年。

執筆してたら、なんかしっかり完結できる気がしてきたので初投稿です。


では、プロローグです。どうぞ。

暖かく柔らかい風が髪を撫でる、某年4月上旬の頃。

新社会人や新入生が意気揚々と通勤路、通学路を進んでいく。それを微笑ましく眺める者もいれば、気合を入れ直す先達、昔はああだこうだと懐古に浸る中高年の姿も見受けられる。

公共交通機関は人で(ひし)めき合い、頻繁にあちらへ、こちらへと行き交っていて、年度初めということも相俟(あいま)って著しい雑踏であった。


そして、互助団体であるここ『JoHN』本部内もそれは例外ではない。

『JoHN』。一世紀ほど前に、城月怜という歴史の教科書にも載るような偉人が設立したサークル型の魔術組織。その実態は同盟組織の『軍』や『陰成室』のパシリのようなものだ。

何はともあれ。

幹部や全権代行の面会という篩にかけられ、実力も為人(ひととなり)も申し分ないと判断された有望な魔術師、一般人が新しく構成員として加入して早々に上司からのありがたい教育指導が始まっている。ここから新入の魔術師は社畜、……もとい、企業戦士へと成長していくのであろう。

更に、新年度ということもあってトラブルが増加しているのか、将又(はたまた)、春の陽気に()てられた人が後を絶たないのか、『依頼』や『案件』の数は増加の一途を辿るばかりだ。

サークル型として『決して嫌われない正義』『人を助けるのに理由など不要』という綺麗事を守って利益を追求しない組織体系をしているため年中人手不足のこの組織が当然、この膨大な仕事量を前に平常運転で回せるはずもなく。

()くして目まぐるしく書類や通信が飛び交う環境なのだが、中でも多忙筆頭、過労死一歩手前の全権代行の執務室へ向かう少女がいた。

亜麻色のショートボブ、肩あたりまでの横髪を揺らした高校生相当の年頃の彼女は、この『JoHN』の全権代行の専属秘書である。執務室への道中は慣れたもので、一切迷う様子なく最短の道程を進んでいる。

しかし、今回は平常とはどこか違っていた。

少女は今から決戦に臨むと言わんばかりの引き締まった表情を浮かべていて、ずん、ずんと勇み足で歩く。執務室の前に着いて扉の前に立つと、過剰な程にすう、はあと深く息を吸っては吐いて、制服の襟元、ネクタイを正した。


そして。


「お願い、霧乃ちゃん!私に、『依頼』消化をさせて!」


入って早々跪き、床に三つ指ついては頭を下げる……所謂土下座を添えて。


これを聞いた弱冠にして全権代行を務める女性ー城月霧乃(じょうげつきりの)は、書類を処理していた手を止めて深く、もうコレ以上はないと、世界一深い海溝と比較できそうなほどには深く、ため息をついた。


「飛鳥。残念だが、それは認められない」


して、目の前で土下座をしてみせた少女ー七世飛鳥(ななせあすか)の頼みを断った。

返答を聞いた飛鳥は顔を勢いよく上げては甚だ心外だと顔を歪める。


「えー!?霧乃ちゃんのけち!許してくれたってイイじゃん!」


やだやだ!とまるで幼い駄々っ子のように手足をジタバタさせる飛鳥に、霧乃は再度ため息をついて、「あのなあ」と口を開いた。


「しつこい。もうこれで101回目じゃないか。駄目なものは駄目だ、諦めろ」

「霧乃ちゃん、また目が腐ってるよ?……なんか、こう、干物のお魚さんみたい」

「君のせいだがな」

「……ご、ごめん」


たしかに、このやり取りも101回目。今回だって断られるだろうと予想はしていたが、飛鳥はそれでも、どうしてもこの要求を通したかった。


「ちぇ……今の時期だったら猫の手も借りたいだろうから、私にもやらせてくれるかと思ったのに」

「ああ。たしかに、猫の手も借りたいほどに忙しいとも」

「、ならっ」

「だが、君は『軍』から『軍事利用』をしないようにと通達を受けている。『依頼』消化は『軍事利用』に該当しかねない」


霧乃の幾度も説明した言葉に、「それは、そうだけど」と飛鳥は言葉を詰まらせる。


そう。

飛鳥とて、断られる理由は理解できているのだ。

飛鳥の特殊な出自のせいで、霧乃は政治的理由から飛鳥の要求を断らざるを得ない。

なんせ、『軍』の仮想敵に利用されていたモルモットだ。『軍』と同盟関係にあるこの組織では、飛鳥を大々的に動かすことで、多くのものが揺らいでしまうと推察できる。

だから決して彼女を恨んではいない。むしろ感謝しかない。

飛鳥が『軍』の庇護下を抜けた際に、『軍』から色々不穏なことを言い含められただろうに、それでも側近として置いてくれたのだから。

この多忙な時期に霧乃の負担を増やしたくもない。むしろ力になりたい。この要求が通れば、霧乃の負担が増すことは重々承知である。


「でも、」


それでもと霧乃を睨みつけて必死に言葉を紡ぐ。


「それでも、私は、何度断られても……千回だって、一万回だってお願いし続けるよ。絶対、諦めない」


喩えその結果が希望に沿わないものだとしても、次がある限り、飛鳥は全てをかなぐり捨ててでも頭を下げ続けるのだ。

全ては、飛鳥を『評議会』という檻の中から救い出してくれた『恩人』を探し出すために。

何が飛鳥をそこまで動かすのか、霧乃にはきっと微塵(みじん)もわからないだろうけれど。


霧乃はまたため息をついた。

呆れではなく、『仕方ないなぁ』といった雰囲気のそれに意図を測りかねて口を開いた飛鳥に構わず、霧乃は笑った。


「今から私がだす条件さえ呑めるなら、認めよう」

プロローグ部分はもう少し続くので、今日だけ2話分投稿します。

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