モブ令嬢は、悪役令嬢の逆襲を見た
短めなので、さくっと読めます!
王子が婚約破棄を宣言したのは、三度目の鐘が鳴った直後だった。
「クラリッサ・フォン・ベルモント!貴様の数々の悪行、もはや看過できぬ!」
ああ、始まった。
私はテラスの隅っこで、スコーンに生クリームを塗る手を止めることすらせず、そっと耳だけ傾けた。
王子の声が響くたび、周囲の令嬢たちが「まぁ!」とか「ご無体な!」とか、感嘆符多めの声をあげてはドレスの裾を揺らしている。うん、華やか。
私? ええ、私はアナスタシア・ミルデン侯爵家の三女。家柄はそこそこ、顔は中の中、性格は……まあ、無害です。
要するに、“舞踏会の背景”に最適なモブ令嬢ってやつ。
この手のざまぁ展開には慣れている。だいたい年に一度は起こる行事みたいなものだ。男性が正義の剣を振りかざし、ヒロインが涙目で震え、悪役令嬢が「ふ、ふざけないで!」って叫ぶやつ。
今日は公爵令嬢のクラリッサ嬢の番らしい。今までは大貴族の方はあっても、王子ではなかったからちょっとびっくりね。
それにしても、王子ってばセリフが長い。もっとこう、テンポよく「婚約破棄だ」だけでいいのに。無駄に演劇っぽいのは、学園劇団にでも所属しているのかしら。
隣のテーブルの令嬢が「やっぱりクラリッサ様って怖い人だったのね〜」と囁く。
……昨日までクラリッサ嬢と一緒にお菓子作り同好会で笑ってたよね、あなた。
これが貴族社会の華やかなる裏の顔。掌返しの速さは、剣の振り抜きより鮮やか。
ふと視線を戻すと、クラリッサ嬢が、静かに笑っていた。王子に婚約を破棄されながら、妙に余裕のある微笑み。
……あれ、これ、もしかして“ざまぁ”返しのざまぁ?
こういう時、モブはどうするかって?
もちろん、紅茶をおかわりするわよ。
「……それで? 殿下、私に謝罪なさる気はおありで?」
紅茶を吹きそうになった。
えっ? ちょ、待って?
ざまぁされる側が、開口一番“謝れ”って言った!?
会場がしんと静まり返る。
クラリッサ嬢は、悠々と扇子を開いて自らのドレスの裾を払った。
「ああ……やっと、これで終わったのですね。あのくだらない婚約ごっこ」
え? 婚約ごっこ?
王子が口を開こうとした瞬間、クラリッサ嬢が先に口を開いた。
「……王子の浮気相手の名簿は今朝、王宮経由で各家に届くよう手配しました。該当する家の令嬢方は、すぐに対応なさるとよろしいかと」
ざわっ
あ、これ……もう、ざまぁ返しが始まってる!?
隣のテーブルのマルグリット嬢が顔面蒼白。今までクラリッサ嬢を散々笑ってたのに、今まさに凍りついてる。
「あら……いつもよりもお顔が真っ白ですわよ、マルグリット嬢。そういえば、貴方も先日殿下の執務室に夜中に呼ばれておりましたっけ?」
うわ、名指し!?
ざまぁ劇場、いきなりのクライマックス。
「……で、ですがクラリッサ嬢! あなたの数々の悪行は——」と、王子が言いかけたところで、クラリッサ嬢は小さくため息をついた。
「殿下、噂と事実の区別がつかないお方とは、もう少し早く別れたかったですわ」
これには、王子も言葉を失う。
あまりの展開に、私は思わず隣の令嬢に囁いた。
「……ねえ、これ、舞台変わってない?」
「うん、完全に外伝の始まりよね」
二人でそっと紅茶をすすりながら、私は思った。
——今夜の紅茶は、いつもより苦い。でも……ちょっとクセになるかも。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
モブ令嬢視点のお話が急に描きたくなって、書いてみました!
以下、補足です!
クラリッサが契約ごっこと比喩した背景として、この婚約は、元々王族や貴族同士の権力の関係で結んだとかではなく、幼い頃の王子の一目惚れで結んだ経緯があります。ですが、成長するにつれ王子の女癖の悪さや自分の都合の悪いところはうやむやにし他人の悪い噂は全て鵜呑みにする(まさにクラリッサの噂がそれですね)性格が出てきまして、クラリッサとは早い段階から恋人のような関係ではなかったという裏設定があります。そのため、王子がクラリッサに婚約破棄の宣言をしたときは、やっと破棄できる!という気持ちで今回のような対応になりました!
この後、王子は身分にあるまじき行為をしたとして、王都を追放され辺境の地の領主になり、そこでまた複数人の女性に手を出し、その女性達に地獄(物理的に)を見せられることになるでしょう。
この主人公で他の作品も書けそうだなと思いました笑