第8話「始まりの日」
ルナが館を出る準備を進めていた。太陽が館にいない時間やこちらの事情を知らないメイド達の就業時間の把握、彩翔の体調を万全にするため、黄色に着色したビタミン剤と衰弱液をひっそりと入れ替えたり、今までよりも料理に力を入れて太陽の機嫌をとったりした。その間、翔太は、字の勉強をして催眠の首輪のレシピ本を読み、仕組みを理解して何度も解除を試した。
「だめだぁー、はずれない」
翔太の周りには、たくさんの道具や魔力石が転がっていた。
「やっぱ、おとうさんの魔力がないとダメなのかなぁ」
首輪を指でなぞりながら他にも方法はないか考える。
「魔力せいしつは、親からいでんするって書いてる本もあったから、おとうさんの魔力でせいぎょされてる首輪もおれだったらどうにかできるとおもったんだけどなぁ、おかあさんのせいしつもあるからダメってことなのかなぁ」
翔太は、もう一度催眠の首輪のレシピ本を開いて仕組みを確認する。
「きろくせきは、使われていないからおれの魔力がまったくはんのうしないわけじゃないとおもうんだけど」
レシピ本には、首輪は、磁力石によって取り付けられており、取り付ける際に流した魔力が残留魔力となり二つの磁力石の間を残留魔力が循環することで強い磁力を発生させて拘束する。同じ性質の魔力で取り外すことができると書いてあった。
「なんとかできないかなぁ、おかあさんとおとうさんの魔力せいしつをわけるとか」
翔太は、床に寝転がりふと戸棚にあった記録石を見つめた。
「きろくせき…そうだ!」
翔太は、何かを閃き立ち上がった。
「きろくせきは、きおくした魔力いがいをうけつけない、じりょくせきは、ざんりゅう魔力でつよいじりょくをうむ。じりょくせきのあいだにおれの魔力がきおくされたきろくせきをはさめば、ざんりゅう魔力がとまってくれるかも」
翔太は、すぐさま実験に取りかかった。
それから、何度か試してようやく首輪が外れた。
「はっ、はずれた!やった!」
首輪のごく僅かな繋ぎ目に、翔太の魔力が登録された記録石から極小の魔力回路を伸ばし、太陽の残留魔力が記録石に流れて打ち消され、外れた。
「やっとできたー、なんかいも魔力かいろがおれて、たいへんだった。おとうさんにばれないように首輪つけとかないと」
翔太は、自分の魔力を流して首輪を再び装着する。これにより翔太の首輪は、いつでも着脱可能になった。
「せっかくだし、かぎっぽくしとこ」
───────────
翔太が首輪の解除に苦戦している時、ルナは、彩翔の寝室を訪れていた。
「奥様、お身体の方は大丈夫ですか?」
「えぇ、ルナ達のおかげで体内の魔力を感じ取れるようになってきたわ、そろそろやるんでしょ?」
「はい、旦那様は来週、アルカナ国の支社へ長期出張の予定が入っております。その時がチャンスかと」
「翔太の方は、どうなの?この首輪、なんとかできそう?」
彩翔の質問に対して、ルナはペンダントを手に取り答える。
「このペンダントは、ぼっちゃまが自分一人で完成させた魔導具です。ぼっちゃまならきっと大丈夫です。それに、このペンダント、奥様の分も用意されてるみたいですよ」
「そう、ふふっ、楽しみにしておくわ」
数日後、太陽が出張に出かけた翌日。ルナは他のメイドの目を盗み、太陽の書斎からカードキーを持ち出し、工房へ向かった。工房の前に立ち扉をノックする。
「ぼっちゃま、準備が整いました。他のメイドは、奥様が指示を出してこちらに注意が向かないようにしてくれております」
「わかった、いこう!」
カードキーを使って工房の扉を開ける。
「さぁ、急ぎましょう」
ルナが翔太の手を取り、彩翔の元へ向かおうとした時、出張に出かけたはずの太陽が目の前にやってきた。
「お前達、何をしている」
「旦那様!?出張に出られたはずでは」
「少し、忘れ物をしてな。それより新しい魔導具ができるまで工房から出るなと言ったはずだが…ん?それは?」
翔太とルナが首から下げていたペンダントを見つめる。
「なんだ、できてるじゃないか」
太陽が、ルナのペンダントに手を伸ばす。しかし、翔太がルナの前に立ち、それを阻む。
「ダメ!それは!ルナのやつだ!それに、このペンダントはおれとルナしか使えない!」
ルナに伸ばした手を引っ込める。
「なるほど、記録石を使っているのか、じゃあそれは?」
太陽は、翔太のズボンのポケットからペンダントと同じストラップが出ているのを見逃さなかった。
「なんだ、もう一つあるじゃないか」
太陽は、翔太からペンダントを奪う。
「ダメ!それは!おかあさんのだ!」
翔太は、必死に取り返そうとするが、太陽は、片手で翔太を押さえ込む。
「さて、どんな魔導具かな」
太陽は、廊下にあった花瓶にペンダントを向けて、ペンダントに魔力を流す。
「ダメ!やめて!おかあさんがつかえなくなっちゃう!」
花瓶は、青白い光に包まれてペンダントに収納された。
「む?花瓶が消えた…いや、ペンダントに収納されたのか?ふむ、すごいじゃないか!やはり、俺の目に狂いはなかった、さすが翔太だ!」
太陽が翔太を見つめると、翔太の首に首輪の痕がうっすらと見えた。
「翔太、その首の痕、まさか首輪を外したのか」
翔太は、太陽に指摘され首元を隠す。
「いったいどうやって外した─」
太陽が翔太の手を掴もうとした時、ルナが翔太を抱きしめて太陽から守ろうとした。さらに太陽の後ろから彩翔が駆け付け、太陽を羽交い締めにする。
「翔太達が遅いから、様子を見に来て正解だったわ」
「彩翔!なぜ、動ける!」
「あなたがなんでここにいるか知らないけど、これ以上翔太を傷つけさせない!」
太陽は、彩翔を解こうと抵抗するが魔力で強化された彩翔の腕を振り解けない。
「くっ!仕方ない、催眠の首輪よ!強睡眠を発動せよ!」
太陽の言葉に反応して、三人の首輪から小型の魔法陣が浮かび上がり、魔法スキル強睡眠が発動する。
「まずい!」
翔太は、すぐさま自分の首輪を外してポケットから黄色の鍵のようなものを取り出し、ルナの首輪を外す。
「ぼっちゃま!ありがとうございます!」
ルナは、首輪が簡単に外れたことに驚く。
「翔太の首輪も反応したということは、首輪が外せても俺の声認証の仕組みはわからなかったみたいだな」
翔太とルナの首輪は外れたが、彩翔の首輪を外すことができず、彩翔は強睡眠を受けてしまう。
「くっ!身体に力が!」
彩翔の拘束が緩んだ隙に太陽が抜け出した。
「その鍵は、いったいどんな仕組みだ!」
太陽が翔太に襲いかかろうとするが、彩翔が食い止める。
「離せ!その状態でなぜこれほどの力が!」
「ルナ!翔太を連れて逃げて!」
ルナは、強く頷くと翔太を抱きかかえる。
「まって!おかあさんがまだ!おかあさんもいっしょに!」
「翔太!!!」
翔太は、彩翔の今までにない声量に驚く。
「お願い、速く逃げて!あなたは、もう自由に生きていいの!!あなたの未来は、あなた自身で見つけて!だから行って!!お母さんは、大丈夫だから…」
翔太は、涙目になりながらも覚悟を決めた表情で頷き、ルナにしがみつく。
「ぼっちゃま、掴まっていてください!」
ルナは、両足に魔力を流して脚力を上げ走り去る。
「ルナ、翔太のこと頼んだわよ」
走り去るルナの背中を見つめながら彩翔がぽつりと呟いた。
「くそ!」
太陽は、もう追いつけないと思ったのか抵抗をやめる。そして、彩翔も太陽の拘束を解き、そのまま深い眠りにつく。
「これは、首輪を外した鍵」
翔太が落とした鍵のようなものを太陽が拾い上げる。鍵のようなものをよく観察すると極小の魔力回路が剥き出しになっていることに気付いた。
「こんな細い魔力回路をどうやって…なんのために…」
仕組みを調べるため持ち手の部分を分解する。
「これは、記録石…まさか!」
床で眠りについている彩翔の首輪を確認した。
「この小さい隙間に通すための極小の魔力回路か…しかも一度魔力が通っても、回路に傷がないほどの耐久性をこの細さで…」
太陽から付けられた首輪を外すためだけの魔導具を見て生唾を飲む。
「やはり、翔太には、俺になかった才能がある。俺には、翔太が必要だ」
立ち上がり、彩翔を抱きかかえてメイド長の部屋へ向う。
「メイド達を集めて、すぐに翔太の捜索を…」
───────────
ルナ達は、館を飛び出した後、和国の中で最も栄えている桜街に辿り着いた。桜街の中心には王宮があり、貴族も多く利用しているため、ルナがメイド服のままで紛れ込むのに最適な場所だった。
「このまま、人混みに紛れて食料を調達しましょう、ぼっちゃまは、顔が見えないように私に掴まっていてください」
「うん、わかった」
桜街は、ルナも利用することがあるため顔が知られている可能性がある。しかし、桜街もかなり広い、ルナが全く利用したことのない店を探し食料を調達する。
「食料も集まりましたし、そろそろ和国を出ましょう」
「どこにいくの?」
「特に目的地は決まっておりませんが、和国にいては、いずれ旦那様に見つかってしまいますので」
「じゃあ、キングスタウンにいこ!」
「キングスタウンですか?」
「ぼうけんしゃのまちっておかあさんがいってた!そこで、ぼうけんしゃになって、つよくなって、おかあさんをむかえにいく!」
翔太の真剣な眼差しにルナは、心を打たれた。
「わかりました、情報を集めながらキングスタウンに向かいましょう」
ルナ達は、アルカナ国にあるキングスタウンへ向う。道中、村や街に立ち寄り冒険者についての情報を集めたり、翔太の特訓をしたりしながら約1年かけて歩いていく。
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太陽からの呼び出しで翔太とルナの事情を知るものや影でサポートしていたメイド達がメイド長を含めて5人ほど集められていた。
「貴様らは翔太達の家出の事情を知るものやサポートした者たちだ、翔太を連れ戻すのに邪魔をされる可能性があるからな、ここにいるメイドは、全員クビだ!もちろんメイド長である愛花、お前もだ」
太陽の言葉を聞いてメイド達がどよめく中、愛花は、全く動じなかった。
「そうですか、今までお世話になりました。私達は、元々彩翔様に仕えていた者たち、彩翔様と翔太様の幸せのために行動をいたしました。これからもそれは、変わりませんので、それでは、失礼します」
愛花の淡々とした言葉にメイド達も頷き、館を後にする。
「これでいい、翔太達のことを知らない奴らには、ルナが翔太を誘拐したと伝えて、翔太を捜索させるとしよう。新たなメイド長も探さねばな」
その後、太陽は、アルカナ国の支社に家庭の事情で行けなくなったと伝え、彩翔に再び衰弱液を投与する。
「なぜ、私を殺さないの?」
「決まっている、彩翔がここにいれば翔太は必ず戻ってくる。例え連れ戻すのに失敗したとしても、いずれ力をつけて彩翔を連れ出す為に戻ってくる。だから殺さない」
「ほんと、あなたって人は…」
彩翔は、気を失うように眠りについた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は、過去編ラストの話になりました。次回からは、物語が進んでいくと思いますので、よろしくお願いします。
以上、猫耳88でした。




